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光浪夏海の異世界百合物語  作者: 虹月映
第六部 貴女への恋路
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第76話  誕生の祝福

 テオドラさんの誕生日が迫る。

 気付けば猶予はもう数日しかない。


 これまで色々と考えてはみたものの、あたしは知っている。

 こうやって堂々巡りになるほど悩んだ時こそ、最初に閃いたアイデアが名案なのだと。


 じゃあ最初に思いついたことってなんだっけ。

 もちろん覚えている。プレゼントはあたし、とかいう前代未聞な本気と冗談のミックスアップを忘れるはずがない。


 なんだろう、あたし変なのかな。

 発情期かよって自分で突っ込みたくなる。


 でもさ、しょうがないじゃん。

 テオドラさんとそういうことしたいのかしたくないのか、なんて質問の答えはいつだって一つ。


 とりあえず、うん。

 頭の片隅には置いておこう。

 いつその瞬間が訪れてもいいように。

 あたしはいつだって、一線を超える勢いを持てるよう願ってる。


 建前の理屈なんていらない。

 一緒にいたいからいるのと同じように、そうしたいからするってだけの話。

 考えて動くわけじゃない。頭じゃなくて心が決めて、求めるものだから。


 だからこそ、今もこうしてテオドラさんに抱きついている。

 いついかなる時でも、何を考えていようとも、あたしの体と心は正直だ。


 いつものソファー、いつもの定位置。

 こうしているのが日常の一部になって、つまりそれだけ大切な時間ということになる。


「はあ……幸せ」


 気付いたら声に出していて、そしたら止まらなくて。


「テオドラさんは……どうですか?」


 そんな質問をしてしまう。


「私も幸せだよ」


 想像通りの答えが返ってきた。嬉しいようで少し物足りない気分。


「でも、たとえば他にこんなことがしたいなーって思ったりしませんか?」

「……こんなこと、とは?」

「なんだか、あたしばっかり甘えちゃってるみたいで……テオドラさんがしたいこともしてほしいし、されたいんです。たとえば、この前みたいな……」


 この前。

 それはすなわち今まさに体を預けているソファーで繰り広げられた対面式密着法のことであり、思い出すだけで顔が赤くなってしまう例の件である。


「う……」


 テオドラさんの頬も染まっていく。お揃いに思えて嬉しくなる程度にはあたしの思考は色付いている。


「私は……夏海がいてくれるだけで幸せなんだ。それは今も昔も変わらない」


 ドクン、と鼓動が跳ねた音がした。

 絡めた腕をぎゅっと抱き寄せたのは、その音を少しでも感じてほしいから。


「想いが通じ合っただけではなく、こうして体を寄せ合って、将来を誓い合って……これ以上何かを望むなど、身に余ってしまうよ」


 あたしも狂おしいほどに同意見。こんな言葉をもらえるなんて身に余るどころの話じゃない。

 言葉には直球の感情が込められているからあたしの脳内はヒートアップ。溢れた感情は表層へと浮かび上がるほど。


 でも、テオドラさんの欲求を聞き出せなかった。あくまでも謙遜を崩さないつもりなのかな。嬉しいような、悲しいような。


 テオドラさんの言葉はそこで止まってしまったけど、あたしの考えは止まらない。

 どうしても口にしないのなら、あたしが自分で動かなきゃいけない。

 好きだから、お祝いしたい。

 気持ちに嘘をついちゃダメだし、幸せに限度をつけてもいけない。


「あたしにしてほしいことができたら、いつでもなんでも言ってくださいね……」


 今はあたしの決意を伝えておくだけにしよう。

 いつだって変わることのない、あたしの本音を。





――――――――――





 心地良い温もりの中で目を覚ました。

 瞬間、今日がなんの日かを理解して意識が急速解凍されていく。いつもは寝起きが弱いあたしだけど、今日だけはそんなこと言ってられない。


「テオドラさん」


 既に目覚めていた愛しい人の名前を呼び、テオドラさんを抱き締めた。


