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壊滅作戦


 不良集団と呼ばれるものは世界各国に存在するし、治安がいいと呼ばれる日本だって例外ではない。

 とはいえここは安比奈学園、毛色も違ってくる。

 安比奈学園の特色、部活内容を強制する代わりに、部活内容に制限は無いし、実際の活動内容も問われない。

 俺達ダバダバ同好会がそれを悪用するというのは当然違う人物だって同じことを考える、だが安比奈学園はなにも言わない。徹底したまでの生徒至上主義とはミズホちゃんの弁だ。

 そして大規模部活には特権が与えられる、当然特権は悪用されるのが常だ。

 俺とマリーがいる場所は、安比奈学園の中でもスラム街のようなところ。不思議とこういう場所にそういった連中も集まる、マリーも「世界共通ですね」と言っていた。

 俺たちの目の前にあるボロビル、定期的にこの地区でも手入れは行っているものの、イタチゴッコ状態だ。

「マリー、ここを拠点にしているのは誰か分かるか?」

「ジャック倶楽部です、部長は御子柴カイト、委員会把握の情報によれば、人員は36名、支給される部費は一応報告はきちんとしているみたいですが、実際にはどうだか、まあこれも人のことは言えませんが」

「ははっ、俺達と同類ってことか、さて、敵は分かりやすいやつが一番だ、まずは事実関係の把握が大事、マリー、バックアップは頼むぞ」

 地図を広げてビルの図面を確認する、だいぶ廃墟になっているものの間取りは変わっていない。

 俺は、防護スーツを着込み、そのままひょいひょいと壊れた窓から侵入した。


 時間は夜の12時、まずは寺尾コウタの場所を探さないといけない、マリーとの無線チャンネルのメリットを確認しながら、あたりの様子を伺いながらゆっくりと進む。

 周りからは人の気配や話し声が聞こえる、ジャック倶楽部部員は学校には余り通っていない、だから必然的に昼夜が逆転する生活になるが耳を澄ませても意外と騒ぐことはなく雑談の声ぐらいで、内容も大したことはない。

 折を見て色々な場所にチヒロ特製のシールを張る、もし今回の侵入で見つかることができなくても、後々の情報収集に役立てるためだ。


「気持ち悪いんだよ! オタク野郎!」


 その時に、罵声と共に人を殴る音が聞こえてきた。

「…………」

 目の前の扉の中から聞こえてくる、幸いにもあたりに人はいない、上を見るとダクトがつながっている様子だ。

 音をたてないようにダクトに忍び込み、匍匐前進する形で進み、通気口から部屋を覗き見る。

(これは……)

 予想を裏切らない光景、そこには4人の不良が寺尾コウタを袋叩きにしていた。

「アイドル見てテンションあげるなんて男じゃねえんだよ!」

 縛って袋叩きにするほうが男じゃないと思うのだが、まあともかく、かなりやばい。傍目から見ても、寺尾はかなり衰弱している。

「こいつ、ずっといじめられてたくせに、急に調子乗って逆らってきたと思ったら、親衛隊? 馬鹿だろ?」

 そういって口々に寺尾を小馬鹿にしたように笑う。その過程で、親衛隊の本拠地に忍び込んで金を盗んできたことも言ってくれた。

「ミズホって、あの変人だろ? 裏で何やっているかもわからないのに、人間ああなったらおしまいだな?」

 その時だった、寺尾は、はいずりながら蹴ってきた男の足首をつかむ。

「ミズホちゃんだけは、悪く、言うな」

 それが余計に火に油を注いだようで、憤怒の形相で罵声を浴びせながら殴られたり蹴られたりしている。

 もう十分だ、俺は小声で「聞こえているか?」とマリーに呼び掛ける。

『はい、聞こえてますよ』

「今から戻る、その間に末広とチヒロに連絡を取ってくれ、集合場所はマリーが今いる場所だ」

『わかりました、どの程度やりますか?』

 マリーの言葉に、最後に寺尾を確認する。袋叩きにしていた男たちは「ストレス発散ができた」と上機嫌そうに部屋から出ていき、鍵をかけた。


「壊滅させる、一切の慈悲はいらない」


『そうですか♪』

「……楽しそうだな、マリー」

『イザナギこそ』

「まあな、やっぱり敵はこうでなくちゃな、こっちも一切の罪悪感を感じなくてすむ」

 ここで通信を切って、俺はマリーのもとに向かう。


(仲間を助けるか、汚れ仕事は任せろミズホちゃん)



