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光浪夏海の異世界百合物語  作者: 虹月映
第五部  異国への旅立ち
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第41話  能力の開花

 有言実行とばかりに、翌日あたしは朝早くから中央庁へ足を向けていた。あたしがこの世界に来た頃より肌寒くなってきた空気に、より一層気分が引き締まる。

 これから今後の運命を決める交渉をすると考えると胃が痛くなる。緊張しいの性分はもう仕方ないと受け入れるしかない。

 それでもあたしが逃げ出さずにいられるのは、すぐ隣にテオドラさんが寄り添ってくれているからだ。厳密に言えば、テオドラさんの出勤にあたしがくっついてるだけなんだけど。


「夏海、もうすぐ中央庁に着いてしまうが」

「そうですね」

「その……やはり私も一緒に」

「大丈夫です」


 弱気な言葉を反射的に遮った。冷たい風が吹き、テオドラさんの髪がなびく。向かい風にも怯むことなく、テオドラさんは真っ直ぐ前を見つめていた。

 これで少し憂いを帯びた表情をしていると絵になるんだろうけど、残念ながら今のテオドラさんは不安で仕方ないって顔をしているのだった。風に負けずに前を向いていると言うよりも、緊張でガチガチになって首を動かせないってのが正しいと思う。

 なんだか……不思議だな。テオドラさんが余裕のない様子になっているのを見ると、反対にあたしは笑顔になってしまう。出てくる言葉も、根拠のない自信に溢れたものになっていく。

 

「あたしがなんとかしますから、テオドラさんは出張の準備を進めてください」

「……わかった」


 そう言って表情を緩めたものの、テオドラさんはまだ少し懸念を残しているようだった。その気持ちはわかるし、あたしだって空元気みたいなものだ。体が震えるのは決して寒いからだけではない。視線だって意識しないと下がってしまう。

 ふと、テオドラさんの手が目に付いた。軽く握られた、健康的で美しい手の甲。そこに薄く浮かぶ血管をなぞりたいという謎の衝動が不意にあたしの神経を走り抜ける。

 何考えてるんだ、と一旦は冷静になったものの、釣られて湧き上がる感情が理性を抑えつけてしまったようだ。正直な欲望が言葉と動作になって溢れ出す。

 

「テオドラさん……いいですか?」


 言いながら、指先をそっと掌に潜り込ませた。こういうことするなら事前に断りを入れるようにって言われてるし、と誰に対してなのかよくわからない言い訳を頭の中で何度も復唱する。

 突然の接触で驚かせてしまったのか、テオドラさんは歩みを止めてあたしを見た。その視線は徐々に下ろされ、中途半端に繋がった二つの手へと向かう。


 それ以上テオドラさんの顔は見られなかった。指先がどんどん熱くなっていく。そこだけ特殊な結界に包まれているかのようだ。

 早くなんとか言ってほしくて、できればこのまま繋いでほしくて、道のど真ん中で立ち往生している事実は見ないようにして、あたしは事が動くのをじっと待ち続けた。

 

 ――やがて。

 テオドラさんの手がためらいがちに開かれ、あたしの手を握ってくれた。重なった掌が脈打つように熱い。手汗が凄いことになったらどうしよう。

 なんて悩んだのは一瞬だけ。手を繋いだことで頭がほんわかムードになって、難しいことは全部どこかへ行ってしまった。不安も今では影も形もない。

 

 どちらからともなく歩き出す。歩幅は自然と同じになり、ただ足を前に出すだけの動作が共同作業のように思えて嬉しくなるあたしはとても単純な生物のようだ。

 そっと握る力を強めると、数秒後にはテオドラさんも同じように返してくれる。優しいなあ、ホントに。あたしがされて嬉しいことなんて全部お見通しなんだ。

 

 その心遣いが嬉しいのは当然なんだけど、なぜかほんの少しだけ苦しさみたいな何かを感じてしまう。なんだろう、と気にかける前にそれは溶けて消えてしまう。

 

 ……まあ、いいか。今は目の前のことを考えなくちゃ。テオドラさんに勇気をもらったことだし、絶対負けたりしないんだから!

 改めて自分を鼓舞して、中央庁の建物を見上げる。目的地はもうすぐそこだ。

 

 

 

 

 

 さて。

 そんな意気込みを抱えてジリオラさんに挑んだわけなんだけど。


「うむ、構わんぞ」


 その単純ながらも深みのある言葉に、必死で掻き集めたあたしの勇気と度胸は行き場を失う。

 だって、あまりにも予想外というか簡単というか……手応えがなさ過ぎて逆に理解が追いつかない。

 そりゃ確かにそう言ってもらえることを望んではいたし、何も悪いことはないしむしろ嬉しいことなんだけど……モヤモヤがどうしても晴れない。

 簡素な面会部屋の中、あたしはポカンという擬音が似合う、なんとも間抜けな顔になっていた。


「……えっと、あのー今なんて?」

「じゃからのう、ナツミがテオドラの出張に同行することを認めると言っておるのじゃ」


 というわけで、あたしはテオドラさんと一緒に出張できることになりました。やったね!