「お誕生日おめでとうございます」


 朝の挨拶とか、寝顔を観察されていたこととか、寝起きの温もりと香りが存分に感じられることとか、それら全部をすっ飛ばして一番言いたいことをぶつける。

 これが今日の第一歩であり、プレゼントの一発目だ。


「あ、ありがとう。朝一番に言われるとは思わなかった」

「今日は一日中ずっと一緒にいてお祝いしますからねっ……えへへ」


 眠気を引きずっているせいか意味不明な笑みが出てしまうけど、テオドラさんが嬉しそうだから結果オーライ。


 これでも今日の予定はしっかりと組んである。悩みまくっていたのは核心的な部分に限定したことであって、それ以外のことについては自分なりに仕上げてきたつもり。


「……なら、今日は夏海を独り占めしていいのか?」

「はい。今日だけじゃなくて、これからもずっと」


 テオドラさんの顔が染まって見えるのは、枕元のランプが発する光だけのせいではないだろう。

 寝起きの表情とは色を変えた頬の緩みと目の細さがすべてを物語っている。


「ずっと一緒ですよ」


 体を寄せて額を重ねる。

 今はそれだけで済ませることにした。


 一日はまだ始まったばかりなのだから。





――――――――――





「テオドラさん、どうぞ」


 そう言いながら本日二つ目のプレゼントを渡す。


「ありがとう、いただくよ」


 気取った表現をしてみたものの、その実態はただの朝食。カリッと焼き上げたパンに手作りのクリームを添えたシンプルな一品。


 それでもテオドラさんは普段からこのメニューを好んで食べてくれるし、あたしがクリームをつけてあげるとわかりやすく喜んでくれる。

 だから除外する選択肢はない。当たりがわかっている賭けがあったら誰だってするのと一緒。


 クリームはもちろん甘い。作ったのはあたしだし味見もしたから自信を持ってそう言える。

 朝食でそれ以上の甘さを感じたのは、物理的な甘さに精神的な甘さが加わったせいだろう。ついでにそんなことを考えるあたしの脳内も甘い。


 理由はもちろん一番近くにいるテオドラさんで、食事の最中もずっとあたしの手はテオドラさんに絡め取られている。パンを口に運ぶには片手で十分というわけだ。

 ここまで距離が近いのは朝一番の言葉を有言実行しているだけなんだけど、それは朝食の支度をしている間も例外ではなかった。


「邪魔にならないようにする。だから……」


 準備を始めようとしたあたしを待ち受けていたのはテオドラさんの攻勢だった。

 心細さを隠さずに言いながら掴まれたのは手じゃなくて服の裾。

 こんなことされてキュンとしなかったら、それはもうあたしじゃない。どんなときだって側にいてほしいし邪魔だなんてとんでもない。


「じゃあ、簡単なお手伝いを頼んでもいいですか?」

「任せてくれ!」


 顔をパッと輝かせるテオドラさんを見ていると、なんだかどっちがお祝いされているのかよくわからなくなった。

 こんなに幸せな混乱があっていいのかな……なんて思っていたのがさっきまでのこと。

 今はもっと単純に、こんな幸せがあっていいのかな……とぼんやり考えている。


 もちろんいいに決まってる。サクッとしたパンの焼き加減に満足しつつ、テオドラさんと繋いだ手に意識を寄せた。


 朝食の後も離れない。二人だけの時間が惜しくて家事も手早く済ませる。

 まあ、実際はその間もテオドラさんの方から寄り添ってくれたから常に距離は近かったわけなんだけど。


 なんだろう、誕生日だからテオドラさんも甘えたがりモードなのかな。

 それなら最高に嬉しいから気持ちに応えたくなっちゃう。それこそ、あたしがいなきゃ生きられないくらいドロドロに甘えて依存してくれたら……。


 って、何を考えてるんだあたしは。

 そんな一方的なのじゃなくて双方向的なのが理想であり、あたしだって甘えたいし依存したいってか既にしてるけどそうじゃなくてもっと深くて強い繋がりがほしくてたとえば間近にあるテオドラさんの首筋に唇を寄せたらどうなるんだろう。


 妙な考えは浮かぶけど、テオドラさんとの時間が楽しいのは事実。楽しい時間があっという間に過ぎてしまうのが現実。

 もうすぐ予定の時間だ。


 なんの予定かって?

