第55話 外交官の背景
色々とあった昨日を終えまして。
布団の心地良い温もりを感じながら、あたしは高級な眠りから覚めた。
「ふぁあ……っ」
朝の目覚めは快適だった。部屋も寝具も一級品ならそりゃ当然って話だよね。他国からの来訪者に粗末な対応したら国際問題になりかねないだろうし。ごろごろ。
そう考えると、あたしたちが重要人物だってなるわけで……間違ってはいないんだろうけど、どうにも自覚しにくい。意識の問題かな。ごろごろ。
てか滞在費ってどうなっているのかな。これだけ豪華な部屋だと一泊いくらなのか想像もつかない。ごろごろ。
きっと偉い人たちがどうにかしているはずなんだけど、間違ってもあたしに請求書が来ないことを祈ろう。払える自信ないぞ。ごろごろ。
「んぅー……」
さて、いつまでもベッドでごろごろしていても始まらない。広いベッドは確かに寝心地が良かったけど、テオドラさんがすぐ近くにいないと何かが足りない気がして少し寒い。
隣のベッドにテオドラさんが寝てはいたんだけど、やっぱり手を伸ばしても届かないのはダメだ。代わりにいっぱい見て眺めて観察してたのは誰にも言えない秘密。気付かれてたらしょうがない。
そろそろ起きようかな。テオドラさんはとっくにベッドから出て別の部屋で朝の支度をしているはずだし、このまま一人でいたら心の奥が冷えるばかりだ。
怠惰な時間を長めに取ったおかげで、寝起きのぼんやりした感覚はほとんど消えている。足取りも安定しているのでテオドラさんに向かってまっしぐらだ。
姿が見えなくても気配でどこにいるかがわかる。長く一緒にいればそれくらいのことはできて当然だよね。種明かしをするとベッドの中でグダグダしながらテオドラさんの姿を眺めていただけなんだけど。
さて、このドアを開けたら待望のご対面ですよ。きっともう身だしなみを整えているだろうから、今度はもっと早起きして無防備なテオドラさんを観察してみるのもいいかもしれない。色んな姿を見たいし知りたいと思っちゃうのも長く一緒にいれば当然のことだよね。
なんてことを考えていて動きが鈍ったのか、あたしが手をかけるより先に扉が開いた。
ちなみにこのドアは引き戸なのであたしの手が弾き飛ばされるようなことにはならない。ただ寝起きで多少減衰していた反射神経が働かなかったおかげで、伸ばした手がドアのあった空間を通過してテオドラさんの腰に触れてしまっただけだ。
まだ着替えてはいなかったみたいだけど、他は頭から爪先まで既にいつもの凛々しいテオドラさんが目の前に。その腰へあたしの手が。
「あっ……」
そして、あたしの口から情けない言葉が飛び出した。
「あわ、あわわわわわ」
「あわ?」
わずかに残っていた眠気は跡形もなく吹き飛んだ。けれど頭は別の理由でぼんやりとして回らない。ついでに舌も回らない。目は少し回っている。
あたしたちは部屋に用意されたナイトウェアを着ているんだけど、薄手ながらも暖かさを兼ね備えた素材のようで着心地はすこぶる良い。
しかし薄い生地なのは不変の事実であってそれはつまりあたしの手はテオドラさんの腰付近を直に触っているのと大差なくて指先は腰の後ろで背中と腿を繋ぐ柔らかい部分を掠めていてそんな唐突に訪れた様々なアレがあたしのアレをアレしている。
「夏海、もしかしてまだ寝ぼけているのか? まったく、本当に朝が弱いんだな」
あたしの不届きな手が触れたままだけど、テオドラさんに動じた様子はない。向けてくれる呆れたような笑みも素敵。ちょっとゾクゾクした。
「また髪がこんなに跳ねて……直すんだろう? 今日も手伝うよ」
手を伸ばせば腰とその奥に触れてしまえることからもわかるように、あたしとテオドラさんの距離は近い。
なので、テオドラさんの美しい手と指があたしの頭と髪をいじるのも自然なことと言える。寝起きのおつむがそろそろ悲鳴をあげそうだ。
「さあ、こっちへ」
あたしの髪は解放されたけど、代わりに腰へ触れっぱなしだった手が自由を奪われた。繋がれた手を軽く引かれると逆らえない。テオドラさんに従うしかない。こういうのも嫌じゃない。
