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ハッカー笠幡チヒロとスナイパー末広マイ

「…………」

 機械音の合成、マリーは俺の視線で分かったのか懐からイヤホンのコードを伸ばしてスマホに差し込み、両方で聞けるようにする。

「マリーさん?」

 末広はマリーの行動に不思議に思うが、まずは電話の相手に集中しないといけない。

『ハジメマシテ』

「こちらこそ初めまして、神明イザナギだ、用件は?」

『キミニ、アイタイ』

「分かったよ、どこに行けばいいんだ?」

『…………』

「ん? どうした?」

『ドウカンガエテモ、ヘン、ダト、オモウンダケド』

「別にそれで良いんだよ、面白そうな事には躊躇しないのがポリシーだ」

『……ウワサドオリダネ』

「噂って、聞きたいような聞きたくないような、でも俺達は2人しかいないぞ」

『カマワナイ、イマカラキテクレナイカ?』

 来てほしい、もちろんそれにオッケーを出し、向こうが伝えてきた住所をメモして電話を切ると、末広が俺に話しかける。

「何か頼みごとがあるんだってさ、お前の友達の名前はなんて言うんだ?」

 俺はあくまで「友達のお願い」を聞いたように末広に話しかける。

「えっと、笠幡チヒロちゃん、です」

「そのチヒロちゃんってのは、どんな子なんだ?」

「? どんな子って、普通の女の子ですよ」

 末広によると、中学の入学式で席が隣同士でスイーツ話で意気投合、代理出席を使っているからほとんど学校には来てないらしいが、頻繁に連絡を取り合い一緒に遊んでいるという。

 だが普通の友人とやらが機械の合成音で話しかけてくるなんて普通じゃない。

(代理出席を使っているのがやっかいだな……)

 出席という当たり前のこと一つにしても一筋縄いかないこの学園、いわゆる代理出席を認めているのだ。

 当然代理出席した人物は欠席扱いとなるが、勉学が非常に優れておりかつ推薦狙いではない無い人物にとって、代理出席は立派な部活動として捉えられている。自主性を重んじるって本当に便利な言葉だ。

 だが当然のことながら対価を支払うため代理出席は金がかかる、だから普通の生徒が利用しても利点が全くないから、主な代理出席の利用者は学園内の有力生徒が使うものだ。

 ミズホちゃんだって、アイドルの鍛錬のために代理出席を使っており、その対価はファンクラブから回収したりと、本当にみんな規則を多種多様に使っている。

 普通の女の子で代理出席を使う理由は分からないが、末広の言う感じだと笠幡も友人もそんなに多くないし、足取りも掴みにくそうだ。

(嫌な予感がする……)

 なにより俺の存在を知っている。

 電話の声というのはそれこそ実の親子でも名乗らない限り分からない場合がある。家族の声ですら信じてしまえば他人の声がそう聞こえてしまうのだ。振り込め詐欺がその典型例だ。

 そして最初の末広の反応を見ると「自称笠幡チヒロ」が本人の電話を使ってかけたのが妥当か、笠幡チヒロの安否が気になる、大丈夫だろうか。

「イザナギ先輩?」

「マリーも一緒に来てくれって、まあ暇だし、行ってくるよ、言っておくがスナイパーの件、俺は本気だ、真剣に考えておいてくれよ」



「今更ですけど、何者なんですかね?」

「さあ? 実際に会ってみないと何とも言えないよなぁ」

 タブレットを操作しながら、風紀委員会のポータルサイトをアクセスし、学籍簿を確認する。深く調べるためには本部のパソコンじゃないと調べられないが、簡易情報なら携帯端末から調べられる。

