五話
「次はわたくしが自己紹介いたしますわ」
出会って早々あなた嫌いですアピールをした女だ。
だが、畜生。彼女もかわいい。リボンとスカートの裾にフリルをあしらうアレンジ。それがさらさらの髪と合わさって、ファンシーというよりはお嬢様な感じだ。話し方や立ち振る舞いからも、それを感じる。リボンの色は赤。すると最上学年、年上だ。
「わたくしは笠舞エリナ。この学園の生徒会長をしていますわ。スミカ様との付き合いも長いんですのよ」
「ええっ、今、生徒会長って言った?」
「そうですが、それが何か」
「生徒会長なのに奴隷なのか」
ぷぷぷ。何だか面白いぞ。
「な、なんですの。その言い方!」
エリナはスミカに詰め寄る。
「スミカ様! やはり、わたくしは反対ですわ。六号は話し方も態度も粗雑、品性をまるで感じませんわ。見てください、あのアホ面。アホが空気感染してくるようですわ!」
ええー、あんまりな言い様だ。そんなに酷い顔をしているかな。
もう少し心が弱ければ、おんおんと泣き出して、その涙の海にどぼんと入水するところだぞ。
「スミカ様の奴隷にふさわしくありませんわ!」
「もう決めたことだ」
「ふぐう、そうおっしゃられては……」
ぬぐぐぐ……。エリナの視線がビームのように突き刺さってくる。
めちゃくちゃ睨んでますよ、あの人。美人が睨むと迫力がある。怖い。
笠舞エリナは刺激しない方がよさそうだ。生徒会長ということだし、彼女を怒らせては学園自体に居場所がなくなる可能性さえある。村八分インザ鈴ヶ森学園なんてやられたら、平々凡々たるレイジにはどうにも覆しがたい。端的に言えば青春の終わりである。
第一印象は残念ながら芳しくない。何とかしないと!
友好の第一歩にレイジは握手を求めた。礼儀正しく、笑顔も忘れずに接すれば、きっと第一印象なんて払拭できるはず。
「よろしく、エリナ」
「……」
はい、無視。無視入りました。心にダメージ五点。それどころか、汚いものでも見たみたいに一歩引きましたよ。見ました、奥さん?
前途は多難である。
「次は私ねー」
のんびりした雰囲気の彼女の番だ。服装は制服からかけ離れてはいるが、少なくとも、いきなり暴力、敵意や怪しいバラを差し向けてくることはなさそうだ。
「私はねー、恩田ノブコって言います。スミカ様の奴隷で、ここの顧問なのー」
コモン……。はて。
レイジの頭の中ではカードパックが開封されていた。ちっ、またコモンか。せめてアンコモンがほしい。
いや、違う違う。トレーディングカードの話がどこにあった。学園でコモンと言ったら、顧問しかないだろう。
「つまり……先生?」
「はーい、そうでーす」
だめだ。もう、意味わからん。思考サレンダー。
生徒会長なのに奴隷という時点では、まだ面白みがあったが、先生が奴隷って何事ですか。
というか、若い! 全然先生に見えない、と言っては失礼だろうか。そりゃあ、制服のアレンジが過ぎると思うわけだ。制服じゃないんだもん。
もう、次は何が起こるんだ。予想がつかない。ロッカーからてっかてかでジッパーだらけのラバースーツに身を包んだ学園長が飛び出してきてもおかしくない。
転入したてで新しい学園に馴染めるかなあとか、クラスで友達できるかなあとか、そんな心配はレイジにもあった。一人ぽっちで砂漠に放り出されたような寂しさは感じていた。
だが、今の状況は突然、宇宙空間に放り出されたようなものだ。あ、地球って青いんだ程度で、もう他の一切は理解不能。漂うだけで成す術なし。
どうしたらいいのか、誰か教えてほしい。
「あれー、私には握手なしなのー?」
レイジははっとした。遠い目をしていたようだ。意識が完全に成層圏外だった。
「すみません。ぼーっとしてた。よろしく、ノブコ先生」
「うふふ、よろしくね。六号くん」
先生だけあって、しっかりと握手に応じてくれる。
堀之内とノブコ先生は常識人だと信じたい。でも、二人とも奴隷なんだよな……。