洗面台の前に立つと、テオドラさんがいつの間に用意したのかヘアセットに必要な物を持っていた。何かを期待するような目を向けられるのは、ちょっとだけ戸惑ってしまう。
でも、嬉しいなと思う気持ちもないわけではなく……あたしは毎朝の恒例行事である寝癖との戦闘を開始した。
「うわ、我ながらひどい髪」
「大丈夫、すぐにいつもの綺麗な髪になる。今も十分に――」
サポートであたしの髪に触れるテオドラさんの手つきは、やっぱり優しくてくすぐったかった。
役所内の食堂を簡単に表すなら「広い」の一言に尽きる。壁代わりの透明な窓から見える鮮やかな庭園の景観も、広大さを高める要素の一つになっていた。
ここは役人の方々だけでなく一般の人々も利用でき、それぞれの交流場という役割も備えている。食事時以外でもカフェメニューがあるので、誰がいつ来てもいい談話室のような風通しのいい雰囲気がある。
以上、テオドラさんからの受け売り。
どうやら滞在中の食事は基本的にここでお世話になるらしい。部屋があんなだから、もしかしたら食事も豪華なフルコースが出てくるんじゃないかと思っていたからホッとした。
何から何までランク高いことをされると気が引けてしまうチキンでナイーブなハートの持ち主なので、いつもはあまり好まない周囲の話し声を聞くと安心する。日常に近い雰囲気があるからかな。
「今日はお仕事ですか? その……ロビンハルトさんと」
「一応は、な。昼過ぎに少しだけ時間が取れるらしいから、そこでどれだけ話を進められるか……」
物憂げなテオドラさんもかっこいい。応援したくなる。時間を作ってくれないロビンハルトさんは置いといて。
「それまで時間が空くのだが、よければ市街地の方に出てみないか?」
「行きます!」
別の時間を作ってくれたことには少しだけ感謝しておく。ホントに少しだけね。
それはともかく、これっていわゆるデートのお誘いという代物ではないだろうか。
会談は午後から、つまりそれまではプライベートタイム。その時間に出かけようと言うのだから間違いない。よし、何も見落としはないね。考え方は人それぞれだよね。
「よかった。やっておきたいことがあってな……夏海にも来てほしかったんだ」
「あたしでよければ、どんな所にもお供します!」
「ふふっ、頼もしいな」
テオドラさんの方が何億倍も頼もしいです、とは言えないのがあたしの性分。これから訪れるであろう二人だけの時間に期待を膨らませる方が優先順位は高い。
なんだろうな、テオドラさんのやりたいことって。あんなことやこんなことがあってもいいように身だしなみだけは整えておこう。
「それで、何をするんですか?」
役所の外へ出て数秒。待ちきれずに訊ねてしまった。好きなものは最初に食べたい派なもので。
「旅先では必ずやっていることなんだが、これを見てくれ」
テオドラさんが取り出したのは紙の束だった。外出前に部屋へ戻ったのはこれを持ってくるためだったらしい。
最初に、女性の顔写真が目に入った。白黒で印刷されているけど、その凛々しさは薄れていない。なんとなく雰囲気がテオドラさんに似てる気がするけど、もちろん初めて見る顔だ。
でも、その人が誰なのかはすぐにわかった。別にあたしがエスパーになったわけじゃない。名前が隣に書いてあったからだ。
「これって……セレナさん、ですか?」
「ああ、そうだ。少しでも手がかりが得られればと思ってな」
セレナさんの話は聞いている。テオドラさんの親みたいな存在だし、その行方は何よりも知りたいことだろう。そのお手伝いができるなんて光栄以外の言葉が浮かばない。
テオドラさんの幸せはあたしの幸せ。だからテオドラさんの気持ちが他の人に向いているとか余計なことは考えなくていいぞ。これは嫉妬なんかじゃないぞ。良くない考えは良くないぞ。
さてさて、これを道行く人に配ればいいのかな。ティッシュ配りの経験はないけど頑張りたい。だって、あたしにも来てほしいって頼ってくれたんだから。嬉しいし期待に応えたい。頑張ります!
