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光浪夏海の異世界百合物語  作者: 虹月映
第六部 貴女への恋路
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第72話  謁見の間

「お主ら……ようやく結ばれおったか」


 あたしたちの婚約報告を聞いたジリオラさんは、短い溜息の後にそう言ってきた。


「まったくもって待ち遠しかったぞ。もしかすると先にワシがくたばってしまうかと思ったくらいじゃ」


 ガッハッハ、と笑う姿を見ていると本当にラクスピリアで一番偉い人なのか疑問に思えてしまう。

 もちろんこの勝手に一人でウケている方は国家元首様であり、ついさっきまでの重要な会議を終えて時間を作ってくれたことは揺るぎない事実。


「ともかく、めでたくて何よりじゃ。お主らの関係は見ているこちらが焦れてしまうほどじゃったからのう」

「それじゃまるで、あたしたちがわかりやすいみたいじゃないですか」

「何を言うか。誰が見ても想い合っておるのは一目瞭然じゃったぞ」


 そんなにですか。

 バルトロメアも同じようなこと言ってたし、自分じゃわからないことって本当に多い。

 真実の味は時に酸っぱく、甘くて苦い。


「むう……それと、ジリオラさんに聞きたいことがあるんですけど」

「なんじゃ、言うてみよ」

「あたしが元いた世界についてなんですけど――」


 前にもテオドラさんと少し話した、両親への挨拶という言葉。

 テオドラさんもあっちの世界に行けるのかどうか、というのが話に出た。


 あたしはその先をちょっとだけ考えた。

 もし両親にテオドラさんを紹介するとなったら、受け入れてもらえるのだろうかということを。


 年齢差とか女同士とか、そんなことよりもまずは異世界という存在を信じてもらわないといけない。

 それだけじゃない。あたしが異世界で暮らすことを認めてもらわなければならない。

 なんだこのダブルパンチ。あたしの結婚報告難易度高すぎでしょ。


 そんなことを話してみた。もちろん愚痴の部分は省いて気になることを訊ねる形で。


「――ふむ、ナツミの疑問は理解した。じゃが、率直に言えばすべて杞憂じゃな」

「えっ?」


 あまりにも唐突な解決に肩どころか全身の力が抜けた。

 ジリオラさんの話によると、異世界だの女同士だのは些細な問題で、認識への干渉をするとかなんとか。時間の概念が違うことも同じ原理とか言ってたけど、この辺は難しくて半分聞き流してた。


 確かなことは、あたしが両親に面倒な説明をする必要がなくなったということ。この人が恋人です、という一般的な紹介だけで事足りるらしい。

 あとテオドラさんもあたしの世界に来られるらしい。なんだこのクロスカウンター。あたしの結婚報告難易度はベリーイージーモードだった。


「しかしのう、今すぐにテオドラが行くというのは難しいのじゃ。ナツミの場合とは異なる理論の構築と調整を完璧なものに仕上げなくてはならんのでな。そもそも何故こうなるかじゃが、世界の概念が異なればそこに住む人類の意味も変わるという定義が根底にあり――」


 また難しい話が始まった。ハイスペック翻訳機が頑張ってその意味をあたしに教えてくれるけど、理解させることまでは管轄外のようだ。

 よくわからないけど、この人なら数日で完成させそうだってことはわかる。何かと規格外な人だし。


「――つまりここで時間の話に繋がってじゃな。おおそうじゃ、時間といえばナツミよ。両親への挨拶のついでというわけでもないのじゃが、定期的に向こうに帰るとええぞ。調整になるからのう」

「あ、はい」


 気の抜けた返事をしてしまったけど、調整という言葉は少し重要な意味を秘めていた。

 時間の概念が違うということは周知の事実だけど、あたしという存在は年月を重ねれば変わってしまう。


 たとえば、ここで数十年過ごしてから向こうに帰ったとしたらどうなるか。

 両親の立場で考えれば、自分の娘が数時間でめちゃくちゃ老けたように思えてしまうわけである。下手すれば親の年齢を追い越しかねない。


 そういった身体的なズレが、こまめに元の世界へ戻ることで解消されるらしい。浦島太郎になりたくはないので気をつけないと。

 理論は例によってわからなかったけど、少なくとも年に一回くらい帰れば大丈夫ということはわかった。


 こうやって色々と聞いてると、本当に準備万端で抜かりがないなと改めて感じる。それくらい常識じゃ、とか言ってたっけ。

 気にせず任せていいなら、遠慮なくそうさせてもらおう。あたしはなんでも解決できるチートなんか持ってないんだし。

 マインドの能力は……そういうのじゃないし。別に大したことしてないし。


 なんて自己問答していたら、いつの間にか話が変わっていたらしい。ジリオラさんの目がテオドラさんに向いている。


「して、テオドラよ。入籍の時期は考えておるのか?」

「はっ、近々にとは考えているのですが、明確な日程はまだ……」

「おっと、急かしてしもうたか。ナツミの両親への挨拶も目処が立たんし、今はまだ付き合いたての空気を楽しみたい頃合じゃったかのう」


 そこでまた豪快に笑い出すジリオラさん。この人あたしたちを茶化して遊んでない?

