学園アイドル・藤間ミズホ
アイドル部について。
アイドル部はアイドル活動をする男女が所属しており、大規模部活で特権を持っている。アイドルグループは同好会という形で傘下に置き、細かく階級分けがされており、実績をあげると部員として所属できる。
つまりファンの力でアイドルの階級を上げられるシステムを採用しており、某トップ大規模アイドルグループの方式を一部取り入れている。
それに習って特徴的なのは唯一にして絶対な規則がある、それは単純明快。
恋人の存在が部内及び部外問わず発覚した時、強制退部とする。
ということ、ただこれは方便では無く実際に凄まじく、学園のトップアイドルも容赦なく切り捨てられる。そのたびに学園マスコミに大いに話題を提供する形になっている。
隠しても隠してもことが露呈するので、風紀委員会の力を使って裏付け捜査をしているなんて、お決まりの陰謀論までついて回っている。
続いて、学園アイドルウインズについて。
ウインズは、3人で発足、最初は正統派アイドル路線で進めていたものの、全く売れず、中々芽が出なかった。
悩んだ3人はグループのキャラの「本性」を売りにするという真逆の方針転換を取ることになる。
男に媚びるいわゆる「あざといキャラ」、可愛いしか自分の才能は無いから、その価値を売る「経済動物」と言い張るキャラ、そして自分の世界をひたすら展開するキャラ。
結果的に大成功、熱狂的なファンを生み出すことになり、アイドル部への正式所属に成功、ファンの数自体は、アイドル部所属のグループの中では一番少ないものの、少ないながら最大限のコストパフォーマンスからその地位を不動のものにしている。
ミズホについて。
本名、藤間ミズホ、安比奈学園第四高等学校2年生、学園アイドルグループ、ウインズのメンバー、人気の順番で言えば彼女は3番目。
不思議ちゃんキャラとは違う、ガチな変わった感じが男受け自体は余りないものの、飾らない姿が少ないながらも熱狂的ファンにより支えられている。
ミズホ親衛隊について。
以前にも述べたが構成員は14名、隊長は藤間ミズホ本人。公式ファンクラブとは別に設けており、部としても正式に登録されている。
活動内容は藤間ミズホの秘書業務。
親衛隊に入るためには、現隊員の紹介を受けて仮入隊を果たし、一定期間を経て藤間ミズホが承認したときに限り入ることが許される。
特徴として情報統制が徹底されている。管理方法はアナログ手段に特化しており、デジタル手段は何気ない会話を装う程度。
情報統制の徹底ぶりは、相手の組織だった行動が出来るという事を入手できず、断念する羽目になったように。
「つまり手を抜いていたということだよ、親衛隊の本当の実力は尾行を断念したときだ、そして多分、あの時が「唯一油断したとき」なんだよ」
ダバダバ同好会に戻った俺は、みんなの前に今回の結論を述べる。
つまり自分たちを相手にするときに、常に手を抜いていたということになる。だがあの時は俺たちがすぐに行動を起こすとは思わなかったんだろう。
「さて、肝心かなめな問題なのが、俺たちが一番最初に捕獲作戦に乗り出した時にすでに手を抜かれていたということだ。つまり最初から俺たちのことは筒抜けだったってことになる、そしてそれは氷川先輩が関わっているということだよ」
俺の言葉を受けてマリーが発言する。
「つまり、今回の確保劇はすべて仕組まれていたってことですか?」
「そのとおりだ」
「なるほど、イザナギ、貴方の結論はなんです?」
マリーの言葉に頷く、さて、結論を出そう、俺は3人に向き直る。
「ミズホちゃんの目的は間違いなく俺たちだよ、目的まではわからないがな」
俺の結論に手を挙げたのはチヒロだ。
「一つ疑問、どうしてわざわざ油断させようとするんだい?」
「相手を徹底的に油断させて、自分を侮らせる。舐められるというと聞こえは悪いかもしれないが、戦う相手が勝手に手を抜いてくれるんだからこれほどのアドバンテージはないだろ?」
「なるほどね、よくある「バカなアイドル」と「アイドルの言いなりになるヘタレオタク達」という「虚像」を使りあげて効果的に使うってことか」
「さすがに理解が早い、さて、と……」
そろそろミズホちゃんがここにくる。
当然のことながら、アイドル部の規律は半端なものではないとは先述べたとおりだが、部活動となれば話は別、ダバダバ同好会に女子もいるから密会を疑われることは無い、ただそれでも三時間が限界だろうとのことだ。
(デュフフ! 氷川先輩に感謝だよな~♪)
ほほが思わず緩んでしまう、今日ほど自分の役割をありがたいと思ったことは無い。
最初は仕事とは言え徐々に、むふふ、意外とこういったことが出会いになるのは実際の日本警察でも結構ある事なんだそうだ。
(しかも氷川先輩も気を利かせてくれたのか、なんとミズホちゃんお気に入りの服装を届けてくれたのだ!)