「では早速!」
「ああ、まずは酒場へ向かおう。この時間からやっている店がいくつかあるんだ」
どうやら通行人の方々と対峙することはなさそうだ。人が集まる場所の方が効率的だもんね。酒場が情報の泉というのはどこでも通じる概念らしい。
行き場をなくした意気込みと紙束を持ったままテオドラさんの隣を歩く。手が塞がっているから繋げないのは残念だけど今は我慢だ。たまにはお楽しみを取っておくのも悪くないし、優先すべきことがある。
手元の紙にはセレナさんの顔と名前以外にもその特徴、たとえば髪は金色で長く伸ばしているとか身長はこれくらいとか、あとは失踪した時期なんかも書いてある。心当たりがあればこちらまで、とラクスピリアに通じる連絡先もある。有力な情報が入ってくればいいな。
ささやかな願いを込めながら、いくつかの酒場や宿屋などを巡ってビラを置かせてもらった。どこもいい人ばかりで厚意に感謝しても足りないくらい。
そうやって移動を繰り返す道中、こんなことをテオドラさんが言ってきた。
「昨日会った外交官の男を覚えているか?」
「はい、なんか不思議な人でしたね」
騒がしい街角の中でもテオドラさんの声はよく聞こえる。他の音を認識しないような意識でも働いてるのだろうか。たぶん半分くらい合ってる。
「彼の活躍でここは様々な国と交流がある。それだけ立ち寄る人の数も多い。セレナの情報を広げるにはうってつけの場所なんだ」
「あの人、実はすごい人だったりします?」
「そうだな……あれが就任してからフリアジークの経済成長は明らかに加速した。諸国との関係も綿密に築き上げ、領土も少しずつ拡大している。昨日はあんな感じだったが手腕は確かな男だ」
ふーん、人は見た目によらないって本当なのかも。
でも、あたしが気になったのはそこじゃなかった。よく知らない男性のことよりテオドラさんについての方が何倍もあたしの中で優先順位が高い。
「テオドラさん、もしかしてあの人のこと苦手だったりします?」
「……そう見えるか」
「なんとなくですけどね。口調とか、呼び方なんかが昨日と違うなと思いまして」
テオドラさんに対しては、こんな風に思ったことのほとんどを言える。直感でしかないのに、根拠もなく告げてしまった言葉に明確な行き先などない。
結局のところ、テオドラさんは照れが滲んだような苦笑を見せてくれた。
「ここだけの話……外交の力は確かなんだがな。どうにも性格が私とは違う方を向いているようで」
「なんか、わかります。あたしもああいう感じは……って、ちょっと失礼でしたね」
「いいさ、私以外に誰も聞いてはいない。それより夏海と同じ考えだったというのは……なんだか嬉しいな」
「そ、そうですか」
なんでいきなり精神距離を詰めてくるんですか。いつの間にそんなこと言うようになったんですか。今日はそういう気分なんですか。旅行テンションですかそうですか。同じこと考えてたのが嬉しいですかあたしも嬉しいです。
それにここ、うるさいほどに市街地の中なんですけど。まあ周りが騒々しいからあたしたちの会話なんて誰も気にしてないだろうけど。できれば赤くなった顔も気付かないでほしい。
それからも広い城下町を歩き回り、人の集まりそうなところにチラシを置かせてもらった。テオドラさんと一緒だったので疲れなんて全然感じていない。お腹は空いてきたけど。
「いい時間だな……この辺りで切り上げて食事にしよう」
「そうですね」
さすがテオドラさんは話がわかる。それはもう、何も言ってないのにお昼ごはんを提案してくれるくらい。
「あ、これ一枚もらっちゃってもいいですか?」
「もちろんだとも」
一枚だけ残してビラをテオドラさんに返した。セレナさんが失踪してから結構な年月が過ぎているみたいだけど、ここに載っている顔はどれだけ変わっているのかな。見てわかるくらいだろうか。
そんなことを考えながら手元に視線を落とし、セレナさんの顔写真とにらめっこをしてみた。
