十九話
寮に戻ると、レイジはベッドの上に教科書を雪崩れるように置いた。
「ぶはー、かなりの量だな」
必修だけでこの重さだ。一度に買っていたら、運びきれなかっただろう。堀之内の的確なアドバイスで助かった。
ドアがガチャリと開き、堀之内が入ってきた。
「おお、ホリー。今、教科書を買って来たところだよ」
「私は講義を終えたところです。今からなら、いろいろとお手伝いできますよ」
「後は単位数を満たすように講義を選んで、その教科書を買えばいいのかな?」
「そうなりますね。私の方で必修科目の選択漏れがないか、次年で取り切れるかどうかのチェックをしましょう」
「いいの? かなり面倒そうだけど」
「もちろん構いません。レイジくんはその間、受講する科目を選んでいてください」
「オッケー!」
やっぱ助け合いだよな。
助け合いと言えば……。
「なあ、ホリー」
「なんです?」
お互い自分の作業をしながら会話する。
「書店に行ったらさ、スレイ部の一年生と会ったよ」
「一年生というと倉持さんでしょうか」
「そうそう、アンリ。実は教科書探しを手伝ってもらったんだ」
「そうだったのですか。こちらから、お二人に面識を持ってもらう機会をと考えていたのですが、それはよかったですね」
作業もくもく。
堀之内も大げさだな。「君がいて救われた」だなんて。ちゃんと他にも男子がいるじゃないか。
「でも、なんでアンリは最初のとき、いなかったんだ? 朝の散歩にも顔を出してなかっただろ?」
「それはですね……」
堀之内は言い淀んだ。
「いえ、人の身の上を勝手に話すのはやめておきましょう。私からは、事情があるとだけしか……」
「俺も詮索するつもりはないよ。ただ、どうしたのかなと思ってさ」
アンリとの接点はスレイ部だけ。それに出てこないのであれば、今後も仲良くなるチャンスはほとんどない。なんとかならないかなー。
スレイ部は女性優位。同じ男子として、交友は深めておきたいところだ。
堀之内はトントンと資料の端を合わせ、レイジに手渡した。
「レイジくん、よくできていますよ。漏れはありません」
「そりゃ、よかった。こっちも大体まとまったかな。単位数は満たしたはず」
「ちょっと見せていただけますか」
堀之内はうなずきながらリストを眺める。なぜかバラも咲く。なんでた。
「なるほど、非常に結構ですね。ただ、これだと単位数がギリギリですし、中には非常に落としやすい科目も含まれています。少し不安ですね」
「そんなのがあるの? 俺じゃ難しいのかな」
「レイジくんの能力云々ではなく、先生のさじ加減ですからね。出席していれば取れるような科目もありますし、講義内容をしっかりと反映したレポートを求められるもの、あるいは出席を全く考慮せず、試験の成績だけで決まるようなものもあります」
「後で足りないと困るなあ」
「念のため、取りやすい科目をもう一つ二つ、追加するのがいいでしょう。強制ではないのですが、おすすめはこちらになります」
堀之内は厚い冊子をぱらぱらとめくると、あるページを開いた。
『オカルト』という、本当に単位になるのか怪しい科目名がそこにあった。
だが、詳細を眺めていると堀之内が薦める理由がすぐにわかった。
「ノブコ先生が担当なんだ」
「そうです。私ももちろん取っていますよ」
「そりゃあいいや。じゃあ、それを加えておこう」
レイジは『オカルト』と他に二つほどの科目をリストの末尾に加えた。
堀之内は出来上がったリストを眺め、
「後はおおむね問題ありませんね。購買が締まる時間も迫ってきています。明日すぐにある講義ばかりではないですが、まとめて買ってしまいましょう。私も手伝います」
と言った。レイジが断るはずもない。
二人は購買へ向かった。
書店にアンリの姿はなかったが、彼に負けず劣らずのスピードで堀之内が教科書を見つけ出す。レイジの手に教科書が見る見る積み重なっていく。
やはりレイジの探し方が悪かったのだろうか……。
「これまた、すごい数になったな」
「事前に必修だけでも買っておいてよかったですね。あやうく、往復しなければならないところでした」
部屋に戻り、どさっと教科書が入った袋を置いた。堀之内は当たり前のようにレイジよりも多い量を運んでくれた。容姿だけでなく、行動までイケメンである。
「ホリー、本当に助かったよ。協力がなければ明日どうなっていたことか」
「お役に立てたのであれば、私も嬉しいですよ」
笑顔とバラ。もうこのぐらい省略してもいい頻度で微笑みかけられている。
初めこそ不気味に感じたが、堀之内はこういうやつなんだ。さすがのレイジにも慣れというものはある。
「明日への心配事がなくなったところで、そろそろ夕食の時間ですね」
「やったー!」
部屋のドアがノックされる。控えめな咳払い。
「堀之内、時間ですわよ」
「はい、只今。行きましょう、レイジくん」
廊下へ出るとスミカ、エリナ、タケミ、そしてノブコ先生が揃っていた。
「お待たせしました、スミカ様」
スミカがうなずく。ちんまいのに偉そうだなあ。
「六号の準備はよろしいんですの?」
おお、生徒会長がレイジを心配してくれているぞ。
「ああ、協力もあって何とか終わったよ」
「それなら結構ですわ」
エリナはふんとそっぽを向く。
やっぱり嫌われてるような。ううん、何がいけなかったのか。
「なら心配いらないね。あたしはそれが気になってさ、昼飯は茶碗三杯しか食べられなかったよ」
「それでも食べすぎよー」
ノブコ先生につっこまれて、タケミが豪快に笑う。
「それでは、行くぞ」
スミカが号令をかける。