 笠幡チヒロ、安比奈学園中等部第5中学校3年8組、ハイカラ同好会を1人で運営、活動内容はハイカラ文化の研究と登録されている。

 活動内容は適当にでっち上げた内容だろう、この事自体は珍しくもないし、俺達だってそうだ。

 タブレットには学籍簿の写真ではショートカットの可愛らしい感じの女の子が映しだされている。

「全く、本当なら末広と話したかったんだがな」

「まあしょうがありませんよ、それが役割ですからね」

「特に俺達を指名してきたってことは、厄介事の匂いがプンプンするぜ」

「ですね、面白くなってきましたよ」

 横を歩いている楽しそうなマリー。こらこら、女の子が怖い顔をして笑ってはいけません、イメージが大事ですよ。

 笠幡チヒロの住所地として登録されている場所は居住区の一角、2階建ての平凡なアパートの一室だ。

 扉の横に設置されている電気メーターを確認するとギュンギュン回っている、部屋の中から人の気配がするから在宅しているのは間違いないだろう。

 ピンポーンとチャイムを鳴らすが何の応答も無い。


 ドアノブに手をかけると、そのまま抵抗なく扉が開いた。


「…………」

 マリーは既にトンファーを構えている、俺は懐から麻酔銃を取りだすと、ゆっくりと部屋の中に入る。

 入った瞬間に分かる、奥の一室に人の気配がする。

(さて、鬼が出るが蛇が出るか)

 俺は手信号でマリーに先に行くと伝えるとそのまま勢いよく扉を開き、麻酔銃を構えた。

「……な……に?」

 奥の一室にその人物は座っていた、俺とマリーの方向を向いて。そしてその人物は俺の予想を超えていた。

「なるほど、確かに学生だなんてとんでもない、それこそ先入観ってやつだったぜ、勉強させてもらったよ」

 麻酔銃を下ろし、部屋の主を睨みつける。


「ここは俺達ガキの国、ネバーランドだぜ、じいさん」


 この部屋の主は老人の男性だった、学生で成り立っている都市に、大人の存在の方が異質だ。

 さて、どんな方法を取ったのやら、俺達の存在なんて意にも介していないのか、目の前にいるじいさんは微動だにしない。

「おい、笠幡チヒロはどこにいる? 可愛い後輩の友人なんでね、もし何かがあった場合は覚悟してもらおうか」

 そのままゆっくりと爺さんは動いた……と思ったらそのまま崩れ落ちた。

「…………え?」

 そのままドサリという音とともに地面に倒れ込み、微動だにしなくなる。

「ちょちょ、あわわ、どどどどうしよう! 救急車!」

「イザナギ、落ち着いてください、というか……」

 マリーはその老人を片手であっさりと持ちあがる。

「人形ですね、これ」

「へ? にんぎょう?」

「はい、それと、そろそろ出てきてください、気配の位置が違うからおかしいと思いましたよ」

 隣の部屋に向けてマリーが話しかける。

 なんか、さっきからマリーが主人公みたいになっているが、まあいいか。

 マリーの言葉に呼応して襖が開き、部屋の主が登場する。

 そこには自分よりも少し年下のショートカットの女の子が立っていた。間違いない学籍簿で確認した顔写真と一緒の女の子、笠幡チヒロが立っていた。


「初めまして、ボクは笠幡チヒロだ、よろしくね」



 笠幡チヒロ、経歴は述べた通り、中等部に入学後ハイカラ同好会を立ち上げ、ここ風呂トイレ別の2Kに1人で住んでいる。

「これが簡単な自己紹介かな、これ以上語る事も無いんだよね、折角罠を覚悟で来てくれたのだから、有益な情報でも提供できればいいんだけどね」

 淡々とした笠幡は、キッチンで飲み物を用意してくれていて、簡単な自己紹介とやらを俺達は笠幡の自室で聞いている。

「それと趣味は、まあ、見てのとおりだよ」

 見てのとおり、俺達がいる笠幡の自室は、足の踏み場の無いほどのコードと壁を埋めつくすコンピューターの塔だった。

 圧倒されている俺達を見て笠幡は手の甲を口元に当てて上品に笑う。確かにパソコンの設備はすごいと思うけど、どう凄いのかは分からないから判断できない。でも最初の印象のとおり面白そうな女の子ではある。

「笠幡、最初のあの電話はなんなんだ?」

「それを話す前に見てもらいたいものがある」

 机の上にあるパソコンを操作すると動画ソフトを立ち上げ、ディスプレイを指し示すので自然とチヒロの周りに集まる形となる。なにが映っているのか、チヒロが再生ボタンが押すと動画が始まった。


『ここは俺達ガキの国、ネバーランドだぜ、じいさん』


「やぁぁぁめぇぇぇぇてぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 俺は顔を抑えてごろごろと転がる。

