ハッカー笠幡チヒロとスナイパー末広マイ
「これまた派手に荒らしたものだねぇ」
「ち、派手に暴れられると思ったのに、惜しいですね」
俺は麻酔銃を下ろし、マリーはトンファーを仕舞い、ダバダバ同好会の惨状を見る。
どうやら侵入したことについてアチラさんは隠す気は毛頭ないらしく、そこかしこがひっくり返されていた。
念のため罠があるかもしれないと思い、色々探ってみたが、ひっくり返される以上のことはされていないようだ。
「あったのは、パソコン打ちされた脅迫文だけか」
中央のテーブルの上にこれ見よがしに置かれていたもの、とはいえ内容は「お前達のことは全て知っている」という一文だけ、これで脅しのつもりなのか。
「変わり映えがしませんね、脅しはもっと効果的なものでないと意味が無いんですよね」
「そうだな、主語がぼやけすぎてる、裏が取れないが信憑性があり具体性がある内容じゃないとな」
だから本当になにも無いのだ、これじゃ手がかりにならない。色々探っている時に同好会のパソコンをいじっているチヒロが話しかけてくる。
「ねえ、2人に念のため聞くけどさ、このパソコンの中に大事なデータとかは入っているの?」
「大丈夫だ、大したものは無いよ、ネトゲのデータぐらいだ」
まあ大量のエロ動画をここに保存するほど馬鹿では無い、マリーも使うからな、そこは男としてのエチケットだ。
ちゃんとイザナギ秘蔵コレクションはDVDに保存して、自室の誰にも見つからない場所に保存してあるのだ。
「そうだね、エロ動画が大量に入ったけど、まあマニアック系は無いから性癖もばれる心配もないね」
「ちょ! ちょ! ちょ!」
「DVDに焼くために一旦ハードディスクに保存しただろう? ごみ箱から消しても復元は出来るんだよ、知らなかった?」
チヒロの横でマリーがポンと手を叩く。
「ああ、まんべんなく色々好きですよね、巨乳物が少し多いぐらいですか」
「は……は!? 何で知ってんの!?」
「イザナギが留守にしている時に見てましたよ」
「「見てましたよ」じゃねーよ! 勝手に部屋に入るんじゃねーよ! というかどうやって見つけたの!?」
「あれで隠しているつもりなのが片腹大激痛、というよりもイギリス人物が無いのはどういうことです?」
「辞めろよおぉぉ! 女子にそういうことの言われるって何かすごい、こう胸のあたりがモヤモヤするんだよぉ! あのさ、お前ら2人はさ、女の子らしい反応はできないのか!?」
「女の子らしい反応? してほしいのなら出来ますけど」
「できるんかい! じゃあやってくれよ!」
俺の言葉にマリーとチヒロはお互いに頷くと女の子らしい反応をしてくれた。
「…………」
「…………」
軽蔑しきった氷のような冷く、道端の石ころを見るような目で俺を見るマリーとチヒロ。
俺が求めた「女の子らしい反応」とは全く違うからやっぱり元に戻してと俺が懇願するまでにさほど時間はかからなかった。でもなんかちょっとドキドキした。
「……あれ?」
そんなやり取りをしている中、アクセスルートを辿っていたチヒロの手が止まる。
「神明先輩、このパソコンって風紀委員会の管理では無いの?」
「……さあ、どうだったかな」
「どうだったかなって、このパソコンのせいでここの場所が特定されているんだよ、でも不思議なのがこのパソコンのセキュリティの割に風紀委員会のサーバーにアクセスできるようになっているのが変だね、神明先輩、詳しく知りたいからもっと調べたいんだけど」
「……構わない、俺が許可するよ」
「ふんふん、名簿データにアクセスしているのか、流石に強固だけどボクの力なら……ほほう、ほほう、色々な部署があるものだね」
丁度史料課の名簿データに目を止まったのだろう。
徐々に顔色が青くなってくる。
「あの……ひっ!」
チヒロが俺達に振り向いた瞬間小さな悲鳴を上げる。それはそうだろう。
俺は麻酔銃を出し、マリーはトンファーを構えていたのだから。
チヒロは弾けるように立ち上がると、そのまま後ずさっている。
「だ、だって、調べてもいいって、だ、だから、ボ、ボクは無実だよ」