 そりゃ決まってるでしょ。誕生日にはサプライズがお約束ってね。


「テオドラさん、ちょっとだけ出かけてきますね」


 サプライズには準備が必要だ。

 なので心苦しいけどテオドラさんと少しだけ、ほんのわずかな時間だけ離れなければならない。

 画面端に追い詰められながらも粘り強く抵抗する格闘ゲームのキャラみたいな意地を見せる名残惜しさに理性の連撃を叩き込んで、テオドラさんと繋いだ手を離そうとした……んだけど。


「そうか、では私も」


 なんて言いながら微笑んでくるテオドラさんからは、一緒に来ようとする意思がひしひしと感じられる。

 どうしよう……雲行きが怪しくなってきたぞ。


「その……あたし一人で出かけようかなーと」


 焦りと動揺と困惑が目の泳ぎとなって現れているのは自覚している。

 あと、あたしの言葉を聞いた途端にテオドラさんがシュンとした顔になったのも痛いほど認識している。


「……今日は、ずっと一緒にいてくれるのではなかったのか……?」


 あっ、これ無理。

 こんな悲しみマックスの顔と声なんか求めてない。


「いえ、間違えました! 一人になんてしません! 一緒に行きましょう!」


 テオドラさんの手を両手でぎゅっと包み込み、あたしは計画の放棄を宣言した。

 サプライズは確かにいいイベントかもしれない。

 でも、相手の気持ちを無視したら意味がない。テオドラさんが一緒にいたいと言うならば、そっちの方を世界のあらゆる事象よりも優先するべきじゃないか。


 あたしのサプライズ計画なんてゴミだゴミ。

 テオドラさんの存在を大前提として組み直してやる。


 ……と威勢よく考えてはみたものの。

 果たして大丈夫だろうか。


 この調子だと滅多なことじゃ離れてくれないだろうし、あたしが何をするかも全部見られてしまう。種明かしをした後でも驚きを与えてくれるマジシャンみたいな真似ができるほどあたしは器用じゃない。

 嬉しいけど、少し困ってしまうような……我ながらなんて贅沢な悩みだろう。これが発展すると幸せすぎて怖いとか言い出すようになるのだろうか。


「夏海……」


 テオドラさんが甘い声と共にあたしとの密着度合いを増やしていく。

 あっ、すごい。なんかくだらない悩みが全部消えていく。


 よし、なんとかなるでしょ。

 全部知られて筒抜けでも、喜んでもらえればそれでいいんだから。





――――――――――





「いらっしゃい。待ってたよ、ナツミちゃん」

「今日はよろしくね」


 あたしたちが訪れたのはシャンタルさんのお屋敷。

 出迎えてくれたバルトロメアが用件のキーパーソン……なんだけど。


「よろしくされました! ……えっと」


 歓迎の視線が疑問に染まるのがよくわかる。

 見ている先があたしではなく、その隣なのもよくわかる。


「テオドラ様も、ようこそいらっしゃいました」


 それでもちゃんと礼節を忘れないバルトロメアは流石と言うべきか。

 うっ、戻された視線が説明を求めている。


「いやまあそのー、これには色々と理由がありまして」


 でも、なんて言ったらいい?

