風紀委員会史料課
国立安比奈学園、中等部に7つの中学校、高等部に4つの高校、そして大学部及び大学院を設けている生徒数総数12万人の国内最大の国立学園。
国立でありながら、通常の文科省のカリキュラムを課すも、生徒全員に部活や同好会に所属することを強制としている他、他に類を見ない様々な施策を取っている。
学園を一つの都市と捉え、都市を運営することに必要な全ての機能を生徒達が行い。教職員はあくまで管理はすれば干渉をせずといった方針を貫いている。
「放棄といっていいほどの徹底した生徒至上主義、それが安比奈学園か……」
ここは学生商業区の3階建てのビルの屋上、俺、神明イザナギは寝そべってスマホをいじっている。
「イザナギ、なにを見ているんです?」
俺の視線の先には屋上のフェンスによりかかりながら、タブレットで電子書籍を読んでいるであろうマリー・バードウィッスルが視線を外し、俺に話しかけてきた。
「学園のアイドルグループ、ウインズのミズホちゃんのブログ、ファンなんだよね」
「ミズホって、グループの中でも結構キワモノでしたよね」
「キワモノって、分かって無いな、不思議ちゃん気取ったり、露骨に男受け狙ったアイドルよりかはずっといいだろう、ブログの内容の脈略の無さが癖になるんだよ、しかも可愛いし」
「相変わらず妙な女好きですよね、私とか」
「(無視)んー、癖が強い女っていい女だと思うけどなぁ」
「イザナギ、遠まわしとはいえ告白は照れますね、だけどごめんなさい、私は贅沢は言いません、イケメンで背が高くて皆に優しいけど自分に一番優しくて、浮気は絶対にしない男がタイプなんです」
「そうか、がんばってくれ、お、ミズホちゃんの得意料理はカレーか、いいね」
「カレーって、私でも作れますけど、料理できない女の常套句だと思うんですが」
「だからそこがいいんだろう? わかってないな~」
『303』
俺とマリーが片耳につけているイヤホンから無線の声が聞こえたと同時にマリーと俺の隣にうつ伏せになり、スマホとタブレットを衝撃吸収防護スーツのポケットに仕舞いこみ、顔もスーツの顔で覆い、目だけ出す姿となる。
ちなみに303とは「学園の敵」の位置暗号だ、そして303は肉眼で対象者が視認できる位置に来たという意味でもある。
そのまま位置番号に視線をやると対象者が現れ、傍に置いてあったスコープで覗きこむ。
「親衛隊の男が2人か、屈強な感じがするが、マリー大丈夫か?」
「問題ありません、むしろ歯ごたえがあって楽しめそうですね」
「さすが、頼もしいね」
さて、後は俺達2人に全てが委ねられたってことだ。
俺は、「風紀委員会」から支給されている麻酔銃を取りだす。支給品と侮るなかれ、オーダーメイドでグリップが手に吸い付く感じが気に入っている。
「マリー、俺の発射音が合図だ」
「はい」
ここで俺達の会話は終わると、銃は照星と照門でじっと学園の敵に狙いをつけている。射撃するときに最も大事なのは冷静であること、ドラマみたいに銃は当たらない。
(余り射撃は得意じゃないんだけどな)
とはいっても幸い実銃と違って、火薬による衝撃はほとんどないから、ガク引きする心配はない。
ゆっくりと引き金に力を入れ続けて……。
俺の左手に軽い衝撃が走る。
その直後に対象が崩れ落ちた。
次の瞬間マリーがフェンスを飛び越えた。
崩れ落ちたことを理解できない2人の後ろにマリーが降り立ち、素早く顎を打ち抜き2人が崩れ落ちる。
対象者の無力化を確認して、俺もそのまま飛び降りると、対象者を抱きかかえてマリーと共に走り始めた。
「対象者を確保しました」
『了解』
軽い、流石に軽いなぁ、そんなことを思いながら走っていると、100メートル先の地点で、学園内を走っている学園バスが見える。
俺達が来るのを察知して、エンジンがかかったのを確認し、後部ドアを俺が開けた後に、そのまま対象者を押し込み、そのままマリーとともに乗りこんでバスは発進した。