しどろもどろのチヒロにマリーが話しかける。
「チヒロ、無実なら今の貴方の疑問をそのまま口にすればいいんじゃないですか?」
マリーの言葉にチヒロは軽く首を振りながら問いかける。
「き、君達は、誰? 風紀委員会の名簿に、君達の名前が無い、どういうこと? 君達は確かにメンバーではないのか」
チヒロの言葉に俺は小さくため息をつく。
「力がありすぎるのがあだになったな、知ってはいけない事を知ってしまった、残念だチヒロ、お前の事、結構気に入っていたのにな」
「ええ、貴方を消さなければなりません」
「え、え、え、そ、そんな」
涙目になるチヒロ。じりじりと俺達は近づき、俺は大きく息を吸い込んだ。
「なーんて、うっそだぴょーん!」
「……へぇ?」
涙目になりながら呆けるチヒロに冷たい視線を送るマリー。
「イザナギ……」
「ごめん、突然だったからさ、あの、ホントごめん」
呆然と見つめている、ちょっと驚かせすぎたか。こうやって極秘任務が下された以上、一番最初に話すべきことだったが、つい悪乗りをしてしまった。
呆けるチヒロに俺は話しかける。
「なに不思議がってんだよ、ニートのくせに知らないのか? 学内ネットで俺達風紀委員会である色々な陰謀論を思い出してみろ、今の状況にぴったりなのがあるだろ?」
俺の言葉にそのまま考えると思い当たることがあったようで今度こそ驚いた。
「ま、ま、ま、まさか、あの都市伝説って言われていた! 君達は、実在したのか!? 組織図に書かれていない、名簿にも載っていない、存在そのものが非合法部隊の風紀委員会のメンバーがいるって!」
●
権力の強さとリスクの高さは正比例の関係であることは意外と知られていない。もちろんそれを知らせずハッタリを利かせる道具として利用していることは事実ではある。
とはいうものの強い権力をその場で発動させるためには条件がそろわなければならない、これが権力の暴走を防ぐためとはいえ、枷にもなっていることも事実だった。
その中で氷川先輩と俺が提唱したのは、その枷がない、つまり強い権力をリスクが全くない状態で発動できる特殊な部隊の創設だった。
そのために必要なこと、俺と氷川先輩が出した結論は単純明快だった。
それは捨て駒になる事。
捨て駒、つまり風紀委員としての権力を持ちながら、風紀委員ではない、好き勝手に権力を使える代わりに、無条件に切り捨てられる。
自分の身を顧みないこと、自分がどうなってもいい者、使い捨てられる人材が必要であると結論付けられて、萱沼委員長に許可をもらい俺と氷川先輩は動きだした。
俺と氷川先輩が最初に試験的に活動を開始、試行錯誤を続ける中、幸運にもマリーを仲間に獲得、それに伴い氷川先輩は風紀委員長付に異動し政治交渉や現場のサポートに回ることになり、俺とマリーが前衛に専念することになった。
「俺達が失敗すれば、そのまま切り捨てられる、神明イザナギ、マリーバードウィッスルという2人は風紀委員会には存在しないとな、そのためのありとあらゆる手段は既に講じてある、俺達は進んで捨て駒になったんだよ」
俺の説明を神妙な顔をしながら聞いていたチヒロは感心したように頷く。
「……なるほど、神明先輩達にとってボクがロクロウであってもなくても、どっちでもよかったんだね、ボクが良からぬ事を思って近づいたとしても、別にそれならそれでいいってことか、罠なら罠でいいって意味、やっとわかったよ」
「そのとおり、でも結果的に俺にとっては僥倖だったってことだよ、ちなみに俺達の報酬は小遣いって形になっている。俺とマリーは「経費」扱いになっているんだ」
そう思いながら改めて同好会の部屋を見渡す、ひっくり返された本拠地、片付ける気は起きない。
「また場所を変えないとだな、今回は早かったな、たった1週間か」
「ですね、本を移すのが面倒なんですよね」
「電子書籍にすればいいじゃないか?」
「電子書籍は味気ないんですよ、本の重さと紙の質感が大事なんです」
「そんなものかね」
