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光浪夏海の異世界百合物語  作者: 虹月映
第五部  異国への旅立ち
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第56話  在りし日の記憶

 食堂には、どんな時間でもある程度の利用者がいる。食事時でもないのにちらほらと席を埋める人たちの光景に、ファーストフード店や喫茶店を思い出してしまった。

 窓からは眩しい陽光が差し込んでいる。朝日と呼ぶには遅く、南中には少し早い。暖かさが徐々に増していく時間。

 

「はぁ……」


 なんとなくついた溜息になりかけの何かは、誰にも届かず消えていく。

 昨日に続いて今日もあたしは居残りだ。テオドラさんの帰りを待ちながら、注文しておいたお茶で口を湿らせる。予定ではそろそろ終わるはずなんだけど、入口の方をチラチラ見ても来る様子はない。


 毎度お騒がせなロビンハルトさんが午後から別の用事があるということで、朝一で会談の席を設けたらしい。向こうの都合で振り回されちゃって、テオドラさんが疲れてないか心配になる。肩でも揉んだら喜んでくれるかな。

 お昼近くに終わるなら、食堂で合流してそのまま昼食にしましょう――そんな提案をしたのはあたしから。早朝と深夜以外は開店しているし、喫茶店みたいなメニューもあるから待ち合わせにはうってつけというわけだ。

 もちろんテオドラさんに休んでほしいという願いもあるし、早く会いたいという欲求もついでに満たす一石二鳥を狙ってもいる。あたしだって少し考えればこれくらいのことは思いつく。


 あとはテオドラさんが来れば完璧な計画になるんだけど……まだかなぁ。

 入口の方ばかりチラチラ見てたら不審者だと思われるかもしれないので、たまに反対側にも顔を向けて周囲を観察するのが趣味なんですアピールをしていたら、斜め後ろに桂馬飛びした席で話す集団が目に留まった。

 

「――だよな」

「ほんとだぜ。ったくよ」


 その理由は言葉の切れ端が聞こえただけじゃない。見た目が気になったのが先だ。

 多少のラフさは感じるものの、特徴的なカールを描く襟は見覚えがある。ロビンハルトさんも着ていたあの服と同じだ。

 つまり、あそこで何かに愚痴をこぼしている諸兄の方々はフリアジークの公務員さんってことになる。こんな時間にこんなところでサボってるのかなと思いかけて、仕事の時間は人それぞれだよねと考え直した。まして世界が違うんだから一方的に決めつけるのはよくない。

 

「なんであいつはこんなに頑張っちゃってるんだか」

「これで失態でも犯せば問題にできるってのに、まったくそんな気配すらねえ。完璧すぎて逆に怖いくらいだ」


 だから情報収集のために聞き耳を立てるのは正当であって咎められるようなことじゃない。そもそもこれは勝手に聞こえてきただけなので一般的で普遍的で当然のことだからちょっと待って集中するから。


「少しくらいは俺らにも仕事を回してくれてもいいのにな」

「部下もいるんだから使えばいいんだよ」

「まったく、ロビンハルト様の考えは俺らにはわからねえぜ」


 ようやく明確な単語が出た。やっぱりこの人たちはロビンハルトさんの同僚か、それに近い仕事をしているんだ。彼は周囲の人にもこんな風に思われているわけですか。

 もっと色々聞きたいな……お願いします、もっと喋ってください。あたしはここにいないと思い込んで、このまま話しても平気だと錯覚してください。

 えいえい、おりゃっと念を飛ばす。もちろん根拠もないお祈りをしているわけではなく、あたしの能力を使って思い通りに誘導できないかと頑張っているのでそれなりに緊張している。

 

「全部自分で回してるのに隙がない。あいつは本当に人間なのか……?」

「化け物だよ、仕事のな」

「かと言って文句のつけどころがない」

「だからこそ文句の一つも言いたくなるんだろうが。あいつはいつ休んでるんだよ」


 一度に何人も相手にするのは初めてだったけど、なんとなく手応えは感じたのでよしとしよう。でもあたしは一途なタイプなので、こういうのは今後控えようとも思った次第です。