「ふう」
フードを取り、スーツを脱いで、制服姿に戻る。
「脱いだスーツは後部座席にある袋に入れておいてちょうだい、お疲れ様、確保は無事成功ね」
運転席から話しかけてくるのは、俺とマリーの直の先輩、氷川つらら先輩だ。
氷川先輩の言葉に会釈で返すとバスのシートに深くもたれる。
学園バスは、裏道から大通りに合流する。時間は午後9時を過ぎているが大通りはたくさんの生徒たちが歩いている。
ちなみに学園バス運転は学園内免許を持った運輸委員会の担当ではあるが、氷川先輩は当然俺たちの仲間であり運輸委員会ではない。
とはいえ運輸委員会の制服に身を包んだ氷川先輩が運転するバスを、不審に思う生徒達はいない。こういった時は変なことはせず、堂々としていることが肝心だ。
俺はスマホを取りだすと、ミズホちゃんのブログを再び読み始める。ふむふむ、相変わらず脈絡の無い内容ばかりだ。
美味い店を紹介したと思ったら、次の日はアリの行列について書いてある。結構マジに観察していて、彼女の変わり者具合がうかがえる。
「ファンだったの?」
運転席で氷川先輩が話しかけてくる。
「はい、癖が強い女はいい女って思うんですよ」
「そう、相変わらずね」
氷川先輩の言葉を受けて、マリーが膝枕をしている女の子を見る。
穏やかに寝ている彼女は自分のファンである親衛隊を協力者に仕立て上げ、時には非合法な手段を用いて学園内の情報を収集を依頼し、ファンとの交流会という形で情報を集約していた。
最初は慎重に収集していたようだが、油断していたのだろう、徐々に派手になり、それが結果的に彼女の命取りになった。
彼女の親衛隊たちが競い合うように集めた情報は俺達の目にとまることになり、彼女の情報収集のために動き出した。
調査の結果、多額の使途不明金も確認され、彼女が学園に仇なす思想を持つ団体の長だと断定、今回捕獲する運びとなった。
目が覚めた彼女は、これから学園の敵として情報を絞り取られるだけ絞り取られるだろう。
その結果、彼女がアイドル稼業を続けられるのか、学園にいられるのかどうかは分からない。
(ごめんなミズホちゃん)
今回の俺達学園警察である風紀委員会のターゲットは学園アイドルグループ、ウインズのミズホちゃんだった。
●
学園は一つの都市の形となり、国立でありながら様々な特色を得るに至った。勉学に励む者、部活動に励む者、校外活動に励む者、そして……。
犯罪や反社会的思想に染まるもの。
大半が真面目な生徒ではあるが、当然そういった輩も存在する。本当なら教職員がなんとかするのだろうが、生徒の自主性に任せるという形で自由を認める代わりに責任も全て取らせる方式を取っているため取り締まりもまた俺達の仕事になった。
犯罪の取り締まりはもちろんだが、治安維持活動の中で必然的に犯罪行為の処罰ではできない出来ない部分についての実行力、つまり警察でいうと公安警察を担当する部署が必要となったのだ。
「暗躍する裏の部分、そんな中二病設定をマジにやる部署、それが風紀委員会史料課の仕事なのであった」
読んでいた本を閉じて、マリーが語り終えた。
「お前さ、本当に日本語ペラペラだよね、暇なの?」
「はい、とっても暇です、イザナギ、新しい本買ってください、金欠生活は厳しんですが」
「悪かったよ、そろそろ完成すると思うから我慢してくれ、ネトゲーでもどうだ?」
「うーん、あんまり面白そうに見えないんですよね」
「いや、これがさ、これが始めてみたら面白くてしょうがなくて、課金するかどうか迷ってんだよ、どうしてもこのキャラをランクSSにもっていきたくてね」
「順調に廃人コースを歩んでますね~」
そのままマリーは「部室」の床に寝転がるとゴロゴロ転がり始める。
「暇で暇でしょうがないので、テレビを見ることにします」
(なんで説明口調?)
