第66話 愛の言葉
「――っていう感じだったんだけど」
「うんうん、だろうと思ったよ。アタシが言った通りになったね」
翌日、バルトロメアに作戦の顛末を話したらドヤ顔を返された。
「ナツミちゃん、決心はついた?」
「決心かぁ……うん、いつまでもこのままじゃいけないって思うし」
「だよね! テオドラ様と好き同士ってわかったわけだし、どんどん行かないと!」
限りなく可能性は高いけど確証を得たわけじゃない。それなのにバルトロメアは元気いっぱい。
と思ったら急に真面目な視線を向けてきた。
「そしたらナツミちゃん……覚悟はできてる?」
「えっ、覚悟?」
いきなり何を、と思ったらすぐに答えが続いた。
「テオドラ様とお付き合いする覚悟ってこと。アタシはもちろん応援するけどね」
テオドラさんは国の重要人物。そんな凄い人と深い関係になったら苦労や嫌なこともあるだろうし、心無い言葉を投げられることもあるかも……という話だった。
立場がある人というのがどういうものか。世界が違っても意識は同じらしい。
そういったことを考えなかったわけじゃない。
だから答えは決まってる。
「そういうの、全部背負っていく覚悟はある?」
「あるよ。だって……好きなんだもん」
そう断言した。
これがあたしの決意表明だ。
「ふふっ、そう言うと思ったよ。あっ、ちなみにアタシも同じだよ。何があってもシャンタル様と一緒にい続けて添い遂げるんだ。愛の力でね」
唐突にノロケを受けて緊張した空気が一瞬で緩んだ。
でも、これくらいがちょうどいいのかな。
「それと……ナツミちゃんはもう一つ考えなきゃいけないかな」
「ん? 何を?」
「元の世界とこっちの世界……どうするのかってこと」
そうだ。一番大切なことじゃないか。
あたしが元いた世界。時間の問題はないにしろ、しばらく両親に会ってないのは事実。たまには顔を見せに行ってもいいと思う。向こうからしたら何一つ不自然なことはないんだろうけど。
でもテオドラさんと離れるなんて考えられない。好きって気持ちは自分勝手。そもそも今の状況をどうやって説明したらいいのやら。
だから答えは決まってる……けど今度は言葉が出てこない。
「いいんだよ、考えて。今ここで宣言する必要なんかないもん。だって、それを誓う相手はアタシじゃないんだから」
「……そっか、ありがと」
忘れてた。バルトロメアは変に鋭いんだった。
あたしが欲しい言葉を的確に、それでいて優しく突きつけてくれる。
もたらされる安心で、顔を出しそうになる不安を押し戻す。
待っててくださいね、テオドラさん……なんて考えてたら会いたくなってきた。
「テオドラ様と一緒にいて考えればいいんだよ。時間はたっぷりあるんだし。休暇がしばらく続くんでしょ?」
「うん。今日で色々な手続きが終わるみたいだから」
「いいじゃんいいじゃん、今度こそ進展間違いなしって感じ?」
ぎゅうぎゅうと体を押し付けながら煽ってくる。
言われなくたってやるさ。この気持ち、絶対に伝えてみせるんだから。
「あたしのことばっかりじゃなくてさ、バルトロメアも、だよ。付き合い始めの時期は大切にしないと」
「ご心配なく! ちゃーんと毎日愛を確かめ合ってるもん。あっ、そうそう。昨夜のことなんだけどね、一緒にお風呂に入ったときに――」
そして始まる濃厚なガールズトーク。
バルトロメアはあたしの想像よりも遥か先を駆けていることがわかった。今後の参考にするにはまだまだ時期尚早な内容で、赤面しながらも脳内でテオドラさんと自分に置き換えて考えたりもして。
一言でまとめると。
とても有意義な時間だった。
――――――――
「テオドラさん、お帰りなさいっ!」
「ただいま、夏海」
ぎゅっ、と触れ合う体。決意を胸に秘めているせいか、なんだか昨日よりもあったかく感じる。
テオドラさんもしっかりと受け止めてくれるし、背中に回された手の感触が心地いい。鼓動だってちゃんと感じ取れる。
好きだって自覚して前を向くと、こんなにも世界は色を変えるらしい。
こんな日々を続けるためなら、あたしはなんだってできそうな気がする。
「今日で全部、終わったんですよね?」
「ああ、ようやく明日からゆっくりできそうだ」
「一緒に、ですよね?」
「……あ、ああ」
言葉につまるところが可愛い。
困り眉をして視線を泳がせるところが可愛い。
それでも抱擁を続けてくれるところが可愛くて、愛おしい。
テオドラさんが好きという気持ちを伝えたくて、今日もあたしは隙あらばくっつく作戦を続けた。