 

「そういや、フリアジークからの使者が来てるとか聞いたんだが」

「来てるな。全部抱え込まれちまったが」

「重要な案件みたいだが、それこそ俺らにも分けてくれっての」

「噂ではかなりの美人らしいぜ」

「へえ、ますます会ってみてえな」


 なんだか話がよろしくない方向に進みそうだ。もっとロビンハルトさんのことを話すように意識を誘導してみよう。

 あと、テオドラさんがここに来ても気付かないようにもしておかなきゃ。そのまま話に夢中でいてくださいね、っと。

 

「壊れないのが不思議だ。手を抜けとは言わんが、他にやり方もあるだろうに」

「手伝うと言ってものらりくらりと逃げやがるんだよな」

「俺だって国のために何かしてぇのによ」

「まったくだ」


 ふむむ、やっぱりロビンハルトさんは何かを隠しているのかも。あの人たちも愚痴っぽくはあるけど、決して悪口は言ってなかった。むしろ仕事を回してほしいみたい。暇疲れってやつかな。

 それにしても、なんでロビンハルトさんは一人で全部やろうとするのかな……彼らもそこまでは知らないのか話題に出ない。あたしもそこが知りたいところなんだけど。

 

 これ以上の収穫はなさそうなので、耳を傾けながらも転がらないように張っていた精神スライム君を緩めて力を引っ込めた。プルプル震えていたのが、すぐに丸い安定形態になる。イメージとはいえ可愛いなこれ。

 

「……ふぅ」

 

 一息ついてお茶をゴクリ。そろそろ本来の仕事に戻ろう。ということで入口チラチラ再開。

 あ、やっとテオドラさんが来た。目が合うとあたしの頬がスライムみたいに緩んでしまう。可愛いかは自信ない。

 

 さっき聞いたことを伝えるべきかな……という逡巡は即時否決された。もう少しはっきりした形になってからじゃないと、テオドラさんに余計な心配を与えかねない。ちゃんと役立つ情報になってからにしよう。

 あたしにできることが見つかった。そのことを胸に秘めておけば、とても大切な原動力になってくれる。いつか訪れる実りの時へ進むために。

 それまでは今の時間を大事にするべきだ。目の前にテオドラさんがいるんだから、別の方を見る必要なんてない。さっきの人たちがこちらに気付いていないのをチラリと確認したら、あたしの視界はテオドラさんで埋め尽くされる。


「お疲れ様です」

「待たせてしまったな。隣いいか?」

「はいっ」


 ああ……近いっていいな。テオドラさんの温もりや匂いがダイレクトに伝わってくる。テーブルを挟んで向かい合うという選択肢など今ここにはない。


「ん……」

「もしかして、今日もあんまり進まなかったんですか?」

「そうだな、簡単な事実確認を済ませたくらいだ。まだまだ先は長い」


 難航してるなあ、ロビンハルトさんとの会談。やっぱり色々と一人で抱えているから手が回ってないのか。これじゃあなんのためにテオドラさんがフリアジークまで来ているのかわからないし、あたしが一人の時間を持て余す意味もわからない。

 ……あ、わからないと言えば。


「そういえば、会談って何についてのお話をしているんですか?」


 前々から思っていた疑問を投げかけると、テオドラさんは一瞬だけポカンとした表情になった。なんか新鮮。無防備な姿は貴重なのでもっと見たい。


「あっ、言えないこともあるでしょうし、機密情報を探ろうなんて気持ちは全然これっぽっちも」

「別に隠すようなことでもないさ。でもそうか、言ってなかったか……」


 今度は顎に手を当てて、何かを考えるポーズをしている。これも新鮮なのでもっと見ていたい。というか、ショートヘアと顎と手が結ぶ線が芸術的すぎて目が離せない。離す理由と意味を感じない。

 こんな短時間でテオドラさんの色々な表情が見られた嬉しさで、あたしの心はドキドキ加速中。

 

「夏海、昼食を済ませたら今日も外に行かないか」

「もちろんです! セレナさんの情報を集めるんですよね」

「それもあるが……夏海に見てほしい場所があるんだ」

「あたしに、ですか?」

「話しておきたいこともあってな……」


 見てほしい場所ってどこですか。話しておきたいことってなんですか。憂いを帯びたような表情は美しいのでもっと見ていいですか!