マリーと雑談しているとおずおずとチヒロが話しかけてきた。
「あのさ、そんなに頻繁に本拠地を変えるのかい?」
「いや、俺たちぐらいだよ、それが役目だからな」
「役目?」
「だから、俺達にアナログでもデジタルでも、アプローチをかけた場合、自動的に全部こっちに来るようになっているんだよ」
「え……え!?」
「セキュリティを突破して、風紀委員会の極秘作戦班にヒットすれば、それは勝利を確信するさ、シンプルながら実に効果的だよ」
目をぱちくりしていたチヒロだったが、何かを思いついたようで話しかける。
「それって四六時中狙われているってこと!?」
「そうだよ、チヒロ、今考えれば、不自然な点って無かったか?」
「不自然って……まあ、余りに簡単すぎるとは思っていたよ、だけど神明先輩とマリーが極秘作戦班と分かった時点で、これは当たりだと考えたね……」
「ははっ、その不自然じゃないようにかなり強固にしているって話だけど、簡単すぎるとは流石だよな」
「……ガチで徹底している、イカれてるとしか思えないね」
チヒロの言葉に思わず笑ってしまう、確かにそれが率直の感想だろうな。
「神明先輩、そんな極秘事項をボクに言っていいのかい?」
「どの道、こういった情報は漏れるものだよ、そのために代理出席を俺達も使っている、だから言いふらされてもこっちに害は無いんだよ、神秘性ってのは「よりマイナス」に働くからな」
「確かに、他人が全く知らない事を知るというのは優越感があるからね、それは否定しないよ、でも割に合わないと思うんだけど」
「そうか? 対価として授業料はタダ、住むところもタダ、まあ遊興費だけは小遣いだけどな、でも楽しいぜ、刺激的な生活に疲れることもあるけどな」
ふっ、決まったぜ、存在しない裏組織で活躍する俺カッコいい、と思ったら2人でコソコソ話していた。
「マリー、今さ、ちょっとカッコいいって自分で思ってたよね?」
「男のそういうところって可愛いですよね、まあそこは騙されてあげるのが女の甲斐性というものですよ」
「そこまで分かっているんだからなにも言わないでほしいんですけど!」
俺の言葉にマリーとチヒロが笑い、チヒロはそのまま肩をすくめながら席に座る。
「全く、ボクはニートなのに、か弱き乙女はもっと大事に蝶よ花よと扱うべきだと思うんだよね」
「……チヒロ?」
「まあでも、気が変わったよ、ニートをその気にさせるなんてね、明日から本気出すと思っていたけど、今日本気を出そうか」
そのまま懐からUSBを取りだすと、ディスプレイに一つの画面が立ち上がる。
「この中にはボクのお手製のソフトが入っているんだ、それと作業中は話しかけないでくれよ」
そのままソフトを走らせたときだった、凄まじいスピードでパソコンを操作する。
今度はこちらが驚く番だ、傍目からなにをしているのかさっぱり分からない。画面を見て色々コマンドを打ち込み、表示された結果を見て再び違うコマンドを打ち込む。
「はい終わり、このパソコンをいじくっていたのは藤間ミズホの親衛隊だね」
「……はい?」
チヒロはあっけらかんとした顔で俺達を見ている。
「なにを驚いているんだい? そのためにボクを連れて来たのではないのか?」
「いや、そうなんだが、ほ、ほんとうなのか?」
俺の言葉にチヒロは得意げに話し始める。
「間違いないね、ダミーも考えて15000通り試してみたけど、その中でトラップが258通りあったよ、でもトラップ癖も全部癖が似ているね、はい減点」
「手を変え品の変え色々ダミーを混ぜているけど、簡単に辿れたね、トラップで安心した形跡がバレバレ、はいもう一つ減点」
「ま、トラップの数は頑張った形跡があるね、まあそこは少し加点してもいいけど、単調すぎる」
「自称上級ハッカーといったところかな、相手とすれば一番たやすい部類だよ、自分が上手だと勘違いしているから、簡単にトラップにはまってくれる、今までボクに挑戦してきた手合いとまったく一緒」
その後チヒロは、他にもいろいろな手段を講じたらしいが、長くなるし、理解できないとのことで省くとのこと、そしてチヒロは最後にディスプレイを俺達に見えるようにして締める。
