二十五話
放課後、レイジにはやることがあった。
洗濯物をタケミに渡さなければいけない。忘れたりしたら、レイジだけでなく堀之内も困ったことになってしまう。
だが、女子寮を下着の入ったかごをぶら下げて徘徊する勇気はレイジにはない。
まずは管理人室の場所を確認し、タケミに今から持っていきますと伝える。そのぐらいの入念な下準備が必要だった。
管理人室はすぐに見つかった。玄関を出る側から見て、左手にある二部屋だ。
一つの扉は閉まっていて、もう一つは開けっぱなしだ。
レイジはまず、近い扉、閉まっている方のドアノブを捻る。
ガチ、ガチガチ。
鍵がかかっている。いないのだろうか。
「あたしはこっちだよ」
開いた方からタケミが半身を覗かせている。
「そっちか。てっきりいないかと思ったよ」
「てっきりいないかと……じゃないぞ。ノックもせずに。あたしの私室に入るのが目的だったんじゃないのかい」
「違う、違うよ」
「怪しいもんだね」
くー、信用がない!
「あたしは基本、こっちの事務部屋にいる。あたしは要らないって言ったんだが、学園長がどうしてもって私室もつけてくれたんだ。何でだろうね」
「どうして開けっぱなしなんだ? 換気?」
「管理人という役柄上、部屋に生徒が尋ねてくることもあるのさ。開けておいた方が中の様子がわかるし、入りやすいだろ」
なるほど。
「それで六号は何の用事だい」
「洗い物をお願いしようと思って」
「ああ、それかい。堀之内の代わりだね。で、物はどこにあるんだい。見当たらないが」
「まずはお願いだけに来たんだ」
「何を意味のわからない……ははーん、さてはパンツを持ってうろつくのが恥ずかしいんだね」
「何を根拠にそんな」
レイジの目が泳ぐ。
「それとも、あたしにパンツを渡すのが恥ずかしいのかな」
「な、な、な」
「おや、図星かい? 可愛いところもあるじゃないか」
「な、ば、別にそんなんじゃないやい」
「おやおやー、まさかあたしのことを女として見てくれてるのかい」
タケミがタンクトップの胸元を広げ、パタパタと仰ぐ。
レイジは目のやり場に困った。
「当たり前じゃないか。タケミは綺麗だよ。だから……」
そう言いながら、やめてくれるように手で促す。
ふと目の前が陰る。タケミがいつの間にかレイジの目の前、息のかかる距離に来ていた。
「そういう直球、いいねえ。変に着飾るよりもよほど響く。へなちょこ六号のくせに、グッとくるじゃないか」
レイジの目を覗き込む。
避暑地の湖のような目だ。心を見透かされそうな、透き通った目。その澄んだ涼やかさとは対照的に、レイジの心臓は早く、そして熱くなった。
「……なーんてね。冗談だよ。あんたも冗談だろ?」
すっと顔が離れる。豪快に笑い飛ばされた。
本音で正直に言ったのだが、まるで相手にされていない風だ。
「さて、とっとと洗濯物を持ってきな。あたしは魔法使いじゃないんだ。洗って乾かしてしわを伸ばしてとなると、それなりに時間がかかる。さあ行った、行った!」
追い立てられるようにレイジは部屋から出された。
背後で扉がバタンと閉まる。
何で閉まったんだ? 開けておくと言っていたのにな。
「――まったく、困ったやつだよ。綺麗だよ、ねえ……。そんな言葉、何年振りだろうね」
ドアに背を預けて、タケミが呟いた。
レイジはかごを持って急いで戻る。誰かに見られたくない。
管理人室のドアは再び開いていた。
「持ってきたよ」
「二人分だと結構な量だねえ。おし、かごは置いていきな。先日の堀之内の分があがってるから、入れ替わりで持っていってくれよ」
タケミにかごを押しつけられる。
堀之内の衣服が綺麗に畳まれ、きちんと収まっている。
「さて、六号のパンツはどれかなー」
「きゃー!」
レイジは黄色い悲鳴を上げかごを放り投げると、タケミの手にしたパンツをひったくった。
パンツをはっしと抱きかかえながら怯えた目でタケミを見る。
「あっはっは。そんなオーバーな反応しなくていいじゃないか。あたしに預けないと洗濯できないだろ。ほら、返して」
レイジの手からパンツを受け取る。何とも思っていないように、タケミはかごにそれを戻した。
レイジは本当にからかいがいのあるやつだ。
「早いうちに終わらせちゃうかね。あたしは部屋を空けるよ。あんたも戻りな」
「洗濯物、頼むよ」
「そんな目で見なさんな。変なことはしないよ。あんたも変なところが神経質だね。スミカ様に丁寧な言葉で接する細やかさは持ち合わせてないってのに」
「それは、その……なんだか自然にできないんだ。自分でもよくわからないんだけど」
「ほほーん? なるほどねえ」
タケミは意味深な顔をした。
「それで、洗濯物は六号の担当になったのかい?」
「いや、そこまできっちりは決めてないよ」
「それなら、あんたがやったら? この短期間でも堀之内にゃあ、かなり世話になったはずだよ。あいつは気が利くし、おせっかいだからね」
「おせっかいだなんてとんでもない。すごく助かってるんだ。……そう言われてみると、俺がやった方がいいのかも」
「だろ? じゃあ決まり。明日も来な。今日の分はピッカピカにしといてやるからさ」
タケミがにっと笑う。とってもいい笑顔だったので、レイジも思わず微笑み返した。
彼女は洗濯に向かって行ってしまったが、なぜこんな提案をしたのか、振り返ってみると少し不思議だった。




