二十一話
スミカはまたメモ帳に何かを書いている。朝がたまたまだったのではなく、毎食欠かさずにやっているのだろうか。
気になる。
だが、レイジが覗き込むよりも早く、スミカはメモ帳を切り取り、堀之内に手渡してしまった。
スミカと目が合う。レイジは前のめりになっていたので、何をしようとしていたのかは明らかだ。じろりと睨まれてしまった。
この場で探るのは危険だ。後で堀之内に聞いてみよう。
レイジと堀之内は自室へ戻った。
「レイジくん、お疲れ様でした。初めての奴隷生活、いかがでしたか?」
「うーん、思ってたほどしんどくはないね。大変だけれども」
もっと恐ろしいものを想像していたが、要は散歩道の整備をして、食事をするだけだ。
あくが強い人物たちに振り回される大変さはあるが、平凡のほほんな日常よりは遥かに刺激的で楽しい。
「毎日こんな感じなのか?」
「ええ。スミカ様が思いつきで実行されるとき以外は、これが平常ですね」
思いつきって……あまりいい予感はしない。それについて深く考えるのはやめておこう。
初日の衝撃も凄まじかったが、今日も濃い一日だった。
終日の事を済ませると、俄然眠気が襲ってきた。食堂のメモのことなどすっかり忘れて、レイジは布団に包まる。おやすみなさい。
翌日。
レイジは堀之内に起こされる。
「レイジくん、朝ですよ。起きてください」
「ううん、まだ講義には早いよ」
声から逃げるように寝返りを打つ。
「スミカ様の散歩の時間です。遅れたら、また怒られてしまいますよ」
一気に意識が覚醒した。
歯を磨き、顔を洗い、制服に着替える。新しいハンカチを胸ポケットに入れる。今日は自分で寝癖も直してしまうもんね。完璧。
「肩に綿ゴミが。失礼しますね」
堀之内がさっとブラシで取ってくれる。
完璧……じゃなかったね。
「そうだ、レイジくん」
「なんだい、ホリー」
「昨日、一昨日と精力的に活動しました。汚れものがあるでしょう」
「かなり汗もかいたし、汚れちゃったね」
「寮にはランドリーがあり、生徒が自由に洗濯機と乾燥機を使えるようになっています」
「そこで洗えばいいんだね」
「それはいけません。我々男子がランドリーに入るわけにはいきませんから。汚れものはタケミさんに預けてください」
「ええー、それってパンツも?」
「もちろん下着もですよ」
「いやだなあ」
他人、しかも女性に汚れたパンツを渡すなんて……。
「でも、不衛生なままでは、よくありませんからね。学園外のクリーニングに出すにしても、レイジくんはお金がないのでしょう?」
「そう言われると……選択肢はないか」
「心配しなくともタケミさんは仕事ですから、何とも思いませんよ」
それはそれでなんだか寂しい。
おっと、完全に変態の思考だった。危ない、セーフ。
「部屋の隅にかごを置いておいたので、そこへまとめておいてください。私が後でタケミさんの元へ持って行きましょう」
「ホリーが?」
「レイジくん、私が君の使用済みパンツを拝借し、夜な夜な顔に被ってはその臭いに身もだえしつつ、情熱的に踊り明かすような、そういう男だと思っているのですか」
「いや、まさか」
そうであっては困る。やめてくれ、本当に。
「私なりの冗談だったのですが、これもだめでしたか。なかなか難しいものですね」
「は、ははは」
堀之内はいかにも生真面目そうな容姿だ。だから、シモの気がある冗談が本気っぽく聞こえていけない。
後でそれとなく伝えて止めさせないと。エスカレートして、本当に実行しないとも限らない。
「そうじゃなくて、転入してからホリーには世話になりっぱなしだからさ。こんな簡単なことぐらいは、俺にやらせてくれよ」
「わかりました。好意と知って断るのも失礼ですからね。今日はレイジくんに甘えるとしましょう。ありがとうございます」
バラが咲く。
「いやいや、いいって」
タケミにも会えるからね!
「おっと、私としたことが。スミカ様を待たせてしまいます。行きましょうか」
「おう」




