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―ダバダバ同好会―


「グスッ、汚されちゃった、汚されちゃったよう……」

 隅でうずくまって半泣き状態の俺。

 結論から言えば、貞操を守ることができた。

 というのも念のため持ってきた手錠を自分の手と足にかけたのだ。それでも「緊縛プレイだ~」とか言って、しっかりと対価を支払わされた、内容は恥ずかしくて言えない。

 くそう、どうして男の俺が貞操の危機を感じなければいけないんだ、本当は女が感じるものなんだじゃないのか、ああもう、柔らかくて最高だったぞちくしょう。

 俺の様子を不思議に思ったのか末広がマリーに話しかける。

「マリーさん、イザナギ先輩どうしたんです?」

「んー、マイ、下赤坂アヤカって知っていますか?」

 マリーの言葉に末広はむすーとむくれた。

「むー! あの人ですか! イザナギ先輩がイケメンだって気付いているんですよ!」

「なるほど、イザナギがイケメンだということに気付いているという事ですか、これは一大事、ねえチヒロ?」

「ああそうだね、神明先輩がイケメンだという事に気付いているだよね」

 うるさい、うるさいよ、もういいよ、突っ込む元気もないよ。

「おやおや、本当にへこんでいるようですね、ん?」

 電話に着信があったようでマリーがスマホを取り出すと何やら話している、と思ったらスマホを俺に差し出した。

「ミズホからです」

「マジで!?」

 一瞬で復活、マリーからスマホをひったくって話しかける。

「もしもし、ミズホちゃん? いや~お礼なんていいんだよ、君のためさ! キラーン! なんちゃって!」

『氷川よ』

「おふう! あ、す、すいません、あの」

『ボランティア部に1人で来て頂戴、それと携帯の電源はちゃんと入れておきなさい、以上』

 そのまま俺の言い訳を聞くことなく電話が切れた。

「マァァリィィーーーー!」

「はっはっは、いや~いつも面白いリアクションありがとうございます、ん?」

 再びマリーのスマホに着信があって何やら話していると俺に差し出してくる。

「ミズホからです」

「…………」

 こいつは性懲りもなく、いい加減引っかかるものかとひったくる。

「念を押さなくてもちゃんと用件は伝わってます!」

『え!? あ、あの、ミズホ、です、けど』

「おふう! ご、ごめ、間違えて、あの、なんだろう?」

『いえ、今からお礼をしたいなって思ったんだけど、駄目なら、いいから』

「なにを言っているの! 大丈夫だよ! 用件終わらせたらすぐに行くから!」

『ああ、うん、ありがとう』

 そのままちょっときまずい感じで電話が切れた。

「マァァリィィーーーー!」

「いやいや、今のはイザナギのミスでしょう、私ちゃんと言いましたよ」


―ボランティア部―


「ジャック倶楽部の全員が今冬状態で確保、その際に今までの数々の悪行を記した証拠が発見され全て押収、処分は追って下されるけど、事実上の壊滅と言っていい」

 氷川先輩は、末広が書き上げた報告書をポンと机に置く。

「これだけのことをたった4人でやるのだから、貴方達の力量は想像以上ね」

「今回の功績の9割はマリー達ですよ」

「それに何より報告書が読みやすい、貴方は読みにくい上に分かりづらいし、誤字脱字も多いからいつも私が全部打ち直しているのよ、その手間も無くなったわね」

「はは、その功績は俺は0ですね」

「萱沼委員長も非常に高く評価しているわ、こちらとしてもやっと実を結んだという形よ、貴方の要求通り、臨時ボーナスの要求も通ったわ」

「…………」

「どうしたの?」

「いえ、なんでも、それは良かった、みんな喜ぶと思いますよ」

「随分と改革を進めているようね、ま、貴方も新人のころに比べたらある程度は使い物になってきたかしら」

「それは言わんで下さい、功績を見ればわかるとおり劇的に力が向上した分、対策も必要になってきたんですよ、そのためにみんな頑張っている最中です、もうすぐ完成しますよ」

