何と言われようとも…
彼女のことが気になりだしたのはいつだったのだろうか。
王宮の庭の片隅で、膝を抱えて誰にも見られないように泣いていた彼女を偶然見てしまったあの日から?
いや、本当は初めて言葉を交わしたあの日。
「嘘くさい笑顔。仮面付け続けるの大変そう~」
小さく呟かれた言葉を拾った時。
私の偽りの仮面を一目で見破られたあの日からだ。
あの日、私は彼女に堕ちていたんだ。
何も知らない。
初めて会った異世界の少女。
私の心が彼女を貪欲に求め始めていた。
私は彼女に一目ぼれしていたのだとずっと後になって気づいた。
「チェルソ様」
甘ったるく、媚びるような声で私に声を掛けてきたのは神官長が異世界から召喚した『神子』
私より5歳年下のどこにでもいる平凡な女。
容姿は可愛いかもしれないがそれだけだ。
あれくらいならこの国にも掃いて捨てるほどいる。
「どうしました?『神子様』」
笑顔の仮面を被る私に神子は薄らと頬を染めて将来この国を担う若者(男限定)を集めたお茶会へと誘う。
『神子』の周りには見目麗しい男が蔓延るようになった。
『神子』はそのコレクションの中に私を入れようとあの手この手で接触してくる。
『神子』という地位がなければ無視することが出来るのにと何度思ったことか……
出会った当初の『神子』は庇護欲を掻き立てる可愛らしい子だと思っていた。
だが、それは一部の男性にのみ見せる偽りの姿だともう一人の異世界の少女が行動で教えてくれた。
彼女は『神子のおまけ』と認定され、この国に来た当初は下女以下の扱いを受けていた。
『神子』は私たちの言葉をすぐに理解できたが、彼女はできなかった。
『神子』はすぐに私たちの世界に馴染んだが、彼女はなかなか馴染めずにいた。
彼女は『神子のおまけ』であり『神子を害するもの』と教会側が決めつけたが、彼女の有する魔力量が半端ないことから利用する価値ありと、言葉やこの世界のことを学ばせた。
彼女は貪欲に言葉を、この世界の事を吸収していった。
半年ほど過ぎた頃には、元からこの世界にいる人間と変わりないほど言葉を流暢に操り、王宮に隣接する図書館や神殿に納められている書物を読破し、疑問点などを文官たちに投げかけ唸らせていた。
お蔭で文官たちの仕事は増えたが、彼女がこの国にいた間は国庫が大変潤っていたと時々宰相が愚痴る。
彼女は神子と同じ年齢らしいが、常に前髪と眼鏡で顔を隠しているため、彼女の素顔を知る者は少ない。
知っているのは、彼女付になった侍女たちだけだろう。
しかし、侍女たちは頑なに彼女の容姿のことは話さない。
「あの方との女の約束を違えることはできません」の一点張りだった。
また、彼女の半端ない魔力を制御させるために魔導士として魔導士協会に所属させた。
これまた、魔導士協会が所蔵している書物を片っ端から読破し、たった2年で『上級魔導士』の資格を取得し、名だけの魔導士達の度肝を抜いた。
『上級魔導士』は各国に片手ほどしか存在していないからだ。
彼女は『上級』の資格を有すると、今まで虐げられていた下級貴族や平民出身の魔導士達を指導し、徐々に魔導士協会の内部を改革していった。
多分、気づいていたのはほんの一握りだろう。
協会の上層部に胡坐をかいて踏ん反り返っていた(無能)者たちがそのことに気づいた時、彼らは『魔導士』の証を手放す羽目になっていた。
私は『神子』や『神子のおまけ』と呼ばれていた彼女達のことなど正直どうでもよかった。
『神子』がこの国にいるだけでこの国は神に守られると信じていたから。
それが間違いだと気づいたのはいつだっただろうか。
突如として大量に現れた魔獣を沈静化させるために行われた『神子召喚』
『神子』がいるだけで事が解決するなら、『神子』がこの地に降り立ったその瞬間に問題は解決しているはずだった。
だが、なかなか魔獣被害の報告は後を絶たなかった。
何かがおかしいと思い始めた頃、『神子のおまけ』と呼ばれていた彼女が地図を眺めながらメモを書いては討伐隊の隊長に渡してた。
魔獣討伐は主に騎士団と魔導士協会が請け負っていたが、魔獣に関する情報はすべて騎士団に集まっていた。
魔獣討伐隊の隊長は彼女の的確な情報に驚きつつも尊敬の眼差しを送るようになっていった。
彼女は剣の扱いにも長けていた為、時々騎士・兵士たちに交じって鍛錬を行っていたようだ。
それに気づいた彼が手合わせを願い出てコテンパンにやられたというから驚きだ。
彼は騎士団の中でも1・2の剣の使い手だけに騎士団内に動揺が走ったのは致し方ないだろう。
だが、彼は笑っていた。
自分よりも年下の……自分の娘とそう変わらない女性に負けたにも拘わらず彼女を大変気に入っていた。