「まさかこんな絵が撮れるとは思わなかったよ、ほら、ドヤ顔の神明先輩の後ろで微妙に「やらかしたなぁ」って顔しているマリーがポイントだ」

「ちょっと待て! あの電話ってこれがやりたかったから!?」

「そうだよ、マイから色々聞いて、美味しいリアクションをしてくれるんじゃないかって思ってさ」

「えー!? じゃあ俺の推理大外れってこと!?」

 なんてことだ、ドヤ顔で「笠幡チヒロの安否が心配だ」とか思っていた自分が恥ずかしい。

「チ、チ、チヒロ、もう一度お願いします」

「はいはい、お安い御用だよ」


『ここは俺達ガキの国、ネバーランドだぜ、じいさん』


「「ぶふぅ!!」」

「いいいいいやああああぁぁぁぁ!!」

「ぶは! チ、チ、チヒロ、最後にもう一度」


「もういいだろおぉぉ! はやく本題に入ろうよぉぉ!」



(疲れた……)

 疲れた、非常に疲れた、くたくたになっている俺にチヒロは飲み物を出してくれる。

「はい、疲れた体にはチヒロスペシャル5号だよ、これを一杯飲めば一日に必要な栄養の三分の一が取れるんだ」

「誰のせいで疲れたと思っているんだよ」

 そう言いながら笠幡が出してくれたチヒロスペシャル5号とやらを見てそのまま固まってしまう。

(……まじか、これを飲めというのか……)

 こう、匂いも色もこう、なんというのか、ツンとするというか、ハッキリ言ってしまえばドブ川のような色と匂いをしている、出されたものを飲まないのは失礼だし。

「チヒロ、折角のもてなしですが、私はイギリス人ですから紅茶しか嗜まないもので」

(こいつ……)

 早速断ってきやがった、お前普段緑茶とか梅こぶ茶とか飲んでいるだろ、都合のいい時だけイギリス人ぶりやがって、日本人でも知らないようなネタとか平気で使う癖に。

「へえ、イギリス人は紅茶好きというのは知っていたけど、紅茶しか飲まないって意味でもあるんだね」

 笠幡も「外国人が言うから何かそうなんだろうなぁ」とか日本人にありがちな理解をしているんじゃない。

「なら仕方ないね、神明先輩、遠慮することは無いよ、味は保証するよ」

「…………」

 改めてチヒロスペシャル5号を見る、しかしこれに毒とか入っていたら本当にお笑い草だよな。うん、だって明らかに毒だって主張しているもの。

 まあいい、俺は男だ、これを飲むぞ、飲むぞぉぉぉ。

 そのままカップを掴み、ぐいっとそのまま一気に飲み干す。

「はーーー!!」

 くう、まずい、こう、普通にまずい、実は美味しいとかというオチもなく、オーバーリアクションを取るほどのまずさも無く、涙目になるまずさだ。

 なんか、別に飲まなくてもよかったんじゃないかと思いつつも、喉に残る苦みを堪えながら「ごちそうさま」とカップを置く。

 人の味覚は十人十色だ、彼女にとってこれが美味いと思うのだろうと思って笠幡を見る。


 笠幡も「うわあ」という顔をしていた。


「よく飲めるね、どう考えても不味いよね」

「不味い味を保証してんのかよ!」

「うーん、中々チヒロスペシャル4号を超える出来は無いなぁ、いや、栄養価が抜群なのは嘘じゃないんだよ、だけどもう外見とか匂いで飲めたものじゃないなとは思っていたんだ、実は美味しいなんてオチも無かったね」

「そんなもの客に出すなよ!」

 うう、なんか胃にもたれた感じが気持ち悪い。でも吐き戻すほどの不快感も無い、ただただ不味い、それだけの飲み物だ。

「おお! チヒロスペシャル4号は本当においしいですね、これで栄養抜群とは!」

「ふふん、5号に比べて栄養は若干偏っているんだけどね、美容にもいいんだよ」

 俺を放っておいて2人はキャピキャピしている。マリーお前飲んでんじゃねえよ。イギリス人は紅茶しか嗜まないんじゃなかったのか。

 でもマリーが初対面で打ち解けるなんて珍しい、前にも言ったとおりこいつは人見知りをするタイプだ、末広とも仲良いみたいだし、波長は合うのか。

「なあ笠幡、一応確認するが末広とは友人なのか?」

「うん、彼女は大親友だよ、というかボクに友達はマイしかいないけどね」

 仲良くなった理由を話してくれた。きっかけはなんてことは無い、出席番号が近く話し始めたのがきっかけという何処にでもあるような話。

 2人はすぐに意気投合、スイーツ好き同士、休日は2人で食べ歩きをするそうだ。

「…………」

 末広が話している時もそうだったが、笠幡の表情は優しい。

 となると、タイミングも考えて末広の事情もある程度は知っていると考えていい。

「笠幡、末広の話は聞いているのか?」

「……聞いている、マイの風紀委員会での評判もね、だけど神明先輩なら助ける事が出来るんじゃないか、極秘作戦班の班長をしているのだろう?」

「……その話、末広から聞いたのか?」

「そんなわけないだろう、マイとは友人だがその辺はわきまえている、だから悪いとは思ったが色々と調べさせてもらった、ダバダバ同好会というカバーとか、鈴木タカヒロという偽名を使っているとかね」