マリーはそのままリモコンに手を伸ばすとテレビをつけて、それを見始める。ゲームをする傍ら横目で見てみると雑学特集を放送していた。
「イザナギ、ランドセルの販売CMって夏からしかけるそうです、祖父母が可愛い孫と顔を合わせるのが夏に合わせた結果、売り上げが上がったのきっかけだそうですよ」
「へー、知らなかった」
「イザナギ、ダントツって断然トップの略なんだそうです、ダントツトップというのは断然トップトップで間違った使い方なんだそうですよ」
「へー、知らなかった」
「イザナギ、貴方が大好きな「おっぱい」の語源って様々な説があり未だに特定されていないそうです」
「まじで!?」
ネトゲーを放り出してテレビを見る。
ふんふん、なるほど「おお、おなかいっぱい」とか語源とか言われているのか、うーん、あんまり興奮出来ないなぁ。「お腹じゃなくて胸やん!」なんて突っ込みを入れたくなるやん。
こう諸説あるのならもっと男の浪漫を考えた説を考案してほしいものだが。
「暇だなぁ」
ひとしきり興奮したところでそんな言葉が出てくる。暗躍する裏の部分なんて聞こえがいいが、俺達の任務はいわゆる巷で思い起こされる諜報活動はしない。
諜報活動を得て「学園の敵」と認定された人物に対しての直接行動に出るのが「今の」俺達の担当だから作戦以外はこうやって暇な時間を過ごしている。
「結局ミズホは無罪放免でしたね」
マリーが学園テレビを見ながら話しかけてくる。
学園テレビでは、雑学のコーナーから、アイドルコーナーに移り、ミズホちゃんがウインズのユニットメンバーと一緒に歌って踊っているのが映しだされている。
拘束されたのはわずか半日だけですぐに釈放された、俺達の任務はあくまでも学園の敵の捕獲のみ、ミズホちゃんの情報については一方的に知らされただけだ。取り調べは相手が女子という事もあり、氷川先輩が担当している。
そして彼女を釈放したのも氷川先輩だ。
本来ならこれだけの数を巻き込んでいるので、なんらかの処分は下ると思っていたけど、お咎めなしだった。
「あのタヌキ女のことですから、なにを考えているのやら」
マリーの言葉に俺は苦笑するしかない、氷川先輩は俺たちの部隊の政治担当だ。
あの後氷川先輩から釈放するとだけ連絡してきた。どんな情報を吸い上げたかはこちらは知る由もないが、元よりそれが仕事、任務があるまでは好きに過ごしていいのが、俺達の役割の良いところだ。
「というよりもイザナギ、私たちはいつまで試験運用なんです? 今回にしても私たちの強みがまるで出ない形での仕事になっていると思うんですが」
「すまん、ハッカーとスナイパーの2人がどうしても必要なんだ、だからその2人が入るまで我慢してくれ」
「はいはい、ま、今でもそれなりに楽しいからいいですけど」
こういった暇な時間はこっちにとっても好都合でもある。作戦は無事終了したものの、俺達の一番の問題については解決していないからだ。
一番の問題、大前提としてまだ俺達の部隊は完成していない、こうやって作戦行動は起こすものの、マリーが言ったとおり試験運用の段階であることだ。
理由は簡単、前衛しかいないからだ。
いくら自由を許されていても、前衛が危機的状況に陥った時に頼りになるのは後衛部隊、 2人だけの独断専行が許可される、とは聞こえのいい言い方だけで、それは「後衛の脆弱」を表していると言える。後衛がいない部隊なんて、壊滅を前提として活動しているようなものだ。
とはいえ、ハッカーのあてはないがスナイパーについては誰をスカウトするかは部隊結成当初から決めてある。
「イザナギ、貴方が裏でこそこそやっている奴はまだなんですか?」
「もうすぐ届く、届いたらもう一度末広をスカウトしに行くぜ」
「イザナギはマイに対して凄い思い入れがありますよね、何かあったんですか?」
「…………」
もちろんある、だがそれを言っていいものかどうか、末広を仲間に入れたい理由は能力でも適正でもなく完全に私情なんだよなぁ。
「イザナギ、私達、仲間ですよね?」
マリーが真剣な顔をしている。そうだ、マリーは仲間だ、まだ発足して間もない俺達の部隊の任務達成率が100%なのはマリーのお陰だ、マリーに話すのが筋だろう。
「そうだな、お前の言うとおりだ、実はな」
「あ、すみません、ちょっと待っててください」
「おい」
マリーはスマホに着信があったのか、誰かと楽しそうに話している。
自分から振っといてと文句も言いたくなるが、会話をするマリーの顔を見て俺は驚いた。
マリーは普段「西洋系文学美少女」というとてつもない仮面を被っている。本人曰く「仮面を被るのは疲れるがそれ以上にメリットが多い」だそうだ。
