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06

 その日、我が家にお肉が戻ってきた。

 母が張り切って祖母と一緒にアホのようにお高い肉をこれでもかと買ってきた。霜が降りたような黒毛の和牛だ。それを見た父も祖父も喜びつつも、母からお札の束を取り上げた。母に任せておくと一週間後は再び野菜生活に逆戻りだ。


 今夜の我が家は焼き肉パーティーだ!

 母屋の台所に、新聞紙をこれでもかと敷き詰めて、油の飛びはねを防ぐ。貧乏くさいけど、これが一番楽だと母も祖母も譲らない。イケメンたちとわくわくしながら、新聞紙を敷き詰め、家具を新聞紙で覆っていく。椅子の座面はチラシで覆う。うっかり新聞紙で覆ってお尻が黒くなった悲しい過去が我が家にはある。歩くときも座るときもカサカサバリバリ鳴るのは仕方ない。


 ジュージューと美味しそうな音を立てて焼かれていくお肉たち。

 霜が降りまくったお肉うまーい!


「そうだ、女神様に大型特殊じゃなくて普通免許にしてってお願いしたんだけど、変わってる?」


 自分の陣地のお肉を母に奪われないようお箸で抑えつつ、そういえばと聞いてみる。

 賢さんがポケットの中から取り出した免許証は、大型特殊のままだった。

 賢さんの隙を突いて快が賢さんの陣地のお肉を奪った。賢さんの目がすうっと細くなり、それを見た快がそっと賢さんの陣地に新しいお肉をおいた。うっかりそのやりとりを眺めていたら、お肉が焦げた! 折角のお肉が!


「トラクターしか運転したことないからじゃないか?」


 祖父の言葉にお父さんも頷いている。彼らは異世界補正なのか、教えられずともトラクターの運転ができる。霜の降りたお肉は多少焦げてもうまーい! 


「明日車の運転させてみるか」


 きっと車の運転もできるだろう。まあ、私有地内なので免許はいらないといえばいらないけど。いくら運転が出来るとはいえ、いきなり公道を走らせるのは人としてダメだと思う。ちゃんと私有地で練習して欲しい。たとえ胡散臭い免許証を所持していたとしても。


 ホットプレートに残った最後のお肉を母と取り合っていたのに、うっかり祖父の言葉に気をとられて最後の一枚が母の口に消えていった。


「お母さん、普通娘に譲るもんでしょ!」

「あらさっちゃん、普通老い先短い母に譲るものよ」


 しれっと答えられた。絶対に母は長生きする。父が呆れて自分のお皿にあったお肉を分けてくれた。嬉しいけどかじりかけはいらない。無言で父のお皿に戻したら、父が項垂れた。

 代わりにかじっていないお肉を賢さんが分けてくれた。優さんも分けてくれた。凜さんまで分けてくれた。嬉しいと思うより、どんだけ自分の分を確保していたのかと呆れる。確実に母の食い意地の影響だ。


「そういえばさ、女神様が『一年間よろしくね』って言ってたんだけど、一年後に帰れるってことかな?」


 分けて貰ったお肉を頬張りながら言えば、みんなが驚いた顔になる。あれ、言わなかったっけ?


「どういうことだ? 他には?」

「なにも。捨て台詞のようにそう言って消えた」

「さっちゃん、一応女神様なんだから、もうちょっと敬ってよ」

「でも、ゴスロリな女神様だよ」


 これには父も祖父も祖母も驚いた顔をしている。でしょ? 日本的な女神様を期待してたでしょ? 私だってだよ。でも実際はコスプレ女神様だ。しかも軽いノリの。


「ますます異世界っぽいわ」


 母だけは納得していた。母の異世界設定って、何でもアリ設定だ。女神様が実はタヌキでしたって言っても、きっと「異世界っぽいわ」って言うと思う。


「一年後に元の世界に戻るのか、一年後に寿命となるのか、そのどちらかではないでしょうか」


 賢さんの言葉にびっくりすれば、イケメンたちは妙に真面目な顔で一様に頷いている。


「寿命ってどういうこと?」


 あまりに落ち着いた様子から、言葉の意味を取り違えているのではないかと思う。


「元々私たちは残り十日の命でした。それが一年伸びたのではないかと考えています」

「それも一理あるなぁ」

「あるなぁじゃないよ、お父さん」


 賢さんの言葉を聞いて考え込んだ父の言葉が信じられない。それって余命一年、違う、もう三ヶ月経っているから、余命9ヶ月ってこと?


「どっちにしても、さっちゃん、今日寝るときもう一度女神様に会えるように考えて寝てみて。それで、女神様に会えたら、どういうことか聞いてみて」


 父の言葉に、仕方なく頷く。彼らの余命は残り9ヶ月ですか、って女神様に聞けというのか。それはキツイよ。自分の眉間に皺が寄っていくのが分かる。それを見た父が、にかっと笑う。


「お父さんは、そうは思ってないけどね」


 どういうこと? 私だけじゃなく、みんなが父に向かって身を乗り出した。


「きっと選択できると思う。彼らは、あのままあの世界で処刑されるのと、見ず知らずの世界にくる選択があったわけだ、三ヶ月前には」


 みんな揃って父の言葉に頷く。


「きっと今回も、一年後に選択を迫られるんだと思う。それがどんな選択可は分からないけど、もしかしたら元の世界に戻る選択と、ここに残る選択なのかもしれないし、全然別の選択になるのかもしれない。さすがにお父さんもそこまでは分からないけど」