真意を引き出すつもりじゃない。あたしがそうしたいからテオドラさんの近くにいる。ただそれだけのこと。
それでもやっぱりお風呂はハードル高いので、別々に入った。
いつかは一緒に、って期待もなくはないというかテオドラさんの入浴中にそんなことばっかり考えてた。それはもう目力に物理的パワーがあったら浴室のドアや壁に穴が開くくらい。
「……夜、ですね」
「……そう、だな」
妙なことを悶々と考えてしまったせいもあるのだろう。
互いにお風呂に入ってあとは寝るだけという今この時間。まったりするべき雰囲気なのにあたしの心は全然穏やかになってくれなかった。
どれくらいって、さっきみたいにスーパーぎこちないトークをしちゃうくらい。
けれど体はテオドラさんを求めてくっついてるし、暴れる心は結局のところ好きだという一点しか目指していない。
隣り合って座るリビングのソファーは、今日も片側に過負荷を感じているだろう。原因はもちろん、あたしがテオドラさんにべったりだから。
密着して、体温を感じて、芳香に包まれて、声を聞いて、頬が熱くなって、胸が騒いで、好きということを再認識する。
「……」
だから、もっと距離をつめる。反応してこっちを見たテオドラさんと視線を合わせる。
欲求には正直に。心には素直に。
揺らぎながらも逸らしはしないテオドラさんの瞳を見ていると、全身がふわりと浮かび上がってしまいそう。
「テオドラさん……」
名前を呼べば跳ねる鼓動。返事はなくても首を傾げて続きを待つテオドラさんの顔を見たら、思わず熱い吐息がこぼれた。
そういえば、バルトロメアが言ってたっけ。チャンスは何度もあっただろうって。
あれは半分正解だと、今この瞬間に確信した。
正しくは、ずっとチャンスだったんだ。いつも、いつでも機会はあった。
必要だったのは踏み出す決意。今のあたしはそれを持っている。
だから。
今をその時にしよう。
意識して深呼吸。
二回続けて瞬きをしたら、テオドラさんをロックオン。
繋いだ手にもう片方の手を重ねたら、温かさと勇気が湧いてくる。
これからあたしは人生初めての大舞台に立つんだ。
さあ行け、あたし!
「な……夏海っ!」
「はっ、はい!」
踏み出した足は予想外の方へ向いた。
わかるのは二つ。テオドラさんが何かを言い出そうとしているのと、あたしの決意は宙ぶらりんになっていること。
「……話したいことがあるんだ。聞いてくれるか?」
緊張が伝わってくるような声のトーンで、何を言おうとしているのか察しがついた。
どうやらあたしは自分のことで手一杯になっていたらしい。想いを伝えなきゃ、と舞い上がっていたし。
そして何よりも。
目の前にいるテオドラさんがしている表情が、数秒前のあたしがしていたのと同じだってことに今更気がついた。
「……はい」
重ねた手も寄り添った体もそのままに、テオドラさんの声を待つ。
どんな言葉でもいい。打ち明けてくれるのなら、あたしは全部受け止めたい。
「……私は、夏海と出会って変われた。いや、私の人生そのものが変わったんだ」
テオドラさんの声以外は何も聞こえない。
だけど、あたしの胸は物語の始まりを告げる雷鳴に震わされたような緊張を味わっていた。
聞き逃しちゃいけない。聞き漏らしたくない。口の中は乾いて生唾さえも飲み込めない。
「夏海との時間が何よりも大切で、気がつけば私は夏海のことばかり考えるようになっていたんだ」
口は挟まない。
でも心の中では大いに共感して同意して首を縦に振っていた。
あたしだって同じだもん。今だってテオドラさんのことしか考えてない。
「きっと私は、夏海がいないと生きていけなくなってしまったんだ……だから、その」
重なった手が、きゅっと握られる。
不安を感じているなら少しでも薄められるように。
そして、勇気を分け与えてほしくて。
あたしも同じだけの力で握り返した。
互いに交わしたその合図が。
あたしたちの背中を押してくれた。
「私は……夏海のことが、好きだ」
言ってくれた。
伝えてくれた。
だから。
「あたしもです……好きです、テオドラさん」
やっと、言いたいことが伝えられた。
瞬間、体の重心がストンと落ちた気がした。
感覚のすべてがテオドラさんに向けられて、唯一の存在をあたしに刻みつけようとする。
現状を理解するより先に、うるさい脈動があたしの体を作り変えてしまったようだ。
交わる視線は戸惑いを含みながらも、決して離れようとしない。
想いが繋がりあうのを証明するように、その潤んだ眼差しは愛しい相手を映し続ける。