「そう、どの程度できるのか楽しみね」

 楽しみ、それは俺もだ、やっと完成した部隊、俺の目は正しかった。全員が予想以上の活躍してくれた。そのために俺の仕事は一つだけだ。


「俺たちみたいな存在は薄氷を踏むかの如く、俺の仕事はその薄氷を如何に厚くできるかですよ」



 ミズホちゃんとの約束の場所は、親衛隊の本拠地だ。

 今回は堂々と入れるものの少し緊張する、俺達はミズホちゃんを確保して、しかも親衛隊はダバダバ同好会にも忍び込んだ人物だ。

「どうも、ミズホちゃんから呼ばれて……」

 扉を開けたその瞬間に俺はあっという間に親衛隊達に囲まれた。

「ミズホちゃんから話は聞いた! ありがとう鈴木君!」

 感激した様子で抱きしめられるとバンバンと背中を叩いてきて、かわるがわる握手をされて口々にお礼を言われ面食らってしまう。

 とはいえ、俺のことはどの程度聞いているのだろうと思い、親衛隊からそれとなく話を聞いてみた。

 まとめるとこうだ、親衛隊の1人が行方知れずになった、アイドルってことだから大っぴらにすることはできない、でもミズホちゃんの知り合いに頼りになる人がいるから、その人に頼むことになった。

 とはいえ相手は存在を知られないようにしている集団なので、いつ会えるかわからなかったが必ず向こうからコンタクトがあるから待って欲しいという。

 そして向こうからコンタクトがあり、会いに行くため念のため護衛を2人連れて行ったものの、ミズホちゃんは連れ去られることになった。

 大騒動になりかけたが、すぐにミズホちゃんから「私が頼んだ人たちだから大丈夫」とのメッセージが入り、親衛隊たちは信じて待つことになったそうだ。

 そして無事にミズホちゃんは帰還「引き受けてくれることになったから後は信じて待つこと」というミズホちゃんの言から全員で待つことになった。

 そしたらジャック倶楽部が壊滅したという一報が入り、今日、頼りになる人たちの関係者が来るという報告を受けたのだそうだ。

(なるほどなぁ、方便織り交ぜて説明したわけか)

 そうだ、寺尾はどうだったんだろうか、と探していたら寺尾を見つけて思わず声が出そうになった、危ない危ない、俺と寺尾は初対面なのだから。

「あ、あの、ミズホちゃんに聞きました、貴方が助けてくれたんですよね?」

「俺じゃないよ、知り合いに頼りになるやつがいてそいつに頼んだんだ、だけど事情があって誰かは言えない、でも凄かっただろ?」

「はい! ボクもいつかあんな風に強くなります!」

 そのまま寺尾は別の隊員に肩を組まれる。

「あいつらがやったこと許せねえが、ま、壊滅したみたいだし、良しとするさ」

 そのまま隊員は扉を指さす。

「ミズホちゃんが1時間だけ、2人だけでいさせてくれってさ」

「わかった、ありがとう」

 寺尾に言われて扉を開けるとそこは広間になっていた。

 壁には席が高く三列ほどに積み上げられており、一つのテーブルと二つの椅子、そのひとつにミズホちゃんが座っていた。

 俺の姿を認めると席に座るように促してくれて対面で向き合う形になった。

「どうだった、私の仲間?」

 試すような質問をしてくるミズホちゃん。

「ああ、全員が一丸となってる、凄いね、今回のことも、金を盗まれたことよりも仲間を傷つけられたことに怒っていたよ」

「ありがとう、あ、そうだ、イザナギ君の好きな食べ物はなに? 作ってあげるよ」

「んー、じゃ、えっと、野菜炒めで」

「むむ、アイドルを舐めているね、料理が出来ないって思っているでしょ? 言ったでしょ、親衛隊のために料理を作ってあげてるってさ」

「えっと、じゃあ、あり合わせで適当なものを」

「急に難易度上がるね、食べられないものはあるの?」

「トマト、でもミートソースとか、トマトケチャップは大丈夫」

 俺の言葉にミズホちゃんはクスクスと笑って、エプロンをつけると、広場に備え付けてある冷蔵庫から、キッチンスペースで適当な料理を作り始める。

(でへへへ! エプロンつけて料理している女の子の後ろ姿! わざわざ目の前で作るところがあざとい! でも感じちゃう!)

