成長
「お姉ちゃん。私と遊んでくれるか?」
ハルバードを構え、嬉しそうな顔で言う舞。
彼女の顔は嬉々とした表情が張り付いていて、本当に戦う事が好きらしい。
対する剣さんは無手のままだ。
「少女……。手を引いてくれないか?」
「何馬鹿なこと言ってんだお姉ちゃん。ぐちゃぐちゃに殺してやんよ」
ピリピリとした緊張感が両者の間に走った。
俺はそれだけで気圧されそうになるが、剣さんも舞も平気そうな事から、改めて実力差を痛感させられる。
夜の闇に染み渡るような、張り詰めたその空気を破ったのは舞だった。
「うりゃあああああ!!」
青白く光るハルバードを剣さんへと振るう。
上から真下へ、縦に振られたそれを剣さんは横へずれる事で回避し、続くように横へ振るわれた二撃目も跳躍する事で避けきった。
「はぁ!!」
跳躍の頂点。軽く三メートルは跳んだそこで体勢を変える。
落下の勢いをのせた踵落とし。
それを、ハルバードを振り切り隙のできた舞の頭へと叩き込んだ。
硬いもの同士がぶつかった衝撃音が鈍く響き渡る。
耳をふさぎたくなるような嫌な音だ。
「ぐきゃぁ!?」
頭を地面へと叩きつけられ、悲鳴を上げた。
叩きつけられた地点にヒビが入ったことから、その蹴りの威力が伺える。
そしてこの間一秒に満たない。
(す、……すげえ……)
俺は自分の心臓が高鳴るのを感じていた。
早い。早すぎる。俺じゃ足元にも及ばない。剣さんはやっぱり凄いんだ。
「君も暴走時のポテンシャルは私とそう変わらないよ」
舞が立ち上がる前に後へ跳び、再び俺の前へと立ちながら剣さんが言った。
「俺が……?」
「あぁ。だから後は戦い方を学び、その黒い感覚をもっと使えこなせるようになれば私なんてすぐに超える」
「そんな……持ち上げすぎですよ」
「持ち上げてるつもりは――「痛えええええええええええええええええええええ!!!!!」
剣さんの声を遮るように聞こえてきた叫び声。舞の物だ。
彼女は完全に立ち上がり、額から流る血を手で拭ってる。
しかしかなりの量流れているため拭いきれず、一滴、また一滴と地面へと落ちていた。
「やるじゃねえか」
流れてくる血を舐め、尚好戦的な目をする舞の姿には恐怖を感じざるを得ない。
怪我をして尚、このような目で相手を見れる。
ちょっとした狂気だろう。
「……やめないか? 勝負は目に見えているんだ。お互い無理に血を流す必要もない。降伏してくれ」
それは剣さんも同じだったようで、言った声が少し強張っていた。
「何馬鹿なこと言ってんだよ。つかお姉ちゃん、特異能力を使えよ。本気出せよ」
「……これは極悪人や『果て』にのみ使用すると決めている。君には使えない。……使いたくたいのだ」
そう言えば俺に対しても剣で攻撃してこなかったもんな。
そんな理由があったのか。
しかしそれは舞にとって逆鱗へ触れるに等しかったらしい。
青筋を浮かべ、怒りの血相を浮かべていた。
「あ? ナメてんのか?」
「頼む。君を殺したくないんだ」
懇願するように出された剣さんの言葉。
しかしそれは、一層舞を激怒させる要因にしかならなかった。
「こいてんじゃねえぞ!!! てめぇぇ!!!」
アスファルトの砕ける音がした。
その音が舞が踏み込んだため、足元のアスファルトが砕けた音だと理解するのと、剣さんの元へ、彼女が接近しているのを認識したのに差異はない。
両者正面を向いて向かい合った状態。
「痺れろや」
振られた舞のハルバード。
しかしそれは剣さんの脅威にはなりえない。
ハルバードが宙を切った。
そのまま地面へと衝突するも、衝撃などはない。
これは攻撃の威力がなかった訳ではなく、電気が逃げただけだ。
「後ろだ」
「はぁ――!?」
舞が突如聞こえた声に振り返ろうとする――が遅い。
回り込んでいた剣さんの回し蹴りが横腹へと直撃し吹き飛んだ。
「ぐば……!!」
口から血が出ている。威力の高さの証明だろう。
「な……なぁ……なんで本気だしてくれないんだよ」
空中で回転し体勢を立て直しながら着地した舞は悲しそうな顔で言った。
しかしそれに対する返答は変わらない。
「この力は人を虐げるためのものではないのだ」
「はぁ……? は……はぁ……? 虐げる……? ……テメェ……上から目線で調子のんなよ」
「上から見ているつもりはない。 それよりも怪我が凄いじゃないか。早ぬ治療を受けたほうがいい。降伏してくれ」
腹を抑え、軽く前のめりな舞の姿は俺から見てもかなりの重症だ。
吐血して、尚且つ足が震えている。
恐怖を感じるやつとも思えない。ダメージ故だろう。
「そういう所が……ッ!!! ……ムカつくんだよ!!」
空気が震えているかと思えるような大声。
眉間に皺を作り激昂する舞は剣さんをすさまじい剣幕で睨みつけていた。
「……? 何か私が気に触る事をしたのか? なら謝る。すまない」
しかし心当りの無い剣さんは首を傾げる他ない。
それが、より舞の機嫌を逆撫でる。
この二人の人間的な相性は最悪らしい。
「――ッ!! 私……あんたが大嫌いだ!!」
声を張り上げながら駆けた舞。
ハルバードを携えたその姿は、小さな死神と言っても差し支えがないほど威圧感がある。
それに対峙する剣さんはさながら騎士と言うところだろうか。
じゃあ俺が護られるお姫様か!!