初対面の印象は大事だからな、連絡を受けた後シャワーを浴びて体をしこたま磨いて口臭チェック、ミズホちゃんお気に入りの服装でパリっと決めたのだ。
とはいえそれに頼ってばかりもいられない、俺はマリーに話しかける。
「なあマリー、女の子が好きな格好ってどんなかな?」
「そうですね、まずはモヒカン刈りにして、真っ白なTシャツに「ミズホ命」と油性マジックで書いたものを着て、小学生が履くような半ズボン、そうそう当然シャツはパンツイン、これでイチコロです、同じ女の私が言うのです、間違いありません」
「本当だな? 本当に本当だな? お前はそういった男にときめくんだな?」
「もちろんです」
「分かった、お前の将来のイケメン彼氏に、その格好をさせたらやってやろう、なあチヒロはどうだ?」
「女子からキャーキャー言われる事請け合いの格好があるよ」
「へえ、そんなのがあるんだ、是非教えてくれ」
「全裸」
「そんな事だろうと思ったよ! ……って」
俺のことを末広がジト目で見てくる。
「じーーーーー」
わざわざ声に出して見てくる、なんか前にあったな、こんな光景。
「末広は、どう思う?」
「全裸でモヒカン刈りならいいんじゃないですか?」
(ひいい、末広、頼むから瞳孔を開きながら話すのはやめてくれ、怖い怖いよ)
というより、今をときめく女子中学生や女子高生がこれでいいのか、まあ、だからこそこいつらを気に入ったんだろうけど、よくよく考えれば聞いた相手が間違っていた。
やっぱりこういう時はインターネットだ、ネットを馬鹿にするなかれ、ちゃんと情報を選べることができれば、参考になる情報は多い。
「女の子」「好きな格好」「モテる」で検索かけると、俺達モテない男達のために様々なサイトがある。
情報収集の基本は複数の発信源を見る事、色々なサイトを巡り情報を選別する。
「有益な情報はありましたか?」
マリーが後ろから覗きこんできたので、俺は説明する。
オシャレとは突飛な格好をせず、その上で相手のために精一杯努力する事。
俺はうんうんと頷いてマリーに話しかける。
「いや、良い事言うよね、オシャレとは突飛な格好をしないってのはすごく納得したよ」
「なるほど、本当にそのとおりだと私は思いますね」
「いやいや、思いますねって、モヒカン半ズボンは十分に突飛だろうよ」
「そうですねえ」
「そうですねえって」
ピンポーンとチャイムが鳴る。
「キタキタ!」
最後に自分の格好を確認して身だしなみを整えて、扉を開く。
(おおー!)
扉を開いた先に立っていた女の子、ミズホちゃんを見て思わず声が出そうになるの必死にこらえるのが大変だった。
実物を見ると流石に可愛い、顔小さい、キワモノなんてとんでもない。
しかもちょっとおめかししてくれているのが分かる。うわ、すげー嬉しい。
「どどどど、どうぞ!」
むう、少し声が裏返ってしまった、いけないいけない。
ミズホちゃんは、そのまま「お邪魔します」と遠慮がちに玄関に入ってきた。
おっと忘れるところだった、氷川先輩から教わった挨拶をしないといけない、俺はコホンと咳ばらいをすると、「シェー」のポーズをとる。
「水の流れの中に咲いている花が登場して月を歩くんだ!!」
全くもって意味不明、くう、恥ずかしいが、ミズホちゃんの今一番のお気に入りの挨拶らしい、氷川先輩がそんなことを言っていた。
「…………」
そんな俺の渾身の挨拶に特に何か反応する事もなく、じーっと、無表情でミズホちゃんは俺を見てる。
「ぶふぅ!!」
と突然噴き出して大爆笑を始めた、え、え、どういうこと。
そのままミズホちゃんは俺の横を通り抜けてマリーと固い握手を交わす。
「ありがとう、聞いていたとおり、とっても面白い人だね」
「ええ、少し考えれば自分の格好や行動に疑問に思いそうなところなんでしょうけど」
2人でまるで打ち合わせをしたかのように話している、横を見るとチヒロも笑いをこらえていて、末広はむすーっとしている。