「これから作戦を説明する、目標は3階のこの部屋だ。行方不明から一週間、相手の体調になんて気なんて配らないだろうから、衰弱は激しいものと思われる、すぐの救出が必要だ」

 俺の言葉に3人が頷く、続いては役割分担だ。

「俺は建物に侵入し監禁場所のカギの入手、それと並行して俺はボスをやる、マリーは先に侵入してかく乱を頼むぞ、幸いビルの後ろが壁になっているから逃げ出す方向は三方向に限定される。だから末広、お前は狙える範囲で構わない、逃げ出した奴らを全員狙い撃て、チヒロは末広のバックアップと周辺の防犯ビデオカメラの監視を頼む」

「「え!?」」

 俺の作戦の説明に驚いたのは末広とチヒロの2人だ、末広が焦った様子で俺に話しかける。

「イザナギ先輩、マリーさんが攪乱って言っていましたけど、具体的な作戦指示は無いんですか?」

「え? いや、好きにやってくれってだけだけど……」

 俺の言葉を受けて今度はチヒロが発言する。

「悪いがボクも反対だね」

「大丈夫だよ、マリーに対して下手な戦術や戦略の指示は逆効果で」

「そうじゃありません! マリーさん女の子ですよ!」

 言葉に詰まる、末広が強い口調なんて余り聞かないからだ。その横でチヒロもうんうんと頷いている。

「マイの言うとおりだ、危険というか、無謀というか、1人で攪乱って意味が分からない」

「え、えっと……」

 言葉が続けられない、そ、そういわれても、今までこれでやってきたし。

 2人の言葉にマリーは「んー」と考えるそぶりを見せると、2人の頭を撫でる。

「心配いりません、お気遣い感謝します。イザナギ、2人はこう言っていますが、どうしますか?」

 にやりと笑いながら俺に問いかけてくるマリー。

「別に心配していない訳じゃないぞ、2人とも、確かにマリーは単純な力という面では男に劣る、だけどな」

 俺はそのままジャック倶楽部の本拠地を見る。

「アイツらとは場数が違いすぎる、マリー、頼む」

「はいはい、じゃいってきますよ」

 そのままマリーは、ひょいひょと地面に降り立つと、堂々と正面から乗り込んでくる、門番が1人いるが、近づいてくるマリーに気がついたのか、ポケットに手を入れながら肩をいからせて近づいてくる。


 門番が何かを言いかけたと思ったら、マリーはそのままハイキックで男の顎にクリーンヒット、そのままドスンという音と共に崩れ落ちた。


「「…………」」

 圧倒されている2人。マリーはじっと本拠地を見上げている。

『こんな夜更けに防護スーツを着て近づいてくる人物に対して、ポケットに手を突っ込んで近づいてくる、そして門番が倒れたにもかかわらず、本拠地に変化なし、門番を置く意味も、門番自身もなにも考えていないことの証拠ですね』

 マリーは楽しそうに話すと、そのままボロビルの中に入っていった。

「な、なるほど、ね……」

 チヒロがかろうじて、そう答えた。

「さて、俺も潜り込む」

 と言った瞬間に末広のライフルから発射音が木霊すると、そのままバタンと音がして1人のジャック倶楽部の人が倒れた。

 末広は標準を合わせながら俺に話しかける。

「マリーさんが早速暴れているみたいだから、逃げ出す人物もいるかと思ってチェックしていたんですよ」

 圧倒されながらもちゃんと自分の仕事はしていたわけか。後衛がいるというだけでこうも違ってくるのか。

「我が後衛部隊は実に頼もしい、頼んだぜ」

 俺は防護スーツを着て、そのままビルの屋上から飛び降りた。



「てめえ! こんなことしてどうなるかわかってんのか!」

 鬼の形相で恫喝するジャック倶楽部の男、それに対してマリーは涼しげだ。

「ああ! おい聞いてんのか!」

「不自然な怒鳴り声」

 マリーの突然クスクス笑いながらの指摘にジャック倶楽部の表情が消える。


「仲間が助けに来るまで、待っていた方がいいですか?」


 マリーの言葉に顔を真っ赤にして怒鳴りながら腕を大振りにして殴りかかってくるが、そのまま殴って来た腕を肩に担いでそのままドスンというすさまじい音ともに地面にたたきつける。