「きら――!? 私が……? 嫌い……? 待ってくれ。何で―――」
「遅え!!」
剣さんは早い。舞など足元に及ばない。
しかしそれは万全の体勢での話だ。
彼女の言葉に気を取られ、ワンテンポ遅れた状態では話が違う。
「くたばれええええ!!」
やっと見つけた隙。見過ごしてたまるか。
そんな感情が含まれ、やや焦り気味な舞の言葉。
「しまっ……」
虚を突かれた剣さんが振られるハルバードを避けようと上へ跳躍を試みるが――
「死ねや!」
――遅かった。
彼女が上空へ逃げ切るより早く、その体にハルバードが斬りつけられるだろう。
舞は勝利を確信し、にやりと口を歪めるがそれも一瞬だ。
吹き出す鮮血。漏れ出る悲鳴。漂ってくる鉄の臭い。
そのどれもが訪れなかった。
「なっ――!?」
驚愕の声を上げたのは俺だったか、舞だったか。
跳躍の途中で、膝あたりをハルバードで斬られたはずだ。
はずだった。
――しかし
「……これは疲れるんだけどな……」
息を切らし、ぼやきながら立っていた剣さんの足には電気による焦げ跡や傷跡など存在していない。
しかし俺達が驚愕したのはそこではなかった。
全身を黒いもやしのようなものが覆い、顔は左半分が黒く変色していた。形も少し歪だ。黒いツノのような物が見える。
「ば……化物が……。限定解除を使えたのかよ……。あれは私も使えなかったのに……」
舞が後退り、震えながら言う。
「限定……解除……?」
俺は剣さんに尋ねかける。
彼女は静かに振り返り、少し考えるような素振りを見せ、答えてくれた。
「黒い感覚に自我を奪われないように顕現者は無意識的に力を制限しているんだ……。それを強制的にこじ開ける技だよ」
つまり暴走するギリギリまで人為的にしているということか。
角みたいなのが生えているのは『果て』になりかけているからだろうか。
俺が初めてみた『果て』には角なんてなかった。
俺が暴走した時は牙が生えたが、牙もなかったはずだ。
つまり『果て』は個体ごとに姿形が違うわけか。
めんどくせえな。
「……面白ぇ……!! テメぇは死ぬほど嫌いだが、そのパワーを好きだぜ!! 限定解除した力、見せてみろや!!」
流石は戦闘狂。
舞が笑みを浮かべながら突っ込もうとして――
「は……? いや……待てよ……。ちゃんと戦ってるじゃないかよ……!!」
それを中断し、怯えながら呟き始めた。
(何だ……この音……)
俺は聞こえてきた音に耳を澄ませる。電子音のようだ。
ピピピピと規則的に聞こえてきて、目覚ましのタイマーを彷彿とさせる。
発生源は舞。
この音の意味はなんだ……?
なんで舞はこの音に怯えてるんだ……?