「夏海、好きだ……愛しているんだ」
「はい……あたしも愛しています」
一度解放された感情はブレーキを失うらしい。
今まで言えなかった想いが呼吸よりも簡単に出てしまう。言えずに苦しんでたのがバカらしくなるくらいの開放感と爽快感。
やっぱり考えてることは伝えなきゃ。これからのあたしは、もう我慢しない。
「夏海、その……だから、私と」
想いは繋がった。相思相愛だって理解できた。
それだけでもう満足だし既成事実できちゃったようなものなんだけど、じゃあ決定的な言葉はいらないねって問われたらイエスとは答えられない。
何が言いたいかというと、最初と変わらない。
テオドラさんが伝えてくれる言葉は最後まで全部受け止めたい。
こんな雰囲気、きっともう二度と味わえない。
だから、あたしにテオドラさんのすべてをぶつけてほしい。付き合ってくれと言われたら地の果てまでご一緒する決意はとっくに固まってるんだから。
今のあたしは緊張なんてどこ吹く風。
テオドラさんに交際を申し込まれちゃうよーっ、というお花畑な期待が頭の中で膨らんで体がポカポカしてる。
テオドラさんの唇が動き、言葉を紡ぎ出すのが見える。
なんて言ってくれるのかな……。
オーソドックスに「付き合ってほしい」とか? でも「私の女になれ」みたいに強引なのも捨てがたいし「恋人になってくれないか」なんて可愛いのも悪くない。
そう、なんだっていい。テオドラさんがくれる言葉なら。
だからいつでもどうぞ! オッケーの返事をする準備は万全です!
「なっ、夏海!」
「はいっ!」
「わ、私と……結婚してくれ!」
「はいっ! ……えっ?」
えっ?
今テオドラさん結婚って言った?
両目をぎゅっと閉じて真っ赤な顔しながら、予想してたことの遥か上を飛び越えるようなこと言ったよね?
思わぬ角度からの不意打ちは、驚きさえも通り越して無の境地にまであたしの心を連れていってくれる。
しばしの無言。
あたしがポカンとした顔になってるのを自覚し始めた頃、恐る恐るといった感じで目を開いたテオドラさんは、あたしの顔を見てすぐハッとしたような表情になって唇をわなわなと震わせ始めた。
「あっ、あの、今のはその違う、いや違わないんだが」
声も上擦って、視線の泳ぎ方も忙しすぎる。
一目で慌てているのがわかる状態になったテオドラさんの言葉は止まらない。
「そう、夏海と一緒にいたいのは本当なんだ。だから将来のことも考えていて、そうしたら口が勝手にというか、いや確かにそれが本心ではあるのだが、いきなり求婚というのはやはり早急で、まずはその、清い交際から積み重ねて、と、私は、夏海と」
テオドラさん、ずっと早口で喋ってる。こんなにあたふたするところ、初めて見たかも。
あー……めちゃくちゃ可愛い。
そっか、結婚かあ……。
きっと、テオドラさんと一緒にいたら毎日楽しいよね。色々なテオドラさんをもっともっと知っていきたいし、あたしのことも知ってほしい。
テオドラさんと一緒なら幸せだし、好きだし、惚れちゃったし、愛してるし、何よりも絶対に離れたくないし。
それに、いつかは目指すべきところでもあるのは紛れもない事実と欲求だし。
だったら答えは一つしかないよね。
「えっとその、だからつまり、私が言いたいのは」
「テオドラさん」
あたふたし続けていたテオドラさんは、あたしが名前を呼んだらピタリと止まってくれた。固まったと言うべきかも。
ともかく聞いてくれるならそれでいい。
愛する人の手をそっと取って。
指を絡めて態度を示して。
今度はあたしが気持ちを伝える番だ。
「あたしと……結婚を前提に、お付き合いしてくれますか?」
息を飲む音が聞こえた気がした。
それくらい衝撃を受けた顔というか、感情を溢れさせそうな、だけど最高に嬉しそうな表情になってくれて。
返事をしてくれた。
「もちろんだ。夏海……私といつまでも共にいてくれ!」
「はいっ!」
今度こそ思い通りの言葉に思い通りの言葉を返すことができた。
まさにパズルのピースが上手にはまったような感覚に、あたしのハピネスメーターはあっさりオーバーヒート。
迷わずテオドラさんの胸に飛び込み、ぎゅっと抱き締めた。
その拍子に二つのペンダントがいい具合にぶつかってカチリとはまる……なんてうまいことにはならなかったけど、もっと大切なものが重なり合った気がした。
「……あたし、幸せです」
「私もだ……ようやく、ようやく伝えられた……」
抱き合う力は強く、けれど柔らかく。