 受け身を取れないように投げる、床はコンクリートだ、当然痛みは想像を絶する。

「わざわざ大声出しながら大振りの攻撃って、疲れませんか?」

 そのままマリーは「~♪」と鼻歌交じりにマリーは本拠地を徘徊する。

 さて次の相手は来ないかなとマリーは思う、姿を堂々と現し、わざわざ大声を出させたのだから。

 面白いのがこれを何回か繰り返しても、少し場所を移動するだけで面白いぐらいに自分の姿をかく乱する事が出来る。

(指揮系統がボロボロ、私がさんざん「今まで相手をしてきた奴ら」となんら変わりはありませんね)

 一度「風紀委員会だ!」と言ったのが功を奏したらしく、これだけで半分ぐらいが逃げている、外から「どうしたんだ!」とか「狙われているぞ!」とかの怒号が木霊している。

(おお、頼りになりますね、イザナギの人を見る目も大したものです)

 安心感が違う、今まで2人でこなしてきた突入作戦では、逃げた人員にも気を配らなければならなかったから、攪乱に専念できる。

(とはいえ格下相手ばかりだと、腕がなまりますね)

 と思っていたら、男1人が出てきて、にやにやと笑いながらこっちに近づいてきた。

「お」

 と何か言い終わらない瞬間に、マリーのハイキックが男の顎を捕らえて転倒する。そのまま口をだらしなく開けて失神した。

(しかしまあ、無警戒、無防備、攻撃されるとは微塵にも思っていない)

 これだけの攪乱状況でもあるにもかかわらず、相手を倒すことについて全く頭が回っていない、今の奴もせいぜい「頭のおかしい奴が暴れている」という程度だろう。

 思う存分暴れられることに変わりは無いが、こうなってくると楽しめる戦いがしたくてしょうが無くなってくる。

「昔の血が騒ぎますね」

 っと、マリーは自分を戒める、今の言葉を若干中二病が入っているあのアンポンタンが聞いたらなんと思う事やら。

「おい! お前!」

 廊下に響き渡る大声、今度は威嚇の意味でも助けを呼ぶ意味で叫んでいるわけでもない。振り返ったその先にいた男を見てマリーは笑う。

「おや、少し歯ごたえがありそうですね」

 身長は180センチと少し、体格はかなりいい、余分な脂肪も余りない、筋肉だと考えて良いだろう。男は3人ほどお供をつけている。

「うわ! やっぱり女だ!」

「やっていいんだろ!?」

「顔が見えないだろ! まあいいけどよ!」

 はしゃぎながら中央の男がそのまま前に出てくる。


「随分上等な真似してくれたな、自分にやり返される覚悟はできてんだろ?」


 そうやってわざわざ前口上を述べてくれるが、マリーは楽しみと膨らみかけた気持ちがしぼんでしまう。

 どうしてこの手の奴らは威嚇から入るのか、別に威嚇は下策では無い、戦わずして勝つには威嚇は大事な戦略であり戦術だ。

 とはいえ自分の戦いぶりは伝わっていないのか、威嚇が通用するのかどうか考えていないのか。

(お供の3人は攻撃に参加する気配はありませんね)

 あの3人の余裕は喧嘩をこの男に任せるつもりだからだろう、まるで殺気が感じられない。

(まあ単純に数の多いだけで強くなるわけではありませんが、それを知っていてやっているわけではありませんからね)

 その証拠に相手を観察できる時間を十分に与えてくれる。

 自分を観察されるのはそれだけで不利になるというのを相手は分かっていないのだろうなとマリーは思う。お互い様ならともかく、向こうは完全に自分を観察するつもりなんてものはない。

 男はゆっくりと重心を落とすと、若干両手を広げる姿勢でニヤニヤと笑っている。

(凶器を持っている気配は無い、両手を広げる構えを見ると元より凶器を使って戦うタイプでは無い、しかも格闘についても素人でも無い。つまりレスリングや柔道といった徒手格闘の類、柔道に比べて重心が低いとなると多分前者、となれば、警戒すべきはタックルか、いずれにしても組み合うのは論外ですね)

 とはいえこの4人を見てマリーはこうも思う、自分でやった事がやり返されてくるか。


 寺尾コウタにしていたように。


 神明が撮って来た写真にはバッチリと映っていた。間違いない、本人だ、お供の3人も含めて。

(ま、少しはやる気出てきましたね)