 とは内心思うだけで顔に出さない。

 すぐにぱっぱと作ってくれた。ペペロンチーノだ、簡易なものだけど作り慣れているって感じだ、料理が出来ると料理をするというのは違う、まさにありあわせの適当なものだ。

 一口食べると、良い感じの辛さで食が進む。

「うん、うまい」

「あんまりリアクションないなあ」

「いや、本当、十分に美味しいよ」

(イイイッヤホォォォォ! ミズホちゃんの手作り料理! だぜ! ああもう! もう! 凄いの! ほんと凄いの!)

 とは内心思うだけで顔に出さない。

 俺の食べている姿をニコニコしながら見ているミズホちゃんであったが、俺に話しかけてくる。

「イザナギ君、借りの内容って聞いていい?」

「んー、というか、もう達成しているというか」

「?」

「いや、ミズホちゃんと友人になりたいってだけだよ、マリーが友人なら、俺もってだけ」

「…………」

「まあこれは半分はファンとしてのお願い、もう半分はミズホちゃんとの仕事上の繋がりが今回で無かった事になるのが単純に惜しいと思ったんだよ、だからミズホちゃんにとっても俺達の繋がりが惜しいと、そう思ってくれるのなら、関係を続けたい」

 俺の言葉にミズホちゃんは少し考えると、黙ってスマホを差し出す。

「連絡先、教えて」

「え?」

「おあいにく様、これは仕事用のスマホだよ、プライベートのスマホはマリーにしか教えない、でもね、もしイザナギ君が親衛隊に入ってくれるのなら、プライベートのスマホを教えてあげる」

「え? 親衛隊? 何で俺?」

「何言っているの、イザナギ君は優秀だよ、君を仲間に入れたいと思う事がそんなに不思議?」

「ありがとう、でも駄目だよ、ごめんねミズホちゃん」

「あらら、だろうとは思ったけど、本当にあっさりと振ってくれるよね」

 むくれるミズホちゃんではあったが、どうやら友達にはなってくれるようだ。それを理解した俺もミズホちゃんに倣ってスマホを差し出す。

「だから、仕事用のスマホでも、ファンとしては連絡先を手に入れるだけで僥倖だよ」

 さっそく連絡先を交換するとすぐに「これからよろしくね」と可愛いスタンプ付きでメッセージを送ってくれた。

「イザナギ君にとって、マリーはなに?」

 突然そう聞いてくるミズホちゃんにびっくりするがミズホちゃんは笑顔のままだ。

「え? なに、急に」

「いいから」

 問答無用で答えろとのこと、俺にとってのマリーか……。

「マリーは普段は俺の事おちょくるけど、危険な命令を文句一つ言わず体を張って答えてくれる。そもそもアイツがいなかったら、俺の理想はそのまま理想で終わっていたよ、だから特別なんだよ、絶対に失いたくない奴だよ」