「そしてボクのやり方は知ってのとおり、敵に容赦はしない、敗北を知らしめるために、全てを公開するってことだよ」
チヒロが指し示したのは、ミズホちゃんの親衛隊の名簿だった。
「……これは助かるな、マリー」
「ですね、辿られたことに相手も気付く様子がまるで無いってことですか」
「しかもミズホちゃんの親衛隊とは、これは面白いことになってきたぜ、チヒロ、例えば俺達が殴りこみかける時に、周りの状況とかも把握できるのか?」
「……まあ、監視カメラを乗っ取るという意味ではできるけど」
「よし、今から仕掛けるぞ」
「えー! これから!?」
「こんな脅迫文を残してるってことは、自分が優位にある、つまり勝ったと思っている証拠だ、これほどまでに油断している時は無いからな」
「い、いや、こういった時って上の人間とかに指示を仰ぐとかしないの?」
「関係無い、俺たちは存在しない人間だからな」
●
藤間ミズホの親衛隊。
アイドルグループの公式ファンクラブはアイドル部が運営されているが、藤間ミズホはそれとは別に自ら隊長を務め、34名からなる自分の親衛隊を組織しており、その存在は対外的にも知られ、公式の私的ファンクラブという奇妙な立ち位置である。
彼らはミズホちゃんの活動の広報や情報収集活動を行っているが、なんといっても士気が高く統率がとれた活動ができることである。
その士気の高さは、彼女が親衛隊を特別扱いしているからであるというのは強く言われる。
具体的には親衛隊達のためだけのソロライブ、手料理を振舞う食事会、活動費を全てミズホちゃんのポケットマネーで賄っているという。
そのポケットマネーの出所が分からず、出所不明金となっており、派手な情報収集活動とともに俺たちに目をつけられることになったのは最初に述べたとおりなのだが……。
「まいったね……」
俺とマリーはそのまま数百メートル手前のボロビルの屋上で望遠鏡を外す。
監視に適した場所に人員を配置しており、常に周りで人がいないかどうかの確認を行っている、しかもなにやらインカムかなにかで常に連絡を取り合っている。
狡猾なのは、疑わしき人物がいても問い詰めない、まずは誰が疑わしいかを慎重に見極めているところだ。
「ちょっと甘く見ていたか、ここで油断しないとは初めてのパターンだな」
「イザナギ、私達の捕獲作戦がバレて、対策をとっているんですかね?」
「んー、どうかな」
「え?」
「いや、ちょっと引っかかってな、作戦は中止、撤退するぞ」
俺の指示にチヒロは驚いた顔をして俺を見る。
「あっさり、あきらめるんだね」
「もちろんだ、最悪なのは失敗を失敗だと認識しないことなんだよ、テレビドラマみたいに綺麗にはいかないの、スナイパーがいれば話は別だったんだがな」
「…………」
「チヒロ、親衛隊をネットで網を張ってくれ、それを全てデータベース化して資料化してほしいが出来るか?」
「資料化って、要はまとめるってことだろう、面倒な作業じゃないか、それは断る」
「私も嫌ですね、事務作業は嫌いです、イザナギ、やってください」
「うーん、俺も苦手なんだよなぁ」
そうだった、マリーと2人の時には必要なかったけど、チヒロみたいな情報処理担当が加入して分析し始めると事務作業が必要になってくるんだった。
「神明先輩、時間が開いたのなら例の作業を進めたいのだけど」
俺が誰を考えたか察したように、チヒロが話しかけてくる。
「あとどれぐらいで完成するんだ?」
「数時間あれば」
「早い、ならソフトの完成を最優先、その後末広のところに行くぜ、まずは同好会に戻って、じゃない、あそこにはもう戻れないから、しばらくはチヒロの部屋に居候させてもらえないか、当然その分報酬は上乗せするぜ」
「上乗せする必要はないよ、ただし夜這い禁止が条件だ」
「うん、そんなしょうもない条件守るだけでいいのなら是非」
俺の言葉にチヒロはぷくーと、可愛くむくれる。
「先輩の……いくじなし」
(くっ、なんか腹立つ!)