 マリーは、そのままスーツのポケットから特製のカイザーナックルを取り出すと両手に嵌めこむと、それを見た相手はニヤリと笑う。

「お前馬鹿か? ボクシングとレスリングとの相性は最悪なんだぜ?」

 分析するまでもなく、わざわざレスリングと公言してくれた。まあいいか、推測ではなく確定したのだから、どう考えてもブラフではないのだから。

 ちなみに目の前にいる男の言うとおり、レスリングに対してボクシングの相性は最悪、殴らせて昏倒させるのも難しい、組み合った瞬間に自分の負けは確定する。

 だが、このカイザーナックルは自分のサイズに合わせた特製品だ。

 なにが良いかというと、付けているのに手の自由がほとんど制限されないのだ。

 そのまま拳大の石を二つ拾うと、ポンポンと見せつけ、相手を見る。

「え?」

 とは相手の言葉、まさかのとおり。

 その石を思いっきり相手に投げつけた。

 石を投げるという原始的な攻撃に一瞬ひるんだすきに後ろに回り込み、全身のばねを利かせて渾身のリバーブローを放つ。

「ふうゆ!!」

 妙な声とともに、文字通り痛みから逃れるために飛び跳ねて横たわると、そのまま顔を真っ赤にしながら「~っ!」とわき腹を抑えている。

「やれやれ、レスリングとの相性は分かりますが、貴方ロクに殴られたこと無いでしょう? 殴られることにも「慣れ」というのがあるのです」

 この風貌から言って、喧嘩といっても実際の殴り合いではなく、臆した相手を一方的に相手を痛めつけるぐらいしかしていないのだろう。

 マリーは近くに設置されている壊れかけの鉄管をそのまま壁に足をかけて壊し、手になじませるために一振りすると再び近づく。

「お、おい! や、やめ!」

「その様子を見るとアバラが折れていますね、寺尾コウタにしたことが返ってくるだけですから仕方ないですね、これは貴方のセリフですよ」

「え? て、てらお?」

 マリーはそのまま鉄パイプを振り上げた時だった。

「ま、ま、まさか、お前は……」

 怯えた目で見上げるその男の言葉にマリーの動きが止まる。その様子に確信を持った様子でおびえながらも言葉をつなげる。


「やっぱり、ネルベルグの惨事の」


 男がその言葉を最後まで言うことはできなかった。

 マリーは、無言で脳天に鉄パイプの一撃を喰らわせ、男は血を噴き出しながらそのまま失神したからだ。

「さて次は……」

 3人をどう料理してやろうか……と思ったらお供3人は消えていた。

「ふむ、状況を見て不利になったら即時撤退、今まで一番の判断ですね」

 攪乱の役割は十分に果たした、後はイザナギに任せれば大丈夫だろう。

「あ……」

 マリーは忘れていた事を思い出して手をポンとたたく。


「西洋系文学美少女の仮面を被るのをすっかり忘れてしまいました、テヘッ♪」



 ここはビルの屋上、末広は一心不乱にスナイパーで敵を打ち抜いている。

 その横でチヒロは、射撃ソフトの微調整と防犯ビデオカメラの画像を確認している。

 閲覧ソフトに動態抽出ソフトを組み込んで、ヒットした場合には別の画面に自動的に出るようにしてある。

 幸いにもヒットするのは野良猫ぐらいで周囲に人影は無い。笠幡自身は戦闘面ではまるで役に立たないため、こうやってサポートに徹している。

(それにしてもかなりの数の防犯ビデオカメラが設置されている、しかも画像は凄くクリアで高性能、これで「掃除」をしているわけか、やっぱり業が深いなぁ)

 そんなことを考えている横で、末広のライフルから弾が射出される。

 ライフルの微調整と言っても片手間、だから周辺に監視が主な仕事になるわけだが、それを自動ソフトに任せてあるから自分自身何もしてないに等しいが、末広曰く9割と10割は全然違うとのことだが。