「……大したものだな」

 じっと笠幡を見る、多分ではあるが笠幡は言葉は信用していい。

 だがここでどうしても引っかかってしまうのは、大事なのは俺達の本名以外にどの程度俺のことを知っているかだ、末広にその部分をちゃんと確認しておけばよかった。

「結論から言えば可能だ、俺にはその権限が与えられている、それこそ今日付で俺の部隊へ配属させることは可能だ」

「ほ、本当なのか!? 駄目もとだと思ったのだけど、い、意外に柔軟なんだね、固いというイメージしかなかったから」

「…………」

 やっぱり末広から俺達のことは全部は聞いていないのか。それにしても理由としてこんな分かりやすい話をされるとは思わなかった。

「なら、権限を使ってさ! マイを!」

 はやる笠幡を手で制する。

「結論から言えば、振られたんだよ」

「どうして!?」

「……詳しい理由はいえない、けど……」

 改めて部屋を見渡す、俺にはコンピューターは全然分からないが、コンピューターが得意なのは嘘では無いだろう。

(マリー)

 俺はマリーを見ると頷いてくれた。マリーは賛成か、となれば俺は俺の目的のためにも動かなければならない。

「末広の件についてなら話は早い、お前にはやってほしい事がある、だからマジに協力者として俺達と動かないか?」

 風紀委員会は、日本警察をモデルに作られたとは述べた通りだが、懸賞金をかけると言った部外への協力は求めるものの消極的なものだ。

 だが風紀委員会は部外者への実働参加を認めている。だが俺達への協力は実生活にかなりの影響を及ぼす、徹底した身辺調査もされるし、嫌われたり陰口をたたかれるのはもちろんのこと、機密事項に触れるため、守秘義務も課せられる。

 もしこれを破った場合、最悪退学処分だ。正直部外者からすれば報酬は良いもののメリットはまるで無い。

 それも理解しているのだろう、笠幡は若干渋ったがこう答えた。

「分かった、マイのためだ、一肌脱ごうじゃないか、でもボクはこういったことは初めてでね、確か選考があると聞いたけど」

「選考の必要はない、俺の権限で合格とする」

「へえ、そこまで現場の判断に任されているんだ、本当に柔軟な対応をするんだね」

「まあな、えっとお前はどの程度の実力なんだ? 正直俺もマリーもそっち方面は人並みしかないんだが」

「専門用語を使ってはいけないってことだね、んー」

 笠幡は考え込んでしまった。

 ずっと逡巡していたが、決意を決めた顔で俺達にこう言った。


「ロクロウって、言えば分かるかい?」



 この学園都市には情報技術で頂点に立つ6人がいる。

 情報技術全盛の世の中で、卓越した情報技術はそのまま秩序に与える驚異の指標となった。

 ロクロウとは、頂点の1人に数えられて、風紀委員会が指定する正体不明の第一級監視対象生徒。

 資料なんかなくても、こういったことは、俺達がやらなくてもそういった事が好きな連中が面白おかしくまとめてくれているから分かりやすい。

 特に学園ネット愛好者からすれば、ロクロウを含めた頂点の6人はヒーローのようなもので、虚実含めた噂が飛び交っている。

 6人は有名になった経緯も色々ある中、ロクロウはハッキリ言えば地味だ。これといった黒い噂も無い。バイナリブローカーなんて噂もあるが裏付けらすら一切ない。

 ならどうして頂点の6人に数えられる存在となったのか、ロクロウの名を学園内にとどろかせたのは「喧嘩を売らず、売って相手には徹底的に敗北を知らしめる」というスタンスにある。

