十六話
肩に優しく手が置かれる。
「講義を抜け出すわけにはいきませんが、合間をみて私が協力します。大丈夫です。心配いりませんよ」
「うおおおお、ホリー! お前ってやつは!」
レイジは堀之内に抱きついた。それをしっかりと抱き返す堀之内。左手をレイジの後頭部に添え、優しく撫でて落ち着かせる。優しく閉じられた堀之内の目。そして背景には満開のバラ。
傍から見ると、男の友情なんてものは超越した何かが、かなりアブノーマルな光景がそこにはあった。
それを見たスレイ部のメンバーが物理的にも精神的にも距離をとったのは言うまでもない。
堀之内はレイジの両肩に手を置く。
「とにかく大事なのは必修科目です。あまりスマートとは言えませんが、他はとにかく興味がある科目を選べるだけ選んでください。印象は悪いですが、後から講義を取りやめることはできます。しかし、その逆は難しいからです。それでも単位が足りなかったり、選択必修科目をとりこぼしているかもしれません。そこは、放課後に私の予定表と照らし合わせて修正しましょう」
「そんなことしなくても、ホリーの予定表をそのまま使うのはできないの?」
「それは最終手段としましょう。他人の決めた履修予定に従っても、学業の面白さは見いだせないですからね」
「そうかあ。必修科目と好きなものを選べばいいんだね」
「そうですね。そしてもうひとつ。教科書は履修する科目にもよりますが、かなりの量になります。レイジくん一人では一度に運べないかもしれません。ですから、確実に必要となる必修科目の教科書だけは買いそろえておいてください」
「教科書も買っておくと……」
エリナがうなずく。
「さすが堀之内。的確な指示ですわ」
「ありがとうございます」
「これで間に合うかな?」
「ええ、間に合いますわ。六号がきちんとやれば、ですけれど」
やったー! 学園生活、終わってない! 復活!
だが、喜ぶのはまだ早い。堀之内に言われたことをしっかりと実行しなければ。
後からミスに気がついても時間は取り戻せないからね。
「六号も気になるが、もう行かなければ講義が始まるぞ」
「そうですわね、スミカ様。それじゃあ、六号。しっかりやるんですのよ」
「何かわからないことがあれば、私に聞いてください」
「それじゃあ、頑張ってねー」
「まあ、何とかなるって。じゃあな、六号」
食堂を出ると、スレイ部のメンバーはそれぞれの方向に散って行った。
携帯電話が鳴る。
見ると、
〈件名:堀之内です
本文:最初に部室に運ばれたとき、レイジくんのアドレスと電話番号をスミカ様が確認しました。失礼にあたるのは十分承知していますが、スレイ部全員が知っています。相手方の連絡先は私の方から教えることができないので、レイジくんの方から聞いてください。私のアドレスと電話番号だけ添付しておきます。わからないことや心配なことがあれば、いつでも相談してください。〉
と書かれている。末尾には堀之内のメールアドレスと電話番号が書いてあった。
勝手に携帯電話を見られていたのは心外だが、連絡手段が得られたのは大きい。
堀之内は本当にいいやつだ。損得ではなく、本気で親身になってくれている。バラを咲かせたり、惚れさせるような笑顔を向けてきたりと怪しい部分もあるが、二日目にして、もうあまり気にならなくなってきていた。人間って慣れるのよね。
他の部員もレイジのアドレスは知っているらしい。一方通行じゃなく、相手のアドレスも知りたいなー。みんな、かわいいもんね。
「って、それどころじゃないんだった!」
レイジは寮の部屋へと走る。もうマッハ。
パンフレットなんかと一緒に、履修を決めるための冊子があった……気がする。たぶん、持ってきたはず。あるよね? あってください。
分厚い、それだけの理由で全然目を通していなかったのだ。厚いって、罪だ。
まずはそれを探して、必修科目を抜き出すことから始めよう。




