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四十九話

「おい、どうしたんだよ?」

「でた」

「何が」

「決まっているだろう。幽霊だ」


 林の奥にぼんやりとした人影があった。白っぽい服を着た、髪の長い女性に見える。

 髪がばさりと前にかかっているため顔はほとんどわからない。木の一本から半身を出し、脱力した姿勢で身動き一つしない。


「なーんだ」

「なーんだとはなんだ。幽霊だぞ。怖くないのか」

「あれはノブコ先生だよ。なかなか凝ってるね。俺も本物の幽霊かと思っちゃった」

「変装か」

「でも、ここまでなりきっているのに、あっさり看破したらかわいそうだ。驚いて逃げるふりをしようか」

「なかなか粋なことを考える。乗ったぞ」


 レイジとスミカは道を進み、たった今幽霊に気づいたという表情をした。かなり嘘くさいのだが、下手な演技も月明かりの下では十分だろう。


「六号、あれはなんだ?」

「うわー幽霊だよ。間違いない」

「なんだと。逃げるぞ」

「怖い! きゃー!」


 レイジとスミカは一目散に駆けだした。

 青白い人影は木陰に佇んだままだ。あまりの反応のよさに呆気にとられているのかもしれない。

 林の終わりが見えてくる。二人は顔を見合わせ、クスッと笑った。


「お、スミカ様たちが戻ってきたね」

「なんだよ、レイジ。ビビって走ってきたのか?」


 出口で一休みしているのはタケミペアだ。息を切らせながらレイジは首を振った。


「キョウたちも会っただろ。幽霊の格好をしたノブコ先生にさ」

「なかなか見事な変装だったな。六号に言われなければ、本物だと思っていたところだ」


 タケミとキョウはは首を傾げる。


「知らないねえ」

「俺も見てないぜ」

「話に夢中で見逃したんじゃないの?」

「ってより、ほら」


 キョウが顎をしゃくる。

 アンリと一緒に、今出発しようとするノブコ先生がいた。


「ノブコ先生なら、ずっとここにいたぜ?」


 レイジは血の気が引くという感覚を初めて味わった。スミカと再び顔を見合わせるが彼女も蒼白だ。


「ふ、ふわー」

「ひっ……きゃー!」


 二人は絶叫して抱き合った。


 林の中。


「い、今の声はなんですの、堀之内」

「林の動物でしょう」

「ま、まったく驚かせますわね……」


 二人の悲鳴にエリナが心底ドキドキしていた。



「バ、バカ者! 抱きつくな! どこを触っている!」

「ホキャー!」


 三割増しスミカパンチで地面に地面にめりこむレイジ。


 林の中。


「また聞こえましたわ」

「この林、猿でもいるのかもしれません。ですがご安心ください。何かあれば、私が身を呈してでもお守りいたします」

「頼りにしてますわ」



 地面からぼこっと身を起こす。


「ス、スミカが抱きついてきたんだろー!」

「うるさい! もう忘れろ! それとも、私が忘れさせる必要があるのか」


 スミカがげんこつを作って迫る。


「あっあっ、忘れた。忘れたかもー」

「ならいい」


 スミカが拳を降ろしたのでレイジは胸を撫で下ろした。

 人間、命がかかると嘘も平気でついてしまうものである。レイジの倫理観が三ポイント減少した!


「いいないいなー、レイジと仲良さそうでさー」

「道中で話して思ったが、キョウのレイジ熱は相当だねえ。あんたも抱きついてくるかい?」

「スミカの目の前でやったら、ぶっ飛ばされちゃうぜ。あれ食らって生きてる自信、俺にはないな」

「そのスミカ様に挑もうとしてたやつがいるらしいけどね、ここに」

「う、うるせー! あれは、ほら、若気の至りってやつだ」

「あんたみたいな年代はそれでいいのさ。ほら、行っといで!」

「うわわ」


 タケミがどんとキョウの背中を押してやった。それがまた、とんでもない力だったのでキョウはふらつきながらレイジに衝突する。


 どてーん。


「びっくりした。突然、なんだよー」

「あ……レイジ。よ、よう」


 レイジはキョウに押し倒され、跨られていた。キョウとレイジが頬を染めて見つめ合う。

 スミカが露骨に頬を膨らませたので、キョウははっとした。


「違うんだスミカ様! これはタケミのやつが……っていねえ!?」

「私の前で私の奴隷といちゃつくとは……! 神妙にしろ!」

「ひー、マジで事故なんだって!」

「な、何なんだ本当に……って、うぶぉ!」


 スミカがレイジを踏みつけながらキョウに襲いかかる。タケミが少し遠くで腹を抱えて笑っていた。


「いいねえ。若いっていい。あたしももう五年、若ければね。ないものをねだってもだめか。……おーい、あたしも混ぜなー!」

「うわー! タケミも来たー!」


 レイジは三人の間でもみくちゃになる。

 これはいかんと脱出を試みるが、タケミに蹴り飛ばされる。どうか偶然だと言って欲しい。そこにしめたとばかりにキョウが抱きついてくる。スミカがそれを引きはがそうとする。逃げ出すレイジをタケミが羽交い絞めにする。四人は一つのボールのようになって草むらを転げ回った。


 そんなことをしているとエリナペアが戻って来た。


「あら、何かやってますわ」

「ええ。みなさん楽しそうです」

「レイジが来てからスレイ部も活気が出ましたわ。そうは思わなくて、堀之内」

「同感です。レイジくんはすごいですよ」

「べ、別に褒めてるわけではなくてよ」


 当の本人はボロ雑巾になっていたのだが。


 ノブコ先生ペアが紐を回収し、肝試しは終わった。

 ノブコ先生に「林の中に変装して立っていましたよね?」と尋ねるも否定され、レイジとスミカが改めて震えあがったのは言うまでもない。


「やはり幽霊はいるのだ」

「うん、いる」

「だが、幽霊を見たといっても信じてはもらえんだろう。怯えて幻覚を見たと思われるのがオチだ。それでは奴隷たちに示しがつかん」

「これは二人の胸にしまっておこう」


 レイジとスミカの手ががっちり合わせられる。力強くうなずき合う。

 二人の間に謎の盟約が交わされた。

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