吐息も鼓動も声も愛しさも何もかもが混ざり合っていくようで。
「これ……夢じゃありませんよね? 本当ですよね?」
「夢なものか。現実だ。本当に私は夏海と……」
「ふふっ、よかったぁ……」
なんだか意識がぼんやりしてきた。
むしろこれから夢が始まるんじゃないだろうか。
夢のようで夢じゃない。そんな夢みたいに幸せな日々が。
「テオドラさん……好き。好きなんです。とても、とても……」
「夏海……私も好きだ、愛してる。ずっと、私から離れないでくれ……」
抑えきれない愛の言葉までもが絡み合って、二人の鼓膜を震わせていく。
――――――――
その夜。
あたしたちはやっぱり一緒のベッドに入っていた。恋人同士なら当然のことだし、そうでなくても前からこうだったので今更変える意味なんてない。
「テオドラさん……もっとそっちに行ってもいいですか?」
「構わないが……寝づらくはならないか?」
「いいんです。それだけくっついてるってことですから」
離れたくないという思いが届いたのか、それとも最初から二人とも考えが同じだったのか。
どちらが誘うでもなく今の状況ができあがった。自然というか当然というか、これが普通でしょ、みたいな。
場所はあたしの部屋。最初は急ごしらえで用意された経緯もあって色々と狭い思いもしたけれど、それが今はとても素晴らしいことだと断言できる。
テオドラさんの部屋に行きたいな、という気持ちは相変わらず持ち続けてる。
でも焦る必要なんかない。楽しみはいっぱいあった方がいい。今は少しずつ進んでいけばいい。
「夏海……」
言葉と共に、そっと抱き寄せられる。ベッドの上、向かい合わせの顔。
枕元のほのかな明かりに照らされたテオドラさんはとても幻想的で、あたしの両目にはもう恋のフィルターが固定装備されちゃったんだなと自覚する。
恥ずかしさもあるけどやっぱり嬉しくて、とても安らぐことだというのは変わらない。
でも、あたしの世界は変わってしまった。
恋人ができると何もかもが一新される。バルトロメアがノロケ話を嬉々として語っていた理由がようやくわかった。
何が一番変わったってテオドラさんを見る目が変わった。
初めて会った日からずっと見てきたテオドラさんの姿。ズボラだったりカッコよかったり頼もしかったり可愛かったり。
見慣れていたと思っていたけど、今のあたしには新鮮で眩しく見えてしまう。
「……んっ」
テオドラさんは元々スタイルがいい方だけど、同時に着痩せするタイプでもある。
そして今は就寝前ということで薄手のネグリジェを羽織ったような格好をしており、それはつまり体のラインどころか目を凝らしたら肌まで透けてしまいそうなわけで。
体を鍛えているんだろうな、というのは触れたらわかる。でもそれは筋肉ばかりって意味じゃなくて、全身が引き締まっているということであり、簡単に言えば永遠に触れ続けたくてたまらない。
なんだこの感触。壊れそうだけど壊したいと思わせるような危険極まりない魅力しかないぞ。人って色々な意味でダメなものに引き寄せられるって本当だったんだ。
そんなテオドラさんに抱き寄せられたらもう意識するなってのが無理な話だ。なので想像よりも大きめだった柔らかさの方が気になってしまうのも仕方ない。
言ってみればこれもまた自然で当然のこと。恋人の体が密着してきたら色々なことを考えてしまうのが二十代手前の脳ってことにしておきたい。
もちろん、テオドラさんの胸元に視線が吸い寄せられるのも普通のこと。なんだかいい感じに光が届くし近くにあるから見える。当たり前じゃないか。
「んー……」
落ち着けあたし。
深呼吸をしたらテオドラさんの甘い芳香で逆に意識を持ってかれるので精神を強く持つんだ。暴走はよくないぞ。ゆっくり進もうって決めたばかりじゃないか。
そうだ、時間はたっぷりある。テオドラさんの休暇はそれなりに長い。いくらだってチャンスはあるはずだ。チャンスってなんだ。あたしは何を狙おうとしてるんだ。
よし、気を確かに持て。
こんな時は難しく考えたら沼にはまっていくから、もっと単純にいけばいい。
そう、言ってみればあるがまま。
たとえば、こう思ったからこうした、みたいな。考えたことをそのまま形にしてみよう。
「テオドラさんって……すごくいい香りがしますね」
何言ってんだあたしは。
確かに今一番思ってたことだけど! あたしも同じシャンプーとかボディーソープを使ってるはずなのに不思議だなって思ってたけど! 本人相手に言うことじゃないでしょ!