 なるほど。さすが父。伊達に母の相手はしていない。それを聞いた母がなぜか満足そうに頷いている。どうせ脳内で「異世界設定だわ」とか考えているのだろう。




 随分と暖かくなってきたといっても、春先の夜はまだ冷える。

 ご飯を食べた後、例のほこらに来てみた。女神様に会うには、きっとここでお参りしないといけないはずだ。……あの女神様なら、ただ呼ぶだけで出てきてくれそうだけど。

 ほこらの正面から少しずれてしゃがみ込み、パン、パン、と柏手を打つ。


「女神様、一年後って何? どういうことか教えて下さい」

『ひぃみぃつーぅぅぅ』


 ……ほこらの中から軽すぎる答えが返ってきた。しかも激しくエコーがかかっている。


「秘密って……。死ぬってことじゃないよね?」

『まぁあぁねーぇぇぇ』


 ならいいや。死なないと分かればそれでいい。


『ちゅーぅりぃぷぅぅ、じゃぁまーぁぁぁ』

「あ、ごめん、お肉に浮かれて忘れてた。明日どかしておくね」

『よぉろぉしぃくーぅぅぅ』プツッ。


 女神様との謎通信が途絶えた。最後にプツッって聞こえたけど、まさか電話じゃないよね。それっぽい音に聞こえたんだけど、まさかね。


 じっとほこらの中の闇を見たと、もうほこらに用はないと、邪魔なチューリップを一瞥して、家に戻ろうとしたら、暗闇の中、賢さんがいた。


「女性がこのような時間に一人で出歩くものではありませんよ」


 しまった、夜の勉強の時間だった。部屋にいないから探しに来てくれたみたいだ。


「賢さん、一年後に死ぬわけじゃないって」


 暗闇の中、雲から顔を出した月に照らされた賢さんの目が、驚いたように少しだけ見開かれた。


「聞いたのですか? 女神様とやらに」

「うん。秘密って言われたけど、死ぬわけじゃないって」


 なるほど。そう言って賢さんが少しだけ難しい顔で考え込んだ。


「どちらにしても、その時にならないと分からないのでしょうね」

「多分。死なないって分かったからもういいやって思って、それ以上聞かなかった」


 ほんの少しだけ賢さんの目が細まった後、月が再び雲に隠れた。

 暗闇の中、家の明かり目指して歩き出す。


「あのさ、聞いてもいい?」

「はい」

「賢さんってさ、……賢さんたちって、死にたいの?」


 さっきのあの言い方、あの頷き方、まるでイケメンズたちは死を覚悟しているような気がして怖かった。


「死にたいとは思っていません」

「でも……」

「そうですね、常に死を覚悟しているのは否定しませんが、死にたいと思っているわけではありません」


 間近に迫った家の明かりに照らされた賢さんは、柔らかに微笑んでいた。


「ただ、もしかしたら、現実味が乏しいのかもしれません。ここは楽園のようですから」


 いやいや、ただの僻地だよ。こんな何もないところを楽園だと思えるなんて、今までどんな辛い状況にあったのか……って、囚われの身だったな、彼ら。

 あんなに臭くなるほどお風呂にも入れなかったのなら、毎日お風呂には入れるここは楽園だろう。彼らのおかげで毎日母屋の広々としたお風呂に入ることが出来て、私にとっても楽園だよ。主に母屋のお風呂は。


「毎日好きな畑仕事ができ、信じられないくらい美味しいものを口にでき、挙げ句贅沢なほどたっぷりの湯に浸かれ、温かで柔らかな布団で眠ることができる。楽園だろう? ここは」


 いつの間にか背後にいた優さんがそう熱っぽく語る。元国王なのに、畑仕事を最初に持ってくるのはいかがなものか。


「優さん、何してたの? こんな時間に」

「見回りだ。凜と巌が交代で見回っているのについて歩いている」


 どうやら暇らしい。そもそも見回りの必要も無いと思う。まあ、好きにすればいいけど。


「今日テレビは?」

「私のお気に入りのドラマは、先週最終回を迎えた」


 残念そうに肩を落とす優さんは、クサいほどのラブストーリーが好きだ。母と一緒に欠かさず見ている。

 凜さんや厳さんは時代劇が好きだ。祖父と一緒に正座しながら真剣に見ている。

 賢さんはニュース番組が好きで、祖母と一緒に世の中の悲しい出来事を嘆いている。

 快はお笑い番組を見ながら、父と一緒にアホになっている。

 イケメンたちが日々俗世にまみれていく。




 翌朝、そういえば今日から春休みだったと、二度寝しようとしたところで『チューリップ』と耳元で囁かれた。おまけにふっと息も吹きかけられた。びっくりして飛び起きたのに、誰もいなくて、仕方なく朝ご飯の前にほこらの前のチューリップを大きな鉢にまとめて植え替えた。

 朝の見回りをしていたらしき厳さんが言葉少なに手伝ってくれる。この渋さで二十三歳とは……。もう少し渋さが滲んでもいいはずの父に分けてやって欲しい。


「どこに持って行くんだ?」

「どこがいいかな。玄関の前か、縁側かな、やっぱり」


 厳さんが素焼きの大きな鉢に植えたチューリップを片手でひょいと抱えた。空の素焼きの鉢を持ってくるのにも苦労したのに。さすが部隊長だ。父には無理だろう。最悪ぎっくり腰になる。


「もうすぐ咲きそうだな」


 厳つい顔の厳さんの頬が少しだけ緩んだ。いつも厳めしい顔をしている厳さんの、滅多に見られない微かな笑顔にイイモノを見た気になる。まあ、チューリップにデレるのはどうかと思うけど。


 そのチューリップが縁側で咲いたら、なぜか黒じゃないかと思うほど全てが濃い紫だった。


「ピンクのふりふりチューリップのはずだったのに!」


 母がぐぬぬと悔しがった。間違いなく女神様のバチだと思う。






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