出会いⅢ
銀色の怪物は、その赤い目で店内を眺めているようだった。
騒がしかったお客さんたちも刺激しないよう息を潜めている。
それとは対照的に外は騒がしい。
僕もじっとその場で体勢を低くする。
銀色の怪物インヴァネラは、細長い6本の足を動かし始めた。
見た目はカマキリそっくりだ。
ただ違うのはその大きさだ。
床から頭までおおよそ2メートル50センチくらいだろう。
口からは空気の漏れる音がする。
インヴァネラは向きを変え、ある本棚の方へと向かう。
本棚の手前まで来るとゆっくりと鎌を下へ降ろす。
本棚の裏側はこちらから死角になっていて見えない。
鈍い音がした。
前にあった本棚は切断されていた。
そして下まで降ろされていたはずの銀色の刃は一変して、天井を指し、赤く染まっている。
水の落ちる音が聞こえ、それに混じって不気味な呼吸音がする。
降ろされているもう一方の鎌で本棚の切断部分をもう一度貫く。
先ほどとは別の音がした。
鎌はゆっくりと持ち上げられる。
先端には腹を貫かれた女性店員がぶら下げられていた。
手足は重力に逆らうことなくゆらゆらと揺れている。
首は頭を支えることができずに折れていた。
インヴァネラは鎌の先を眺めると無造作に振り落とした。
「イャーーーーーーーーーー」
後ろの方から女の子の叫び声がする。
音を聞きつけインヴァネラは歩き出し、僕のすぐ横を通り過ぎる。
「お願い、来ないでーー」
母親のものだろうか、同じ場所からまた声が聞こえる。
「助けてーー、誰かー」
店内には他にも人はいるはずだが応答はない。
みんな身を潜めているだけだ。
僕は本棚の間から後ろの様子を見る。
小学生低学年くらいの女の子と母親が抱き合って泣いている。
体は震え、顔はグシャグシャだ。
インヴァネラは先ほどと同様ゆっくりと、今度は鎌を持ち上げる。
その時だ。
母親は娘の上に覆いかぶさった。
守ろうとしている。
あんなに怯えていたはずなのに、最後の最後に自分の子供を助けようとしている。
僕は自分に問いかける。
悪人が命をかけて人を守るか?
守らない。
あの2人は悪人か?
違う。
善人を殺そうとするあいつは正義か?
悪だ。
善人を見殺しするのは正義か?
悪だ。
僕は悪人であっていいのか?
見殺しにしていいのか?
・・・
ダメだ!
僕は正しくあるんだ!
そこまで考えた僕は落ちていた本棚の破片をインヴァネラに投げつける。
破片はインヴァネラの頭部に当たり、動きを止めた。
そして、ゆっくりとこちらへと体を向ける。
赤い瞳に僕が映る。
初めて僕はインヴァネラと対峙した。