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05

 ついでとばかりに、父が彼らの年齢を聞いた。そうだ。名前だけじゃなく歳も知らない。これまたイケメンたちが首を捻った。名前ばかりか歳までも……。ちょっと哀れんだ目になっていたのか、賢と名付けられた我が家庭教師の目が細まった。馬鹿にしたわけじゃないから。一層目が細まる。今日の勉強は休みたい。今日は確実にスパルタだ。

 でも考えてもみれば、彼らがいた世界とこことで同じように時間が流れているのかどうかが分からない。


「ってかさ、免許証見れば生年月日書いてあるんじゃない?」


 思い付いてそう言えば、それもそうだと父が目の前にある戸籍謄本を確認する。抄本じゃなくて謄本なのがなんとも律儀だ、と父が唸った。そのあたりはどうでもいい。


「発表します」


 父がもったいぶった声を上げる。最近母に毒されすぎている気がする。イケメンたちが来る前はもっと落ち着いた人だったのに。


「長男、裕樹。次男、厳。三男、凜。四男、優。五男、賢。六男、快。六人兄弟になりました」


 意外だ。補佐は国王より年上かと思ってた。しっかりしてるし、落ち着いてるし。


「長男裕樹、四十四歳。次男厳、二十三歳。三男凜、二十二歳。四男優、二十歳。五男賢、十八歳。六男快、十五歳!」


 思わず六男快に目を向ける。年下だったのか。小生意気にも程がある。今日から姉と思って敬え。とりあえず半目で訴えてみた。ばれたか、ってな顔した六男快は、てへっと笑って誤魔化した。こんにゃろう。この三ヶ月、どう見ても年上だろうとちょっと丁寧に接してきたのに。敢えてパシリにもなってあげていたのに。こんにゃろう。


 ちなみに私の予想より、みんなそれぞれ五歳くらい若い。次男厳なんて絶対に三十歳は超えていると思っていた。二十三歳であの落ち着き……長男裕樹より落ち着いて見える。


「長男と次男の年齢の開きが色々おかしい」

「さっちゃん、そういう残念な報告は心の中でしてね」


 長男裕樹がちょっと悲しそうに呟いた。四十を過ぎた途端、母から加齢臭を指摘されるようになった残念な長男裕樹。


「ねぇねぇ、何でおじいちゃんの養子? お父さんの養子でもよかったんじゃないの?」

「そこはほら、さっちゃんの逆ハーよ」


 いつの間にかちゃっかり台所から戻ってきていた母が会話に加わる。いつまで逆ハーを言い続けるのだろう。それはそれでちょっと興味深い。


「別に養子なんだから逆ハー関係ないでしょ?」

「兄弟より叔父の方が世間体がいいじゃない」


 母の世間体はどんな世間の中にあるんだ。養子なんだから関係ないと思うのに。今度は何に嵌まっているのか。


「禁断の恋よ!」


 聞いてもないのに答えが返ってきた。父が腐ったものを見るような目をしている。まさか母、まさか……。父が母の死角から小さく頷いた。うん。気付かなかったことにしよう。最近イケメンたちを見てぐへぐへ笑ってたのはそういうことだったのか。加齢臭にも腐臭にも気を付けねばならぬ父。可哀想すぎる。


 ふと見れば、イケメンたちが毛筆で「トラクター」と書いている。他に書くことあるだろう。祖父と祖母が揃って「次はコンバインって書いてごらん」とそそのかしている。うちにコンバインはない。田植機もない。一家総出で手植えに手刈りだ。田植え体験や稲刈り体験と銘打って、民泊客にまんまと手伝わせてもいる。

 ちらっちらっと父を見ているあたり、祖父母の思惑が透けて見える。あざとい。


「よし。俺一応役所に行って戸籍取ってきてみるよ。本当に記載されているかどうか」


 父が逃げた。


「あっ、私も本屋さんに行こうかな。新刊が出てたんだった」


 母に回り込まれた。父が肩を落とした。この夫婦、面白い。




 補佐改め、賢さんからがっつり苦手科目を集中して教わったあと、息抜きと称して例のほこらに行ってみる。

 祖父母が手入れしているからか、犬小屋ほどのほこらの回りは、いつも綺麗に草刈りされている。……こんなところにチューリップを植えたのは母だな。ほこらの真正面にチューリップが十本以上一塊になってツボミを付けている。邪魔すぎる。


 邪魔なチューリップの脇からほこらの中を覗き込む。暗くてよく見えない。小さな格子戸の向こうは怪しいくらいの暗闇だった。うっすらとも見えない。ある意味コワイ。

 でも、どうしてか嫌な感じはまるでしない。怪しいほどの漆黒の闇は、どうしてか温かさすら感じる。すごく不思議だ。

 まあいいや。気を取り直してとりあえず柏手を打つ。神社じゃないけど、いいよね、柏手で。神様だし。多分。


「女神様、もしあのイケメンたちを連れて来たのが女神様なら、彼らの生活費を何とかしてください。あと大型特殊は特殊すぎるので普通で!」


 我が家の家計は、この三ヶ月で思いっきりひっ迫している。イケメンたち、これがよく食べるのだ。父のお小遣いが減らされ、私のお小遣いが減らされ、母たちが内緒で買っていたであろう宅配便が途絶え、祖父の晩酌のつまみとお酒の量と質が落とされ、父の週末の楽しみだったビールが平日と同じ発泡酒や第三のビールに変わり、お弁当のおかずがさもしくなり、母の鶏ムネ肉料理のレパートリーが増え、ついに食卓には野菜しか並ばない日々が続いている。今日の角煮は一週間ぶりのお肉だ。摘まみ食いしたくもなる。


「男五人分の生活費、毎月私の枕元に支給すべし!」


 まあ、言ってみただけ。これで支給されたら儲けもの。なにせ免許証がぺかっと出現したくらいだ。案外いけるのではないかと睨んでいる。




 その夜、まさかまさかで夢に女神様が現れた。

 これが本当に胡散臭い。和風な女神様を想像していたら、なんとビクスドールみたいな姿だった。しかもゴスロリ系。……ここ日本なのに。どこの女神? なんの女神?