●
「はい、チヒロスペシャル3号だよ、滋養強壮にピッタリ、旦那も元気で奥さんご機嫌さ」
「なにその売り文句、夜這い禁止じゃなかったのかよ」
と言いながら飲んでみると、おお、味はそこそこにおいしく、疲れた体にしみこんでくるような感覚。
ちなみにサポートソフトは少し前に完成、ただ使えるかどうかは使いながら調整する必要があるとのこと、それを受けて俺は再び、今度は食事に誘うためスマホでメッセージを送り返事を待っている。
その時にスマホにメッセージが届く、末広からだ、内容は美味しいカプチーノを出してくれる店を見つけたからそこにしようという内容だった。
(末広……)
自然とスマホを握り締める力が強くなる。
「じーーー」
わざわざ口に出してマリーがじっと見つめてくる。
「じとーーー」
わざわざ口に出してチヒロもじっと見つめてくる。
「あの、なに?」
「いえ、男ってこういうのが好きなんでしょう? よくある美少女2人に嫉妬されるパターンが」
(美少女とか図々しい……)
まったく、俺がどんな気持ちで末広をスカウトしようと持っているか、こいつらには分からんのだ。
とここで不意に最後の日のことを思い出した、最後の日のアイツの言葉と俺の思った事。
「どうして黙っているんです?」
物思いにふけろうと思ったがマリーのドアップでそれが中断される。
「な、なんでそんなに怒ってんだよ? というか近い! 近いから!」
「大丈夫です、特に邪魔をするわけじゃないので、いってらっしゃい」
「なんなんだよもう……」
相変わらず意味が分からん、さて、気を取り直していこうと思った時にチヒロに話しかけられる。
「神明先輩、行く前にこれをつけてくれないか?」
チヒロは、円形のシールを取りだすと差し出してきた。
「なにこれ?」
「趣味で作った特製の骨伝導の無線だよ、口に当てなくても、胸や鎖骨に当てるだけで自身の声と他人の声を集音することが出来て、かつこちらの声も聞こえるという優れものさ、ま、傍受範囲が狭いのと、任意のオンオフが出来ないのが玉にきずだけどね」
「いや、いやいや、なんで急にそんな、便利そうだけどさ、というか、ついてくるの?」
「楽しいシチュエーションじゃないか♪」
「…………」
「友達が心配だからだよ」
「……もう遅いよ」
●
「…………」
末広との待ち合わせ場所。オシャレな店外カフェだ。俺は時間より早くついて、テーブル席に座って末広を待っている。
『こちらチヒロ、ただ今感度試験実施中、変調波を発射する、本日は晴天なり、本日は晴天なり、本日は晴天なり、神明イザナギのメリットはいかがか、どうぞ』
「…………」
『神明先輩、先輩の動画フォルダの中で「研修用動画13と34と51」を研修のためにマイに送りたいと考えているのだけど』
「なんでピンポイントでエロ動画把握しとんねん!」
『うんうん、よく聞こえているよ、メリット5だ』
(泣きたい……)
結局テストケースに付き合わされることになってしまった。どうしてこんなことに、後輩とお茶するだけなのに、スカウトしようと思っていたのに、真面目な流れだったのに、エロ動画が速攻全部バレてしまうし、災難だ。
「イザナギ先輩! すみません! 待たせてしまって!」
鬱々としていた時、俺の文句は向こうから嬉しそうに手を振ってくれる末広によってそれが吹き飛んだ、元気よく挨拶してくれる末広に心がなごむ。
『おおー、髪型もちゃんと整えていて、服装もキャミソールながらに清楚な雰囲気、それに比べてイザナギは……』
『でもマリー、女心を理解して喜ぶことがさりげなく出来る神明先輩を考えてごらんよ』
『ああ、いますね~、こうすれば女が喜ぶとか、私一番嫌いなタイプなんですよね』
『ボクも同じだ、マメな男がモテるというのは女として分かるが、それは他の女にもマメだということだからね、ってネットに書いてあった』
『なるほど、マメな男は怪しいと』
(お前らうるさいんだよ! 話に集中できないだろーが!)