 一緒にいてほしいとおねだりされたから甘やかしてる真っ最中です、なんてこの場で堂々と言えるようなメンタルはあいにく持ち合わせていない。


 きゅっと繋いだ手には、いつもよりもほんの少しだけ強い力を感じる。それが嬉しくて、幸せで、言語の組み立てを妨害していく。

 これはテオドラさんを横に連れたまま始めるしかないかな……と思い始めたその時。


「ようナツミ、よく来たな……って、なんだよテオドラまでいるじゃねえか」


 荒っぽい言葉を引き連れて現れたのはシャンタルさん。動きやすそうなスポーツウェア姿に、なぜだか小学校の体育の時間を思い出す。


「ははーん……なるほどな」


 場を一通り見回して、何かを察したような含みを持たせた口角の上げ方をするシャンタルさん。

 え、なんだろう……と思う間もなく流れは動いていた。


「ちょうどいい。テオドラ、お前も特訓に付き合え。休み続きで体が固まってるだろ?」

「いや私は夏海と」

「そう言うなって。新しい訓練器具が届いたばかりでさ。誕生日なんだから最初に使わせてやるよ」

「待てそれは実験台にするつもりだろう、おい放せ、私の話を――」


 鮮やかな動作でテオドラさんはあたしから引き離され、シャンタルさんに連行されていった。なんだか似たようなことが前にもあったような……。

 去り際にシャンタルさんはウインクを残していった。表面上は何も返せなかったけど、心の中では大きくグッドサインを送っておいた。


「あー、びっくりした。テオドラ様、ついてきちゃったんだ?」

「出かけるって言ったら寂しそうな顔されちゃって……」

「ふふっ、ナツミちゃん愛されてるね」

「まあね」

「あーあ、お菓子作りの前にお腹いっぱいになっちゃった。甘さ控えめにしておく?」

「おあいにくさま。あたしもテオドラさんも甘いのが好きなの」


 軽口を叩きながら向かう先はキッチン。

 キッチンといえば何かを作る場所。

 大切な人の誕生日に作るものといえば……答えの候補はそう多くないだろう。





――――――――――





「――できた!」


 苦節一時間ちょっと。

 あたしのあたしによるテオドラさんのためのケーキが完成した。

 生クリームの塗りムラもないふわふわな見た目。我ながらいい出来栄えだと思う。これならテオドラさんをお祝いするにふさわしい。


「ふふっ、ナツミちゃんお疲れ様」

「バルトロメアが教えてくれたおかげだよ。ありがとね」


 お菓子作りに関しては初心者のあたしが手際よく作れたのは、バルトロメアの功績が第一だと思う。あたし一人だったら手作りは諦めていたかもしれないし。

 他にも異世界式の材料とか調理器具の助けもあったんだけど、それは置いといて。


「きっとテオドラ様も喜んでくれるよ。ナツミちゃんの愛がいっぱい入ってるもんね!」

「その言葉も置いといてほしかったなぁ……」


 あたしの呟きは届かなかったようで、バルトロメアは「アタシもナツミちゃんに感謝されて喜びの海に溺れちゃいそうだよぉ」なんて言いながらクネクネしていた。


 ケーキをプレゼント用に包み、保冷剤と一緒に中が見えない袋に入れる。

 これで準備は完璧。あとはテオドラさんが戻ってくれば……とリビングでくつろがせてもらっていたら。


「――まったく、とことんまで付き合わせてくれたな」


