正反対の結果
「彼女?そんなの仕事してたら相手している暇ないって。」
慎也は隣に座っているクラブのホステスにそう答え、テーブルの上に置いてあるウイスキーを一口飲む。
金曜日の仕事帰りは、決まって同じクラブで同じ女性に愚痴を聞いてもらうことが慎也の週末の楽しみだった。しかし、毎週のように土曜日も仕事のため、お酒は抑え気味で楽しむことも金曜日のお約束となっている。
「あら。仕事を理由にしたらダメよ。それに仕事ができる男っていうのは遊びも達者だって言うし。」
「まあ、確かにそれはよく聞くよな。」
「だから慎也さんも出会いの場に行って、積極的にならないと。守るべき人ができたほうが仕事の責任も違ってくると思うわよ。」
慎也はホステスの言葉に妙に納得してしまった。
慎也が今の職に就いてから既に15年が過ぎようとしており、年齢は37歳になった。しかし、今までに女性と付き合ったことがあるのは大学時代に一人だけ。
別に率先して女性と付き合うつもりはないけど、仕事がより捗るなら彼女がいてもいいかな。慎也は仕事の効率が上がることを信じ、出会いの場、いわゆる街コンに行くことにした。
街コン当日。会場である狭いフロアには大勢の男女が入り混じっている。男のほうは割と本気で出会いを求めている人が多いように見えるが、女性はまだ半分遊びみたいな若い女性も多い。仕事の効率を上げるためという理由で出会いを求めている慎也にとって、魅力的な女性には目もくれず、比較的温和そうな地味目の女性を中心に声をかける。
街コン後、連絡先を聞いた女性の中で、真里菜という女性が一番いいなと思い、二人で遊ぼうという旨の連絡を入れて会うことにした。真里菜とは慎也より8歳年下の大人しそうな見た目をした小柄なアラサー女性である。我ながら仕事のこととなると、異性相手でも緊張もせずにいられるなと慎也は思った。
お互い休日が重ならないため、どちらかが有給をとってデートをすることが多かった。何度かのデートを重ね、慎也は真里菜に告白した。OKをもらった瞬間、慎也は何とも言えない幸福な気分に包まれた。
「で、例の彼女とは上手くいってるの?」ホステスが慎也にお酒を作りながら質問する。
「今のところはいい感じだよ。毎日が楽しいくらいさ。」慎也は意気揚々とホステスに順風満帆アピールをした。
「それならよかったわ。あ、でもウチには今後も顔を出してよね。私が寂しくなっちゃうから。これで仕事もプライベートも充実した生活が送れるわね。」
「ああ、そういえば仕事の効率を上げることが目的で彼女を作ろうとしてたんだったな。これからは守る人のために頑張るよ。」
しかし、当初の目的とは裏腹に真里菜のことが頭から離れず、仕事の効率は落ちる一方だった。寝る時間が遅くなり、忙しいにも関わらず有給で休みがちになったりで締切を守れないこともしばしば。ついには仮病を使って真里菜に会いに行く始末。上司に怒られることも増え、この仕事は俺には向いていない、もう辞めようかなと、慎也は一人で悩むことが多くなった。
そんな慎也とは反対に、真里菜は慎也と付き合い始めてから、とても性格が明るくなっていた。
「付き合う前はもっとおとなしい印象だったのに最近何か明るくなったよね。いいことでもあった?」慎也は不思議に思い、真里菜とデートしている時に聞いてみた。
「そうよね。付き合う前の私は仕事で悩んでてプライベートも暗かったと思う。でも今は、どれだけ仕事が忙しくても慎也と会えることを楽しみに毎日頑張れるんだよね。だからいいことって言ったら、慎也と付き合えたことが本当にいいことだったかな。」真里菜は少し照れくさそうに慎也に話した。
「それに私ね。街コンに行った理由って、自分を変えたかったからなの。友達に休みの日くらいストレス発散しないと仕事に影響が出るよって言われて。だから、大切な人ができてプライベートが充実したら、本当に変わったの。仕事もみるみるうちにできるようになって、余裕も出てきたし、本当に慎也と付き合えてよかった。」
ああ、真里菜も俺と同じような理由で街コンに参加していたのか。で、結果は正反対になったんだな。慎也は彼女中心になり疎かになってしまった最近の仕事具合に反省し、真里菜を見習って明日から心を入れ替えて仕事も頑張ろうと決意した。