 気になることが一気に流れ込んできて、さっきまで緊張していたせいで弱っていた心は簡単に早鐘製造機へ変化してしまう。

 一体何が起こるのだろうかと、今のあたしは湧き上がる妄想を変な方向へ進まないよう抑制することしかできないのだった。








 何物にも遮られず風が吹き抜ける。揺られざわめく草原は太陽に照らされ、緑色の生命力を自己主張しているようだ。

 フリアジークの市街地から外に出て、森とは反対方向にある小高い丘。そこがテオドラさんに連れてこられた場所だった。道と呼べるようなものはないけど、辺り一帯の淡い草原を歩くのに苦労はしなかった。

 

 今度は強めの風が吹いた。乱れる髪に引っ張られて振り返ればフリアジークの市街地が見渡せる。周囲は山と森くらいしか目立つ地形がないので、人工的な光景が一層目立っていた。

 ところで、ここに何があるんだろうか。見る限りなんの変哲もない自然風景なんだけど。テオドラさんはさっきから地面の一点を見つめたまま微動だにしない。

 そこに財宝でも埋まっているのかな、なんて適当なことを考えながら同じところを凝視してみる。周囲よりちょっとだけ生えた草が薄いかなと思うくらいで特別どうということはなかった。

 

「……懐かしいな」


 呟くように、誰に聞かせるでもないような声が通り過ぎた。視線を上げて窺うテオドラさんの横顔には、さっきの食堂でも感じた憂いと同じ色が滲んでいる。

 

「ここは、私が育った孤児院のあった場所なんだ」


 当てのない声から一転、あたしに向けられた言葉に記憶が呼び起こされる。出発前夜に話してくれたテオドラさんの過去。見た目は変わっていなくても、やっぱり心の奥に秘めたものがあったんだ。

 その正体が知りたくて、テオドラさんに一歩近付く。風があたしたちの間を通り抜け、まだ足りないと感じて更に踏み出した。

 

「今はもう跡形もないが、ここなんだ。ここに確かにあったんだ……」

「そう、なんですね」


 言いながら体を寄せた。密着した腕と肩は風なんかじゃ剥がせない。あたしがいるとわかってほしい。一人じゃないと信じてほしい。

 体の右側にテオドラさんの温もりを感じる。そこに、ほんの少しだけ質量が加わった。テオドラさんが身を預けてくれている――そう思っただけで、風に当たったままの左半身もポカポカしてきた。


 それから、どちらからともなく草原に腰を下ろした。もちろん直に座ったら色々よろしくないので持参した長布、つまりはレジャーシートを敷いている。

 これは外交官のリトリエとして様々な備えをしておくのが当然というだけであり、テオドラさんとピクニックできたらいいなという希望的観測だけで持っていたわけではない。

 お弁当があればもっとよかったなという欲張りな心は、今って昼食直後だろという正論で黙らせておいた。


 フリアジークを斜め後ろにして座れば、目の前は空と大地で占められる。草原の揺れる音を聞きながら眺める大自然。こういうのもたまには悪くないね。何も考えずに緑と青の地平線を視線でなぞるなんて、一日中パソコンに向かっていた昔には考えられなかったことじゃないか。

 それに、隣にはテオドラさんがいる。これまたどちらからともなく繋いだ手が、より一層の心地良さを生み出して尊い。

 

「話したいことがある、と言っただろう」

「はい」


 ゆったりとした時間の中、テオドラさんの声は何よりもはっきりと聞こえた。まるで世界にテオドラさんとあたししかいなくなったみたいだ。


「私が取り組んでいる交渉案件についてなんだ。夏海が気になっていたようだから、聞いてほしかったんだ」

「……どんなことなんですか?」


 返事が遅れたのはテオドラさんの表情を読み取っていたから。

 そして、質問をしたのは視線の先に憂いの雲が消えていたから。

 

