六十二話
堀之内が、いやケイも同時に走り出していた。二人が交錯する直前、これもまた同時に二人は飛び退く。
「一人で立ち向かって来るだけはあります。あなた、ただ者じゃないですね」
「お褒めにあずかり光栄です。そう言うあなたも、ただならぬ能力をお持ちのようですが」
コンマ数秒の交錯。指一本たりとも触れていない。だが二人は、お互いが相手を倒すだけの力量を持っていると判断したのだ。
そこからの動きはない。一つの手違いが生む、ほんのわずかな隙。それがこの勝負を決着させると両者は理解している。二人を取り巻く空気が鋭い刃物の切っ先のような緊迫感を孕んでいく。
ケイに動きはないが、彼女の頭は痛いほどの静寂の中でフル稼働していた。
彼女が得意とするのは推理。相手がどんな行動を取るのか事前に組み立てることができるのだ。それを揺るぎないものにしているのは、相手の力量を一瞬で見極められる観察眼にこそあった。そう、あの一瞬の交錯で力量を測ったように。
一度見極めさえすれば、相手が複数人でも背後からかかってきても関係がない。それはもはや未来予測の域に到達していた。
ケイは思考する。
――堀之内マンサク。彼の潜在能力は控えめに言っても、並ぶものが滅多にいないほどだ。
龍晃で言えば、金剛寺ガタクと同等、あるいはそれ以上の能力を秘めている。ガタクと最も違うのは、堀之内が几帳面であることだ。いや、ここでは慎重と表現すべきかもしれない。これはガタクにはない要素だ。
ケイは堀之内と接近したあのとき、何もせずに後ろに飛び退いた。それは相手の出方を見て力量を確かめる意味があった。驚いたのは、堀之内も全く同じ行動を取っていたことだった。攻撃を外したために、うやむやにしようと下がったのではなかった。明らかに最初から距離をとる前提での接近だったのだ。
つまり、堀之内もケイと全く同じ考えだった。これは、そういうことだ。
おもしろい。ケイの表情は一貫して変わらないが、心の中ではほくそ笑んでいた。いかにパワフルだろうと、切り株を避けられず激突するイノシシを恐れる必要があるだろうか。闘牛士のマントに翻弄される牛が脅威だろうか。だが、この男は違う。安易な手を打てば、逆にひらりとかわして、致命的な一撃を放ってくるだろう。まったく、おもしろい。
それでもとケイは考える。構築した推理の上を行くはずがない。なぜなら、相手がこちらの動きを読むことさえもケイの推理に含まれているからだ。
堀之内は動かない。
彼はケイが複数人の生徒相手になんの苦もなく立ち回ったのを目撃している。こちらの迎撃能力を警戒しているのだ、とケイは読む。
半分は正解、でももう半分は間違いよ。防御が固いからといって、攻撃が苦手とは限らない。