「ごめん、ごめん、だよね。忘れてた」


 しかも第一声が激しく軽い。


「金塊でいいかなぁ」

──えーっ! 換金面倒、現金がいい。

「しっかりしてるね、さっちゃん」


 おっ! 名前知ってる。おまけに思考読んでる? 夢の中とはいえ、話してもいないのに伝わる不思議。夢の中だから? 胡散臭いけど本当に女神様なのかも?

 女神様の顔が引きつっている。そっか、今考えたことも伝わったのか。


「なんていうかさ、もっと驚かないの?」

「母がアレなもので」


 誤魔化すように母に罪をなすりつけた。


「確かに。そうだ、あのチューリップ、可愛いけど激しく邪魔だから脇に移しといてくれる? ちなみにあのチューリップの真ん中に桃の種も植えてたから。それもよろしく」


 その程度ならお安いご用、と頷く。桃まで植えていたのか。さては去年の御中元の桃の種だな。当たっていたのか、女神様がちょっと嫌そうな顔で頷いた。


「じゃあ、毎月さっちゃんの枕元に現金支給で。とりあえず今までの分は一気に支給しておくから。一年間よろしくね」


 ゴスロリビクスドールな女神様が霞んでいく。


「一年って? 一年後に帰るの彼ら? ねえ、ちょっと──」


 叫び声なのか唸り声なのか、よく分からない自分の変声で目が覚めた。目覚め最悪。

 ふと見た枕元。無造作にぽっと置かれている現金百万円。帯封に「おわびにイロつけといた」と蛍光ピンクな丸文字で書かれていた。しかも最後にハートマーク付き。軽すぎる。偽札じゃないよね?


「さっちゃーん? 奇声が聞こえたけど、大丈夫?」


 父の声が、ノックの音とともに聞こえた。


「お父さん一人?」

「へ? 今? 一人だけど。もうすぐご飯だって」

「ちょっとこっそり入ってきて」


 そっと静かに開いたドアの隙間から、父があたりを見渡しながら、お尻から部屋に入ってきた。いや、そこまでこっそりじゃなくていいから。ベッドから抜け出て、枕元の百万円を父に突き付ける。


「これ。今までのイケメンたちの生活費だって」


 はあ? ってな素っ頓狂な声を上げた父に、昨日ほこらに願ったら、夢に女神様が出てきて、朝起きたら百万円どーん! の説明をした。


「偽札じゃないよね?」

「確かめたくても今お父さんには諭吉君がいない」


 情けない顔をする父に同情する。私も最近は夏目君としか出会えていない。前は樋口さんにも会えていたのに。


「だよねぇ。多分本物だと思うけど」

「でも帯封の封印が熊顔のスタンプって怪しすぎる」

「だよねぇ」

「さっちゃん、だよねぇが流行ってるの? 最近そればっかりだよ?」

「流行ってはいない。なんとなく言いたいだけ」


 とりあえず、父が怪しい百万円の束を預かってくれることになった。それなのに、どうして私の部屋に隠そうとするのか。


「だって、さっちゃんの部屋が一番安全でしょ。お母さん入らないようにしてるし」


 警戒人物はやっぱり母なのか。私の部屋は自分で掃除もするので、母に不用意に入ってこないよう言ってある。過去に何度も私の部屋を自分好みに勝手に模様替えして、ついにぶち切れた私が盛大に怒り狂って以来、母は一応は遠慮するようになった。時々ピンクの花柄クッションがこっそり置かれていたりもするけど。見付け次第ドアの外にぶん投げてお返ししておく。母のエプロンは眩しいくらいのふりふり花柄ドピンクだ。ネットで手に入れたらしい。しかもきっといいお値段だったに違いない。


 結局、偽札疑惑のある百万円はベッドのマットレスの下に隠した。父と二人話し合った結果、百万円の束から一枚だけ抜き出して、ATMで入金してみることにする。無事入金できたら本物だ。入金できなかったときのことは考えたくない。

 朝ご飯を食べたあと、首を傾げる母を背に、父と二人で帽子を目深にかぶり、怪しいほどこそこそと一番近いコンビニに向かった。


──ご利用、ありがとうございました。


 天使の声が聞こえた。

 浮かれきった馬鹿親子は、限定の特選和牛肉まんを無理を言って家族分購入し、意気揚々と家に帰って来て、玄関の扉を開けた途端、そろって項垂れた。

 玄関には、百万円の束、正しくは九十九万円の束をひらひらさせて、それはもう嫌らしいほどの笑みを浮かべた母が仁王立ちしていた。


「お母さんに内緒にするのは百年早いわ」


 そう言って、どこぞの悪役令嬢のような高笑いを上げた。おーほほほってやつだ。生で聞いたの初めてだよ。




 とりあえず、家族全員で限定の特選和牛肉まんを仲良く頬張る。うまーい!






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