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五十話

 翌日。

 夢のような数日が、夢のように尾を引いていた。

 何だかもったいないなあと思いながらテントや道具を片づけ、キャンプ場を目に焼き付けるようにしてバンに乗りこんだ。

 今はタケミの運転で学園に向かっている。

 この合宿で特別な何かがあったわけではなかったが、スレイ部の結束は少し強いものになったに違いない。

 ノブコ先生に運転させなかったので、実に平和に学園に到着した。



 グラウンドにほぼ全校と思える生徒が集まり、額を地につけている。その中心にはマントですっぽりと体を覆った人物。異様な光景だ。


「ふふふ、たわいもないね。僕にかかればこんなものさ。実にスマートだろう?」

「これが戦いか?」

「勝てばいいのだよ、勝てばね。そして僕にはその力がある」


 厭味ったらしい話し方の男は最寄りの生徒の手をぐりっと踏みつけた。生徒は呻きながらも男を睨みつける。


「おや、なんだね? その反抗的な目、気に入らないね。峯水ほうすい学園生徒会長くん、言いたいことでもあるのかい」

「い、いえ。何でも、ありません……」


 ぎりりと奥歯を噛む音が生徒会長から聞こえた。

 男はそれを冷たく見下す。


「なら……僕をそんな目で見るんじゃない!」


 男は生徒会長を蹴り飛ばす。


「ふん、まともに逆らえもしない癖に……。つま先が汚れちゃったじゃないか」

「あーあ、つまんねえ。休みにこの人数がさくっと集まったんで、ちっとは期待したんだがな」

「終わりですね」


 峯水学園。この名門と謳われた二等級学園の陥落はあまりにも呆気ないものだった。



 お隣の学園がそんなことになっているとは知るはずもなく、レイジたちは合宿の余韻に浸りながら連休最後の日をゆっくりぽやんと過ごしていた。




 日課の散歩を終え、本棟前を通りかかると何やら騒がしい。生徒が集まってがやがやとざわめいていた。


「なんの騒ぎだ」

「どうやら、また掲示板が集団の中心のようです。見てまいります」


 堀之内は人混みをものともしない。忍者か、あいつは。しばらくすると戻ってきた。


「話題は〈学園破り〉一色でした」

「またですの? 新聞部部長にはきつく言っておいたはずですのに、お灸が必要なようですわ」

「それが、前回と様子が違うのです。学園新聞だけでなく、大手の新聞の一面も掲示されていました。私見ですが、これは通常の〈学園破り〉ではないでしょう」

「どういうことだ」

「前回の〈学園破り〉に触発されて、第二の〈学園破り〉が起きたニュースだと思いましたが、違いました。新たに二つの学園が〈学園破り〉に遭い、徹底的なまでに負けていると新聞は伝えています。しかも、どうやらそれを行ったのは同一の学園らしいのです」

「それはおかしいですわ。等級は絶対。一度、上の等級より優れていると示せたのなら、それ以上は必要ありませんもの。仮に、もう一度別の学園に挑んで負けたとなれば、せっかくの勝利があやふやになってしまいますわ」


 難しくて真面目な話なのでレイジは大人しく聞いた。


「堀之内、被害に遭った学園はどこだ」

「先日に天ノ橋、昨日襲われたのが峯水学園です」

「どちらも二等級ながら歴史のある名門だな」

「それに峯水は鈴ヶ森のお隣りにある学園ですわ」

「ここからは学園新聞のゴシップになりますが、どうやら〈学園破り〉をしている集団が六角龍の記章を着けていたそうです。しかも、たったの五人だったと……この辺りはいかにも噂めいていて眉つばなのですが……スミカ様、いかがなされました?」

「六角龍だと……それはあり得ないぞ。だが……」

「スミカ様、お加減でも悪いんですの?」

「いや、平気だ。だが急用ができた。しばらく学園を空ける。スレイ部は堀之内、笠舞、お前たちに任せる」


 レイジは数に入っていなかった!

 悔しかったのでスミカに質問してみよう。


「どこ行くんだよ。それにしばらくってどのぐらいだ?」

「今言えることではない。杞憂で済めばいいのだが……。期間もはっきりとは言えん。だが六号、気をつけろよ」

「うん……。でも、何に?」

「何でもだ。私はすぐに発つ。堀之内、荷物をまとめてくれ」

「かしこまりました。五分後に正門でお待ちしております」


 堀之内はいつも通りきびきびと答えるが、その表情は明らかに精彩を欠いている。バラも出ていない。異常事態だ。彼も何が起きているのか把握できていない様子だった。

 二人は足早に立ち去った。


 何に気をつけるというのだろう。この学園は呆れるほど平和だ。庭園は綺麗だし、鳥も飛んでる。危ない要素を探す方が難しい。


「スミカ、どうしちゃったんだ。変だよね? エリナは何か知ってる?」

「堀之内が知らされていないのでは、これはスミカ様しか知らないこと。つまり、誰にもわからないのですわ……」


 次の日も、その次の日もスミカは帰って来なかった。

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