 パソコンのディスプレイからマイが見ているシーンが見えるが、面白いように当たっている。

 ビルからの逃げ場所の三方位の狙撃、ビルから逃げ出した後の逃げ場所が三方向しかないとはいえ、かなり難しいはずなのに、まるでチートを使った射撃ゲームのようだ。

 ここでようやく射撃が落ち着いたようなので、笠幡は末広に話しかける。

「それにしても、驚くぐらい逃げる奴が多いんだね」

「んー、多分だけど、マリーさんが風紀委員だとか言ったんじゃないかな」

「え? それって大丈夫なの?」

「別に平気でしょ、言っただけならね、私達は枠外なんだから、嘘でも本当でも、攪乱するのが目的だからね」

 言い終わらないうちに、一発発射してどさりと音ともに1人が倒れ、傍にいたもう1人が何やらパニックになって叫び、十分に叫ばせた後に発射して沈黙させる。

 その冷静な対応を自信にあふれた様子で遂行する自分の親友。

 思えば末広は気の弱い自分を変えたいと言って風紀委員会に入った。

 とはいえ、入ってからどんどん元気が無くなっていった、上手くいっていないんだろうと思ったし、性格的に向いていないだろうは思っていた。

 ただ初任研修を終えて少し経過したあたりから徐々に元気を取り戻し始めて、その時から出始めた神明イザナギの話、いつしかその先輩の話ばかりするようになった。

 1年後、その先輩と別れることになり、実は慰めるのが大変だったのだが、別れた後に再び元気が無くなり、事務方に異動させられたというのだ。

 元気がない様子を見て、悔しいが彼女を元気づけられるのは郭町ユウトしかいないと思い、リスクを承知で強引に接触を図った。

 まあ、繰り返し言っていた凄いカッコ良くて凄い頼りがいがあって、それは置いとくとしても、末広をちゃんと見ていたことは事実なようで、優しいのは本当だろうと思った。

 まさかその縁で自分も風紀委員会に入って今ここでこんなことをしているなんて、夢にも思わなかったけど。

 ニートも万歳だと思ったが、なかなかに楽しい場所、提供してくれた神明に感謝すると同時に末広を見て笠幡はこう思った。

(良かったね、マイ)



 忍び込んだ俺に聞こえてくるジャック倶楽部の言葉は絶望に彩られたものばかりだ。逃げられない狙撃されている、一番強い奴が瞬殺されたなんて言葉が飛びかっている。

 逃げられないのは末広とチヒロのお陰、強いやつがやられたのはマリーのお陰、突然の奇襲にジャック倶楽部内は完全にパニックになっている。

(これはたまらんな、不測の事態に逃げ出す者むやみやたらに反撃する者、命令系統がまるでなってない、素人だ、ラッキー)

 さて、壊滅作戦も大事だが、肝心かなめのジャック倶楽部の部長の姿が見えない。確か寺尾コウタを袋叩きにしていた時に顔を見せていたし、突入前に確認したら、出た気配は無かったから何処かにいるはずだけど。

 とはいえ末広とチヒロからの報告は無い、だから何処かにいるはずだ。

 適当な奴を締めあげてもいいが、組織力が皆無だから場所を知っていても信頼性は低い。

「チヒロ、ボスの御子柴はどこにいるか分かるか?」

『んー、携帯電話の位置探査だと、ビルの北西側角、移動する気配は無い、でも高さまでは特定できないね』

「分かった」

 しょうがない、しらみつぶしに探すかと思った時に3人のジャック倶楽部の男が出てきて身を潜める。

(あれは……)

 間違いない、寺尾コウタを袋叩きにしていた1人だ、名簿で確認したところ確か幹部だったはず、相当慌てているようで、こちらに気付かず階段を上の方に登っていった。

(誰かに報告しようとする感じ、まさか)

 そのまま俺は、3人のあとをついていった。


 慌てていた様子で、俺に気付くことなく、一室のカギを開けるとなだれ込むように中に入り。

「高坂さんがやられました! 相手は、女なのに!」

 と声が聞こえてきた。

「ふざけんなよ! 喧嘩が強いっていうから拾ってやってるのに! 役立たずめ!」

 部屋の中にいるであろう相手は激昂しつつも明らかに動揺している。

「なんだよこれ、なんなんだよ、周りには全員が撃たれているし、そういえば、その女が一度風紀委員会だって言ってたとか」

「まじかよ! ちくしょう、もしそうだったら訴えてやる! やりすぎだ!」

「御子柴さん……」

「うるせえ! くそう、どうすればいいんだよ!」

 誰が誰かは分からないが、パニック状態になっている中で、しっかりと名前を呼んでくれた、ビンゴだな。

(それにしても馬鹿だなぁ、ちょっと観察すれば、これだけの事をしておきながら、マリーがただ無意味に暴れているようにしか見えないところに疑問を持ってもよさそうなのに)

