身近な敵
「……」
手術中。
その文字が赤く光っていた。
周りの空気は重苦しい。
当然だろう。
BBQを楽しんでいたところに突然聞こえてきた爆音。
驚いてその場に急行すれば、二つの人間の体が転がっていた。
一つ、頭の無い遺体。それは恐らく少女のものだろう。
もう一つは全身を焼かれた雪風さんの物だった。
辛うじて生きていた彼を俺達が病院へ連れていけば、直ぐに手術が始まった。
「……長いな」
「あぁ……」
千葉の言葉に頷く。
塀十郎さんと日巫女は彦馬さんや他の人達に報告するとかでこの場にはいない。
ヨキさんも確かめたい事があるとかで姿を消したためこの場にいるのは俺と千葉と剣さんだけ。
「まさか体そのものに爆弾を仕掛けていたとはな……。いや、ハルバード使いがそうだったのだから、今回も懸念すべきだった……。完全に見落としていた」
悔しそうに呟く剣さん。
俺も同じ気持ちだ。完全に出し抜かれた。
クソが。
……小さな女の子二人を人間爆弾にする組織か。
一体全体どんな理由があるんだろうな。
どんな理由があるにせよ、道徳的な枷がない相手は厄介だ。
「雪風が死ぬとは思えねえが、しばらくは入院だな。司令官代理は彦馬ってとこか……。副司令官代理は……俺かやらさせられるんだろうな……、クソめんどくせえ」
「妥当なとこだな。竜也以外に副司令官代理はいまいよ」
ぼやく千葉と、剣さんの返しを聞いて俺の頭に疑問符が出現した。
「そういや思ってたんですけど、千葉って偉いんですか?」
「偉いもなにも、竜也は対策本部内三番目の地位だよ。副司令の下だね」
「マジっすか……」
剣さんが言ってるって事は嘘じゃないんだろうけど、マジかよ。
千葉偉いやつだったのかよ。世も末だな。
「別に、形だけの立場だ。昔の武勲がそうさせてるだけで、俺の地位に価値はねえよ」
俺と剣さんの話を聞いていたらしい千葉が、横から訂正してきた。
昔の武勲?
見た感じ二十歳前後ってとこだが、昔っていつだ。
「へぇ、人に嫌がらせするだけのヤブ医者じゃねえんだなお前」
「は? 人に嫌がらせなんてしねえよ。俺が嫌がらせするのは獣以下の畜生だけだ」
「その理屈だと俺がお前以上獣未満になるんだが……」
「は? 俺以下で獣未満だろうが。この新米顕現者が」
こいつは何言ってんだろうなぁ……。
まあ置いとくか。
「……雪風は生きてたんですか。……よかったです」
息を切らし、慌てた様子で現れた彦馬さんが胸を撫で下ろした。
「手術中だってよ。というかピーちゃん、治療室の整備早くしてくれよ。……もし設備があれば雪風だって、俺が治せた」
「わかっています。早急に手配はさせてます」
「……すまねえな。頼んだぞ」
千葉と彦馬さんの会話を聞きながら、俺は物思いにふけていた。
正直な話、あの女の子が死んでくれた事にはホッとしている反面、情報を聞き出せなかった事の不安もある。
情報を聞き出せなかったというのは俺の予想で、誰かに聞いたわけではないが間違いと思う。
自爆するような奴が口を割るわけないし、もし自分の意思での自爆じゃないとしても、そんな使い捨ての駒に情報を渡すとは思えない。
クソが。こんな事ならあの時捕獲なんてせず殺しとけばよかった。
俺と剣さんを狙う人間がいなくなったのは不幸中の幸いだがな。
「三人共、疲れてるだろう。雪風の付き添いは私がするから君達は家に帰ってゆっくり休んでくれ」
彦馬さんの提案に乗っかることにし、俺達三人は帰路へついた。
―
「あー結ちゃん死んじゃったっすねー」
会議室のような部屋にいる三人、そのうちの一人ブートンが愉快げに呟いた。
「薬物強化個体はどうせ副作用ですぐ死ぬしね。人間爆弾になってくれただけ感謝しないとね」
それに返したのは茶髪の男――佐藤 太郎だ。
「副作用のことも、爆弾のことも知らずに死ぬとか、哀れっすよねぇ……」
「そんな死んだ被験体の事はどうでもいい。問題はあの男、独那という顕現者だ」
さきまで無言を貫いていた男が口を開く。
スキンヘッドの大男。
名をストブガイといい、彼こそがトワイネクストの司令官代理であり、最高責任者代理である。
「見た感じただの限定解除っすよね? 舞との戦闘で剣って顕現者もつかってたっすよ? 限定解除は高度技術っすけど、特別視する必要は――」
「馬鹿かな?」
「あ?」
佐藤の煽りに怒りを顕にしたブートン。
佐藤にそれを気にした様子はなく、言葉を続けた。
「限定解除は『果て』としての力を解放させる能力。早い話が潜在能力の解放。自分の素質以上には強化されない。でも彼のあれは違う。確実に、外から、他人から、力を受け取ってる。他者の精神を、外部の希望を内に取り込んでる」
「内か外かの違い……。なるほどっすね。つまり……理論上限界はないってわけっすか」
「そいうこと」
限定解除では自分の中の力しか使えないが、独那の力はそうではない。
人が居れば人の数だけ、思いの数だけ、際限なく強くなる。
それが彼らの、独那の能力への見解だった。
「それはまるで……まるで」
「ああ、性質こそ違えど、あの方と同じ能力だ」
ブートンの言葉を補足するように口を挟んだストブガイに、佐藤も頷く。
「あ、そうそう。近々『果て』対策本部が完成するらしい。完成したら攻め落とすぞ」
「正気ですかねぇ……」
「我々の目標達成の為にはあの施設の奪取は必須だ」
「戦力的に正気とは思えないんですがね」
白んだ目で見てくる佐藤の視線をうけてもストブガイの意思は変わらない。
「残った三体のうち二体の顕現者を出す。百の兵も出す。なんとしてもあの施設を奪い取る」
「百といえばうちの組織の半分近い戦力じゃないっすか」
「あぁそうだ。私がどれだけあの施設に重要さを抱いてるか理解してくれたか?」
「本気なのはわかったっすけど……」
ブートンは横に座る佐藤を横目でみる。
「百程度の兵だと突入前に殲滅されそうなんですが……。顕現者の数も質も向こうが上ですし」
「佐藤。それは杞憂だ。我々には協力者がいる。確実に内部に百の兵力を送り込める。力強い協力者だぞ? なんせそいつのせいで敵の司令官は死んだんだからな――おっと。まだ死んでないのか」
―
横たわる雪風の周りには様々な機械が並べられていた。
ここは集中治療室。
なんとか一命をとりとめた彼はその部屋で意識の復活を待っていた。
患者の身内であろうとそう簡単には立ち入る事のできないこの場所。
「……」
そこに立ち入っている影が一つある。
それは彦馬の物だった。
「あの爆発でまだ生きていたとはね……。しぶとい男ですよ」
右手に構えた銃を雪風の顔へ向け、冷徹無慈悲な表情で引き金に指を置いている。
力が込められ、引き金が引かれようとした時だった。
「――内通者って、やっぱお前のことかよ。笑えねえな」
「……!」
ぴくりと肩がはね、彦馬の動きが止まる。
それは 後ろから声をかけられた驚きから生じた物だった。
「何のようだ……ヨキ……」
「ピーちゃんこそ何してんだよ。いや、雪風を殺そうとしてんだろうけど……。……やめとけよ」