四話
ぼやけた視界。はっきりしない頭。冴えない顔。……いや、顔は元々だった。
レイジは意識を取り戻した。
あれ? 何してたんだっけ。というか、ここどこだ。
レイジは上体を起こした。
薄暗い部屋。その重ねられたマットの上にレイジは寝かされていた。
周囲を見回すと、数人がレイジの方を向いている。
だんだんと思い出してきたぞ。たしか、突然の理不尽な暴力によって気絶したのだった。
彼らは一様に眉根を寄せている。介抱してくれたのは彼らか? 心配してくれているのだろうか。
「スミカ様、彼を本当に奴隷にするんですの?」
その中の一人、ロングヘアーを肩下まで流し、一部を大きなリボンでまとめた女子生徒が苦々しげに言った。
あ、これは心配されてない。嫌悪を示す表情だ。
目が合ったが、プイと逸らされる。
それに奴隷って言ったぞ。奴隷って、あの奴隷だよな。鞭を打たれながら鉱山で石を運んでいるイメージ。ここが本当に鈴ヶ森学園なのか不安になってくる。
だが、寝せられているマットは学校の備品らしいし、周囲にいる生徒の制服は間違いなく鈴ヶ森学園のものだ。
夢ならいいが、鈍く痛む頭は本物だ。現実だとすれば、余計にたちが悪い。
「なんだ、笠舞? 私に意見するのか」
「いいえ、とんでもありませんわ。そうじゃないのですけれど……」
スミカと呼ばれた生徒、見るとかなり可愛い。ちょっと癖のある黒髪を軽いボブカットにしている。それに、ちっちゃい。偉そうな態度と言葉遣いが不釣り合いではあるが。
だが、声に聞き覚えがある。いや、聞き覚えがあるどころじゃない。
「あっ! お前は暴力女!」
「言葉を慎め!」
「ぎゃん!」
脳天にスミカの握り拳が叩きつけられ、レイジはマットに沈んだ。
「スミカ様、だめよー。ここまで運んでくるのも大変だったんですからねー」
「奴隷のしつけも主人の仕事だ」
「あのう……」
マットに顔面をつけたまま、レイジは恐る恐る質問する。
「奴隷って、俺のこと?」
「当然だ」
即答である。迷いなし。
「だが、安心しろ。ここにいるのはみんな私の奴隷だ」
ぎこちなく顔を回転させ、スミカを見る。冗談を言っている風ではない。
いやいや、ちょっと待て。そのどこに安心要素があるんだ。さらに状況が悪くなっているとしか思えない。
「スミカ様は一度言ったら聞かないですからねー。諦めましょう」
おっとりとした話し方をする人だ。制服のアレンジも大胆。ほとんど原形がないけど、ウェーブのかかった髪形とベストマッチ! 大人っぽくてグッド! そしてナイスバディ!
いかんいかん。あまりじろじろ見ては失礼にあたる。
この人は、何となくだがまともそうだ。でも、助けてはくれる気はなさそう。
その隣にメガネをかけた男子生徒がいる。この部屋にいる男子は彼とレイジだけだ。
何たる爽やかなハンサムガイ。こういうのは好かん。なんでだろうな。前世できっと何かあったんだろうな。
ハンサムいけ好かぬメガネボーイが進み出た。
「ロクゴウくんのために、皆で自己紹介をしてはどうでしょう。これからは仲間なのですからね」
訂正。こいつ、むっちゃいいやつ。
あれ、でもレイジは名乗った覚えがない。どうして知ってるんですか、眼鏡ボーイ。
知られていたとしても、改めて名乗っておこう。それが礼儀だ。
「俺の名前は六郷レ……いぶほ!」
突き飛ばすように腹部に蹴り。
「お前に名前はまだ早い。発言も許可してない。六人目の奴隷だから、六号で十分だ」
人権抹殺。
メガネがスミカにすっと歩み寄り、優しく進言する。
「スミカ様。また彼に気絶されては、自己紹介ができなくなります。どうぞ、お手柔らかに」
「うむ、それはそうだな。六号、起きられるだろう。起きろ」
痛む腹を押さえて、ぶるぶると身を起こす。レイジ、生まれたての小鹿のものまねしまーす。
レイジが身を起こすのを待ってから、メガネが先陣を切った。
「では私から。私は堀之内マンサク。若輩ながら、スミカ様の筆頭奴隷を務めさせていただいております。以後お見知りおきを」
メガネ、クイッ。バラが背景に敷き詰められる。
あれ、幻覚か? バラが舞ったぞ。
「よろしく、マンサク」
メガネがギラリと光る。
バラがばっと散って、代わりにどす黒いオーラが湧きあがる。
「私のことは堀之内、あるいは敬愛をこめてホリーとお呼びください……」
「よ、よろしく堀之内」
名前で呼ぶのは、いけないらしい。
握手をすると、堀之内はにっこりとほほ笑む。ぱっと背景にバラが咲き誇る。
再訂正。こいつ変だ。男に向ける表情じゃない。危うくドキドキしそうになった。悪いやつではなさそうだが、色々と危ない。
彼のタイと胸から見えるハンカチはレイジと同じ青色。つまり二年生ということだ。