 当時学園内で名を上げようとした新進気鋭のハッカーのルーキーがいた。

 そのルーキーは様々な相手に戦いを挑み勝利を重ねることで名をあげてきた。実力も確かで、有名なハッカーを打ち倒し、頂点に迫る勢いだったが、その過程で目をつけたのだろう、当時無名だったロクロウに戦いを挑んだ。

 結果は大敗北、どう戦いを挑んできたのかどう戦い負けたのかを学内ネットに晒された揚句、匿名が武器であるはずの正体まで晒されてしまったのだ。

 この事件で一躍有名になり、そこからロクロウはありとあらゆる名をあげたいハッカーから狙われる形となりそれを全て返り討ちにしていく。

 気がつけばロクロウに挑戦するものは誰もいなくなり、ロクロウは頂点に数えられるようになった。

「ま……まじか?」

「大マジだよ」

「末広は知っているのか?」

「もちろん、マイに正体を明かした時に自分がロクロウであることは絶対に口にしてはならないと固く口止めされた」

「それは……そうだろうな」

 本当に目の前の人物がロクロウなのか、嘘にしては浅はかすぎるが、いきなり信じろと言われても信じきれない。

「んー、疑うのも無理はないか、マイからはね、もし何かあれば、神明先輩にだけは正体を明かしてもいいと言われたんだよ」

「なるほど……ね」

 ロクロウは攻撃を仕掛けてきた相手には非情だ、相手の個人情報を徹底的にさらすことにより敗北を学園中に知らしめる。

 やり方としてはかなりえぐいやり方だが、何かポリシーでもあるのだろうと聞いてみるとこう答えた。

「か弱い乙女のプライベートを暴こうとしたんだから当然だよ、ねえマリー?」

「はい、乙女の純情をなんだと思っているんだと言いたいですね」

(マリーにしてもチヒロにしてもよく言うよな、ホントに)

 だが油断は禁物、ロクロウは第一級監視対象生徒、監視対象者ってのは「秩序を乱す恐れ」を段階別で認定されている。

 特にこのネット社会、情報技術が高ければそれだけで脅威になりうる。

 ただ逆になにもしていなければ「監視」にとどまる。笠幡はそれを理解しているのだろう。ロクロウには黒い噂があっても、裏付けが無ければ俺達は動けない。

 だがその分疑問が上がってくる。学校にも行かず、勉強だって自分の好きな事意外はしていない。何か成し遂げたいものでもあるのだろうか。

「笠幡、お前はさ、その才能を使ってなにをしているのか、聞いていいか?」

「もちろんニート生活に使わせてもらうためだよ」

 もちろんの意味が分からないが、全く意にも介さずチヒロは続ける。

「このネット全盛の時代、別に法になんてわざわざ触れなくもたくさん金を稼げるのがありがたいよね。しかもさ、この学園って代理出席を認めているだろう? だからひたすら引きこもって自分の好きな事をひたすらやって、小金さえあれば文句言われない、ボクのような生活はニートって言えば聞こえは悪いけどさ、自分で衣食住を何とか出来れば、ニート生活万歳って感じなんだよね、そうは思わないかい?」

「そのとおりだ、よく考えたら才能をなにに使うか個人の自由だもんね」

 つまり笠幡チヒロは「超一流の才能を持った無害な生徒」ということなのだろう。

 とはいえ彼女がロクロウなら、凄い事なんじゃないか。チヒロは机に座ると両手を広げて部屋を埋め尽くすコンピュータを指さす。

「ちなみにこの子がボクの手足となるチヒロ号、ま、言っただけじゃ信用してもらえないだろうからリクエストがあればデータを取ってこれるよ」

「いや大丈夫だよ、俺達のデータを取ってこれただけでも十分に能力があるってことだからな、信用するよ」

「簡単に信用してくれるんだ、意外なことばっかりだ」

「俺が興味あるのが、チヒロが使えるか使えないかってだけだよ」

「ふーん、マイがずっと夢中になって話しているから、どんな人物かと思っていたけど、面白い人だね、優秀なのかな?」

「まさか、初任研修でもその後も落ちこぼれだったよ、それにしても末広はそんなに俺のことを話していたのか、おっと、悪口とか言われていたらショックだから言わないでくれよ?」