それこそ、自分の娘のように扱っていたように思える。
実際彼の娘と彼女は友好を深めていたようだ。
彼の部下が彼女を執拗に追いかけ始めた時は青筋を立てて彼女を部下から全力で守っていたほどだ。
彼女は着実に、自分の持つ力で味方を増やしていっていた。
逆に『神子』はあまりにも動かなかった。
彼女の手柄は自動的に『神子』のものになった。
「私が彼女に依頼したことですもの。私の功績で間違いないでしょ」
『神子』の言葉に異論を唱える者はいなかった。
いや、異論を唱えることを彼女が拒んでいた。
「『神子』の功績にしておいた方が都合がいいんです」
彼女はそういって『神子』の手足となり、国中を駆け巡っていた。
そんなある日。
彼女は人知れず王宮の庭の片隅で泣いていた。
彼女の手には魔写(彼女たちは写真と呼んでいた)の欠片が握られていた。
『神子』付の侍女たちの話によると彼女が持っていた魔写を、『神子』が無残にも切り裂いたという。
彼女は瞳に涙を浮かべながら欠片をかき集めると『神子』の制止を振り切って部屋を飛び出したという。
数人の侍女と騎士たちが彼女を探したが見つからないと『神子』に報告したら「そう、ならもういいわ。放っておきなさい」と冷たい言葉で返事をしたそうだ。
日も暮れ、気温も下がってきていたので彼女に声を掛けると、彼女は体を震わせながら振り返った。
初めて見た彼女の素顔。
一瞬、天使かと思ってしまったほどに彼女は美しかった。
その頬には涙の跡がいくつもあり、私の胸をキリキリと締め付けた。
「風邪をひくから部屋に戻ろう」
「……殿下」
彼女は私のことを決して名前で呼ぶことはない。
それが当たり前の事だとわかっていても、そのことが何故か悲しいと思う自分がいる。
彼女に私の名を呼んで欲しいと思う欲望が溢れる。
私は彼女を立たせ、そっと肩を抱き寄せながら部屋まで送っていった。
彼女の無事を心底喜んでいる侍女たちに後を任せ、部屋を出た時、廊下に魔写の欠片を見つけた。
私はとっさにそれを拾い上げポケットにしまった。
私室に戻った私は、魔写の欠片を復元させた。
私の得意な魔術の一つ『復元』はほんの小さな欠片からでもすべてを復元させることができる珍しい魔術。
彼女が大切に握り締めていた魔写を興味半分で復元してものすごく後悔した。
魔写には私が一度も見たこともない幸せそうな笑顔浮かべている素顔の彼女と見知らぬ男が一緒に写っていたからだ。
「へ~、彼女のそんな笑顔初めて見るよ」
茫然と魔写を眺めていると、乳兄弟でもある幼馴染が背後に立っていた。
幼馴染は魔力が彼女と同じくらい多く、男爵家の出身でなければとっくの昔に魔導士協会の上層部に食い込んでいるであろう人物。
厄介なことに幼馴染は場内に張り巡らしてある結界を難なく通り抜けることができる。
最近は気配を消してターゲットに近づくことを覚えたらしく、時々私の私室にこうやって忍び込んでくる。
「何しに来た?」
「ん?ちょっとね」
冷たくなる私の声に幼馴染はため息を吐きながら報告書を取り出した。
「彼女に詠唱短縮・無詠唱を教えてもらい取得した魔導士達が上層部に捨て駒にされた」
幼馴染からの報告は魔獣討伐に関する情報だった。
「あまり知られていないけど、彼女も魔獣討伐に参加させられている」
「は?なぜ……」
報告書を捲るたびに現場の惨劇がありありと書かれている。
「彼女を抹殺するため」
「!?」
「神殿のお偉いさんたちは『神子のおまけ』は『神子』を害する者とみている。魔獣討伐に参加させ、どさくさに紛れて彼女を殺そうとしている。まあ、僕が手を回して彼女を後方部隊にしているから今のところは命を落とすことはないだろうけど……今回のことで次から彼女は最前線に立たされることになった」
上層部の無茶ぶりで詠唱短縮・無詠唱を取得していた三人の魔導士達が魔力枯渇になるまで術を使わされ命を落としたという。
魔導士は魔力が枯渇すると死んでしまうことは誰もが知っていることだが、上層部は自分に害がなければという思惑で彼らの命を奪ったという。
彼らの遺体が教会に安置されると彼女は傷だらけのぼろぼろの姿で棺に泣きつき、遺族に謝り続けていたという。
自分が彼らを殺してしまった。気のすむまで殴ってほしいと言い続けていたらしい。
遺族たちはそんな彼女を責めなかった『いずれこうなると知っていたから……覚悟していたから、あなたのせいじゃないから』と言って。
「彼女の心はもうボロボロだよ。それでも生きようとしている」
「なぜ……どうして……」
「帰りたいからだって」
「え?」
「自分の居場所はここではない。元の世界に帰るために、もがき続けていると彼女は言っていたよ」
幼馴染の話は私にある決意をさせた。