だが今の話しぶりはそんな仮面は被っていない。仮面を被る癖に意外と人見知りなのがマリーだがこういう姿は初めて見た。
会話は部活動中ということですぐに打ち切ったが、誰なんだという俺の問いかけにも「私の数少ない友人ですよ」とどことなくはぐらかされた回答をもらった。
まあいいか、マリーに友人がいるのならいいことだ。
その時にピンポーンとチャイムが部室内に鳴り響く。
「ダバダバ同好会様へお届け物でーす!」
「きたか!」
駆け足でドアを開いた時に配達委員が持っていたケースをみて笑顔がこぼれてしまう。
ウキウキでサインをして部室内に持ってくる。
ダバダバ同好会、部活動を強制させることを利用して、史料課のメンバーはそれぞれにカバーとなる部や同好会を持っており、俺も表向きはダバダバ同好会会長ってことになっている。
「しかしダバダバ同好会というネーミングセンスはいかがものか、配達される郵便委員会員のちょっと恥ずかしげで言いづらそうな、それを隠そうと必死に爽やかに言い放つその姿勢にちょっと申し訳なく思うのであった」
「お前はいちいちうるさいの、しょうがないだろうよ、名前と場所帰るだけでもう12回目だぞ、いい加減名前のネタも尽きるっちゅーの、変に胡散臭そうな名前にしたらそっち系の人間がよって来た事もあったからな」
補足をすると、住む場所を特定されることが無いように、事あるごとに場所と名前を移動している。
一定に住む場所を持たない、広大とはいえここは学園、学校生活を送るにも風紀委員会以外の友達も作れずこうやって日々を過ごしている。
「それが俺、神明イザナギの宿命とでもいうのか、相棒であるマリーバードウィッスルという超絶美少女と一緒に住んでおきながら、手すら出してこない人畜無害を絵にかいたような男なのであった」
「マリー、しつこい」
「なにを言っているんですか、その学校生活を送るために私とカップル設定ってことになっているんですよ、おかげでイケメンが寄ってこないじゃないですか」
「寄ってこないって、寄ってきても振ってるじゃないか、今まで何人の男に告白されてんだよ、マリー、お前の理想のタイプは知っているが少しは妥協したらどうだ?」
「……私、男運大凶なんですよね」
「それを俺を見ながら言わないでくれる!?」
「ちなみになにを注文していたんです?」
「……まあいいか、見てみろ」
ボックスの蝶番を外して蓋を開いてみる。
「じゃーん!」
「これは……スナイパーライフルですか」
「そのとおり! これはな、俺と技術課の友人で作った最強のライフルなんだ、使う人が使えば1キロメートル先の」
そのまま俺は親指と人差し指で1センチ程度の幅を作る。
「これにヒットする、まさに一撃必殺の超スナイパーライフル!」
「おおー、凄いですね」
マリーはパチパチと拍手してくれた。
「ただ、これだけでは半分なんだよ、これは余りにもピーキーな仕様すぎて、本領を発揮するためにはサポートソフトを作らなければならないし、作れるやつも探さなければいけないんだけどな」
「その当てはあるんですか?」
「……無い、このライフルを作った友人が言うには「同類」じゃなければ駄目なんだそうだ、だがとっかかりにはなるだろう、よっしゃ、総務課に行くぜ!」
●
俺はいきなり史料課に配属された訳じゃない。ちゃんと初任研修を受けて、風紀委員会の支部に配属されて、表の捜査部門で活動をしていた。
風紀委員会は、原則ツーマンセル単位で活動を続けるため、初任研修を受けて支部に配属されるとコンビを組むことになる。
風紀委員会では2年に進級すると、初任研修を終えて配属される1年と誰と組むかでドラフト会議のようなものが開かれる。
当時のドラフト会議で、既に噂になっていた。
末広マイという新人は使えないと。
初任研修の時の成績は最下位、現場研修の成績も最下位、誰もがコンビを組むのを嫌がっていたのだ。
だが俺にとっての末広は無能というより不器用という印象で、むしろ狡く立ち回る奴よりも好印象を持っていた。
とはいえそんな印象を持っていたのは自分だけ、ドラフト会議で俺は末広を指名することになったが、周りからは反対されたり随分と奇異な目で見られたものだ。
結果、末広と組んで、俺自身最高の功績をあげた。楽しかった、気も合ったし、公私ともに仲良くなった。
あっという間に1年が過ぎて、俺は3年に進級すると同時に念願の史料課に配属されることになり、末広と別れることになった。
最後の日、夕暮れの帰り道2人で歩いていた。いつもなら話も弾むのだけど、俺達はずっと無言だった。