 遠くからでも聞き逃しようがないテオドラさんの声に続いてその姿が現れた。


「おかげでいい運動になった。やっぱりテオドラが相手だと手応えがあるな」


 並んでいるシャンタルさん共々、二人の肌がうっすらと紅潮していた。なんだかとってもセクシーで目の保養になる。

 あたしはテオドラさんに、バルトロメアはシャンタルさんに夢中の状態で二人の会話は進む。


「私はこんなことをしに来たわけではないのだがな」

「とか言いつつ本気になってただろ。あれを着ていつもみたいに動けてたんだからよ」

「それはお前に負けを認めさせて解放されるためだ。そうでもしないと諦めないだろう」

「おーおー、そりゃ申し訳ねぇことしたな。ちょっと手ぇ抜いてやったらよかったか?」

「……ふん」


 気安い会話を続ける二人が近付いてくるにつれて、なんだかいい匂いがしてきた。さっきまでのケーキ作りで浴び続けた甘い香りとは違う、本能の違う部分を炙るような芳香。

 よく見ると髪の毛がしっとりとしている。そっか、運動の締めにシャワーでも浴びたのかな。だから一層肌が火照っているってわけね。


 もちろん、たとえテオドラさんが汗まみれでもあたしは密着できるしむしろご褒美みたいなところがある、なんてことは口が裂けても言えない。


「夏海、待たせてしまったな」


 目の前で声をかけられた瞬間、夏の果実を想起させるような香りがテオドラさんの動きに合わせてふわっと届く。

 いつもと違う香りを帯びたテオドラさんはやっぱりこの世の何よりも美しい。

 ケーキの甘い香りが与えてくれるものとは次元が違う陶酔に溺れそうになる手前で、ここは自宅じゃないと気を持ち直す。帰ってからでもまだ匂いは残っているはずだ。


「はい、待ってました。今日はずっと一緒ですもんね」


 テオドラさんの隣に並び立ち、手を繋ぐ。柔らかくて、安心できる温もりが一瞬で全身に染み渡る。

 ああ、やっぱりここがあたしの定位置だ。これじゃテオドラさんを甘えんぼだなんて言えないな。


 ひそかに苦笑するあたしと、運動でもシャワーでもない第三の要素で頬を染めるテオドラさん。

 胸いっぱいの幸せをお土産にして、キラキラした熱視線とヒュゥという冷やかすような口笛に見送られ、あたしたちは帰路についたのだった。





――――――――――





「テオドラさん、ちょっと寄り道してもいいですか?」


 帰り道の途中、商店街を歩きながら声をかける。もちろん思いつきなんかじゃなくこれも計画のうち。


「もちろん。どこに行くんだ?」


 秒で同意された。しかも心なしか声と一緒に距離まで詰めてきたような。

 これはあれですかね。デート中にまだ帰りたくないからどこか適当なところに足を向けたくなるやつ。あたしも同じ気持ちだからわかる。


「すぐそこなんですけど……あっ、ここです」


 到着したのは花屋。買う物はもう決まってる、ってか予約済み。今日のためにこっそり選んでおいたんだから。


 何を買ったかって、それはもちろんテオドラさんへの誕生日プレゼント。記念日に贈るものといったらケーキと並ぶ定番だよね。


 なんだけど……渡す相手の前でプレゼントを買うってのは定番とは言えないと思う。

 しかも、買ったらその場で即渡すとかさあ……流れ作業っぽさがすごくない?