「私は今から『神子』の取り巻きになる」
「はぁ!?いきなり何を……」
「彼女を護るためだ」
「……自分から『神子』に近づくのか?やめた方がいい」
「危険なことは百も承知だ。きっと私は私でなくなるだろう。下手をすれば王位継承権も剥奪されるだろうけど……それでも……」
「自ら囮になるのか?」
「幸いにも『神子』は私の顔と地位に執着している。それに私には権力があるからな」
深いため息を吐いた後、幼馴染は苦笑しながらも私の計画に乗ってくれた。
その前に、魔獣討伐の上層部(無能限定)の奴らに『訓練』という名の灸を思いっきり据え、今まで命を無駄に散らされた彼らの恐怖を存分に体験させることに成功した。
幼馴染は嬉々として手伝ってくれ、『今後の訓練にも組み込むわ』と笑っていた。
私は『神子』の取り巻きになったと周囲に思わせ始めた。
一人庭の隅で泣いていた彼女を『神子』から護るために。
それは私の自己満足に過ぎない。
だけど、彼女の心がこれ以上『神子』によって傷つけることがないように『神子』に気のある振りをし、『神子』を籠絡し、『神子』を私の持つ権力に縛り付けた。
私が『神子』側につくと、『神子』は面白いほどに、彼女への興味を失っていった。
『神子』の関心が薄れると彼女の周りの環境も激変していった。
親しい友人も増え、一時期、消えていた笑顔が浮かぶようになっていった。
私はそれを遠くから眺めてほっとしていた。
『神子』に甘い言葉を囁けば囁くほど、私の心はどす黒く染まっていく。
きっと私は狂うだろう。
好きでもない、どちらかと言えば嫌悪感しか抱かない相手に『愛』を囁き続けていけば……
いつしか、狂う。
愛するという感情が歪んでいく……
彼女と交わした言葉が……
彼女のにかんだ笑顔が……
彼女の頬を流れる涙が……
彼女の……
彼女は私にとって唯一の光
唯一私を苦しめる愛しい人
私にとって最初で最期の唯一愛する人
「彼女をお前の即位の日に元の世界に返す」
父から王位を譲位されることが告示され、戴冠式まであとひと月となったある日、数日前に魔導士協会の会長に就いた幼馴染が私室に現れた。
「……そうか。ついにあの術が完成したんだな」
「ああ。…………伝えなくていいのか?」
「今更言えるわけないだろ?私は彼女を傷つけていた『神子』の取り巻き筆頭だよ」
苦笑する私に幼馴染は呆れたような表情を浮かべた。
「好きでもない女を娶り、周囲をこれからもだまし続けるのか?」
「王族に生まれたからには好きではない相手と婚姻を結ぶことは多々あることだ。恋愛結婚なんて夢のまた夢だ。政略結婚だと思えば何とでもなる」
「…………素直じゃないな」
「それに、私にはこれがある」
あの時復元した魔写は加工して私が常に身に着けているペンダントに組み込んだ。
「ほかの男と一緒に写っているのをよく持ち歩けるな」
「そこは加工して彼女の笑顔の部分だけ切り抜いた」
「自分に向けられた笑顔じゃないのに?」
「ああ、私たちが決して見ることができない彼女の笑顔だからな」
「確かに……彼女は笑うことがあってもどこか寂しげな笑顔だったな」
「……彼女には大切な人が元の世界にいる」
「気づいていたのか」
気づかない方がおかしいだろ?
彼女と見知らぬ男が幸せそうに微笑んでいる魔写。
見知らぬ男が彼女にとって大切な人であることはすぐに分かった。
『神子』が粉々にした魔写の欠片をずっと大切に持ち歩いていたんだから。
「私は彼女の幸せを願う」
「……わかった。彼女にそれとなく伝えておこう。もちろん、お前からだとわからないように」
「ありがとう」
戴冠式の日。
私は神殿から伸びた光の柱に向かって誓った。
彼女が救ってくれたこの国を必ず護ると。
そして、元の世界で大切な人と幸せになってくれと心の底から願った。
数か月後。
一人の上級魔導士が東国へ赴いたと幼馴染から報告があった。
東国に彼女が現れ、彼女を追いかけて行ったのだと。
その後、彼女は南国、西国にも姿を現したという。
そして、7年後、中央国で。
「はじめまして、北国の王様」
出会った頃と変わらない彼女と再会した。
『はじめまして』という言葉に胸が抉られたように痛むがそれを笑顔の仮面で隠す。
そして知る真実。
それでもなお、私は演じ続ける。
この命尽きるその時まで……
たった一筋の光を胸をに抱いて……
『最後の召喚』にチョロッとだけ出ていた北国の王・チェルソのお話でした。
これ書いている間、いろいろとネタが沸いてきたけど……それは活動報告にアップすることにします。短いので…(^▽^;)
もともとこの人、腹黒設定だったんだけどそれを微塵も匂わせないのよね~
お読みいただきありがとうございます