 その質問にミズホちゃんは何故か苦笑する。

「ごめん、まあいいか」

 何がまあいいかなのは分からないけど。

 ミズホちゃんは立ち上がり、広間の一段上になっている場所に立つと、こぶしを高く突き上げる。

 それをみて、何をするかわかった俺も立ち上がり、拳を高く突き上げた。


「ヘイヘイヘイ! ミ・ズ・フォー! love! love!」


 俺の掛け声と同時に曲が流れ始める。


 これは作詞作曲全て親衛隊と一緒に考えてミズホちゃんが歌う、当然これは非公式、表沙汰になっていない親衛隊の間では「秘曲」と呼ばれているもの。

 しかし親衛隊はよく分かっている、よくアイドルソングにある「冴えない男が云々」「君だけ云々」とかじゃなくて、ひたすらに自分のために自分の世界を展開する歌詞。


「じぶんのために! 世界を進む! そーれが! あそーれ! ミ・ズ・フォー!」


 それでいて感じる「優しさ」といえばいいのか、自己中の女についていこうとは思わない、やっぱり情というのは大事だ。

 思えばマリーも末広もチヒロも、自分の世界を展開するような女子ではあるが、情があるのだ。

 曲の長さは4分程度、ミズホちゃんは情熱的に歌い終わる。客はたった俺1人ではあったが、俺のための個人ライブ、とても満足だ。

 少し息切れしたミズホちゃんは、マイクから口を話すと俺に話しかけた。


「ねえ、なんで初めて聞いたのに合いの手が完璧なの?」



「~♪」

 ミズホちゃんとの時間は大満足だった。

 これからウインズの公式ライブがあるという事で別れることになり、ダバダバ同好会へと向かっている。

 まあダバダバ同好会はミズホちゃんたちにバレてしまった以上、既に廃部届を出しているけど。

 さて、次はどんな名前にしようかな、上機嫌で足取りは軽く親衛隊本部ビルの角に差し掛かった時だった。

「振られましたね」

 マリーが壁にもたれかかって立っていた。

「振られるって、なんだそりゃ」

「おや、振られ男を笑いに来たんですが、目論見は外れたんじゃないのですか?」

「何言ってんだよ、目論見は成功したよ」

「成功? ミズホを仲間にするつもりだったのでしょう? まあハーレム作っている男なんて振られるのは当たり前ですからね」

「あほ、ミズホちゃんを仲間に入れるなんてとんでもないことだよ、彼女とは友好な関係を築いておきたいのさ、だから成功したの」

「そうですか、そうそう、マイがミズホを仲間に入れると思って包丁を研いでますよ」

「怖い! 怖いから! 冗談でも辞めて!」

「料理を作るために包丁を研いでいるんですよ、なにを怯えているんですか?」

「…………」

「まあ良かったですね、まさかとは思いますが、ファン根性丸出しで会ってないでしょうね? ちゃんと仕事の話メインだったんでしょうね?」

「当たり前だ、ちゃんと冷静に話したんだよ」

「へー」

 生返事のマリーはスマホをいじくったと思ったら、動画を再生して俺に突き出してくる。


『ヘイヘイヘイ! ミ・ズ・フォー! love! love!』


「いいいやあああぁぁぁぁぁ!!!!!」

「さっきミズホから動画が届きました、楽しそうですね~」

 そのまま地面に丸くなる、なんだようそのホットライン、ミズホちゃんまで。

 でも何だろう、マリーは何処か不機嫌だ、まあでも確かにふざけ過ぎたのかな、思えばいつからだったかマリーは余り機嫌がよくない。うーん、これはまあ、よくないことだ。

「なあマリー、サンドイッチ食べに行かないか? お前のお気に入りの店で」

「なんですか急に、全員と行くんですか?」

「違うよ、2人でだよ、任務達成した時にいつも2人で食べにいってただろ」

「……当然イザナギの奢りなんでしょうね?」

「はいはい、マリーお気に入りの三点セット、追加注文は不可、これでならな」

「食べ放題と言わないところがセコイですが、いいですよ」



 サンドイッチはマリーの好物だ。その中でもお気に入りのサンドイッチ屋は、商業区の屋台に出ているサークルの商品だったりする。マリーの好物を知った俺とマリーがコンビになった時に、初めて利用して以来ずっと贔屓にしている。

 マリー曰く、サンドイッチで一番大事なのはパンなんだそうだ。それと豪華な具ばかり詰め合わせて高く売りだしているのは邪道らしい。

 三点セットを買ってきた後、近くのベンチで腰を下ろすマリーにサンドイッチを差し出す。そのまま俺とマリーは包みをほどいて、もぐもぐと2人並んで食べる。

「マリー、大丈夫か?」

「……はい?」

「お前は女の子なんだからな、危険な命令をしてなんだが、一応心配しているんだ、間違っても無理するなよ」

「…………私より弱いのに?」

「グサァ! お前ね! こう! 男のプライドというか! そういうのさ! もっと理解を!」

「はいはい、嬉しいですよ、イザナギ」

 そのまま再びもぐもぐとサンドイッチを食べるマリーをじっと見る。

「俺さ、こう見えても正義感が強いから風紀委員会に入ったのだけど、まあ実際、やりきれない事が多くてさ、中々上手くはいかない訳だ」

 突然始めた俺の話に食べる手を休めてマリーが俺を見てくる。

 俺と氷川先輩が立ち上げた野望は、ハッキリ言ってしまえば絵空事だった。

 権力を持ち好き放題できる対価としての捨て駒、アニメやゲームでは頻繁に登場する設定だが、それを現実でやろうとするなんてまさに無理難題、馬鹿げている、それは分かっていた。

