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 無駄に豪華な剣を手に、家族全員、女神様に連れてこられたのは私の部屋だ。

 思わず脱力する。またしても壁一面が異世界に繋がっていた。この壁はなにか? 霊の通り道ならぬ異世界の通り道なのか? 興奮しすぎた母が禍々しい剣を振り回しながら奇声を上げている。危ない上にうるさい。


 見えるのは、遙か彼方にそびえ立つ、妙に優美できらめく銀色のメルヘンチックなお城。まさかあれが魔王城? 魔王ってくらいだから、黒雲渦巻くおどろおどろしいお城かと思っていた。


「剣を選んだところで、三チームに分かれてもらいまーす!」


 なにその、これから楽しいことします的な軽いノリは。女神様が思いっきり楽しそうなのはなぜだ。

 うっかりどうでもいいことを考えていたせいで、またもや出遅れた。


「なんで?」


 いやいや、父と母、祖父と祖母で、ひとチームになるのはわかる。そこは仕方ない。ひとりっ子のサガだ。

 ただ、なぜに父は優さんの背に、母は快の背に乗っかっている? 祖父は厳さんの、祖母は凜さんの背に乗っかっている。


 なにやら、異世界トリップするには、異世界人に乗っかりながら世界を越える必要があるらしい。異世界人を媒介にするとかなんとか。どうにも胡散臭い。

 どうやら我が家のご先祖様が異世界人だったのは本当で、私は異世界人の血が濃く出ているとかなんとか。だから、イケメンたちがこの世界にくる時、私に乗っかることで世界を越えられたという訳だ。

 そんなどうでもいい、ものすっごく胡散臭い小ネタを、女神様がドヤ顔で説明してくれた。


「ねえ、なんで? 十人いるんだから、三人、三人、四人に分かれればいいでしょ?」

「仕方ありません。厳と凜、優と快は兄弟です」


 は? 初耳ですが。しかも四人ともまるで似ていませんが。

 残りもの同士が顔を見合わせると、微妙な空気が流れる。やめてほしい、この残念な空気。


「厳と凜は正真正銘の兄弟です。厳は父に、凜は母に似ています。優と快は、父は同じです。優の母は王妃、快の母は……まあ、そういうことです」


 うわー……でた。王様の浮気か。浮気なのか? 側室っぽいなにかなのか? 賢さんの顔を見る限り浮気っぽい。王様最低だ。快がへらへら笑っているあたり、それなりにうまくいっていたのだろう。


「で、それとこのチーム分けの何が関係あるの? 兄弟一緒じゃなきゃ嫌とか言っちゃう?」

「言っちゃうんですよ、彼らは」


 うわーって目で見てしまったのは、ごめん。ひとりっ子だからその気持ちはわからないけれど、いい年して兄弟一緒じゃなきゃ嫌とか言っちゃうって、どうなの?

 思わず顔に出ていたのか、女神様がお腹を抱えて大笑いし、賢さんが微妙な顔をしている。


「さすがに二人は心許ないよ」


 ちょっと情けない声を上げれば、イケメン兄弟たちが私の手にした剣を見ながら眉を寄せ、小さく首を横に振った。


「いやいやいや、なまくらの剣だけど、呪われた剣よりマシだよ!」

「さっちゃん、今時は魔王だからって悪者じゃないのよ。魔法の国の王様かもしれないじゃない。つまり、呪われてそうな剣だからって呪いの剣って訳じゃないの。魔剣かもしれないでしょ」


 なにそのドヤ顔。諸悪の根源め。


「だったらお母さん、せめて剣交換して」

「いやよ。お母さん、目指せ! 異世界魔王! なんだから」


 胸を張った母に父が微妙な顔をしながらも、「さっちゃんのこと、よろしくね」と、賢さんに声をかけている。どういうことだ。


「さっちゃん、賢さんと一緒ならなまくらの剣でも大丈夫だよ」


 意味わからん。祖母を見れば、にっこり笑いながら首を横に振られた。ケチだ。孫の幸せはどこに行った。


 祖父は反対してくれるだろうと頼みの綱に目を向ければ、祖父を背負っている厳さんと一緒に、目を輝かせて祖母から手渡された中古の剣を眺めている。祖母を背負っている凜さんの目まで輝いているのはなぜだ。どこからどう見ても普通の剣なのに。まさか……お宝的な逸品なのか?


「それじゃ、魔王城に集合ね! いってらっしゃーい」


 その女神様の声が聞こえた瞬間、どんと背中を押されたかのような衝撃に、壁の向こうに足を踏み出してしまった。




 気が付けば賢さんと二人、見渡す限りの荒野に佇んでいた。風に土地埃が舞っている。無駄にメルヘンチックな魔王城はどこ行った?