ふむ、綺麗な人だ。大人びた風貌で素敵だと思うけど、あたしのフィルターではテオドラさんを一番にしてしまうのであまりアテにならない。
こんな前方不注意で歩いたら何かにぶつかりそうなものだけど、そんなことが起こる可能性は存在しない。
なぜなら空いた手をテオドラさんが繋いでくれたからである。人通りを避けるように導く優しい気持ちが繋いだ手から伝わってきて、あたしはますます顔を上げられなくなってしまうのだった。
午後も穏やかな気温が続いている。
途中で見つけた料理屋で食事を済ませ、そろそろ時間もいい具合だったので宿舎へ戻った。会談に遅れたら問題だもんね。向こうは遅れて来るかもしれないけど。
重要な会談にあたしが出るわけにはいかない、というかいても話が理解できないだろうし部屋で待機することにした。昨日は顔合わせ程度だったし訳が違う。
それでも、テオドラさんがどうしてもと言うなら考えなくもなかったんだけど……意外と言うべきなのかなんなのか、そんなこともなくテオドラさんは会議室へ向かった。それだけ思い入れが強いんだろうな。
そういえば……会談って何について話しているんだろう。
何か大切なことだってのはテオドラさんの様子からわかるけど、具体的な内容は聞いてなかったよね。戻ってきたら話に出してみようかな。国際条約がどうのこうのみたいな難しいことだったらどうしよう。
「んむぅー……」
さて。
早くも何をしたらいいかわからないという圧倒的な壁に直面したぞ。
退屈というか手持ちぶさたというか。一人だとこんなに困るものなのか。スマホとネットがないって恐ろしい。そんな体になってた自分自身も恐ろしい。
待ってるのも暇なので外出……と思ったけど港町でのことが浮かんで踏みとどまる。フリアジークの治安は良さそうだし変なところに行かなければいいとは思うんだけど。
どうしようかなと所在無く室内をウロウロしてみる。部屋がいくつもあることだし、改めて探検するのもいいかな。それなりの時間稼ぎにはなるはず。
覗く部屋がなぜかほとんどリビングのような内装ばかりで異世界のセンスをひしひしと感じていたら、ようやく違う雰囲気が目に飛び込んできた。
そこは一言で表せば書斎だった。壁際に本棚がズラリと並んでいて、中心の椅子と机たちを囲むという圧迫感に溢れたインテリアが心をビリビリ痺れさせる。
一歩踏み込んだあたしは本の香りに包まれた。インクと紙と製本糊がブレンドされた芳香は、学校の図書室を思い出させつつも少し違う色合いを感じさせる。きっとそれは、埃というスパイスによって演出されているのだろう。
特別あたしに読書の習慣があるわけじゃないけど、せっかくだし適当によさげな本を探してみようか。漫画が置いてある可能性は限りなく低そうだけど、異世界にあたしの常識をぶつけるのは得策じゃないから賭ける価値はある。
「ふむ……」
結論から言えば、あたしは賭けに負けた。どこを探しても辞書や歴史書といった学術関連の分厚い本ばかりで、よくもまあこんなに集めたものだと感心しなきゃやってられない。
小説のような読み物もない徹底さだから、きっとここはインテリ学者さんが泊まったときのためにある部屋に違いない。
あたしがもしこの部屋を使う用事があるとすれば、眠れない夜に困ったときだろう。数学や科学の論文をまとめた本を読めば数分で安眠コースへの進学間違いなしだ。
別に今は眠るつもりもないので用はない。本の海にさようならを告げようと振り向いた……が、その瞬間に見えた背表紙の文字があたしの視線を引き戻した。
「これって……ロビンハルトさんの」
そこにあったのは、あのお騒がせ外交官の名を冠した本だった。手に取って最初の数ページを眺めてみると、彼の経歴や功績について書かれた本であることがわかった。
伝記ってやつだろうか。まだ生きているのに本のネタになるほどの過去があるってことは、もしかすると想像以上に雲の上で暮らすお方なのかもしれない。
立ち読みする意味はないので、ともかく椅子に座ろう。机に置いたらポスンと空気が逃げる音を鳴らすくらいのページ数が教科書っぽい。いよいよ授業っぽいぞ。