「孤児院を再建する。それが私の使命であり、本懐でもあるんだ」

「再建、ですか」

「それも単なる建て直しではない。孤児だけではなく、福祉活動全般を包括する施設として生まれ変わらせるんだ。同時に、併設されていた教会も含めた発展構築……その実現にもうすぐ手が届くところまで来ている」


 急に話の規模が大きくなって、夢物語を聞かされているような気分になりかけた。

 何もない上に市街地から離れたこの草原にそんな一大施設を建てるなんて、ろくに知識のないあたしでも簡単じゃないことくらいわかる。他の誰かに聞かされたなら、はいはいすごいですねと切り捨てて終わりだろう。


 だけど、テオドラさんだから信じられる。元々あたしがテオドラさんを疑うはずないし、語る言葉に意志が感じられた。口調とか声のトーンとか、鼓膜を震わせる音が胸の奥まで響いて神経を揺さぶってくる。

 

「フリアジークの国勢は増し続けている。この事業を進めるなら今しかないんだ。そもそも、再建の話を持ちかけてきたのはロビンハルトの方だった。相応の準備と計画があると思うのは当然だろう。しかし、話は一向に進まない……」


 語尾は淡い溜息に消え、聞こえるのは風の音だけ。フリアジークはそれほど遠くないはずなのに、喧騒の欠片すら聞こえない。野生動物はこの辺りにはいないのか、姿や鳴き声さえも届かない。

 こんな時、どんな言葉をかければいいのだろう。ロビンハルトさんにも都合があるとか、そのうち進展するとか……そんな気休めを言ったところでなんの意味があるだろうか。

 元気を出してください、というのも違う気がする。落ち込んでいるというより、現状への焦りとか困惑とか、色々な気持ちがブレンドされた複雑な心境なんだと思う。

 

 あたしの頭では考えても答えが出ない。今までの経験で学んだことだ。学習ついでに、こんな時にできることも知っている。

 言葉で解決できない問題は、別の何かを使えばいい。そして今、あたしはその手段をさっきから手にしている。

 

 そう、手だ。

 あたしにはどうしようもない問題に正面から挑んでも勝ち目はない。それなら角度を変えればいい。

 向き合うべきなのは他の何者でもなく、テオドラさんなのだから。繋いだ手の感触と際限のない熱。それだけに今は集中しよう。


「……すまない、夏海にこんな話を聞かせてしまって」

「いいんです。話してくれて、あたし嬉しくなっちゃいました」

「嬉しいのか?」

「はい。テオドラさんのこと、また一つ知れましたから」

「……そうか」


 穏やかな時間の再来を感じ、空を見上げる。太陽は音もなく、しかし燦々と世界を照らしていた。

 

「この後なんだが、もう一つ行きたい場所があってな」

「お供しますよ。どこまでも」

「……ありがとう」

「こちらこそ、です」


 次に行く場所をほのめかされても、すぐに立ち上がってここを後にするようなことはしない。

 それはまだもう少し先、あたしたちが今の時間を十分に満喫してからのことになる。

 繋いだ手は、風や太陽さえも干渉することはできない。ここは二人だけの空間なのだから。








 フリアジークの市街地にも自然風景はある。さっきまでの広大な草原とまではさすがに言えないけど、憩いの公園と呼べるような緑の区画は点在している。

 あたしたちが歩いているのはその一角。緩やかな坂道を上った先に、テオドラさんが言う目的地があるらしい。道の両端に並ぶ木々は日差しを穏やかな光に変え、最近の記憶と重なって森を歩いているような気分にさせてくれる。


 カサリ、と音を立てたのは木の葉じゃない。テオドラさんが持つ花束が歩みに合わせて時折そんな揺れ方をしているのだ。

 ここに来る前、商店街の花屋に寄って花を見繕っていたテオドラさんの姿は記憶に新しい。単純に花と言えば鮮やかな色合いを想像してしまうけど、テオドラさんが選んだのは白や黄色の花びらがちょこんと咲いた、落ち着きを感じる花束だった。

 