 氷川先輩が頑張ってくれて、限定条件付きで人材集めに乗り出したんだけど、まあこれが上手くいかない。

 俺たちの野望の人材は、能力よりも適性が大事であるといったが、一番大事なのが前衛アタッカーだ、こればかりは「能力も適性も無ければ駄目」だった。

 どうしてかというと、戦闘を想定しなければならない中で、まさに1人で多人数を相手にする必要があったからだ。

 実戦を経験してわかったことだが、それは不可能に近い。

 しかも俺たち風紀委員会は暴力活動は許されるが常に制約を強いられる。暴力に制約を付けない状態で「理性的に使える人材」なんてものは存在しない、それはジャック倶楽部を見れば明らかだ。

「野望のためとはいえ、よく私をスカウトしましたね、正気の沙汰じゃないと思いましたよ」

「はは、でもそのスカウトを受けるのも、正気の沙汰じゃないと思うぜ」

「んー、確かに不思議ですね、どうしてですかね」

 マリーの言葉に俺も苦笑してしまう。

 風紀委員会最重要指名手配犯、通称254号、それがマリーだ。ネルベルグの惨事の時、まさか犯人が仲間になるなんて夢にも思っていなかった。

「ま、一目ぼれかな、もうお前しかいないって、そう思ったんだよ」

 マリーは俺の言葉を聞くと、視線を外しサンドイッチをほおばりながらこう言った。

「あ、ごめんなさい、私イケメンがタイプなんで、鏡見て出直してきて下さい」

「あのね、良い話しをしていたんだからさ、そのまま締めさせてくれよ」

 マリーは、イヤホンをスマホにつけると俺の耳に入れるように促してくる。なんだろうと思って、イヤホンにつけると音声ファイルが再生された。

『マリーは普段は俺の事おちょくるけど、危険な命令を文句一つ言わず体を張って答えてくれる、そもそもアイツがいなかったら、俺の理想はそのまま理想で終わっていたよ、だから特別なんだよ、絶対に失いたくない奴だよ』

「ノーーーーーォォォォォ!!」

 これは別に意味で恥ずかしい、うわ、俺こんな事言っていたの。

「ま、こっちも楽しませてもらっていますよ、日本に来る前は、こんなにも楽しい事が待っているとは思いませんでしたからね」

 マリーは笑顔で答えてくれる。くそう、とっても恥ずかしいが、マリーの機嫌が直ってくれたようだ。

 そこで俺の携帯に着信が入る、末広からだ、内容を聞いた俺はマリーに話しかける。


「良いニュースだぜ、やっと俺達の本拠地が完成したそうだ」



 ダバダバ同好会を廃部にすると同時に、末広とチヒロに指示をしたのが、拠点作りだった。

 四六時中狙われるのは役割とはいえ、それだと気が休まらないからコストパフォーマンスは著しく低下する。

 そこら辺はマリーが頑張ってくれていたのだが、チヒロと末広の加入したとなると、今までのままだと2人の能力を生かなくなるので、拠点が必要だったのだ。

 その選定は2人に一任した、セキュリティについてはチヒロ、狙撃ポイントは末広、2人のために作るから2人に決めてもらったのだ。

 部屋は4LDKということで、かなり広い部屋になったがチヒロ的にここが一番らしい、一番広い8畳の部屋がチヒロ号の関係ですぐに決まった。2つの6畳の部屋が「男と違って乙女には色々物が必要だから」という女尊男卑の理由で決定、結局俺が一番狭い4畳半の部屋になった。

 正直言えばそれは問題では無い。4畳半でも個室が与えられているだけ十分だ。問題なのは男の俺と一緒というシュチュエーションでありながら、マリーも末広もチヒロも危機感が皆無だという事だ。