「イザナギ先輩?」
キョトンとしてみてくる末広に慌てて取り繕う。
「ああ、いや、なんでもないんだ、えっと今日はお前にメニューを任せて良いんだよな」
「はい! ここのカプチーノはとっても美味しいんですよ!」
末広は俺の向かいに座ると、そのまま店員にカプチーノを二つ頼み、ほどなく持ってきてくれた。
おお、香りは良い感じ、飲んでみるとコクと甘みが広がる。なるほど、確かにこれは美味しい。
ちなみに俺と末広はコンビを組んだ時から、いつしかお互いに美味しいと思ったものを色々と紹介し合うようになったのだ。
そして紹介してくれた相手にちゃんとお礼を言って、その分だけの料金を出すのが俺たちのルールだ。
俺はいつものとおり、末広にお礼を言うために話しかけた。
『チヒロ、私お勧めの砂糖菓子をどうぞ』
「この砂糖菓子美味しいよ」
「え? 砂糖菓子?」
「あ、ご、ごめ! 違う! カプチーノ! このカプチーノ美味しい!」
「は、はあ、気に入ってくれたようで……良かったです」
ああ、びっくりした、急に脳内に響き渡るからついつられてしまった、すごいドキドキする。
ごほん、でもこうやって2人で食事をすると思いだすのは、2人で楽しく風紀委員会の表で捜査をしていた記憶。
末広を教える上で、俺自身も大事なことをいくつも教わった。
『ボリボリ、へえ、この砂糖菓子、素朴な味だけど、暖かさを感じるよ』
それは暖かな素朴な味、じゃなくて、自分の未熟さを顧みる事が出来るという事だ、自分だけだと、物事は単一的になってしまう。教える上で教わることは山ほどあった。
『これは紅茶にも合うんです、和菓子職人でありながら、洋菓子にも合うように作れるのが流石手先が器用な日本人の技ですね』
そのとおり、一つの事で大きな汎用性を持たせるというのは、簡単なようで誰にでもできる事じゃない。
「和菓子職人は大したものなんだな」
「え? 和菓子職人?」
「え! ち、ちがう! ごめん! わ! わあ~! このケーキ美味しい!」
「イザナギ先輩! それケーキじゃないです! 皿! 皿ですよ!」
『そうだマリー、こんなこともあろうかと紅茶を水筒に入れて持ってきたんだ、飲んでみてくれ』
『ゴクゴク、ほほう、これはアールグレイですね、ミントの癖がなんとも』
「いや、お前の紹介してくれたアールグレイさ、ホントに美味しいよな!」
「???」
「あの、ごめん、ちょっと席外すわ」
●
「面白いからついてきておいて速攻飽きるなよ! 後うるさい! 頭に直接響いてくる感じで、話に集中できないの!」
いつの間にか、ベンチで2人でお茶をしてくつろいでいる2人ではあったが、2人に悪びれる様子は全くない、チヒロがカップを傾けながら話しかけてくる。
「いや~、これがついてきてもあんまり面白くなくてさ、つい、ねえマリー?」
「ですね、アニメとかではよくあるパターンだったんですが、ただ話しているのを見ているだけって退屈というか、そういえば私達がめんどくさがって普段諜報活動とかあまりやらないですよね」
「なら帰れよ!」
「それも遅いですね、もうバレてます」
俺の後ろを指さすマリー、恐る恐る振り向くと末広が俺達を見ていた。
「あれ、チヒロちゃん、マリーさんも? あのー、イザナギ先輩? これって……」
チヒロがポリポリと頭をかくと末広に話しかける。
「いや~、すまない、ボクが無理を言ってついてきたんだよ」
チヒロの言葉に末広はようやく合点がいったようだ。
「……チヒロちゃん、あの骨伝導のやつ使ってたでしょ? イザナギ先輩との会話で分かったよ」
「はは、マイには全部お見通しだね」
「もう、相変わらずだよね」
「相手は選んでいるつもりだ、謝って済む相手をね、おかげで滅多にできない経験をさせてもらったよ、一度でいいからやってみたかったんだよね、はっはっは」
(そのためにわざわざ……)
つまり唐突に思いついた実行したわけか。そのままちゃっかりチヒロはアイスをマイに差し出すとマイは呆れながらも受け取る。
