七話
一旦、本棟にさえ入ってしまえば、学園の構造はわかりやすかった。
鈴ヶ森学園本棟は中庭を囲うようなコの字型をしていて、レイジはその外周をぐるりと周っていたのだ。
廊下を進んでいくと、大きな玄関、そして案内板を発見した。
「ようやくだ。広すぎるよ、全く。それで、学園長室は……」
あった。三階建ての一番上。端の方だ。
案内板の横には綺麗な階段が伸びていて、踊り場にはきらきらと光が差し込んでいる。
ここを昇っていけば、すぐに職員室が見える。もう一階層昇り、右手に折れる。もう一度右に。その突き当たりだ。
廊下だけでも結構な距離があった。
レイジの目の前には褐色の木製ドアがある。学園長室と彫られた真鍮色の金属プレート。ドアは木目を活かした作りになっており、それは厳冬の等圧線のように異様に細かい。高級そうである。
緊張しながらノックする。木の心地よい反響音。
「どうぞ」
内から聞こえる声が丸みのある優しい声だったので、レイジは少し安心した。
なるべく礼儀正しくしなきゃな。
「失礼します」
ドアを引く。
ドアと同じ材質の大きな机についているのは、恰幅のいい男性だった。ロマンスグレーの髪を七三に流し、縁のぴかぴかした丸メガネ。身なりはきっちりしていて、感じのいい人物だ。
彼は手にしていた万年筆を置くと、何か用があるのかいといった調子で、軽く首を傾げた。
「今日、転入になった六郷レイジです。挨拶に来ました」
「おお、おお。君がそうか」
学園長は椅子から立ち上がり、とことこと歩み寄ると手を差し出した。
「六郷レイジくん、鈴ヶ森学園へようこそ」
「ありがとうございます」
レイジは手を握り返す。ふわふわして温かい手だ。
「ところで君、荷物が少ないようだ。どこかへ寄ってから来たのかい」
「いいえ、この学園には寮があると聞いていたので」
学園長の動きが止まった。
あれ? 手の平に主電源スイッチでもついていたのかな。もみもみ。だめだ。再起動しない。
「学園長……?」
「ははっ、レイジくん。とにかく学園へようこそ。あのー、そのー、だね」
突然歯切れが悪くなった。どうしたのだろう。
学園長はデスクに戻り、さらさらと何かをしたためた。封筒に入れると、デスク越しに手渡す。
「これを持って、寮母さんの所へ行きなさい。それでは、頑張るんだよ」
頑張るって何をだ。
学園長は握手の後から挙動不審で、あー忙しいなどと、わざとらしく呟いてる。レイジを遠回しに部屋から追い出そうとしている。
でも、ここにいても邪魔になるのは確かなので、レイジは部屋を出ることにした。
「失礼します」
ドアは音もなく閉じる。余程建てつけがいい。
それにしても、学園長のあの態度は何なのだろう。
言われた以上、渡された封筒を手に寮母を探すしかない。寮母というぐらいだ。きっと寮にいる。
そうだ。ついでに部屋にも案内してもらおう。他の生徒と相部屋だろうから、挨拶もしておきたい。
優れたアイディアのように感じられたので、レイジは早速、寮へと向かった。
寮は学園敷地の東側にあった。
『鈴ヶ森学園女子寮』と書いてある。
嫌な予感がする。
周囲を歩いてみたが、男子寮の姿も形もない。もしかすると、女子寮と離すために左右対称の構造かと思い、西側にも行ってみたが見当たらない。
「まさか……女子寮しかない……のか?」
レイジはとぼとぼと女子寮の前に戻って来た。
鈴ヶ森学園広すぎ。往復しただけで息が上がる。
しかし困った。寮があると思っていたので、何も準備してきていない。日用品はおろか、無駄に使えるお金さえない。教科書や参考書の分を引いても若干の余裕はあるのだが、ン千円がいいところだろう。この辺りの地理感がないのだから、安い宿を探そうにも難しい。
敷地内での野宿も無理だろう。ここは一等級学園。風紀を乱す行動は許可されない。