今の俺の格好、ミズホLOVEと書かれたピンク色のハッピに、ミズホちゃんのディフォルメキャラを印字したバンダナを頭にかぶせて後ろで縛り、アンダーには真っ白のTシャツに真っ白のズボンをはいている。
「え、え、いや、だって、ミズホちゃんもお気に入りだって」
未だに処理が追い付いていない俺に、マリーはミズホちゃんとボソボソと話すと「オーウ」とマリーが外国人が取るようなオーバーリアクションでこう答えた。
「さっきの質問も含めて正直に言います、そんな格好にトキめく女子なんているわけないじゃないですか」
「うわーーーん!!!」
逃げ出したい、でも逃げ出せない、蹲っていじけるしかない。床に「の」の字を書くしかない。いいんだ、いいんだ、男には騙される甲斐性ってのがあるんだ。
「…………ねえ、ミズホちゃんと知り合いなの?」
「はい、読書仲間なんですよ、たまたま図書室で知り合って、本の趣味も合って意気投合したんですよ、仮面を被らないで済むのが楽なんですよね」
そうか、時々マリーが楽しそうに話していたりしていたが相手がミズホちゃんだったとは思わなかった。
「そんな大事なことを何で言ってくれなかったんだよ?」
「話したらさっきみたいにウザい感じになるって分かっていたからです」
「…………」
「んで、今回会う事になったじゃないですか、ミズホに貴方のファンであり非常に面白い人物がリーダーをしていると話したんですよ、まあどこまで騙されてくれるのか見者だったんですが、ねえミズホ」
ミズホちゃんはうんうんと頷いている。
「つくづく私は本当にファンに恵まれているって思うよ、数は少ないけど、私のために実績を作ってくれるからこそ、私はアイドルをやれるんだよね」
ミズホちゃんは丸まっている俺を起こしてくれると、手をミズホちゃんはぎゅっと握ると目を潤ませながら上目遣いで話しかける。
「お願い、君だけが頼りなの」
ほほう、そうきますか、俺はお返しとばかりに、やれやれと肩をすくめるとミズホちゃんに話しかける。
「駄目だな、全然駄目だぜ」
「え?」
「本に書いてあるようなボディタッチ、媚びている事が丸わかりのぶりっこ発言、貴方だけは特別といったネットに書いてあるような男のたらしこみ方、ミズホちゃんみたいな癖のある子に男受けをするのはそもそも無理なんだ、まあそこがいいんだけど、安心したというか、男のたらしこみに慣れていないってのはファンとしては嬉しいよね、ゴホン、話を戻そう、なんにしてもそうだが、さっきも言ったとおり熟練度があるんだ、例えばウインズの1人であるコウコちゃんとかはその典型例、男受けをごく自然に振舞える、あれは相当やってる、いや別に下ネタじゃないけど、とはいえ男だって馬鹿じゃない、男をたらしこむのが上手な女が好きな男だっている、俺も同じ男だから気持ちはわかる、まあ俺は趣味じゃないけどな、まあなにが言いたいのかというと騙そうとしている女の子がいれば騙されるのもまた男の甲斐性だと俺は考える、だがあんなに下手だと騙されたふりも辛いものがあるんだ、騙されたことに向こうが気付いてしまうのではないかとな、わかるミズホちゃん?」
俺の話をふんふんと聞いていたミズホちゃんは、ニッコリと、天使の頬笑みでこう言った。
「気持ち悪い」
「ウボアァ!」
そのまま銃で撃ち抜かれたように、崩れ落ちた。
あー、効く、これ、結構というか、滅茶苦茶きく。え、今の俺って気持ち悪かった。
崩れ落ちた俺をみて、再びうんうんと感心したように頷くミズホちゃん。
「やっぱり、ファンは貴重だよね、ごめんね、気持ち悪いは冗談だよ、私のファンって私のそういうところを気に入ってくれているみたいなんだよね」
そのまま足取り軽く、マリーに話しかける。
「ねえ、やっぱりウインズに入らない? 貴方は容姿もトップクラス、しかも器量もある度胸もあって強い、貴方が入ってくれればウインズは女性ファンも獲得できて更に上にいけると思うんだけど」