 と思ったのも束の間。ついさっきまで緩んでいたジリオラさんの表情が、急に引き締まったものへと変わったのだ。


「テオドラ、お主……セレナのことが心に引っかかっておるのではないか?」


 テオドラさんは答えない。

 代わりに顔色を微妙に、しかしわかりやすく変えただけ。


「セレナが見つかるまでは、などと自らを縛る必要などないぞ。幸せというものは自分自身のためにあるのじゃからな」

「……心に留めておきます」


 その留めておくと言った心には、今も変わらずセレナさんがいるのだろう。

 思うところはあるけれど、テオドラさんの気持ちもわかる。


 だから待つ。

 テオドラさんの心が落ち着いて、あたしを求めてくれるのを。


「おお、そうじゃ。ナツミよ」

「はい?」


 急に話を振られて心が落ち着く暇がない。

 重苦しくなりそうな空気を一瞬で壊した張本人の手招きに導かれて近付いていく。


「きっとナツミが異世界での婚姻について悩んでおるだろうと思ってな、用意しておった物があるのじゃよ。まあ、そのいくつかは先刻解決したようじゃが」


 言いながらジリオラさんは後方に向けて何やら合図を送っている。そしたらすぐに執事服っぽい身なりの人が現れた。誰もいないと思ったのに、一体どこから……?


 従者か何かっぽい謎の人物は、黙ったままあたしに謎の冊子を差し出してきた。謎の行動に戸惑いつつも、なんとなく受け取ってしまう謎の心理。

 なんとも謎が多すぎる状況の中で、薄い教科書みたいな本の存在だけが疑いようもない事実で安心した。


「あの、これは?」

「こんなこともあろうかと、ナツミが疑問に思いそうなことをまとめておったのじゃ。老婆心、と言うべきかのう。見ての通りワシは老婆じゃからな、ホッホッホ」


 偉い人のギャグセンスはよくわからない。よく笑うのは長寿の健康法なんだろうか。

 気付けば謎の従者さんはどこかに消えていた。異世界にも忍者はいるのかもしれない。


「込み入ったことも書いてあるから、家に帰ってから一人でゆっくり読むといい。きっといつか役に立つ時が来るじゃろうて」


 なんて言われたら気になるのは人間の宿命。

 だって家に帰ってもテオドラさんと一緒にいるから一人になる時間なんてほとんどないし。


 だったら、今ここで読んでも問題ないよね。

 言い訳と建前は突貫工事で組み上げたからね、なんて考えながら適当なところを開いてザッと目を通し、内容を理解した瞬間にバッと閉じた。


 速読をマスターしているわけじゃない。ただ、そこに書いてあった内容がこの場で見るにはふさわしくないものだっただけ。

 確かにいつかはその時が来るだろうけど、今はまだ二人だけの時間を楽しんでいたい。


 ほら、さっきジリオラさんもそんなこと言ってたし!

 ねっ!


「それにしてもめでたいのう。二人の式は国を挙げての行事にするか……いっそ当日を新たな祝日として」

「いや、そういうのは遠慮したいんですけど」


 ジリオラさんが言うと冗談にならなそうだから困る。平穏に暮らしたいと口を揃えて言うどこかの人々の心理が少しだけわかった気がした。


 その時、不意にジリオラさんが振り向いた。奥の方に向かって頷いたり「うむ、通せ」とか言ってる。誰か来たのかな。

 そっちには誰もいないように見えるけど、きっとさっきの執事忍者がいて裏で色々やってるに違いない。


 やはり、と言うべきなのか入口の扉が勝手に開いて。

 来訪者が姿を現した。


「失礼致します。定例会議の資料をお持ちしました――おや、先客ですかな」


 顔よりも光り輝く頭の方に視線が向いてしまうのは、もはや不可避なのかもしれない。

 入ってくるなり、すぐにナサニエルさんはあたしたちに気付いたようだ。


「おお、ナツミ殿! それにテオドラ殿まで……もしや、何か重大なご用件でしたかな?」

「いや別にそういうわけでは」

「何を言うか。立派に重大なことじゃろう」


 何を言うかってこっちのセリフなんですけど。

 ジリオラさんの言葉にナサニエルさんは興味津々な様子になり、説明せざるを得ない空気ができあがってしまった。


 まあ、ナサニエルさんにも報告するつもりだったけどね。あたしにとっては上司みたいなものだし、そうするのが礼儀ってものだろうから。

 ということで、ナサニエルさんにも同じことを話したんだけど。


「なんとっ……それは、真でっ、ございますかっ……!」


 言葉の圧と力がめっちゃすごい。

 あたしたちの婚約という事実を噛み締めてる感が全身から溢れ出ている。


「ようやくっ……お二人の、絆が、っ……! 結ばれっ……!」


 なんとなく予想はしてたけど、実際に涙を見せられると戸惑ってしまう。男泣きの過剰摂取はあまりしたくない。


「式の日程は決まっておるのですか! 不肖このナサニエル、必ず! 必ずや出席させていただきますぞ!」

「いや、まだそこまでは」


 さっきまで涙を流していた勢いのまま詰め寄るのは心臓に悪いのでやめてほしい。あと暑苦しい。


 というか疑問なんだけど。

 なんでさっきからみんな具体的な日取りを聞いてくるの?

 そこそんなに気になる?


 あたし自身も気にしていないわけじゃないけども。

 今はテオドラさんのことだけを考えていればいいと思う。


 テオドラさんが隣で寄り添ってくれる。

 それが続いてくれるだけで幸せだって思えるから。

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