「はいはい、これで誤魔化されてあげるよ」
豪華弾三重ねでそれをあっさり許す、笑顔で話している。本当に2人は仲がいいんだろうと思っていると、末広がチヒロに話しかける。
「そういえば、チヒロちゃん、イザナギ先輩達と一緒にいるけど、あの電話なんだったの?」
「…………」
チヒロはそれに答えず俺を見て、チヒロが答える代わりに俺は末広に話しかける。
「末広、付き合ってほしいところがある」
●
俺が末広を連れてきたのは射撃場だ。
改まって言うから内容はわかったのか、末広は特に拒否することなく付き合ってくれたものの終始無言だった。
「末広、前にお前は「自分の事務能力を買ってくれてスカウトしたいのか」って言っていたよな?」
「……はい」
「半分はそのとおりだ、知ってのとおり俺は事務が苦手だからな、だがお前には事務員以外に後衛の要になってもらいと思っている」
「……でも、私、スナイパーは……」
「これを見てくれ」
俺は、そのままボックスの蝶番を外し、スナイパーライフルをチヒロに見せる。
さて、どんな反応をするのか……。
「これ……」
末広は、目が離せないようでふらふらと吸い寄せらるよう近づくと、手に取りその質感を確かめるように持つ。
よし、ひょっとしていけるかも。
「末広、ライフルが当たらない理由はなんだっけ?」
「……はい、ライフルが、変で、当たらないんです」
「そうだな、俺はさ、本気で道具のせいにしていたとしたらどうなのか、そう考えてな、悪いと思ったがお前のデータをできる限り集めさせてもらった、結果出来たのがこれだ」
「私の、ため?」
「そうだ、一ヶ月かかったがな、おかげでマリーにも随分節約生活を強いてしまったよ」
「マリーさん……」
「なんてことはありませんよ、私は何もしていません、このストーカーライフルはイザナギの貴方への想いが結集したものなんですよ」
「スナイパーライフルな!」
俺達の会話で末広はじっとライフルを見ている、やっぱりさっきから目が離せないようだ。
「だが、これだけじゃ当たらない、チヒロにも助力を願った」
「え?」
「このスナイパーライフルには汎用の制御ソフトじゃ対応できない、だからチヒロに制御をソフトを作ってもらったんだよ」
「チヒロちゃんまで……」
「親友のためだからね、でもまだこれは未完成品なんだ、だからマイと一緒に調整していきたい」
「う、うん」
おそるおそるライフルを取り、そのまま開始線について、構える。
一体感と言えばいいのか、ライフルを構えた時……。
不思議と、直前まで抱えていた俺の不安はふき飛んだ。
●
「に、2000メートル?」
思考錯誤を繰り返し、最終的に限界射程距離がこれだった。2000メートルといえば世界レベルの距離だぞ。
「このライフルの一体感がすごくて、安心感をチヒロちゃんが与えてくれるというか」
とは末広の弁。
「与えるって、正直最後の1割程度なんだど」
「それが違うんだよ! 9割と10割じゃ全然違うんだよ!」
目を輝かせて語る末広、やっぱり俺の予想どおりだった。
俺は末広に手を差し出す。
「末広、俺のところに来ないか?」
「…………」
「もう一度俺と組もう、お前は優秀だ、あの時は俺も未熟だったんだ、だが今ならきっと違う答えが出せるはずだ、だから俺にもう一度チャンスをくれ!」
俺の言葉に末広は口とつぐんでぽろぽろ涙を流した。
「はい、よろしくお願いします、ありがとうございます、イザナギ先輩」
弱々しく、それでも確実に俺の手を握り返してくれた。やった、やっとこれで末広ともう一度一緒に風紀委員の仕事ができるんだ。
末広の握り返してくれた手に喜びをかみしめる。
『それにしても今のイザナギのセリフ、別れた女に未練たらたらの男が使う常とう句みたいな感じでしたね』
『ぶふう! で、でも一緒に住んでいてマリーには手を出していないんだろう?』
『ええ、仕事には肉食系、女には草食系の見本みたいなものです』
