四十二話
「制限時間十分、ニンジン皮剥き勝負だ。多く剥いた方が勝ちだが、皮が残っているものはカウントしない。勝負を受けなければそれも負けと見なすぞ」
「ま、負けたらどうなるんだ」
「敗者は肉を食べる権利を失う」
「ええっ。一枚も?」
「一枚もだめだ」
なんて恐ろしいことを考えるんだ。
肉のないバーベキューなんて、できたてが取り柄の野菜いためだ。若者のハートをがっちりキャッチする献立から一気にランクダウンしてしまう。
これは負けられないぜ。
レイジはスミカの隣りのまな板に移動した。勝負を受ける意思表示はこれで十分だ。
堀之内がどこからかタイマーを取り出し、時間をセットする。
レイジが、スミカがニンジンを握る。視線が交錯する。タイマーのカウントが、今動き出した。
ジャガイモには慣れてきていたレイジだったが、形が変わるだけでこうもやりにくいものかと思った。
あまりに薄く剥こうとすると表面のしわが残ってしまう。そのしわをほじっていると、できそこないの木彫りの熊のようなどうにも不格好なニンジンが出来上がっていた。
うわー、スミカのことを笑ってられないぞ。
タイマーの表示はもう三分が過ぎている。ちらりと横を見る。スミカは一本目を終え、二本目も終わろうとしていた。しかも、最初のゴボウ状態よりもちゃんと剥けているじゃないか。
これはまずい。スミカは最初の一本でコツをつかんでいたのだ。
レイジはペースを上げようとするが、余計に剥き残しが生まれるだけだった。
タイマーの表示は無情に減っていく。スミカのまな板には着々と綺麗なニンジンが増えていく。
ま、負けちゃう! お肉がー!
レイジの心を焦りが支配した。
「あっ、レイジくん、その手つきは……」
堀之内が忠告しようとしたが遅かった。
スパッ。
はやる気持ちに突き動かされた包丁の切っ先がニンジンからすっぽ抜け、レイジの指に当たる。
「あっ、いてっ」
包丁を置いて傷を見ていると、じわりと血がにじんだ。
「む、六号。怪我をしたのか?」
スミカが手を止めた。
「いや、大したことは」
「見せてみろ」
スミカは手を取って傷を見ていたが、
「出血はあるが深くはないな。舐めておけば治る」
ぱくっとレイジの指をくわえた。
突然のことで何も反応できないレイジ。
舌先が傷をなぞるが、不思議と痛くない。
レイジは熱心に指を舐めるスミカを、ぼーっと見ていた。
「これでいいだろう」
ちゅぱっと口が離れる。リスのキャラクターがついた絆創膏をぴっと貼られた。
「……なんだ? まだ痛むのか」
「いやいや、違うよ。ありがとう」
レイジははっとしながら答えた。
意識がどこかに行っていた。今のはなんだ、夢か?
でも絆創膏はあるし、その下には確かな感触が残っている……。
ピー。
タイマーがレイジを現実に引き戻す。
「は?」
「結果発表です。スミカ様、七本。レイジくん、三本。よってスミカ様の勝利です」
「当然だ。思い知ったか、六号」
「え、あの。思い知ったとかじゃなくて、アクシデントがあったしノーカウントでは?」
「そんなわけなかろう。六号の肉はみんなで分けるから安心しろ」
「そんなー」
ゴチンとレイジは後ろから殴られた。
「いで」
タケミだ。
いつの間にかみんなが周囲に集まっている。
「こら、バカ六号。あんな包丁の使い方があるかい」
「そうよー、ヒヤッとしちゃったわー」
「無茶をするからそうなるんですわ」
「まあ、レイジらしいや。でも、気をつけろよな」
「六号くん、大丈夫だった? もう痛くないかな?」
「レイジくん、傷の経過は私が責任もって観察します。安心してください」
「みんな、ごめん。アンリとホリーは大げさだよ。ほんのちょっぴり切っただけだし、絆創膏も貼ってもらったからさ」
「なんであれ、無事でよかったよ」
タケミに髪をくしゃくしゃにされた。




