十四話
「――うおおおお、すげえー!」
鈴ヶ森学園の食堂はそれというよりも、デパートのフードコートのようだ。建物全体が食事用の施設とスペースになっている。だが、それのようにごちゃごちゃしていない。
ここに出ている飲食店は、テナントを募って集められたのではなく、直接一括で鈴ヶ森学園に管理されている。そのため、雑多な広告や看板が露出することなく、最低限で統一された表示にできているのだった。
そのメリットはもう一つあって……。
「どれも値段が書いていないぞ」
広い食堂が珍しく、レイジはあちこちを見て回っていた。
そこにスミカ、そしてスレイ部のメンバーが追いつく。
「当然だ。ここで使う分は学費に組みこまれているからな」
各店舗の出費を計上して、マイナスにならなければいいという発想である。
元の財布が同じだからできる力技である。そもそもこの施設で利益を得る形態をとっていないのだ。
複数のテナントを入れた場合に起きる価格競争は、悪いことではない。しかし、それが行き過ぎると、どうしても品質面にしわ寄せが来る。それにテナントを入れるとなると、どうしても出店料を取らざるを得ない。店側は商品を高くするか、品質を落とすかしかなくなってしまう。
鈴ヶ森学園は、出店料で利益を出し維持管理をしやすくするより、利益にならなくても食事の品質を維持することを選んだ。
こういった無茶ができるのも、一等級学園ならではのマージンがあるからだ。
例えば、三等級学園で同じことをやろうとしても、定員が割れたり、物価が上がったりといった、小さな事件で簡単に足が出る。立ち行かなくなってしまうのだ。
一等級学園ってすごい。
「つまり、半分ボランティアみたいなものだ。かと言って食べ放題というわけじゃない」
スミカは学生証を取り出した。
「注文にはこれが必要になる。注文毎に中のチップに記録されて、規定数を超えると注文できなくなる。更新は一カ月間隔だから、まず使いきることはないがな」
「あたしは先月使い切ったよ」
「タケミは食べすぎだ」
学生証をもらったとき、ずいぶん厚みがあって立派なものだと思っていたが、そういった機能もあるとは、レイジは感心していた。
「これだけあると、目移りしちゃうなー」
「レイジくん、残念ですがメニューは選べませんよ」
「え」
丼ものコーナーの前でレイジはしぼんだ。
「スレイ部の献立は栄養バランスを考えて、あたしが決めることになってるのさ。もちろん、これだけ品数があるんだ。飽きないように組み合わせるのも仕事だね」
「そんなあ」
「いや、待てタケミ」
スミカが前に出た。
「六号は初めてここに来たのだろう? 今日だけは特別にお前に選ばせてやる」
「いいの?」
「ああ」
「やったー!」
「だが……」
ドカ! ミチャ!
小躍りするレイジをスミカパンチとキックの二連撃が綺麗に沈めた。
レイジはお尻を突き出す格好で床に伏し、ぴくぴくと痙攣している。
パンチはともかく、キックの方は嫌な音がしたぞ。
「これは最初に大声を出した分、そして勝手に離れて動きまわった分だ」
堀之内が抱きかかえるようにしてレイジを起こす。
「大丈夫ですか、レイジくん」
「選んでいいって!」
レイジはぱっと自立した。その目はまだ見ぬスペシャルな朝ごはんに向けられ、きらきらしている。
「……なんというか、君は元気ですね。それで、何か目星はつけているのですか?」
「うーん、今見た中だとかつ丼かな」
ぴた。
あれ、みんな硬直している。おーい。
ただタケミだけが、
「いいねえ、かつ丼。あたしは好きだよ」
と乗り気である。
「六号! 正気ですの!? 時刻を見なさい。どこに朝からそんな重たいものを食べる人がいますか!」
エリナはレイジの襟を持ってがくがくと揺すった。
「だって、食べたかったんだよ、よ、よ、よ」
ノブコ先生も困ったように首を傾げた。
「私もちょーっと、朝からかつ丼は重たいかなー」
スミカが決心したように歩きだした。
「食べるぞ、かつ丼……」
スミカの言葉で、スレイ部の間に電撃が走った。
後に観念したように皆が続く。葬儀の列のように静かに歩く。
全員でかつ丼を注文した。
もう後戻りはできない。
かつ丼が出来上がるまでの時間、誰ひとり口を聞かなかった。
「かつ丼六つ、お待たせしましたー」
しずしずとトレイに乗せられた温かいどんぶりを受け取り、空いている席に着く。
「朝からかつ丼とは、ずいぶんと大胆なチョイスですね、レイジくん……」
堀之内の背景のバラがしおれかかっていた。
「はあ、わたくし食べる前から胃もたれが……」
エリナはどんぶりを無表情で見つめた。
「六号くん、ひどいわあ。私、ダイエット中なのよ」
ノブコ先生が嘆いた。
そのナイスバディ!にはダイエットは不要だと思います、先生!
「いやあ、スレイ部でかつ丼なんて初めてじゃないか。何だか新鮮だねえ」
タケミだけはかつ丼を前にウキウキとしている。