 その時は何に使う花なんだろうと思っていたけど、歩いているうちになんとなく察し始めた。坂道と木陰の二つに記憶を引っ張られた部分もそれなりにある。

 坂道の先に開けた景色を見て、あたしはそこに予想が当たったことを知った。ほのかに鼻腔を撫でる特徴的な香りは世界が違っても同じらしい。

 

「お墓参り……ですか?」

「ああ、孤児院の皆に顔を見せておきたくてな」


 そっか、襲撃されたんだからそういう子もいたんだよね……。線香の煙は近くの墓石辺りから漂っていた。短くなった線香はそろそろ消えてしまうだろう。

 規則正しくいくつもの墓石が並んでいるようなタイプではなく、それぞれにある程度のスペースが確保されている霊園のようだ。刻まれた文字にはナントカ家代々の墓みたいなことが書かれている。

 灰色だったり黒だったりする様々な墓石たちの横を通り過ぎ、奥へと進むあたしたち。敷地内にも木や草がそれなりにあるので、歩くたびに落ち葉を踏んでいる。別に枯れてるわけじゃないのでいい音はしない。

 

「さあ、ここだ」


 落ち葉が少なくなった頃に辿り着いたのは、他と同じように申し訳程度の境界線で区切られた敷地だった。木漏れ日を反射する墓石には、孤児の魂よ安らかに、と……。

 なんとなく直視できなくなって周囲を見れば、献花台や線香置き場などのよくある設備があった。


「……おや、先客がいたようだ。他にも偲んでくれる人がいて、皆も浮かばれるだろう」


 テオドラさんの言葉通り、そこには既に花と線香が供えられていた。紫と白が鮮やかに色付いた花びらは綺麗ながらも派手すぎず、風景の一部として溶け込んでいる。

 その隣に持参した花束を添えたテオドラさんは、目を閉じて両手を合わせた。あたしも慌てて同じように合掌ポーズ。


 瞼の裏に、名も知らぬ誰かがお供えした花びらが瑞々しく映し出される。深い樹木に抱かれるような気持ちにさせる煙の香りを感じながら、次に浮かんだのは光を反射するほど磨かれた墓石の輝き。

 孤児院や教会の関係者だった人でも来ていたのだろうか。誰かはわからないけど、テオドラさんと同じ想いを持ってくれてありがとうございます。

 眠る方々もどうか安らかに。テオドラさんの会談が成功するよう、見守っていてください。




 




 庁舎へ戻る道すがら、ビラを置かせてもらった宿屋や酒場に顔を出して何かわかったことや情報などかないかを聞いてみた。デートとかそういうのではなく、自然な流れとしてね。

 めぼしい収穫こそなかったけど、手にとってくれた人もそれなりにいたようで今後に期待できそうだ。こういうのは口コミで思わぬ効果が出てくるのが定番だからね。

 

 いつもの受付さんに挨拶をして庁舎の廊下を進んでいると、向こうから見覚えのある姿が。

 貴族と軍人の要素をミックスしたような服と、こちらは初見のヒラヒラしたマント。背が高くて意外と体型もガッチリしているので様になっているのがなぜか悔しい。

 それにしても、午後は予定があるとか言うから外出してるとばかり思っていた。中央庁にいたなら少しくらい会談の時間を伸ばしてもよかったんじゃないか、とつい睨みかけていたら早足で近付かれてビクッとなった。


「おや、これはお二方。ご機嫌いかがかな? 今ここで有意義な語らいをしたいのはやまやまでございますが、あいにく遠方へ向かうことになっておりまして叶わぬ願いなのです。先程の会談を終えてからも今まで来訪者の対応で市街を練り歩いておりまして、必要な資料を取りに戻ってきたところなのです。おっと、こうしてはいられない。急ぎますので、それではまた」


 これでもかってくらい早口だった。聞き逃さずにいられたのは、きっと便利ペンダントが翻訳を頑張ってくれたから。

 一方的に喋るだけ喋ったロビンハルトさんは、あたしたちの横をスピーディに通り抜けていった。

 早足で小さくなっていくその背中を見送りながら、なんだか嵐みたいな人だなあ……と謎の感想を浮かべることしかできなかった。

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