ホントにヤバイってば……。
顔真っ赤どころじゃなくてオレンジとか白みたいな超高温域まで突き抜けそう。
「そ、そう……なのか?」
恥ずかしさのあまり目を閉じて俯いたから、テオドラさんの顔は見ていない。
だけど、テオドラさんも頬を染めているなってことくらいわかる。恋愛フィルターは目だけじゃなく全身に搭載されてるんだから。
「だが……夏海もいい匂いがするじゃないか」
「えっ」
なんですかそれ。
急に言われると破壊力がすごい。テオドラさんもさっき同じような気持ちになったのかな。
もしそうだったとしたら悪くないかも。同じ気持ちを分かち合えたというか……いやでも恥ずかしいのは変わらないんだけど複雑だな我ながら。
「この布団からもいい匂いがして……まるで夏海が私の全身を覆ってくれているみたいだ」
いや今のなし!
やっぱ無理!
言わないでくださいぃっ!
「……本当は、ずっと前からそう思っていたんだ」
待ってくださいってば!
素直すぎる言葉の連続コンボで、あたしはもうヒットポイントどころかライフポイントまでゼロになりかけてるんですけど!
「夏海、もっと私に夏海を感じさせてくれ……」
言葉も動作もゆっくりとしたものだった。それなのにあたしは一切動けない。テオドラさんにされるがまま、身を任せるだけ。
ぐっ、と引き寄せられたかと思えば、あたしの顔はテオドラさんの首元へと密着していた。
あ、これダメ。
何がダメってすべすべの肌との対比が眩しい鎖骨は硬すぎず心地良い感触だし、発生源に近付いたのかなんなのか神々しい芳香は一段と強さを増すし、抱き寄せられた反動で想定外の動きをしたあたしの手がとてつもなく柔らかくて弾力のある何かに触れているし、動こうにも頭をガッチリ固定されているので逃げられないし、一度に処理できる情報量には限界があるのでその他色々が認識した瞬間に吹き飛んでいくし。
「は、あぅ……」
それでも、少しずつ動揺は消えていった。代わりに溢れるのは愛おしさ。こんなにあたしを求めてくれるという多幸感。
好きな人に認められた気分。行動のすべてがあたしを想ってしてくれたこと。きっとあたしの幸せゲージは何度も限界を突き抜けたせいで壊れまくってる。
「テオドラさん……好きです」
「夏海……私も好きだ」
言えなかった分を取り戻すように言葉は勝手にこぼれていく。
でも、この壊れた蛇口は修理する必要なんかない。
思い描いていた理想を形にできるのなら、壊れたままで構わないじゃないか。
やっと掴めた幸せ。
それを壊さないようにすればいい。
あたしがテオドラさんを感じれば、テオドラさんもあたしを感じてくれる。
きっと今も同じことを考えてる。違うのは感情を向ける相手がお互い様ってことだけ。
気付けば枕元の明かりは消えていた。
これからは光も言葉もいらない静寂の時間が支配するという予告。
今日という幸せな日を終える眠りに落ちるその瞬間も、そして明日という新たな日の始まりに目覚めても。
あたしはテオドラさんへの愛を貫き通すだけだ。