 まあそんなこと疑問に思わないだろうから、マリーもそういった暴れ方をしているのだろうけど、本当に頼りになる奴だ。

 さて、声を聞くにボスを含めて4人か、なら先手必勝だ。

 俺は麻酔銃を携えてドアノブに手をかけてガチャリと扉を開けると、中央にいる御子柴を学籍簿と一致したのを確認したのち、すぐに傍の3人に麻酔弾を打ち込む。

 銃を向けられたことは分かっていたようで、手でかばう仕草を見せていたが、突然で訳が分からない様子でそのままあっさりと崩れ落ちた。

 いよいよ自分の番だというのに御子柴は警戒することなくポカーンとしている。

「御子柴カイトだな」

 変声機を通しているから、一瞬驚いたようだが。

「な、なんだ、てめえ!」

 と精一杯強がっているものの、腰が引けている。

「寺尾コウタを返してもらいに来た、監禁している部屋の鍵をよこせ」

 俺の言葉に再びポカーンとして、その名前を聞いたところで何故か強気を取り戻した。

「へっ、なんだオタク野郎の仲間かよ」

(……え!?)

 危ない、顔を覆っておいてよかった、面食らった顔がばれるところだった、これだけの怒号と取り巻きが3人あっという間に倒されたのに状況を把握できないのか。

「お前は手を出してはいけない人物に手を出した」

 俺の再度の呼び掛けても御子柴は涼しい顔をしている。

「あ? オタク野郎がなに言ってやがんだ?」

「…………」

 うーん、ある意味厄介だな、ここまでやってもまだ状況を把握できないってのは想定しなかった。

 最初に素人だと分かりつつもここまでとは思わず苦悩する俺に、内蔵された無線からマリーの声が木霊する。

『イザナギ、寺尾コウタはこちらで確保しました、なにを考えていたのか筋肉馬鹿に鍵を持たせて、ぶふう!』

 マリーの笑い声が木霊する。うん、本当に頼りになるやつだ。

 さて、いつの間にか周りも静かになっている、あらかた終わったのだろう。まあいいか、部長が間抜けなおかげで余裕があるし、俺は防護スーツの中にある内蔵無線で呼びかける。

「マリー、お前は何人倒したんだ?」

『16人です、ちなみに私は今、寺尾コウタが暴行を受けていた監禁場所にいます』

「分かった、末広、チヒロ、そっちは何人だ?」

『私も16人ですね』

 答えてくれたのは末広、マリーと末広達で32人、ジャック倶楽部の構成員は36人、そして床に倒れている3人と……。

(ボスの御子柴で丁度だな)

 ならこいつに用は無いか。

 とはいえ、タチが悪いとはこのことだ。恐喝しておいて反省は元より期待していなかったが、覚悟も理解すらもない、この様子だとすこしお灸をすえる必要がある。

 俺は麻酔銃を取り出すと弾を取り換えるが、ボスの余裕は崩れない。

「おい、お前、そんなことをしてどうなるか分かって、ぎゃあ!」

 相変わらずトンチンカンな脅しをしかけてくるがもう無視だ。有無を言わせず発砲して、御子柴の左太ももに命中して絶叫しながらのたうち回る。

 俺が放ったのは麻酔弾ではない。これは貫通力は無いものの、肉に埋め込まれればそれがそのまま「刃が出る形」となる特殊弾。

 制圧目的に作られたのが麻酔銃ではあるものの、昏倒してしまうためすぐに情報が欲しい場合には向いていない。

 それにより作られたのが「命を奪わずいかに激痛を与えるか」に特化した鎮圧目的で作られたのがこの弾丸だ。

 俺は、のたうちまわっている御子柴の胸ぐらをつかみ持ち上げる。

「お前は、藤間ミズホに手を出した、覚えておけと言いたいところだが、別に忘れてもらって結構だ、こちらも「そのたびに憂さ晴らし」ができるからな、好きにすればいいさ」

 そのまま地面に放り投げると次は右太ももに、次に右腕、左腕と弾丸を撃ち込む。

 右腕のあたりで、そのまま御子柴は言葉を発しなくなって動かなくなった。

 打ち込んだ後。倒れている御子柴を確認すると、痛みで失神したせいか涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっていた。

(これで少しは懲りたらいいけど……)

 でも懲りないんだろうなぁ、だから俺達は常に商売繁盛なんだが。


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