「え!? いや、まあ、その、なんていうか……」

 言葉を濁している、え、本当に悪口言われていたの、マジにショックなんだけど。


「かっこよくで、頼りになって、皆に優しいけど特に自分には優しい最高の男の人、だってそれはもう、耳にタコが出来るぐらい」


「…………」

「…………」

 2人はじっと俺を見ている、俺は両手で顔を覆っている。

「イザナギ、私は頼りにしていますよ」

「やめて」

「神明先輩、ボクは結構タイプだよ」

「やめて」

「イザナギのカッコよさは気付きにくいんですよね、ねえチヒロ?」

「あるある、男を見る目の無い女は気付かないタイプ?」

「やめろよぉぉぉぉ!! そういうフォローは余計に惨めになるんだよぉぉ!!」

 ゴロゴロと床を転がって、うつ伏せになる。

「ふーんだ、どうせイケメンじゃないですよ、頼りがいもないですよ、優しいなんてどうでもいい男のフォローの言葉だって分かってますよ」

 別にいいもん、イケメンじゃない男の方が大半なんだもん、だからイケメンがモテるんだよ。つまり俺達のお陰でイケメンがモテているという事になるのだ。イケメンは俺達にもっと感謝をするべきだ。

 そんなかろうじて自分に都合がいいように考えているとチヒロが話しかけてきた。

「でもね、神明先輩の言葉が今でもマイの支えになっているのも事実なんだよ」

「…………ま、俺自身もあいつのことはほっとけないんだ、だから頼むぞ笠幡」

「チヒロでいいよ、マイが心を許す人物だ、ファーストネームで呼んでくれ、マリーもマリー呼ばせてもらうよ」

「どうぞ、こちらこそよろしくお願いします、チヒロ」

 こうして、笠幡は俺たちに協力することになったわけだが。

(ハッカーか……)

 それに俺のもう一つの目的もひょっとしたら達成できるかもしれない。末広の友人となるのならばこれは運命的な出会いかも。



 俺は、ダバダバ同好会から持ってきたスナイパーライフルをチヒロに見せる。

「これは?」

「見てのとおりだ、これのサポートソフトを作ってほしい、出来るか?」

「サポートソフトって、汎用じゃ駄目なのかい?」

「俺は技術的に詳しいことは分からないが、作ったやつ曰くこのサポートソフトを作れるのは「同類」だそうだ、とにかくやってみてくれ」

 俺の言葉を受けてチヒロは懐からモバイルパソコンを取りだすとライフルとチヒロ号をコードを繋ぐ、しばらく画面を眺めていたがだんだんと呆れ顔になってくる。

「これはとんでもないね、趣味に走り過ぎているというか、原型すら留めていない」

「だろうな、ライフルとしての性能は持っているがライフルとしては使えないってのが結論だったからな」

「分かった、かなりシビアなソフトじゃないと無理だし、作ったとしてもこのライフルを使える人間はかなり限られて……」

 ここまで言ってチヒロは自分で気付いた。

「神明先輩、ボクにしてほしい事って」

「そうだ、このスナイパーライフルは末広が使うんだ、頼めるか?」

「まとまった時間は取れるの?」

「任務が入らない限り時間はいくらでもあるぜ」

 チヒロは真剣な顔で考え込んでいる。

 友人の同類という言葉はケレンミということにも意味が取れる。しかも実力も折り紙つきだ。

 俺の想いが伝わったのか、チヒロはニヤリと笑うと、そのまま押し入れを開けると中に潜り込む。

「時間があるなら明日から本気出そう、後はよろしく頼むよ、あ~、初対面の人とたくさん話したから色々疲れたよ、じゃあお休み~」

「い! ま! や! る! の! あの思わせぶりな感じはなんだったんだよ!!」

「疲れたのは本当だよ、思わせぶりなのは、今帰らない方がいいからさ」

「え?」


「さっき見たら、君達のダバダバ同好会に誰かが入りこんでいるよ、パソコンが徹底的に調べられている」


 チヒロの言葉に俺とマリーは顔を見合わせる。

「もぐりこんだ時に、君たちにパソコンに網を張らせてもらったらついさっき引っかかった、ただ誰かは分からない、カメラがあるわけじゃないし、だから今日は帰らない方がいいんだよ、布団は適当にあるから敷いて使ってね」

「チヒロ、お気遣い感謝するが余計な御世話だぜ」

「え?」

「マリー、行くぞ」

「はい」

 出発の準備を整えている俺達2人にチヒロが飛び出してきて慌てて止める。

「いや、相手がどんな奴らかもわからないのに!?」

「大丈夫だ、罠なら罠で良いの、チヒロも来てくれ」

「えー! ボクニートなんだけど!」


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