「申し訳ありませんが、このアンポンタンと一緒にいるのが楽しいので」
「へえ、まあ、なんとなくはわかるかな? ねえ、前に言っていたイケメン云々の理想の男って、実は一番嫌いなタイプじゃない?」
「なにを言っているんですか、イケメンは女なら誰だって好きでしょう?」
「そう? 実際にそんな男がいたら気持ち悪くてしょうがないと思うけどね、だからこそ貴方と仲良くなれたのだと思うけど」
なにを話しているんだろうか、マリーはいじけている俺をツンツンと突っついてくる。
「ほら、話を進めますよ」
だそうだ、しょうがない、仕事モードに入らないと。
「ミズホちゃんは風紀委員なんだよね?」
「…………」
「悪いけど、氷川先輩から連絡が来て、とっくにバレているんだよね」
「……そうなんだ」
ミズホちゃんは不敵に微笑んでいる。というより怒りが表情に出ている、怒った顔も可愛い、じゃない。
「君の正体を探るために、あの時に君の取調べと釈放を決断したんだって、んで正体判明して、接触したがっているから便宜を図ったから、頼むってさ」
「なるほど、ボランティア部だね、ってちょっと待って、それってイザナギ君たちも泳がされたってこと?」
「そう、ミズホちゃんが俺たち相手に集中しているから、隙だらけだって言ってたよ」
「……まったく、やり手だとは聞いていたけどね」
「ま、俺たちの政治担当なんだ、それにしても本当にいたんだね」
「?」
「だから俺たちと同じ枠外の風紀委員会、秘匿に徹し、自分以外の構成員が誰かを知ることすらできない秘匿組織、俺達とは真逆、決して表に出る事が無い部隊があるってね」
「そこまでバレているんだ」
「いや、それは今知った」
「え?」
「いや、風紀委員会とまでしか分からなかったんだよ、つまりカマかけたの、まあここまで見事に親衛隊を動かせているぐらいだから、見当はついていたけどね」
「……ふぅー」
そこでミズホちゃんはやれやれと肩をすくめるとマリーに話しかける。
「マリー、貴方ほどの才媛がどうして一緒にいたいと思っているのか、やっとわかったよ」
「はい、イザナギは、馬鹿でガキでアンポンタンでデリカシーなくて女の扱いとかまるでなってなくてヘタレで、ハーレム作るような男ですけどね」
「……なあマリー、俺のこと嫌いなの?」
「はい? 嫌いな男と一緒にいたいなんて思うわけないじゃないですか」
「なんだよそれ……」
俺とマリーの会話にミズホちゃんはクスクス笑っている。「モテるんだね~」と意味不明な事を言っている。
「ま、イザナギ君の言うとおり、私は風紀委員会だよ、詳しいことは言えないけどね、でも本業はアイドルとは両方ってところかなぁ」
さて、やっと本題に入れる。
「ミズホちゃん、君にとって正体が身内相手でもバレるのは致命的、だけどそれも覚悟の上のように感じるんだ、だから俺が今一番興味があるのが、ここまでのことをして俺たちと接触した理由、教えてくれる?」
ミズホちゃんは徹底した油断をさせるように最初から綿密に計画を運んでいた。さて、どんな言葉が出てくることやら。
ミズホちゃんは少しの沈黙の後、口を開いた。
「私のところの親衛隊の1人が1週間前から行方不明になったの、それを解決してほしい」
ミズホちゃんの話を俺達は黙って聞いている。
親衛隊の1人が行方不明か……。
「今の話だけだと、ミズホちゃんの個人的なお願いという以外に聞こえないんだけど」
「そのとおり、私は個人的にお願いしているの」
つまり内々にしたいが、外部にばれるのは困るってことか。
「私自身は、情報収集が専門だから、実行力は苦手、当然親衛隊の皆も危ない目にあわせられないからね」
なるほど、随分都合の良い事を言っている。内々に抱えたもめごとを処理をしたいと、当然ミズホちゃんもそれを分かっていっている。
「ミズホちゃん、どうして親衛隊のためにそこまでするの?」
