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二話

 一人の男子生徒が学園の門をくぐる。

 学園の名前は、私立鈴ヶ森学園。森に囲まれた美しい景観の一等級学園である。

 鈴ヶ森は設立十二年と歴史は浅いが、一度も等級を落としたことのない、文句なしの一等級学園なのだ。

 門の先には噴水があり、きらきらと水を噴き上げている。そして、それを囲むように手入れの行きとどいた美しい庭園が広がる。

 彼の胸についた、さくらんぼのような二連鈴の記章がきらりと光る。

 ここは夢の学園。彼は希望と期待に胸を膨らませて足を踏み入れた……わけではなかった。


「ちっ、くだらねえなー」


 足を踏み入れ、辺りをぐるり見回した時点でわかった。

 どいつもこいつも頭に花畑が咲いてやがる。ほんわかほんわか、あらご機嫌よう、午後はお茶でもいかが、今日も庭園の花がいい香りねだってさ。鳥までピーチクパーチク鳴いてやがる。

 俺の求めているのは、こんなパステルカラーの一ページじゃない。もっと、こう、なんというか……そう、青春だ。ぶっとい筆で書きなぐったような、ザ青春って一ページを期待していたんだ。

 だが、周囲のやつらはのんきというか、穏やかというか、まるで覇気がない。車にひかれても逆にドライバーを心配しそうなやつらばかりだ。こっちまで、へにょへにょにならないか心配になってくる。

 そうは思いながらも、この男、六郷ろくごうレイジの独り言は驚くほど小さかった。

 聞かれたら困るもんね。

 その容姿は、内で熱く滾る漢思想を悲しいほどに反映していない。一言で表すなら、もやしの軟弱者だった。立派なのは反骨精神だけだ。どちらかというと、レイジはお花畑人間のグループなのだ。

 だからこそ、鈴ヶ森学園に転入できたのだが。


 レイジは、この陽光じわりと暑くなり始める季節、二日の猶予を持って学園に来た。色々な準備をするには短すぎる期間だが、突然の転入を受け入れてもらえただけでも円滑だったと感謝するべきだろう。

 初日は学園長に挨拶することになっていた。

 だが、この学園は無駄に広い。学園長はどこにいるのか。案内板すら見つからない。

 レイジは学園を把握するためだと言い聞かせ、歩き回った。

 案の定迷った。


「授業が今日からじゃなくてよかった」


 初日から遅刻だなんて、この超がつくほどのお利口学園では目立ちすぎる。小心者のレイジには耐えられない辱めだ。本当によかった。

 しかし、このままでは、この美しくもおぞましい花園で遭難してしまう危険があった。

 そんなことはあり得ないのだが、レイジは心配性なのだ。


 幸いにも前方から女子生徒が二人並んで歩いてくるではないか。彼女たちに道を聞こう。

 鈴ヶ森学園の制服は、正直かわいい。オーソドックスなのだが、きちんとツボを押さえている。何のツボなのかはレイジに聞いてほしい。

 基本はブレザーにプリーツスカートだ。シャツの襟首には控えめなリボンが付いていて、その色で学年がわかるようになっている。なにより素晴らしいのは、制服のアレンジが認められていることだった。一応の限度はあるが、その範囲内で個人はおしゃれに余念がない。それがこの学園の女子力をすーぱーぱわーあっぷさせている、とレイジは分析している。

 どうでもいいことだが、男子の制服は同じ柄のブレザーとパンツだ。タイが必須ではない代わりに胸ポケットから覗くハンカチで学年がわかるようになっている。

 レイジは軽く手を上げながら、彼女たちを呼び止める。笑顔も忘れない。


「すみません。転入初日で迷ってしまったんだ。学園長はどこに……」


 彼女たちはレイジの横を風のように通り過ぎて行った。


 ホワーイ? ワタシ、ナニカ、ソソウ、シマシタカー!


 お、おかしい。立ち止まる気配すらなかった。

 振り返ると、二人の女生徒は逃げるように去って行く。

 知らない人に呼びかけるって勇気いるんですよ。あまりにも酷いんじゃないですかね。思わず片言になっちゃったよ。

 そうか、俺の心のうちが漏れてしまっていたのかもしれない。いや、プリーツスカート云々ではなくてね。熱い反骨精神の方だ。きっと、お花畑たちは敏感にそれを感じ取ったに違いない。

 というかそう思わせて欲しい。じゃないと心が折れる。砕ける。いい感じの粉末になる。


「邪魔だ」


 突然、体が支えを失った。体が傾く。

 足を払われたのだと気づいたとき、レイジはすでに転倒していた。しかも、無様におしりからだ。


「いてて、なにすんだよ! もー」


 おしりをさすりながら、レイジは膝立ちで向きを変える。

 夢の一等級学園らしからぬ台詞と暴力沙汰。まさか。聞き間違いかなあ。

 四本の脚が見える。一人は男だ。そして目の前、一番近いところに黒いソックス。女子だ。つまり視線を上に向けると、むふふ。まあ、これは事故だからね。

 そのピンク妄想を狩りとるように側頭部に衝撃が走り、レイジはごろごろと道を転がった。

 聞き間違いじゃなかったね。この痛みは現実だ。


「道は空けるように通達したはずだな?」

「はい。学園内に知らない者はいないはずです」

「じゃあ、こいつは何なんだ」


 頭に直撃したのは回し蹴りだった。

 頭がくらくらした。何か話してるが、内容は頭に入らない。

 レイジが起き上がろうとすると、頭に固い感触が触れ、それは一気に頭を押し下げてきた。靴のソールだと気づくのに時間はかからない。

 レイジは強制的に土下座の体勢をとらされた。

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