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光浪夏海の異世界百合物語  作者: 虹月映
第二部  決意への道程
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第7話  夏海の思案(2)

 よし。

 目先の目標ができたことだし、まずはもう一度異世界に行って、素質とかあたしにできることとか詳しい話を聞こう。

 国に貢献してくれって言ってたし、もしかしたら重大なことなのかもしれない。それなら今ここであたしの独断で決めるべきじゃないと思う。


 じゃあ早速ジリオラさんにそのことを話さないと。

 えっと、このままペンダントに向かって喋れば通じるのかな。


「もしもーし、聞こえますかー? ジリオラさーん」


 返事はない。

 母は下の居間にいるはずだから聞かれてはいないだろうけど、独り言が滑ったみたいになって恥ずかしい。

 

「おーい、聞こえてますかー……」


 部屋の静寂を耳に痛いほど感じながら、念のためもう一回呼びかけてみる。


「聞こえておるぞ。遅くなってすまない。どうしたのじゃ?」


 そうしたらいきなり返事が来たからびっくりして背筋がピンと伸びてしまった。

 誰に見られているわけでもないのに周囲を確認してから、あたしも声をかける。

 

「あの、改めて詳しく話を聞きたいなと思いまして」

「おお、そうか。前向きな検討はとてもありがたいぞ。じゃが……」

「何か問題でも?」

「ふむ、やはり色々と話すにはこちらの世界に招く方が良いと思うのじゃが」

「それなら、そのつもりですから大丈夫ですよ」

「しかしな、そのためにはナツミに再び眠ってもらわねばならん。連続して睡眠魔法をかけると体への負担が大きくなってしまうからのう……」


 なんだそんなことか。

 てっきり世界の掟に反する協定がどうのこうのとか難しい話かと思った。

 これくらいなら簡単に解決できるのでその提案をしてみる。


「それなら、あたしが自然に眠った時に移動させてください。それなら問題ないですよね?」

「無論じゃ。首飾りを通じてナツミが眠ったかどうかはすぐわかるようになっておるからのう」


 別に急ぐ必要もないし構わないよね。

 焦ってもいいことないってよく言うし。


「では、その時が来るまでこちらでも準備を進めておくとしよう」

「お願いします」


 これで異世界に行く準備はできた。

 あとは夜まで何をするかなんだけど、特に予定もないんだよね。

 じゃあ勉強かと言われるとそんな気分じゃない。異世界で三角関数とか応仁の乱が役に立つ気もしないし。

 

 それならと思ってパソコンをつけてネトゲにログインしてみたけど、こういう時に限っていつも一緒に行動している相棒がいないから派手に動けない。

 向こうにも都合があるだろうから仕方ないんだけど、あたしだけの能力でソロプレイをやっても味気ないし成果も上がらないだろう。

 

 となると、外に出るという選択肢くらいしか浮かばなくなる。

 常日頃から家にこもりきりってわけじゃないけど、たまには気分転換ってことでアリかもしれない。

 家より外の方が考えごとや作業に向いているって話もあるし、ちょうどいいんじゃないかな。

 そうと決まれば早速準備しよう。いつも着ている適当な服じゃなくて、ちゃんと外出用のやつに着替えないと。

 

「お母さん、ちょっと出かけてくるね」

「あらそう。お昼は?」

「外で食べてくる」

「わかったわ。あまり遅くならないようにね」

「うん。行ってきます」


 外に出たあたしを迎えたのは、目が痛くなるほど晴れ渡る青空だった。

 梅雨の中休みということで、ご近所さんも洗濯物をここぞとばかりに解放している。

 もちろん我が家も例外じゃない。タオルやワイシャツが風にはためいている。

 

 平日の朝という時間は、どこかゆっくりとした印象を受ける。

 そんなことに気付いたのは浪人生活を始めてすぐのことだ。出くわす人に若者は少なく、主婦か老人がほとんどだった。

 それが新鮮に思えたのは最初だけ。あたしのような子供は、普通ならこの時間に出歩いたりはしないものだ。

 

 たまに同年代っぽい人を見かけるけど、なんだかワケありな雰囲気を出していて近寄りづらい。

 例えるなら油に垂らした水のようだ。馴染むことなく弾かれ、ただ滑り落ちていくだけ。

 そんな雫に、あたしは似ている。

 実際、受験に落ちてこうなったわけだし。

 悲しくはならない。もうそんな段階はとっくの昔に通り過ぎている。

 

 さてと。特に目的もなく出てきちゃたけど、どうしようかな。

 なんとなく駅前まで歩くと、ロータリーの向かい側に見えるファーストフード店があたしを呼んでいるような気がした。

 まだ十一時前だけど、小腹も空いてきたし早めの昼食といきましょうか。


「いらっしゃいませ! 店内でお召し上がりですか?」

「はい。あとこれ使いたいんですけど」


 元気よくスマイルを飛ばしてくる店員さんに、チラシから切り離してきた割引クーポンを見せる。

 新商品が多少安く食べられるみたいだし使わなきゃ損だからね。

 

 短い待ち時間で注文した物を受け取り、どこに座ろうかと店内を見渡す。

 こんな時間だから、まだ空席が目立っている。壁際の目立たない席も簡単に見付けることができた。

 

