四十五話
テントに戻るとアンリが髪をタオルで乾かしていた。
こういう仕草を見ると、やっぱり女の子だ。
携帯に着信がある。
〈件名:アンリだよ
本文:今日のことは内緒だよ。二人だけの秘密だね〉
文末にはウィンクの顔文字が添えられている。
アンリと目が合う。どちらからでもなく笑いだした。
「おや、楽しそうですね」
堀之内が帰ってきた。
「遅かったな。先に温泉入っちゃったぜ」
「いえいえ、私もそのつもりでしたので、お気になさらず」
「ところで何の用事だったんだ?」
「スミカ様たちのテントのポールに不備があったようで修理してまいりました。なにぶん、十分な工具がなかったので手間取りました」
「それなら俺も手伝ったのに」
「いえ……笠舞さんの方からどうしても私だけで来るようにと……。申し訳ありません」
「ああ、私物とかあるもんなあ。ホリーが謝ることじゃないって」
己の無神経さを温泉で叩きつけられたところだ。
レイジはやや配慮のできる男にランクアップした! ややです!
堀之内がお湯からあがって来ると、三人で談笑した。
寝袋に潜る前に、堀之内がアンリとの間にシートをかけ、カーテンのようにした。紳士的である。アンリは別にいいのにと笑っていたが。
「それでは、おやすみなさい」
ランタンが消される。
レイジは一日の疲れがどっとでてきて、ぐーすか眠った。
「ふんぬおおお!」
気合いの入った掛け声とは裏腹にレイジの足はもつれ、どべちっと草原に転倒した。
頭がおかしくなったのではない。みんなで運動しているのだ。
転んだレイジの遥か前方にぽてっとフリスビーが落ちた。
数分前。
「よし、フリスビーをするぞ」
スミカが蛍光色の円盤を持って招集をかけた。
みんなで楽しく投げ合うのかと思ったが、ここはスレイ部。ちょっと違った。
「いくぞー」
スミカがフリスビーを放り投げる。
それを合図に堀之内がたっと駆けだした。
犬かよ! 公園でよく見かけるやつだ、これ! 犬は楽しそうにやっているけれど、人間がやって面白いとは思えないなあ。
だが、レイジはその認識を改めることになる。
堀之内がぐんぐんフリスビーに迫る。しなやかに躍動する脚、飛び散る汗。彼はそのスピードのまま跳躍する。体を反転させながらフリスビーをつかみ取ると、見事に着地。滑りながら姿勢を低くして止まった。
爽やかにバラを咲かせながら戻ってくる。
「さすがだな」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
か、かっこいー! 最後はアルファベットにしてもいい。
なんだあれは。世の女性に見せたら堀之内ファンクラブが百ほど乱立するのは避けられない。
俺もやりたい! 走って飛んで、ばしっとキャッチ! イメージは完璧だ。
ワクワクが伝わったのか、目をキラキラさせていたからかわからないが、次の指名はレイジに来た。
だが、結果はご覧のとおりである。
「不様ですわ……」
「レイジくん!」
「おーい、レイジ生きてるかー」
「あっはっは、脚が出来損ないのミサンガみたいになって転んだよ。あっはっは」
「もう、タケちゃん笑っちゃかわいそうよー」
「大丈夫かな、レイジくん」
「おい、早くフリスビーを拾ってこい」
レイジは立ち上がる。そこにかっこよさは塵ほどもなかった。
イメージと現実の差に打ちのめされる。フリスビーをつかみ損ねたとかじゃなく、追いつけもしなかったぞ……。
フリスビーのまぶしい蛍光色が悲しさを引き立てる。
とぼとぼ戻ったレイジの肩をスミカがぽんと叩いてきた。
慰めはよせ。男の傷は時間でしか癒えないのだ!
レイジは膝を抱えながら他の部員が華麗にフリスビーをキャッチする様を眺めた。
キャンプ場が暗くなり始める頃、鍋の周囲にピリッとした独特の香りが漂い始めた。鼻に自信がない人でもこれだけは間違えようがない。カレーの香りだ。
鍋の中には黄褐色のどろりとした液体が、おなじみの野菜と一緒にふつふつと煮立っている。
はんごうを開けると炊けたご飯の香ばしい匂いがぱっと広がった。深い大きめの皿半分にぽふぽふと盛る。
黄褐色の液体におたまがダイブし、再び現れたときには中身がたっぷりだ。大きめにカットされたジャガイモ、ニンジン、タマネギ。それぞれちらりと頭を覗かせている。おたまの尻を回り、カレーがとろりと滴る。
おたまを傾けると、とうっと液体が流れ出して皿のもう半分を満たす。境界でごはんとカレーが混ざり合う。
カレーライスの完成だ。
「いただきまーす!」
言ってしまえば、ごく普通のカレーライスだ。
材料は普通だし、ルーも市販のもの。野外なので調理器具や設備も十分ではない。
だが、すごくおいしい。みんなで作り、みんなで囲み、みんなで食べる。味に関係ない要素ばかりだが、それが大事なのかもしれない。
レイジはカレーをぺろりと平らげた。タケミは早くも二杯目をお代わりしている。
みんなが笑顔になり、会話に花が咲く。
ああ、こう言うのって、いいなー。
鍋が綺麗に空になり、みんながお腹を休めているとスミカが立ちあがった。
「明日の朝、荷物をまとめたらここを立つ。今夜が合宿最後の時間だ」
思えばあっという間だった。もう二、三日いてもいい気分だが、連休は明日で終わりだ。
おそらく、最後の一日はドタバタせずにゆっくり休んでもらうつもりなのだろう。次の日からは、いつも通りの一日が始まるわけだからね。
「そこで最後の催しだ。実はな、この林の奥に古びたお堂がある。何に使われていたのかは皆目見当もつかんが、昼間見てもぞっとするような場所だ」
「まさか……」
スミカがにやりと笑う。
「肝試しをやるぞ!」
歓声とも悲鳴ともつかない声が一同から漏れた。
「はいはーい、これはオカルトの一環でもあるのよー。参加は必須ですからねー」
ノブコ先生によって退路は塞がれた。