「イザナギ先輩と組んだ1年間、本当に楽しかったです、先輩と離れても頑張ります、だから心配しないでください」
末広の言葉に胸が締め付けられる、歯がゆい、結果的に俺と組んだことで末広の評価は上がった、それは喜ばしい事だったが……。
「末広、前にも言ったがお前にはスナイパーの才能がある」
「…………」
俺の言葉に末広は寂しそうに首を振るだけだ、コンビを組んで末広の才能に気付き、空いた時間は訓練に使っていたものの、支給されているスナイパーライフルでは全くと言っていいほど当たらない。
それは不自然なほどに……。
いくらなんでも的にまったく当たらないというのはおかしい、今は銃自体の性能も向上し、当てるだけなら簡単にはなっているのだが、末広はそれでも当たらなかった。
そして末広は、射撃練習をするたびに、もどかしそうに俺にこう言っていた。
「ライフルが変で、当たらない」
●
「その言い方だと、道具のせいにしているように聞こえますね」
総務課の廊下を歩きながら俺の話を聞いて苦笑するマリー。
確か現場研修の時、射撃をした時に大真面目な顔でこう答えていて先輩に怒鳴られていたのを見た記憶がある。
「末広はいい意味でも悪い意味でも嘘をつかないやつだ。しかもアイツの場合、スコープで倍率も明るさも固定されているのが嫌だとか、トリガーが自分の手に伝わってこないとか、凄いこだわるんだよ」
「ふむ、つまりイザナギは、マイの「言い訳」を「規格外」だと解釈したわけですね」
なるほどと頷くマリーであったが突然立ち止まり、一点を見つめている。
なんだろうと思いマリーの視線を追うとそこには、1メートルはあるであろう高さの書類の束がゆらゆらと揺れていた。
書類の束が大きく揺れた瞬間に、「あ!」と誰かの声が木霊するが次の瞬間に持ち直した。
しかしすぐにふらふらと大きく倒れかけようとした、再び「あ!」と誰かの声がこだまするが再び何とか持ち直した。
全員が固唾を飲むなか、俺は書類の束にツカツカと近づくと、ひょいと半分を持った。
「イ……イザナギ先輩」
「一度に運ぶことは無いだろう、複数回に分ければいいんじゃないか?」
「すす、すみません!」
お辞儀をしたと同時にそのまま書類の束を落とした。
「…………」
ドジっ子だ、まあ本人の前では言えないけど。どこか微笑ましく感じてしまうのは昔から知っているからだろうなあ。
「相変わらず萌えを外さない女子ですね~」
床に落ちた書類を片付けを手伝うマリー、テキパキとまとめるとマイに手渡す。
「ありがとうございます、マリーさん、いつも綺麗ですね」
「貴方もキュートですよ、マイ」
ちなみに末広にとってマリーは憧れらしい。
曰く誰にも媚びず自立して男達と渡り合う彼女の姿がいいんだとか。人の良いところを素直に良いと言えるのはこいつの一番の長所だ。
昔を思い出しながら末広を見ていると、じっと見ている事に気付いたのか、末広と目が合う。
「末広、お前には今の俺の立場を話していたな、お前が首を縦に振ってくれれば、すぐにでも俺の班に配属される」
俺の言葉に末広は寂しそうな笑顔を浮かべた。
「イザナギ先輩は、私の事務能力を買ってくれて、仲間に入れたいんですか?」
「…………」
答えられない。
こいつの場合は左遷された結果、事務方に異動させられてしまったのだ。
俺とコンビを解消した後、新入生とコンビを組んだらしいが、あまり上手くいかず再び評価が地に落ちることとなったのだ。
確かに末広は突出した事務能力があり、俺自身もずいぶん助けられたものだが末広にとってそれは誇れるものではない。
「末広、事務能力を買っているのも事実だが、前にも言ったとおり、お前にはスナイパーをしてもらいたい、才能があるんだ」
俺の言葉に寂しそうに首を振る末広。それはそうだ、今の状態が俺が「温情」をかけていると捉えるのは無理はない。
「末広、あの時言った言葉は嘘じゃ」
と言いかけたところで、末広の携帯から発信された着信音によって遮られた。
しょうがない、俺は「どうぞ」と末広にジェスチャーを送ると、末広は着信画面をみてパアっと明るい顔になった。
そのまま電話に出ると楽しそうに話している、色々とりとめもない話をするかと思ったら……。
「うん、え? いるけど、え?」
俺をちらちら見ながらそのまま携帯を外し、おずおずと差し出してくる。
「えっと、友達が、神明先輩と話したいって」
「?」
マイの友人がどうしてと思いながらも、携帯を受け取り出る。
「はい、もしもし」
『ヤア』
そこから聞こえてきたのは、機械の合成音だった。