「骨伝導でしゃべんな! 機械取り外すの忘れてたよ!」
シールをはがして、チヒロに返す。
「チヒロ!」
「な、なんだい? そんなに怒らないでくれよ」
俺はチヒロに対しても手を差し出す。
「聞いてのとおりだ、協力者としてではなく、お前も俺の仲間にならないか」
「えーーーーーー」
「……なあ、ここは俺の差し出した手を取る場面じゃないか?」
「いやさ、君もマリーも面白いし、マイもいるから楽しそうではあるんだけど、風紀委員会なん面倒の塊のようなところじゃないか、ニートとは対極にあるようなところだろう? 勤勉実直なんてじんましんが出るよ」
「ふむ、その面倒の塊が無ければ、いいってことになるのか?」
「そうだね、まずはあの面倒な初任研修とやらも免除で、当然史料課に無条件配属で、当然自由勤務、コミュ障には辛いし、面倒なことを一切したくないニートだからね」
「それでいいのか?」
「え?」
「それなら俺達の仲間になってくれるのか?」
「あ、ああ、それは、そうなんだけど、出来ないだろう?」
「出来るよ、一任されているってのはそういう事だ、前に言ったろ俺達は枠外なんだよ、でも一つだけ条件を飲んでもらうがな」
「条件?」
「俺の命令は受けてもらう、これだけだ」
「…………」
「難しい事じゃない、「はい」って言ってくれれば、俺はお前を信用する」
チヒロは考えている。まあ早々に決められる事ではないだろう。色々危険な目にも併せてしまうし、どうしたってチヒロの生活は激変するからだ。
じっくり考えた後に、チヒロは真剣な顔で俺にこう言った。
「魅力的だけど、神明先輩がエッチな命令をしてくる危険性がある」
チヒロのセリフに俺は大きく息を吸い込んだ。
「しねーよ! どんだけゲスなんだよ! 仮にして来ても断れよ!」
「それだけ断言とされると傷つくよ、魅力、ないのかな」
「どうすりゃいいんだよ! そこは信用しろ! マリーにも同じ条件を飲んでもらっているが、一度だってエッチな命令なんてしたことはないぞ! なあマリー?」
マリーを見ると、彼女は俯いていた。
俯いているから目が見えるか見えないか、だから表情は伺えない。
いつものどこか飄々した感じではなく、悲壮感を背負っている。
両手を握りしめていて、拳が小刻みに震えていた。
「………………………………グスッ」
「おい辞めろよおぉぉ! お前演技力あるからマジに見えるんだよ! チヒロ! エッチな命令なんてしないからな!」
俺の必死の弁解にチヒロはクスクス笑っている。
「冗談だよ、さっきマリーも言っていたからね、神明先輩は草食系だって」
(それはそれで腹立つな)
チヒロは俺に手を差し出す。
「裏も業も深くて面白そうだ、分かった、ボクでよければね」
しっかりと俺たちは握手を交わした。
手を放した後チヒロはそのまま末広と、射撃について話しあっていた。
やっと完成した、これで形になった、まさかスナイパーに引き続き、ハッカーまで仲間に入れられるとは思わなかった。
俺の横ではマリーが2人を見ている。思えばマリーには随分と負担をかけた、だからこそ余計に感慨深い。
「マリー、本当にありがとうな」
「イザナギ……」
「俺の部隊が実現可能になったのは、お前のおかげだ、これからもよろしくな」
前衛しかない部隊、それでも実用に踏み切れたのはマリーのおかげだ。背中を預けられる相棒なんて、しゃらくさいが俺にとってのマリーはそういった存在だ。
俺の言葉にマリーは、言葉を返さず俺に少し寄り掛かる形で答える。
そんなマリーの姿に少し心臓が高鳴る。な、なんか、こういった仕草は初めて見る。あんまり女の子って意識した事無いけど、マリーって綺麗だよな。
「良かったですね」
「ああ! そうだな!」
うお、思わず声が裏返ってしまった。く、くそう、なんか悔しいぞ。
「美少女3人に囲まれる、男の夢、ハーレムの完成ですね、気持ち悪い」
「あのさ、俺をおちょくってそんなに楽しいの?」