 一回突っ込んだことがあったが、3人はこう返した。

『返り討ちに出来ますから、心配には及びません』

『ボクは別に構わないよ』

『ややや、優しくしてください! で、でも、こう、乱暴にされるもそれはそれで!』

 まあ実際にはやらないけど、男というのはロマンティストだからなあと、こいつらは乙女を自称するが、妙な具合に納得したものだ。

 そんなことを考えていた時、リビングでパソコンのセッティングをしていたチヒロが話しかけてきた。

「神明先輩、共用スペースには、チヒロ号から直結して端末を設置した。機能は制限したが、最低限の役割は果たすようにしたよ、ここから「囮」の様子は常にモニターできる」

 チヒロの言葉でモニターを確認すると、そこにはダミーとなっている部屋がモニターされている、適度に生活感を残し、侵入した奴は警報が鳴ってすぐに把握できるようになった。

「上出来だ、でもな、チヒロ、それは分かったんだけど」

 チヒロの部屋、あの時見たようにパソコンだらけなのは変わらないが、見た目でグレードアップしているのが分かる。

「なあ……金は、どれぐらいかかったんだ?」

「風紀委員会が試験的に導入したシステムがあってね、中々出来が良くて改良させてもらったよ」

「いや、だから金かかるんじゃないか?」

「引きこもりスペースとしても中々に幸せな環境だ、ありがとう神明先輩」

「いや、だからさ、ねえ聞いて、金がかかるんじゃないかってさ?」

「神明先輩、鍵は開けてあるからいつでも夜這いしてくれ、体は綺麗にしておくから」

 いたずらっぽくほほ笑むと部屋の外に優しく追い出されて、バタンと扉が閉じられた。

「それでチャラにはなりません!」

 もう、まあいい、情報戦においてチヒロは要だ、設備投資は致し方あるまい、危機管理も兼ねているからと、そう納得するしかない。


「神明先輩、ハァハァ」


「…………」

 その横の末広の部屋から、妙な声が聞こえる。色っぽいそんなものではなく、変な予感がする。

 こっそりと扉を開けてみる。

(うお!)

 思わず声が出そうになった、薄暗い部屋、その中で壁一面を埋め尽くす液晶ディスプレイ、そのディスプレイ一杯に表示されたイケメン、そのイケメンをぼんやりと虚ろな目で見ている末広。

「うふふ、ボーナスのお陰で壁いっぱいに神明先輩、うふふ、夢がかなった、食べられてしまいそう、うふふ」

 俺はなにも言わず扉を閉じた。

(あんな市販されてない巨大液晶ディスプレイにいくらかかったんだよ!)

 怖くて、心の中で必死に突っ込む。

 その時にマリーの部屋から雪崩の音が聞こえてた。

「マリー大丈夫かって! って、なんだこの本の量!」

 マリーが文字通り本に埋もれていた。

「ああ、ここはいいですね、定住できると聞いて、ありったけ資料代という名目で好きなだけタダで買ってしまいましたよ」

「いやいや、タダじゃないだろうよ、本代は?」

「………知ってます? 公安関係の予算の使い道って国でも公表されていないんですよ」

「だからなんだよ! 関係無いだろうが! というか、これの帳尻合わせ俺がするの!?」

「はい、よろしくお願いします、それと乙女の部屋にはノックをしてくださいね」

 はははと、笑うマリー。

 まずい、今回の事件で大功労があったのは事実だし、ボーナスは弾んでくれるという話だったが、どう考えても予算オーバーな気もする。

 というかお前ら少しは遠慮しろよ。

 その時にスマホに着信が入る。

 嫌な予感がして画面を確認すると案の定氷川先輩からだった。

「もしもし、神明です」

『引っ越し作業は終わったかしら?』

「はい……終わりました」

『今私宛に彼女達から請求書が届いたの、なにかしらこの額は?』

「…………」

『ま、小遣い分の働きはしてもらうわ、そうすればいくらでもやりようがあるものね』

 暗にこの借りは大きいぞと、いつもの穏やかな口調ながらドスを利かせた声で一方的に電話が終わった。

「苦労をかけますね、イザナギ」

「お前、そんな他人事みたいに……」

「他人事? 私たちは仲間じゃないでですか、貴方の今の気持ちは分かりますよ」

「本当かよ……」

 マリーは俺の言葉にコホンと咳ばらいをすると外国人がとるようなオーバーリアクションでこういった。

「エキセントリックな美少女に囲まれてボクの学園生活どうなっちゃうの~」

「全然ちげーよ!」


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