 目の前に置かれたベビーチェアを使うような人はこんな時間に来ないよな、なんてことを考えながらアイスレモンティーを飲む。

 ミルクやガムシロップは入れない主義だ。体に悪そうだから、という理由をここで言うと矛盾だらけな気もするけど。

 

 店内の客層は全体的に年老いた男性が多い印象を受ける。一人だけというのは少数で、二人か三人で集まっているのがほとんどだ。

 放置自転車を見張る立場の人間が、今は競馬新聞の内容に目を光らせている。


 華がない。

 それが正直な感想だった。こんなところに求めるのもお門違いかもしれないけど。

 

 でもほら、少し離れたところでは女子大生っぽい二人組が何かを語り合っているじゃないか。

 ルーズリーフやプリントを持っているから、ゼミの発表について打ち合わせとかしてるのかな。

 

 あたしも順当に進んでいれば、今頃あんな風に友達と他愛のないお喋りを楽しんでいたはずなんだ。

 同級生に一緒の大学を目指す子はいなかったけど、新たな出会いを見付けて充実した日々を送るはずだった。

 

 今の生活もある意味では充実している。

 けれど、埋められない隙間があるのも事実。その空洞をなんと呼べばいいのかわからないけど、きっと寂しさに似た何かなんだと思う。


 この場所で、あたしは周囲からどんな目で見られているのだろうか。

 斜め向かい側に座る中年女性がチラチラとこちらを見ている気がする。まるで痛くもない腹を探られるようだ。

 

 違う、と心の中で呟く。

 ここはあたしの居場所じゃない。

 こんなところでくすぶり続けるわけにはいかない。他の誰もが経験できないような異世界への旅をあたしはしてきたんだ。

 

 もう一度あっちの世界へ行けば、新しい扉が開くに違いない。

 そこへ導いてくれる手はもう伸ばされているのだから、あたしはそれを掴むだけでいい。

 今までの自分と決別する。あたしはそう決めたんだ。

 

 そんなことを考えながら食べていたせいで、せっかくの新商品がどんな味だったかよくわからなかった。

 きっとこういう店特有の濃い味付けだったと思う。もう一度食べる気にはならない。


 来店時と同じように元気な声で送り出され、次はどうしようかなと考えながら日陰へ移動する。

 そろそろ暖かさより暑さを感じ始める時間だ。適当に歩いていたら無駄に体力を消費するだけになってしまう。

 

 それならば屋内退避が最善策だろう。

 けれど家に帰るのもなんだか気が引ける。

 出かけてからそんなに時間もたっていないし、せっかく外に出たんだから色々と有効活用しないと損だ。


 じゃあどうするか、と考えるより先に足が動いていた。

 駅舎を挟んで反対側へ移動し、そこの道沿いにある漫画喫茶を目指す。平日の昼間は手頃な値段で長時間居座れるし、プラチナ会員の特権でさらに割引されるからお得だ。

 もちろんクーラーもきいているから涼しくて快適だ。人の目を気にする必要もない。


「いらっしゃいませ。何時間のご利用でしょうか」

「三時間で。あとこれ会員証です」


 さっきのファーストフード店とは正反対の対応だが、あたしにはこれがちょうどいい。手早く済ませて早く自分の時間に浸りたいし。

 

 カウンター近くに置かれた適当な漫画雑誌を持って指定のブースへ向かう。

 狭く、一人用の空間として区切られたそこに入ると安心する。

 施錠はできないし背伸びしたら覗かれそうな場所だけど、そういう甘さを残した密閉空間が演出する居心地の良さは気に入っている。

 そこが外と切り離された個室であることは間違いないし、自分のやりたいことに没頭できる。

 そんな気の緩みをどれだけ出せるかが、心の安らぎ具合あたりに通じているんだろう。


 難しいことは置いといて、単純にリクライニングシートへ体を預けるだけで無防備な吐息が出てしまう。足も伸ばせるし疲労がグングン抜けていくのがわかる。

 このまま何も考えず放心しているのも魅力的だけど、せっかく来たんだし色々と読まなきゃ損だ。

 放送中のアニメの原作が気になるし、店内を歩いていれば他にも読みたい本が出てくるだろう。時間はたっぷりあることだし。

 

 何度かブースと本棚を往復し、積み上げた本の山を満足気に眺めてから読書に入る。柔らかな椅子に体が沈む感覚があたしを外界から切り離していく。

 楽な体勢で読む漫画は普段より面白くなっているような気がする。

 プラセボ的なものかもしれないけど、人間は思い込みで生きているようなものだし別にいいだろう。話の内容が流れるように頭の中へ入ってくる。

 

 この調子で速読能力を開花させてやろう、なんて意気込めたのも最初だけ。

 確かに本の山は順調に崩されていったけど、頭を使い過ぎたのか眠気が強くなってきた。

 もしかしたら、世界を移動したせいで眠りが浅かったのかもしれない。

 

 瞼が重い。

 食後の五時限目に感じる眠気より数段きつそうだ。体の内部がわずかな熱を帯び始め、手足の先が鈍く甘い痺れで満たされていく。

 食後というのもあって、睡眠欲の中へジリジリと引きずられてしまう。どうせ長めに時間は取ってあるんだし、ちょっとくらい寝てもいいよね。


 てか、もう無理。

 本と目を閉じて静かな呼吸を意識すると、すぐに意識が曖昧になっていく。

 ブースの外に寝息が届かないだろうか、なんて心配をする余裕すらなかった。

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