四十七話
「あれかな」
古びた木造の建物が見えてきた。お堂というのはこれだろう。
そのそばに大きな木があり、レイジたちに何かを差し出すように枝の一本をたわませていた。
「スミカでも届くぞ。結ぶか?」
「いや、六号がやってくれ」
そこまで怖いか。レイジは反対になんだか楽しくなってきた。
鼻歌でも歌いたい気分で紐を結ぼうとする。
「おい、六号!」
「なんだよ。急に大きい声出すなよ」
「枝を見ろ。どう考えてもおかしい」
レイジは胡散臭そうに枝を改める。立派だが別段変わったところもない。
人の手に見えるとか、そんな理由で怯えているんだろうか。
「普通の枝だよ。なんもついてない」
「それがおかしいと言ってるんだ。私たちの前にタケミたちがここに来たはずだろう」
「あ……」
枝に紐はない。
道は一本だ。迷うはずがなく、後戻りや立ち往生をしているならすれ違うはずだ。
「結び忘れたんだろ」
「ならいいが。お堂の扉が若干開いている。普通、こういったものの戸締りはきちんとしてあるのではないか?」
風に揺られ、観音開きの扉がぎい、ぎいと鳴った。その隙間からうっすらと明りが漏れている。
レイジは少し恐ろしくなった。
二人で震えていると、扉がゆっくりと開き始める。風じゃない。何かが扉を開いている。
ぬっと白い腕が飛び出した。
「ふわー」
スミカは変な声を出してレイジを盾にした。
あの、スミカさん? そうされると全く動けないんですけれど!
ああ! 何か出てくる! そんな、手が!
「おや、六号。あんた一人かい」
「おっす、レイジ」
タケミとキョウだった。
「そ、そんな所で何やってんだー!」
「何って、そりゃ紐を結ぶものを探してたんだよ」
「お堂ってのは覚えてたんだけどな。中探しても結べるものが見つかんねえんだよ」
「まさか、像の首に巻くわけにもいかないしね。あっはっは」
笑いごとではない。心臓が止まるかと思った。
この二人には恐れるものがないのだろうか。後ろで縮こまっているスミカが可愛く思える。
ようやくスミカも状況が飲み込めたらしい。レイジの陰からおもむろに出た。
「ごほん、紐ならその木の枝だぞ」
「スミカ様もいたのかい。てっきり、六号は置いていかれたのかと思ったよ」
「なら、俺たちと来てもらったんだけどなー」
「だめだ、だめだ。六号にはライト持ちを任せてあるのだからな」
キョウは首をすくめる。
「はいはい、わかってますって。ほんじゃ、行こうかタケミ」
「あいよ。紐は結んどいたよ。それじゃあさ、あの話、もう一回しておくれよ」
「えー、もう三回目だぞ」
「何度聞いても飽きないねえ。あんたが六号に心をノックアウトされた名シーン」
なんだそれ。
しかたねえなあと言いながら、キョウもまんざらではない様子。妙な調子をつけて語り出す。
「心が折れ、倒れ込んだ俺をレイジは優しく抱いた。そして耳元で『もういいんだ。俺が君の翼になる』って、そう囁いたんだ。もうクラッと言うか、ビビビッと来たね。王子様が白馬に乗って颯爽と現れて、ついでにハンバーガーとコーラのセットもついてきた感じだったぜ。そんで、そんでさ!」
過去は美化されるとは言うが、つい最近の出来事なのにあんまりではないだろうか。もはや原形がないぞ。例えの方もスペシャルなお得感はあるが意味不明だった。
キョウの好意を嬉しく思っていたレイジだが、彼女の中のレイジ像はどうなってしまっているのか。一度、問いただしてみたほうがいいだろう。とても不安である。
二人はガールズトークで盛り上がりながら先に進んで行ってしまった。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花か。曖昧にしておくから恐怖を生むのだ」
スミカが胸を張る。人を盾にしていたとは思えない台詞だ。
「そんじゃ、俺たちも行こうか」
「ちゃんと足元を照らすのだぞ」
スミカを前に林道を進む。
スミカは事あるごとにレイジの後ろに隠れた。
「六号、あれはなんだ」
「木の枝でしょ。変にねじれてるけどさ」
「今、何か聞こえただろう」
「風の音だよ」
こんな調子で一向に進まない。堀之内とエリナのペアはとっくに出発しているだろう。このままじゃ追いつかれちゃうんじゃないか。
だが、まとわりついてくるスミカは新鮮でかわいい。いつもこんな感じならいいのに。
「六号! おい、六号!」
まただ。今度はなんだ。
月明かりでできた影とか、石が人の顔に見えるとか、そんなところだろう。
「今度は何?」
「あれ、あれ……」
様子が変だ。
指差す方向を見ると青白い光がぼんやりと宙に浮かんでいた。
レイジは目を擦る。今まではスミカの過剰反応だったが、これはなんだ? 人魂?
目を凝らすと、それはふっと消えてしまった。
なにあれ、怖い。二人とも見たのだから、目の錯覚ではない。