 そこからの一年はとにかく大変だった。賢さんと二人、魔王城に向けてひたすら進んだ。

 どこからともなく聞こえてきた、勇者様降臨、聖女様降臨の噂は、まさか祖父母だとは思いたくない。

 しかもだ。やっとの思いでたどり着いた魔王城には、すでに一年前からそこにいた母が魔王になっていた。


「魔王代理だけどね。だっていきなりトリップした場所が魔王城の前だったんだもん」


 てへっと笑う母と父。だったら、二人っきりでもよかっただろうが。こっちはどれほど大変だったか。


「あっ、おじいちゃんとおばあちゃんは半年前に着いていて、今は近くでキャンプ三昧してる」

「まさか、魔の森で?」


 母が「そうよー」と言いながら、塩せんべいらしきものをばりぼり音を立ててかじっている。一枚おくれ。


「あの剣、勇者の剣なんだって。魔物よけの効果があるらしくって、アレさえ持ってれば魔物がよってこないらしい」


 父の声に脱力する。こっちは何度魔の森で死にかけたか……。あっ、この塩せんべいうまーい! せんべいとサブレの間みたいな感じだ。


「で、さっちゃん、賢さんとラブラブ?」

「二人とも! 知ってたでしょ、賢さんの本性!」


 父と母が再びてへっと笑った。


 そう、賢さんは実はとんでもなく腹黒だった。薄々腹黒だとは思っていたけれど、本気の腹黒だった。彼との二人旅は、日々スパルタだ。ブートキャンプの方が百倍マシなほどに……。

 おまけに口は悪い、口より先に足が出る、しかもめちゃめちゃ強い。で、とにかくトラブル続きだった……。

 とりあえずその矛先が私に向かなかったことだけが救いだ。


「本性とは失礼な」


 ちらっと賢さんに目を向ければ、さわやかな笑顔を返される。よかった、含みのない笑顔だ。妙にさわやかなのに背筋が凍りそうな笑顔で、不条理なほど一方的に足蹴にしてきた猛者たちが、最終的には賢さんに惚れ込むまでが道中のお約束だ。

 頭の痛い事態に何度夜逃げをしたことか。なぜ私が賢さんの貞操を守らねばならぬ。しかもむっさい男たちから……。理不尽だ。普通逆だろう。母が常々叫んでいた逆ハーはどこ行った。


「で、魔王は?」

「嫁探しに出掛けている」


 そもそも魔王は、本当に魔法の国の王様だった。魔族もいる。ここは、人族と魔族がそこそこ平和に暮らす世界だ。誰だよ、魔王を退治すればいいと思い込んでいたのは。私だ。

 聖女と勇者は、単なる両種族の架け橋になる使者。単に魔の森を人族が抜けられないだけのこと。人族の住む場所と魔族の住む場所、その間に横たわる魔の森だけが邪悪だった。

 で、その魔王様が人族の嫁を熱望したために、ちょうどいい感じに伝説の魔剣を所持した母に代理を頼み、日々嫁探しに出掛けているらしい。

 ちなみに現状この国を治めているのは優さんだ。さすが元王様、抜かりはないらしい。


「で、お母さんは何してたの?」

「んー…贅沢三昧?」


 だろうね。一年前より二回りほど太っているし。思わずイラッとして「肥えてる」と罵れば、母が「肥満も慣れれば悪くない」としれっと返してきた。腹立つ!


 こっちは剣についていた宝石をひとつひとつ外して路銀に充てながら、慎ましく生きてきたというのに。ちなみにあの剣は本当にただのなまくらで、装飾の宝石はそこそこの値段で売れた。ただ、そこそこだったので、贅沢なんて一切できなかった。どちらかといえばひもじかった。獣狩って食べることが当たり前だった。異世界補正で胃がめちゃめちゃ丈夫になっていて助かった。

 血色よくぷくぷく肥えた母を罵りたくもなる。


「で、どうやったら家に帰れるわけ?」

「魔王が嫁を見つけたら? なんか、嫁を見つけられないと世界の崩壊に繋がるみたいよ」

「意味わからん。で? 見つかりそうなの?」

「現在、三百六十五連敗中」


 バカなの? 毎日誰かしらに惚れて、勢いでプロポーズでもしてるの? ちなみに時間の流れはたぶん地球と同じだ。ここがどこだかは知らないけれど。


「魔王様、イケメンなんだけどね、ちょっと救いようのないおバカさんなのよね」

「魔族からはこのまま優さんの治政で暮らしたいとの嘆願書が山のように届いている」


 ちなみに父と厳さん、凜さん、快が優さんの補佐をしていたらしい。母はジャージっぽい何かを着ているあたり、ひたすらだらだら過ごしてきたのだろう。


 別にこの世界、母から聞いていた異世界の定番、中世ヨーロッパ風ではない。たぶん十八世紀初めくらいの、割と地球に近い、地域によって特色のある世界だ。アジア風な場所もあれば、中東風な場所もある。この魔王城は全体的に洋風だ。