 だからってプレゼントしないという選択肢はないので、結局やることは一つなんだけど。

 果たしてこれでいいのだろうか……。


「テオドラさん、これ……誕生日のお祝いです」

「あっ……ありがとう……すごく嬉しい……」


 これでいいらしい。

 テオドラさんが喜んでくれたなら、それが正解。世間の常識なんかぶっ壊せ。


「これは……魔術処理された花か?」

「はい、ずっと見ていられるかなと思いまして……」


 あたしが選んだのは普通の花じゃない。

 魔法がかけてあり、数十年単位の長期間枯れることなく美しさを保ち続ける花。

 プリザーブドフラワーみたいなものだけど、保存期間は比べものにならない。さすが異世界。


 もっと言うと、定番だから花にしたってわけでもない。ちょっとだけテオドラさんの鉢植えに対抗した部分がある。

 この花はいつまでも変わらずにいてくれる。あの鉢植えは日々育ってあたしたちと共にあり続ける。

 そんな対比というか、静と動というか……ロマンチックなことを考えてしまったのはお祝いテンションのせいだろう。


「ずっと……そうか、ずっと……」


 でも、そのテンションは間違ってなんかいなかった。

 両手で花を抱き締め、言葉で想いを噛み締めるテオドラさんの姿を見れば、そんなのは一目瞭然だ。


 しばらくプレゼントした花の方に意識を取られていたテオドラさんだったけど、家に帰っていつものソファーに落ち着くとその視線は再びあたしだけのものになる。

 厳密には少し違って、あたしが持ってきた袋に向けられているけど、これもあたしの一部みたいなものだから同じことでしょ。


「テオドラさん、これ……気になりますか?」


 問い掛けに返されたのは言葉じゃなく頷き。

 えっ何それ可愛いが過ぎるんですけど。


「じゃあ……開けますね」


 変に焦らすようなことはしない。あたしだって早くテオドラさんの反応が見たくて仕方ないんだから。


「テオドラさんのために作ったんです」


 机に置いて、中身を見せる。

 完成した瞬間のまま、形が崩れることなく手作りケーキはそこにあった。


 スポンジ生地を生クリームで覆い、フルーツをトッピングしたオリジナルショートケーキ。

 テオドラさんを想って、テオドラさんに食べてもらうために、テオドラさんに喜んでもらうために作ったケーキ。


 こんなに心がざわつくのは、きっとテオドラさんの隠しきれないソワソワがあたしにも伝わったせいだ。


「そうか……これを作るために」


 しみじみと呟く声と、キラキラと輝く瞳。

 途端に溢れ出す心の温もりに与える名前は思いつかないけど、こんな気持ちを未来永劫生み出して味わい続けたいと願った。


「これを……バルトロメアと、一緒に」


 あっ、やきもちの匂い。

 熱しすぎるでもなく、焦げるでもなく。とろけた水飴のような甘い香りは心地良くて癖になる。

 中毒症状は即効性を発揮し、あたしの頬は弛緩してテオドラさんから目が離せない。


「バルトロメアは作り方を教えてくれただけです。だから、その……これはあたしの手作りです」

「そ、そうか」

「は、はい」


 あーこれこれ。

 二人して何を言ったらいいかわからなくなるのも実は好きなんだよね。

 だって、あたしとテオドラさんの二人だから生まれる空気だもん。ある意味あたしたちの子供じゃん。


 なんてことを考えていたら、テオドラさんが何か言いたそうにし始めた。それくらい見ればわかる。

 視線で促すと、テオドラさんも察して口を開いてくれる。いつの間にアイコンタクトをマスターしたのか自分でもわからないけど、だからこそ現実感があっていいな……と感じていたら。


「今すぐ食べたい……」

「えっ?」


 その言葉は予想できなかった。

 てっきりケーキは食後のデザートになるものだと思っていたんだけど……。


「お昼前ですよ?」

「……駄目か?」


 伏せるような目で見られたら断れない。

 あたしの中でテオドラさんが絶対の存在であることは、今日だけで何度再確認したことか。


「……少しだけですよ」


 なんて言いつつ、きっといっぱい食べさせてしまうんだろうなということは予想できる。

 現にあたしの中では「ケーキにフルーツも入ってるし食事みたいな扱いにもできるでしょ」という正当化理論が組みあがっているし、ケーキを切り分けるついでにお茶も淹れて準備万端の構えをしている。


「ああ……美味しい……」


 声に出すだけじゃなく顔にまでその言葉を書いてそうな表情をしているテオドラさんを見ていると、今までの人生すべてが報われたような達成感が溢れてくる。

 こういうのを言葉にすると「生きてて良かった」となるのだろう。


「夏海は食べないのか?」

「いえ、あたしは……テオドラさんのために作ったので」

「一口くらい構わないだろう? ほら……」


 差し出されたらあたしは逆らえないので、目の前のフォークごとケーキを頬張る。


 バルトロメアのところで作りながら味見した時よりも、今のケーキは甘さが強く感じられた。

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