二十二話
今日もメンバーは変わらず、スミカ、エリナ、堀之内、そしてレイジだ。
だが、散歩のルートが違う。今日は本棟をぐるりと一周するコースだ。
昨日の中庭を通るルートはいかにも散策向きといった様子だったが、ここを通る意味はなんなのだろう。スミカお気に入りの場所が含まれているのだろうか?
レイジは堀之内と共に一礼すると、ルートの先へと進んだ。
二日目にして奴隷らしい立ち振る舞いができてきたのか、今日はまだスミカパンチをくらっていない。やったぜ。
ゴミを拾いながらではあるが、朝の散歩は気持ちがいい。スミカが日課にするのも理解できる。
しかし、ここは主要な建物の動線上にないためか、逆にゴミが目立つ。一等級学園といえども「誰にも見られなければいい」なんて考える心ない人たちが、少なからずいるのだろう。
今日はレイジもばんばんゴミを発見していく。一見、綺麗に見えても堀之内の言うとおり、あるところにはあるものだ。すぐにゴミ袋が膨らんだ。
ルートをなぞり終え、振り返る。
おお、なんだか清々しいぞ!
正直、見た目がそれほど変わったとは思えない。だが、この場所以上に自分たちの心が綺麗になったように感じられるのだった。
「今日も綺麗になりましたね」
「ああ。少しだけだけど、スミカに仕える喜びみたいなものがわかった気がするよ」
「それは結構ですね」
堀之内は自分のことのように嬉しそうだ。
「さあ、汚れを落として、スミカ様をお待ちしましょう」
ゴミを捨て、制服、髪、靴についた汚れを落とす。手をしっかり洗う。親指の付け根も忘れずに。
戻ってくると、タケミとノブコ先生が計ったように到着していた。
「おはようさん、堀之内に六号。今日も頑張ってるねえ」
「おはよー、二人ともー。今日もいい天気ねー」
「おはようございます、名護山さん、恩田先生」
「おはよう!」
二人であいさつ。
「なんだい、六号。やけにご機嫌じゃないか」
「へへ、何でもないんですけどね」
「あれー、内緒なのお?」
「本当に何でもないんですって」
タケミはレイジの首根っこをつかむとがくがくと揺すった。
「白状しな。ほれほれ」
「ひいいい」
「うふふ、楽しそうね」
「ノブコ先生、笑ってないで助けてー」
拘束が解ける。
スミカがやってきた。エリナが半歩引いて連れ添っている。
タケミとノブコ先生が挨拶する。スミカとエリナが返す。
さて、お楽しみの朝食だ。
今日のタケミが選んだメニューは和食、まさに朝食と言ったものだった。
白いつやつやしたご飯に、豆腐と長葱の味噌汁。おひたしの小鉢、黄色いたくわん、そして納豆。
「名護山さん、納豆はわたくし、あまり食べたことがないのですわ。臭いも気になりますし……」
エリナが戸惑いを見せる。ノブコ先生も思案顔だ。
「朝しか食えないだろ、納豆ってさ。安心しな。鈴ヶ森で選んでる納豆はあまり臭いのないやつだよ。学生も教師も口臭には気を使うからね」
レイジは納豆の小鉢を鼻に持っていって嗅いでみた。臭いがしない。
試しに少しかき混ぜてみた。それでも、ほんの微かに納豆臭がするだけだ。
「うん、臭いしないね」
「……まるで犬ですわ」
エリナが言った。率先して確認しただけなのに、酷い。
「それにこんなものも用意してある」
タケミはガムや口臭対策用のタブレットを机に広げた。
「そこまでしていただいては……わかりました。いただきますわ」
「さすがタケちゃんねー。準備がいいわー」
「そのタケちゃんはやめてくれ。あんたはノブちゃんでも気にしないんだろうけどさ」
「えー、いいじゃなーい」
ノブコ先生とタケミが呼び合うのを初めて聞いた。もしかすると、同年代なのだろうか。
タケミはさばさばしていて姐さん気質だが、年齢は若いはず。ノブコ先生などはほとんど学生に見えるぐらいだ。
そう考えてみると、同じ年齢でもおかしくないのか。
そんなことをしている間にスミカの「いただきます」で朝食が始まった。
レイジはまず、汁ものに手をつける。
味噌のいい香りだ。香ばしくも、すっと肺に馴染んでくるような温かさ。
汁をすする。シンプルながら、奥深い味だ。出汁がしっかり取られているのだろう。
その塩気が消えないうちに、ご飯を一口。普通のご飯だ。だが、それが何よりも素晴らしい。噛むほどでんぷんの甘みが口に広がっていく。
納豆にたれをかけ、そのご飯にたっぷりとかける。箸で持ち上げ、ぱくり。
粘る糸を箸で巻いて切る。粘る納豆としっかりとした米の粒が一体となっていく。
ご飯に納豆。ただこれだけなのに、妙な満足感があるのは、たれに含まれている出汁のおかげだろう。おそらく煮干しだ。米と豆。この淡泊なコンビに魚介の旨みをプラスしつつも、さっぱりとした味の方向性は変えていない。満足感を与え、実に優雅に口の中から鼻へと抜け、フェードアウトしていく。まるで、よくできたホテルのウェイターのようだ。
もう一度、味噌汁をすする。納豆ご飯に傾いた舌を優しく迎え入れてくれる。そう、これは家だ。まるで久しぶりに帰省した実家のような安心感、そして安定感がこのシンプルなスープにはある。
口をぴりりと締めたいときには漬物をパリポリと噛む。逆に塩辛さから休ませたいときにはおひたしがぴったりだ。
自然と箸が各皿を行き来する。バランスよく、順番に食べるということが、無理なく自然に行えている。
最後に味噌汁を飲み干し、レイジは汁椀の底に残った豆腐を掻き出すようにつるりと口に入れた。箸を置く。
かつ丼のような感動はないが、これぞ朝食というものを存分に堪能できた。
タケミの用意してくれたガムがあるが、この余韻を強烈なミント味でかき消してしまうのはもったいない。もう少し浸っていたい。
スミカたちはまだ食べ終わっていないようなので、レイジはお茶を注文しに行った。
「そうだ、みんなの分も持っていこう」
だんだん奴隷らしくなってきたぞ。これぞ模範的奴隷思考!
ってバカ! 何でちょっと嬉しがってるんだ。みんなのためを思って持っていくんだからね。奴隷だからじゃないからね!
レイジは自分の心にそう言い聞かせながら、人数分のお茶をトレイに乗せて運ぶ。
「スミカー、お茶持ってきたよ」
「言葉づかいはなっていないが、気が利くな、六号」
スミカの前にお茶を置き、他のメンバーの前にも置いた。
「あら、わたくしたちの分まで持ってきて下さったの?」
「なんだか悪いね。食事はあたしの管轄なのにさ」
「六号くん、優しいわあ」
「レイジくん、ありがとうございます」
皆にお礼を言われて、悪い気分はしない。