 ただ、馬の代わりがイノシシっぽい何かだけなのは許せない。おかげで移動距離は稼げるけれど、走り出したら止まらないのが難だ。


「もうそれって、ダメ男好きな人を探した方が早いよ。イケメンとか、魔王って肩書きがあるからハードルが上がるんだよ」

「さっちゃんもそう思う?」

「そう思う。とりあえず私は、自分よりバカは嫌だ」


 父が「やっぱりか」とため息交じりに呟く視線の先には、さっき突如現れて「おお、あなたこそ私がさがしていた運命の人! この際、颯の娘でもかまわない。どうか私と初夜をともにしておくれ!」と、バカ丸出しで叫んだものすごいイケメンが、私と賢さんに蹴り飛ばされ、踏みつけられながらもめげずに「初夜初夜」叫んでいる。

 賢さんと一緒にいたせいで、私まで口汚く、足癖悪くなった。おまけにこの一年、徹底的に賢さんに鍛えられた私はそこそこ強い。色々間違っている。


「この際私の娘でもって、どういう意味かしら?」


 むすっとした顔の母が、抜き身の魔剣の先で魔王の頬をちくちくつついている。うわっ、魔王の血って青緑だ。

 いくら顔の造作が整っていても、締まりのないでれでれとした表情では、イケメンとは言えない。母のイヤミにびびりまくって、真っ青を通り越してどす黒い顔で戦慄いているイケメンはダメだ。イケメンは表情込みでイケメンだ。そう悟ってしまうほど、魔王はダメなイケメンだった。


 魔族に相手にされないから人族の嫁を探している。そんな裏事情が、説明されなくてもはっきりと透けて見えた。この世界で絶対的な力を持つ存在がこれでは、嫁取り以前に世界が崩壊するだろう……。


 そのダメなイケメン魔王を、なんとかマシなイケメン魔王にするのに三年。そこから再び嫁を探して、ようやく貴重な嫁が見つかった頃には、この世界にトリップしてすでに六年以上が経っていた。


 精も根も尽き果てた六年だった……。魔王のせいで私の中のイケメン神話は崩壊した。




 それなのに!

 にたにた笑いながら女神様が現れて、元の世界に戻ってきたのは、私たちがトリップした直後!


 二十代半ばにさしかかろうとしていた私は、今更高校生になんて戻れない……。

 異世界補正がすごすぎて、現実に戻って来た途端、何もできない自分に泣けた。すぐに冬休みに入り、三学期は自由登校で本当によかった。進学率を上げたい担任に言われるがままに出願していたセンター試験は、さんざんな結果だった。

 それでもなんとか残りの高校生活を終えた。地味に過ごしていたことが功を奏した。


 残念なことに、父は仕事のやり方をすっかり忘れていて、上司に大目玉を食らった挙げ句、いつまでたっても仕事の勘が戻らず、ついには肩を叩かれた。

 すっかり自信をなくした父は、桜が舞い散る頃、引きこもりニートにジョブチェンジだ。




 その結果。

 我が家は、女神様が面倒になった世界の、どうでもいいけれど放ってはおけない何かをなんとかする、便利屋トリッパーになった。

 怪しすぎる裏家業だ。女神様からの報酬はそこそこいい。父も自信を取り戻した。母は大はしゃぎで自称魔王を名乗り、日々高笑いの練習に余念がない。祖父母は行く先々でキャンプ三昧。イケメンたちはそれなりに充実した日々を過ごしている。


 おまけに、我が家は異世界トリッパーの避難所にもなっている。意外と異世界トリッパーは多い。

 ただ、話せる犬もどきや、歌う猫もどき、踊る食虫植物が、なぜか元の世界に帰らずそのまま住み着いてしまった。どういうことかと思っていたら、母がこそこそ餌付けていた事実が発覚。毎度碌なことをしない母の辞書に、反省の二文字はない。

 しかも祖母によって犬もどきだからタマ、猫もどきだからポチと、意味不明な論理で名付けられた彼らは裏家業を手伝ってくれている。祖父がとにかくかわいがっている食虫植物は、畑の害虫を一手に引き受けてくれたり、祖父の軽トラに絡まって天然迷彩になっていたり、すっかり我が家に馴染んでいる。




 女神様にやられちゃっている感が半端ない。

 絶対に最初からこれを目論んでいたのだろう。なにせ行く先々で魔女っ子エノレちゃんで覚えた魔法が使えたり──ただし、その呪文は「ぷりぷりぷくぷくぴっぺけぷ」などという死にたくなるような呪文だ。しかもこれが炎系最強の呪文なのだからやってられない──、ブートキャンプのおかげで大抵のことには耐えらたり、大量の本をそれなりに読んでいたおかげで権力に取り込まれることもない。


 その女神様からはトレンジャーと呼ばれている。トリッパーとレンジャーを合わせてトレンジャー。絶対に呼ばれたくない。


「トレンジャー集合! 今度はドラゴンのいる世界でーす」


 だから、トレンジャーって大声で呼ぶな! クソ女神!




 今、私の頭部はザビエルとお揃いだ。






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