出会いⅡ
ーーーーーインヴァネラ遭遇30分前ーーーーー
休日の午後、玄関でお気に入りの黒を基調としたスニーカーを履き、
「行ってきます」
母さんにそう言い、僕は家を後にした。
休日ということもあり足取りは軽い。
何か面白い本は見つかるかな。
あの新刊はまだ残っているだろうか。
そんなことを考えながらいつもの道を歩いていく。
「いつも」というのは、休日に本屋へ通うことが僕の習慣だからだ。
本屋の前に着いた僕は、反対側の道沿いにあるシャッターの降りた店へと目を向けた。
シャッターには張り紙が貼り付けてあり、「閉店」の2文字だけが書かれていた。
小さい頃からお世話になっていた小さな本屋さんだ。
本好きのおじいさんが1人で経営していて、よく僕に面白い本を紹介してくれた。
おまけだ、と言って本をタダでくれたこともある。
そういえば、この習慣が身についたのもおじいさんのおかげだ。
少し思い出に浸りながら、僕は張り紙に背を向け本屋へと入っていく。
店内に入った僕はライトの光に少し目を細めた。
身長の2倍ほどある本棚の間を歩きながら、背表紙を読んでいく。気になる本が見つかれば、手に取って内容も確認する。
そんな作業を何回か繰り返すうちに僕はある本棚の前で立ち止まった。
本棚には最近話題のインヴァネラについての資料や、記録などがずらっと並んでいる。
インヴァネラ。
彼らが現れたのは今からだいたい5年くらい前だと言われている。
当時は心霊現象の一つと考えられ、日本にオカルトブームが巻き起こった。
というのも、その頃の彼らの姿は黒い影のようなものでしかなかったからだ。
ネットではウソかホントかわからない映像や画像が配信され、雑誌や新聞などでもオカルト記事や専門家の発表が一面を占めたりした。
写真に黒い影が写ってるだとか、あの病院に行くと取り憑かれるだとか、そんな話題が若い世代を始め、日本中に広まっていた。
だが、そんな浮かれた雰囲気もつかの間のことだった。
2102年4月24日。
世界で初めてインヴァネラの被害者が出た。
夕暮れにデートしていた若いカップルが襲われ、女性は首を切断され死亡。
男性も右腕を失った。
病院で男性は話した。
「影だ! 影が来たんだ! 黒いものが近づいてきて、横に来たと思って振り向いたら……
隣にいるはずの彼女の顔が……」
今まで、単なる心霊現象、なにかふわふわした存在、いるかどうかもよくわからない、たとえ本当にいても何の問題もないものと思われていた彼らに、人は初めて恐怖した。
僕は幾つかのインヴァネラの事件を読むと、本を元の場所へ戻した。
そして母さんとの会話を思い出す。
「ねぇ、インヴァネラは邪悪な存在なの?」
インヴァネラのニュースを見ていた僕は母さんに質問した。
「そうねぇ」
そう言って少し間をあけてから、母さんは笑顔で答えてくれた。
「時と場合によるわね。もし無差別に人の命を奪っているなら悪だわ。でも、そうじゃなくて、悪人を……罪人を殺しているのなら審判者よ。それは正しいことだわ」
「罪人って?」
「不正を愛する人。善人に逆らう人よ」
さてと、
インヴァネラの本ばかり見ていた僕は他の本棚へと移動しようとした、その時だった。
ガシャーーーーーーーーーーン
大きなガラスが地面に落ちる音がした。
そのすぐ後に、女性の甲高い声。
静かだった店内が騒がしくなる。
外でも悲鳴が聞こえる。
様子を確認すべく僕は本棚の横から顔を出し、入り口の方を見た。
目に入ったのは、ガラスの破片、切断された本棚、バラバラの本、
そして……
銀色の怪物だった。