俺の質問に今度こそミズホちゃんはキョトンとした。
「変な質問するね、仲間を助けたいってそんなに不思議なの?」
ミズホちゃんの回答に今度はこっちがキョトンとする番だ。俺の顔を見て察したのかポンと手を叩く。
「ああそっか、別に裏なんて無いよ、逆に聞きたいけど、イザナギ君はどうなのさ、仲間が危機に陥ったら、自分のできる事を精一杯やるでしょ?」
「それはもちろんだけど……意外だったって言い方は失礼かな」
「む、薄情に見えたの?」
「いや、違う、ファンはみんな平等だとか、さ」
あー、なるほどと、頷くとミズホちゃんは話しだした。
「親衛隊の皆はね、学生生活のほとんどを私のために使ってくれているの、だから特別扱いするのは当然でしょ?」
本当に当然のことのようにいうミズホちゃんは更に続ける。
「だから私は個別にライブを開いたり、食事を作ってあげたり、相談事に乗ってあげたりしているの。クスクス、でもね、親衛隊の皆はね、彼氏は作っても泣きながら認めてくれるってさ、その代わりその男に一途であってくれって、間違っても二股なんてかけないでくれって、笑っちゃうでしょ?」
思わぬミズホちゃんの言葉に俺たち全員があっけにとられている。
「あらら、幻滅させちゃった?」
ミズホちゃんの言葉に何故か嬉しさを感じてしまう。
なるほど、あの親衛隊の統率した行動にばかり目がいってしまったが、士気が高くなければ統率した行動はとれない、それはここからきているわけか。
「幻滅どころか、むしろ君のファンでよかったと考えたぐらいだよ、ただし」
ここからが肝心要だ部分だ。ミズホちゃんのお願いとやらの答えは最初から決まっているが、だが無条件に引き受けるわけにもいかない。
「今回の事案を解決するのなら、マリー達にも危険を冒してもらう事になる、今回の事は借りってことにしてもらうよ」
完全な権力の私的運用、俺の含んだ言い方が分かるのか、ミズホちゃんはこちらの意図を計っている。
「その借りって具体的にどういう意味を指すの?」
「ま、その件は成功報酬ってことで良いよ、その時に話すさ」
「意地悪な言い方だなぁ」
ミズホちゃんはじっくり考え込んでいる。
「……勝手で悪いけど、借りとすることについては承服しかねるね」
そう言ってきた、ふむふむ、そう返してきたか。
「へえ、理由があれば教えてくれる?」
真剣な表情のミズホちゃん、理由を聞くが、引くつもりは一切ない。
「借りと称して、エッチなことをしてくる危険性がある」
ミズホちゃんの言葉に俺は大きく息を吸い込んだ。
「しねーよ! どんだけゲスなんだよ! 仮にしてきても断れよ! あのさ! 俺ってそんなことするように見えるの!?」
「……そんなに思いっきり否定しなくても」
「どうすればいいねん! 俺は仲間達にエッチな命令なんてしたことないぞ! なあ……」
とここで3人を見る。マリーは駄目だ、前回と同様こいつは悪ノリするに決まっている、演技力があるから本気で誤解されかねない。
チヒロも駄目だ、こいつも悪ノリするに決まっている、しかもマリーみたいに訂正としかしない含みを持たせたやり方をするに決まっている。
となると1人しかいない。
「末広、俺はお前に一度だってエッチな命令なんてした事無いよな?」
俺は末広に問いかける、末広はそういったことはしない、そして俺に不利になるようなことはしない、もちろん俺だって末広に不利になるようなことはしない。
末広は俺の質問を聞いて。
目に涙を浮かべた。
「はい、グスッ、一度もないです、分かっているんです、魅力が無いって、グスッ、マリーさんみたいに、綺麗だったら、チヒロちゃんみたいに、可愛かったら、イザナギ先輩だって……」
そのままポロポロと涙を流した。
(ええーーー!!)
い、いや、確かに悪ノリもしてないし、不利になるようなことも言っていないけども。
「あの、べつに、そういうわけじゃなくて、えっと」
(マリー! 助けてくれ!)
