血断
田中はぬるい風呂に浸かりながら考えた。おれはどうにか25年生きてきたがそれも明日には死ぬ。もう少し生きてみたいかなと思わぬこともないが、少し生きたところで結局は死ぬ。同じ死ぬなら明日首を吊っても十七年後に病で倒れるのもたいして変わることはあるまい。
田中の父親は四十二になって死んだ。祖父も四十二歳に死んだし、その前もやはり四十二で死んだ。不思議な事に田中の家系は男子しか生まれず、皆揃って四十二になると突然苦しみながら死んでいった。
親戚の者は何か悪いものに憑かれているのだと云って御払いを勧めたし、もちろん何度も払ってもらったが助かった者はいない。だから田中も自分はやっぱり四十二で死ぬだろうと考えていた。しかしそうだと云って何も指折り数えて死ぬ日を待つ事もあるまい。どうせ死ぬなら早い方が都合がよい、母には悪いが死に方くらいは自分で決めても罰は当たるまい。苦しみながら死ぬのはまっぴらごめんだ。
新鮮な空気を取り込もうと、窓を少しばかり開けているものだから、晩秋のひんやりと澄んだ空気が入って来る。この僅かな隙間が辛うじて田中の意識をとどめていた。ともすればこの男の意識は水飴のようにとろりと芯から溶けていって毛穴から溢れだし、湯の中で高いびきを上げながら蝉の抜け殻の様に動かなくなったかもしれぬ。こうしてとろけるような風呂に浸かっていると、本当に身体が湯に溶けていきそうだ、いっそこのまま溶けてしまえばいいのにとそんな事を考えて、田中はどぶんと鼻の頭まで潜ってみて、口からぶくぶくと泡を吐いた。そう言えば小さい頃はよくこうしておやじに怒られたものだ。
田中は額から垂れた汗粒が目に入ったので、どぼんと頭のてっぺんまで湯に潜ってそのまましばらく息を止めて、それから目を開いて天井を見た。ゆらゆらと湯に天井が揺れていたが大して面白くもなかったし苦しくなってきたからざばあと立ち上がって湯船から出た。そうして石鹸でもって身体中を丁寧に洗った。ごしごしと洗いながら、母の苦悶の表情が頭に浮かんだ。
母のか細い首を思い出し、無意識に田中は手の平が赤くなるまでごしごしと擦っていた。