けれど眠気は訪れない。興味がある物事に対しては退屈を感じる暇なんかない。本になるほどの偉人ぶり、見せてもらおうじゃないか。
とは言っても、この興味はロビンハルトさんに向いてはいるけど、そのまま貫通してテオドラさんへと行き着くので結局はテオドラさんのことを考えている事実くらいあたし自身も気付いている。そりゃ眠くならないわけだ。
「ふぅむ……はぁ……ほぉう」
部屋にはあたしだけなので誰にも気を使う必要がない。独り言が出たって仕方ない。
これは癖みたいなものだし、実際そんな感嘆をこぼしたくなるような事柄が並んでいたので誰が悪いとかでもない。
ロビンハルトさんは代々続く貴族の家系に生まれたらしい。伝記らしく一発目にそんな内容が書いてあった。やっぱり住む世界が違うんだなあと思いながら、続く幼少期の出来事や先祖代々の業績なんかを流し読みしていく。
こういうのは最初と最後に目を通せば大体の理解はできるようになっている、という持論に基づくあたし流の効率的な読み方でページをめくっていく。
「……ん?」
軽快に本をさばく手が止まったのは、突然現れたイラストが気になったからだ。イラストと言っても可愛い女の子が描かれているわけではなく、やんごとなき一族にありがちな家紋が絵になっている。
何かの花をモチーフにしているような……そうだ、前に見たアニメでこんな花があったぞ。確かこれはそう、キキョウに似ているんだ。せめてカラーだったら色もわかるんだけど、あいにくのモノクロで形しか判断材料がない。
そういえば、ロビンハルトさんがこんな模様のバッジだかブローチか何かをつけていたような気がする。どんな色だったっけ。
うーん、思い出せない……ろくに見ていなかったのがこんなところで効いてくるとは。
結局、読み終わっても記憶の海から詳細は掘り出せなかった。
だけど、ロビンハルトさんが正真正銘のお坊ちゃまだということはわかった。政治の道に進むのも当然というか必然というか。これも親の七光りって言うのかな。
そういうのは結局名前だけのお飾り役人になって汚職に手を染める……という考えは読み進めていく過程で粉々に砕け散っていた。
テオドラさんも話してくれたように、ロビンハルトさんが外交官になってから国は急速に発展したようなのだ。今でこそラクスピリア以上の広さを持つ国家だけど、昔は自国の問題と向き合うだけで精一杯な規模と国力しかなかったらしい。
それを彼は改革した。他国と積極的な同盟を結び、技術提供を受ける代わりに自然の恵みを対価として渡す。規模の大きな貿易みたいなことだろうか。
ともかく、そうやって実績を重ねてカリスマ性とリーダーシップを発揮した彼は国を大きくするのに貢献したのだ……と書かれている。多少の脚色は本だからあるだろうけど、大筋は事実のはず。それだけの功績があるから本になったんだろうし。
あの人、やっぱりすごいのかな。少なくとも無能リーダーってわけじゃなさそうだ。
でも……それならどうして外交官のままで、トップの座に就かないんだろう。家柄や身分、実績なんかを考えても出世コースに乗るのは普通のことだとは思うけど。それが目的じゃないとか?
うーむ、貴族の考えることはわかりませんな。
それから本を片付けて、適当な部屋の適当な戸棚を物色してみたけど大した物は見つからなかった。きっと利用者が荷物を入れるのに使うんだろう。
小規模な冒険にも飽きてきた頃、やっとテオドラさんが帰ってきた。随分と長い間会談をしていたような気がしたけど、まだ夕方に差し掛かってもいない。
早くテオドラさんと再会できたことは嬉しいけど、短時間で会談が終わったことを考えると少し嫌な予感がする。
「お疲れ様です。お話はどうでしたか?」
「進展はないな。次の予定が迫っていると急かされて、まともな収穫はなかったよ」
「そうですか……」
悪い予感は的中するとはよく言うけども。
なんとかなりませんか推定有能貴族さん。