マリーに視線を送る。こう言った時のフォローはマリーが頼りになる、同じ女だから気持ちを汲んであげるのだ。
と一瞬でも思った俺が馬鹿だった、マリーは強張った顔で片手で自分の制服の胸のあたりを掴んでいる。
「……マイ、私は、大丈夫です、我慢すればいいだけの、話ですから」
「はいはい予想どおり! チ、チヒロ!?」
チヒロはうーんと考えると笑顔でミズホちゃんに話しかけた。
「藤間先輩、誤解しないでくれ、ボクの場合は進んでエッチなことをしているのだから、だから無理矢理では無いよ」
「はいはいこれも予想どおり! ねえ、わかるよね!? ミズホちゃんは分かるよね!?」
俺の必死の形相にミズホちゃんは。
「あ、うん、エッチな命令したことは無いのは、信じるよ」
かろうじて、そう答えてくれた。
●
(疲れた……)
末広を何とか落ち着かせ、マリーとチヒロに説教をかまし、かろうじて場が復活した。
えっと、何の話をしてたんだっけ。そうか、依頼を受けるかどうかという話だ。ちなみに借りの件については「いいよ」とあっさりオーケーを貰った。
さて、いよいよ本題だ。そのトラブルの内容とやらを聞かなければならない。
俺の問いかけにミズホちゃんは一呼吸置くと話し始めた。
トラブルに巻き込まれている親衛隊の名前は安比奈学園第5中学校3年8組、寺尾コウタ、親衛隊には入って半年、たまたま行ったミズホちゃんのライブで彼女の熱狂的ファンになり、その熱意が本物のだと認められて、友人の口利きで親衛隊に入隊。
性格は至って素直で真面目な生徒だそうだ。
その彼が一週間ほど前から突然連絡が取れなくなった。他の親衛隊達が連絡を取ろうとしたものの一向に返事が無かった。
何かに巻き込まれたかもしれない、そう考えたものの、学校の出席状況を調べてみたものの出席している様子もない、どうすればいいかと悩んだところ、事件が起きる。
親衛隊の活動資金が何者かに盗まれたのだ。
そこまで話してミズホちゃんは、懐から十数枚の防犯ビデオカメラの映像を撮影した写真を取り出す。
それを見てみると、複数人の男子生徒達が、金庫を開けて金を盗んでいる状況が映し出されていた。
本拠地の出入口は一か所、カード式開閉装置で親衛隊以外のカードで入出することは不可能、記録を確認したところ行方不明になった親衛隊員のものと判明した。
話し終えたミズホちゃん、俺は何も言わない。
今の話だけを聞けば、親衛隊員は何者かに誘拐されて、カードを無理やり奪われ、それを悪用された。
(とだけ、考えられないのが、俺達の因果なところだよな)
元よりその親衛隊員が手引きした悪質な犯行であることも考えられる。
「何者かに誘拐されて、トラブルに巻き込まれているの、だから助けてあげたい」
釘をさすようなミズホちゃんの言葉、仲間なら信じるか。確かに皆がもし同じことをしたら、俺は理由を探すだろう、そしてその先に残酷な結論が待ち構えているとしてもだ。
それを受け入れる覚悟はあるってことも、そうでなければここまでのことはしないだろう。
「ミズホちゃんにとっての親衛隊は、俺にとっての仲間と一緒だってことか」
俺の言葉に頷くミズホちゃん。
もう何も言う必要はないだろう、後は行動を起こすだけか。
「分かった、その寺尾コウタの情報を全てこっちに寄こしてくれないか、ただし、こちらも真剣にやる、真実をありのまま伝える、それだけは覚えておいてほしい」
俺の言葉にミズホちゃんは「お願いね」とだけ答えてくれた。
●
「この写真はとてもクリアに撮れているけど、顔認識ソフトを機能させても無数にヒットするね、どうするんだい?」
ミズホちゃんが帰った直後、防犯ビデオカメラの写真を見ながらチヒロが話しかけてくる、もちろん風紀委員会の権力を使ってもいいが、リスクを不要に背負う必要もない。
「大丈夫だ、マリー」
マリーはチヒロから写真を受け取りじっと見る。
「この3人のうち1人は、一度風紀委員会に捕まっていますね、罪名は窃盗、名前は田中良哉、安比奈学園第二高等学校2年生です」
マリーの言葉に2人が驚いた顔をする、そうかそういえば知らなかったか。
「マリーは、風紀委員会に保管されている被疑者写真を全て記憶しているのさ」
「「え!?」」
マリーは驚異的な記憶力を持っている、俺も時々忘れてしまうがマリーはイギリス人、まあそう言うと「イギリスなんて国はありません」とたしなめられてしまうのだが。
それは置いといて、マリーはその記憶力を買われて特待生待遇でここに留学したのだ。暇つぶしに記憶した本の内容を頭の中で読み返すなんて器用な事もやってのける。
「とはいえ記憶できるだけですので、特技の一つに過ぎませんよ」
「いや、それでも十分すぎるほど凄いぞマリー」
「てれてれ」
「さて、チヒロ、その田中良哉の学内携帯の割り出しはできるか?」
「お安い御用さ」
「なら、その携帯を追いかけることもできるか?」
「5分ほどのタイムラグがあるけど、それでいいならね」
「分かった、チヒロ、まずは学内携帯の割り出しを最優先、場所を特定次第マリーは俺と来い、末広は資料化を頼むぞ」
さて、もしこれを誘拐と考えるなら早いほうがいい、俺はチヒロの解析を待って動き出した。