二十三話
スミカがメモ帳に筆を走らせる。お、またやってる。
お茶は少し渋いぐらいだ。だが、それが口も気分もすっきりさせてくれる。心はほかほかだ。
はーん、スミカはまだ書いてるぞ。何書いているのかなー? どれど……。
ばごっ!
「れべひっ!」
ほかほか気分がスミカパンチでぶっ飛んだ。同時にレイジも宙に飛んだ。
あの偉大な兄弟と同時代に生まれていたら、確実に先に飛んでいただろう。羽はないが、もうすぐ生えそうだ。レイジは誰もいない席に頭から突っ込んで痙攣していた。ナイスコントロール。
「勝手に見るな」
「レイジくん。スミカ様の邪魔をしてはいけませんよ」
ちょっと浮かれ過ぎだった。反省。
しかし、何が書かれているんだろう。ますます気になる。毎回、堀之内がどこかに持っていくのは大きなヒントだとは思うのだが……推理小説の解明シーンを先に読んでも楽しめる男、レイジにはさっぱりわからなかった!
「なんだろうなー。うーん」
レイジはむくりと起きあがる。倒れた椅子や机を手早く直すと、首を傾げながら席に戻った。彼もだんだんと超人じみてきたかもしれない。
午前中の講義は必修が続いた。鈴ヶ森学園は単位制で、そのシフトの関係上、一コマがかなり長い。午前中に二コマ、午後に二コマが基本である。五コマ目は一部の短い授業だけが割り当てられていた。
必修なので講義はレイジ、スミカと堀之内が一緒だった。
一緒に講義を受けていて、新しくわかったことがある。
こいつら、めちゃくちゃ頭がいい。テストの点数が取れるという意味ではなく、頭の回転が早い。レイジはそう感じた。
先生の質問にはすらすらと答え、板書を求められれば滑らかに書ききる。それだけではなく、節々で先生に質問をする。わからないからではない。講義を円滑に進め、受けている全員の理解度を深めるためだと、じきに理解できた。
二人が率先して質問する。レイジが、ちょっと疑問だが確認するほどでもない……そんなふうに思った内容も、ときには質問に含まれていた。
これで質問しやすい雰囲気ができた。わからないという意思表示を気負わずにできる場が作られていった。先生側は全員の理解を確認しながら進められるため、前提を省いての説明がよりしやすい。質問を受け付ける時間を差し引いても、十分に時間の短縮になっていた。
そんな行為をすれば、大抵はひけらかしのようになって、快く思わない生徒や先生が出てくるところだ。だが、この二人は並大抵ではない。スミカはその傲慢とも言えるキャラクターによって、堀之内は控えめで婉曲的な態度によって、いやらしさを全然感じさせない。
レイジは転入試験をパスできるかと、戦々恐々として結果を待った程度の学力だ。正直、一等級学園の学力に振り落とされはしないかと、転入が決まってからも不安に思っていた。
しかし、この二人がいれば、レイジでも何とか講義の内容がわかった。楽しさとまではいかないが、勉学の興味深さの端切れぐらいをレイジは実感していた。
思えば、レイジが心の隅に抱えていたり、気づかずに放置していた問題は、意外なほどあっけなく、次々と解決していった。
学園の風紀が気にいらなかったが、スレイ部という独特な場所に落ちつけた。友達は堀之内、そしてスレイ部のメンバーだ。男子寮が存在せず危うく宿なしになりそうだったが、スレイ部の特権で女子寮を使わせてもらえる。講義を受ける前の準備不足もみんなのおかげで滑りこめた。そして、勉学への不安も幾分和らいだ。
あれ、これって……全てスレイ部のおかげだ。
奴隷だなんて最悪だ、お先真っ暗だと悲観していたが、実際はそうではなかった。スレイ部が、と言うよりも寳栄スミカという一人の少女が、ぐいぐいとレイジを引っ張ってくれている、そんな気にさえなる。
なぜ、このむちゃくちゃで暴力を振るうスミカにみんながついていくのかと疑問だった。だが、今はそうは思わない。
みんなは、スミカがスミカだからついていくのだ。
だって、レイジが早くもそう感じ始めているのだから。