「やめろ……やめてくれよ……」
「お、おい……どうした」
がたがたと震え、座り込んだ舞を見た剣さんが、心配そうに駆け寄るが
「来るな!!」
という舞の声で抑止させられる。
ただ電子音のみが聞こえてくる静かな空間。
しかしそれは決して落ち着いたものではなく、台風の目のようなものだ。
その電子音の鳴る間隔が早くなっている。
それと比例するように彼女の顔もまた青ざめていく。
「やめろ……。わかったから……。わかったか妹だけはやめろ……。あ、あぁ……ちゃんとやるから……」
独り言――いや、誰かと通信でもしているのだろうか。
呟く舞の顔にはおおよそ生気と呼べるものはない。
「いくぜ……」
静かに言い、彼女が剣さんの元へと走る。
その手にはハルバードは無く完全な無手だ。
走る姿も隙だらけ。ただ近寄ることのみが目的なのかと思えるほど、戦闘への意思を感じられない。
「何をするつもりは知らないが――ッ!!」
左フック。
剣さんのそれが舞の顔へと吸い込まれる。
――はずだった。
ピーッと長く電子音が鳴り、それは起きる。
「全部お前のせいだ……。恨んでやるクソ女」
肉薄していた舞が恨めしそうな表情を浮かべ――
爆発した。
けたたましい轟音を撒き散らし、吹き飛ばされるかと思う程の衝撃が俺の体を襲う。
爆発したのは舞――だと思う。
あの電子音は起爆のアラームだったのか。
「――ッ!! 剣さん!!」
煙のせいで前が見えない。
仮にこの問いに返事がきても、爆音によって引き起こされた耳鳴りのせいで聞こえないのだが、叫ばずにはいられなかった。
しばらく待てば煙は消え、耳鳴りも収まる。
クリアになった視界の先に見えたのは、倒れ込んだ舞だ。
全身が黒く焦げており、耳をすませばプスプスと焼けた音も聞こえてくる。間違いない、死んでいるだろう。
「剣さん……」
そしてそれを悲しげに見る剣さんの姿。彼女もまた、全身にやけど傷を追っており、とても痛々しい見た目になっていた。
剣さんは振り向くと、圧し殺すようなか細い声をげる。
「嫌いと……この少女は言っていた。……私のせいだと……私は……私はこの少女を傷つけたくなかったのに……。こうして……死んでしまって……」
「……」
まるで懺悔するようなそれに、俺は何も言えず無言で佇んでいた。
悔しそうに、そして悲しそうに唇を噛みしめる彼女を見ていると、なんというか、いたたまれなくなってくる。
彼女は悪くない。背負いすぎだ。誰かと協力するべきだと言う事はわかったが、何故ここまで背負いこむのだろうか。それはわからない。
彼女を見、近くに感じていればいずれ俺にも理解できるようになるのだろうか。
「助けてくれて……ありがとうございました……えと……その……。剣さんは悪くないですよ。舞がいきなり自爆しただけで」
いつか言えなかったお礼。それも込めて俺は言う。
自爆を……自分で望んでやったかは知らないが。
あの怯えようを見た感じ違うようにも思える。
「……」
無言で返してきた剣さんの頬には水が流れていた。
誰かのためにも流せる涙。
それは凄い物だと思う。
彼女は誰の為に泣くのか――
「私は……誰かを助ける為に戦いたいのに……嫌われたくないだけなのに――」
自分の為だろう。
―
薄暗い部屋の中に三人の人間がいた。
内装は学校の校長室が近いだろうか。
その中の、高級感あふれるソファーの上に二人が座り、ソファーの後ろに設置された机の所にもう一人が座っている。
「あー、やっぱ005じゃ駄目だったみたいっすね」
この部屋唯一の光点――映し出された映像を見ながら、ソファーに座っている男が言った。
白髪オールバック。
そして耳にピアスをつけており、ぱっと見ヤの人に見える。
そんな彼に物怖じする事なく、隣に座ったもう一人の男が口を挟んだ。
「いや、舞ちゃんって名前で呼んであげなよ。もう死んだけどさ。あ、死んだんじゃなくて僕が殺したんだった」
茶色の短髪。
真面目そうな見た目とは裏腹に、言っている言葉はとても残虐的。
なんの罪悪感も感じられない。
「そういやそんな名前あったっすなね」
「ま、馬鹿な女けどな。神風アタックしないと妹を殺すぞーとか脅しただけで素直に従うんだもん」
ま、お陰で手間が省けていいんだけど。
と醜悪な笑みを浮かべた茶髪の男に釣られるように、白髪の男も笑い始めた。
舞の特殊能力で傷がつかなかった剣を見た彼らは、舞では勝てないと判断し自爆を命令した。
舞の首にはとある特殊な爆弾が仕掛けられており、それで顕現者にダメージが通るかどうかの実験と、舞が敵の手に落ちるのを防ぐのを兼ねていた。
『果て』に通常兵器は効かない。
そして『果て』の力を使いこなし――早い話が自我を持った『果て』となった人間の事を顕現者と呼ぶ。
顕現者は『果て』同様通常兵器が聞かない。
特殊な爆弾とは、『果て』にも通用するように作られた爆弾の事だった。
「しかしこれで『果て』対策チームにはもう一人顕現者が入っちゃうっぽいっすけど、舞を捨てちゃって大丈夫だったんすか? 貴重な戦力なんじゃ」
白髪の男の問に答えたのは、机に座った大男だ。
男らしくスキンヘッド。そして顎髭。
ワイルドを地で行くスタイルだ。
「問題無い。近いうちに顕現者など、ただの的になるのだからな」
この爆弾が真に完成すれば――と。
ほくそ笑む彼の顔に、嘘の一文字はなかった。