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十話

レイジがバッジをつけていると、いつの間にかタケミが傍に来ていた。


「その様子だと、上手くいったみたいだね」

「まだ実感ないけどね」

「あはは。そんなもんさ」

「それで……」

「寮のことなら心配いらないよ。あんたはもうスレイ部だ。堀之内と同じ部屋を使いな」

「ありがとう!」


 タケミはにっと笑う。


「改めてでなんだけど、あたしは名護山タケミ。この寮の管理を任されてる。そしてスミカ様の奴隷でもある」

「なんだか変な関係だけど、よろしく。こっちも改めて、俺は六郷レイジ」


 堀之内が驚いた表情で尋ねる。


「六号くんは六郷なのですか?」

「なに訳のわからないことを言ってんだ、堀之内」


 タケミが要領を得ない顔をする。


「すみません、名護山さんには伝わりませんでしたね。彼は六人目の部員なのです。それで、スミカ様が六号と呼ばれました。まさか、本当の名字が六郷だとは、私も今知ったところです」

「なるほど、面白い符合だね。六郷と六号か。よし、あたしもあんたのことは六号と呼ぼう」


 タケミは、その呼び方がすっかり気に入ってしまったようだった。


「俺にはレイジって名前もあるんだけどな」

「くくっ、六号の方が奴隷らしくていいじゃないか。実にいいよ。あっはっは」


 タケミは豪快に笑う。目じりに浮かんだ涙を人差し指で拭う。

 そんなに笑わなくてもいいじゃないか。レイジは少しぶすっとした。


「すまないね。あんまりおかしくてさ。スミカ様が信頼してくれれば、自然と名前で呼んでくれるさ。あまり気にしないことだね、六号」


 タケミはスタッカートを効かせて名前を呼ぶと手を差し出す。

 レイジはその手を握った。ガッツリとした握手を予想していたが、案外、ソフトに握り返してくれた。


「それでは、私たちは部屋に戻ります。名護山さん、ありがとうございました」


 堀之内がきちっと礼をするので、なんとなくレイジもそれに倣った。

 タケミは振り返りもせずに、人差し指中指をぴっと立てて去っていった。


「それでは行きましょうか」


 レイジに向き直った堀之内の周囲にバラが舞う。

 堀之内はいいやつだ。だが、そのバラがレイジを不安にさせる。


 堀之内の部屋はスミカの部屋の隣だった。

 てっきり他の生徒の目につかないような特別な部屋なのかと思っていたが、堂々と普通の部屋を使わせてもらえるらしい。スミカが傍に置いておくという意味はこういうことなのだろう。

 どこまで融通が効くんだと恐ろしくもある。スミカが明日休日にすると言ったら、本当にそうなるんじゃないだろうか。レイジにはそんな気がしてならない。



「すごいな。バスルームまでついているのか」


 レイジは部屋を探索していた。

 さすが一等級学園だ。二人部屋にしては広すぎるぐらいで、生活に必要な機能を一通り備えている。内装にも妥協がなく、赤褐色の艶やかな木製の家具で統一されていた。


「それにしても……」


 レイジはベッドの方を見た。

 堀之内はベッドに腰掛け、何やら読書中だ。


「どうかしましたか。私は右のベッドを使っています。左をどうぞ」

「いや、それはいいんだが。ベッド近くないか」


 二つの大きなベッドは、ほとんど隙間なく設置されている。


「おそらく部屋の間取りを活かすためでしょう。面積には限りがありますからね」


 堀之内はぱたんと本を閉じる。


「まさか、レイジくん、せっかく同じ部屋になったのです。レイジくんと呼ばせてもらいますが、私が夜中に寝ているレイジくんのベッドに滑りこみ、その温かな太ももに指を這わせ、その感触を心行くまで存分に楽しむとでも思っているのですか」


 妙に表現が生々しい。全く安心できない。むしろ危険を感じる。

 堀之内は肩を落とした。


「私なりのジョークだったのですが、どうやら合わなかったようですね……」


 犯罪告白かと思ったぞ。


「あ、いや。まだ君のことをよく知らないからさ。何となく真面目な人物だと思いこんでたんだ」


 気まずい雰囲気!

 もっとフランクに打ち解けないと。これからずっと同じ部屋なのだ。


「そうだ。俺を名前で呼ぶなら、そっちはマンサクって呼んでもいいか?」


 堀之内の周囲から黒い何かが湧き上がった。


「私のことは堀之内、またはホリーと……」

「わー! わかったから、それストップ! ホリー! 呼び方はホリーにします!」

「ふむ、親しげでいいですね」


 堀之内の様子がころりと戻る。

 危うくルームメイトの地雷を踏み抜くところだった。もう、冗談でも名前を呼ぶのはやめよう。


 おにぎりを持ってきていたので夕食を部屋で簡単に済ませると、レイジはちょっとドキドキしながら入浴を済ませた。

 堀之内が腰巻タオル一丁で、お背中をお流ししましょう、いえいえこれもコミュニケーションです、などと言って乱入してくるかと思ったのだ。

 だが、それは杞憂だった。よかった。割と本気でそう思う。


 レイジはベッドに倒れこむ。

 一日が終わろうとしていた。

 一時はどうなるかと思ったが、泊る場所ができて一安心だ。

 それに堀之内の話では、鈴ヶ森学園の生徒は必ず部活動に入る必要があるそうだ。

 スレイ部もその一つとして認められているので、レイジは図らずとも寝床と部活、学園生活に必要な条件二つをこの一日で満たせたことになる。

 そう考えると、悪い一日ではなかったかもしれない。

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