 

 ……じゃなくて。

 こんなにあっさり済まされたら、昨夜からついさっきまで胸に重い物を抱えて唸って悩んでたあたしたちがバカみたいじゃないか。

 

「それにしても良いところに来てくれた。ちょうどこれからナツミに伝えようと思っておったところでな」

「えっと、じゃあ最初からそのつもりで?」

「無論じゃ。異世界人を招いて生活させておるのじゃから、それを使わん手はなかろうて。これ以上ないほど外交上で武器になるからのう」


 どうやら、あたしの行き当たりばったりで浮かんだ考えはいいところを突いていたらしい。


「ナツミの存在が先進国の証みたいなものじゃからな。他に異世界人を召喚しておる国などそうそうなかろうて」

「本当にいいんですね?」

「ナツミさえ良ければ、じゃがな。外交の道具のように扱うのは、正直ワシも抵抗がないわけではない。断っても構わんのじゃが――」

「やりますやります! お願いします!」

「どうやら杞憂だったみたいじゃな。何がそこまでナツミの熱意を呼び起こしたのかのう」


 ふぉっふぉ、と貫禄のある笑い声が届く。なんだか昨日のテオドラさんとのやり取りを見透かされているような気がして、そっと視線を逸らして逃げた。

 それにしても、あたしの存在が秘密兵器みたいになるなら最初から外交官にしてくれればよかったんじゃないかな。

 ……と思ったけど、やっぱりナシだ。役人になるための厳しい鍛錬と試験なんて、あたしの地力じゃリタイア上等だ。そこまで見通していたのかは知らないけど、結果的にジリオラさんの判断は正しかったんだなあ。


 でもまあ、何はともあれ悪い方向には進まずに済みそうで一安心。今日はちょっと頑張って夕食を豪華にしちゃおうかな。軽くお祝いってことで。

 そうと決まれば今から準備しないと。まだお昼前だけど、時間をかければそれだけいい物が作れそうだからね。

 

「じゃあ、あたしはこれで」

「ん? どこへ行こうというのじゃ」

「出張に行けるってことも決まったし、帰ろうかと思うんですけど」

「焦るでない。話はまだ終わっとらんのじゃから」

「えっ?」

「確かに許可はした。じゃが条件がある。テオドラがついておるとは言え、旅が絶対に安全とは限らぬ。ワシとしても、切り札とも言えるナツミをみすみす危険に晒すわけにはいかんのじゃ」


 なんだろう。あたしの直感がよろしくない展開を瞬時に弾き出している。

 まさか、何か厳しい試練を提示されたりとかじゃないよね。どこかの洞窟に潜って王家の紋章っぽい物を持って来いとか言われたら、どうすればいいのか想像もできない。ちゃんと装備一式は用意してくれるんだろうか。

 

「あたしは一体何をすれば……」

「なあに、難しいことじゃない。今から武術を身に付けよなどと言っても、付け焼刃が関の山じゃろうからのう」


 なかなか厳しいご意見でございますね。痛いほど合ってるから何も言い返せないけど。

 

「そこでじゃ。お主には能力を自在に操れるようになってもらおうと考えておる。無意識に力を垂れ流しとる今の状況では、やはり不安が拭えぬからのう」

「能力って……ああ、人を引きつけるとかいうアレですか」

「さよう。その程度なら難しいことでもなく、今からすぐにでも始められるでな」


 あんまり気にしてなかったけど、そういえば能力がどうのってことを言われてたっけ。自分じゃそれを使ってる意識もなかった。

 なんだかジリオラさんは簡単なことのように言ってるけど、それを自由に使えるようになれって……あたしにはとても難しく思うんだけどなあ。

 

「他者の心へ作用する能力――極めれば外交に限らず、多種多様な場面で役立つことになるじゃろう」


 そう言って、ジリオラさんは元々シワだらけの顔を更にクシャクシャにして笑顔を作った。釣られてあたしも愛想笑いを返す。

 これっていわゆる修行編、ってやつなのかな。何をするのかわからないし、どうか厳しいものじゃありませんようにと祈るくらいしかできない。

 

 でも、あたしは逃げない。

 テオドラさんと一緒にいるために必要なら、どんな壁だって突破してやるって決めたんだから。


「場所を移そう。ついて参れ」

「はいっ!」


 意気込みを含ませた威勢だけはいい返事をして、あたしはジリオラさんの後に続いて歩き出した。






 移動距離はそれほど長くなかった。体感だけど二分もしなかったと思う。

 案内された部屋には小さな机と、それを囲むように四つの椅子があった。その一つに勧められて座ると、ジリオラさんが対面に腰を下ろした。


「さて。ではまず、基本的な話から始めるとしようかのう」


 ジリオラさんは何やら語り始めそうな雰囲気だけど、それよりもあたしは室内の様子が気になって仕方なかった。厳密に言えば、あたしとジリオラさんがいるこの部屋そのものが。

 壁や天井、床に至るまで一面真っ白の内装は目が痛くなるくらいに眩しいのに、部屋を照らす明かりは頼りなくて薄暗い。その相反する要素がぶつかって、なんだか不気味な圧迫感をひしひし受ける。

 あと、床の全面を惜しみなく使って描かれた幾何学模様も無視できない。魔力の増幅回路だと言われたら素直に信じてしまうくらいの謎具合だ。なんだか薄緑色に光っているようにも見えるし。


「先刻の話と重複するが、ナツミは既に無意識で能力を常時発動しておる。無意識ゆえに自覚はないじゃろうが、これはとても重要なことなのじゃよ」

「うーん、よくわからないというか、実感がないというか」

「そうじゃのう……例えるなら、開始地点の違いじゃな。仮にナツミが自身の能力にすら気付いていなければ、まずはその閉じられた蓋を開かねばならん。それはとても長く険しい道のりになるじゃろう。じゃが、実際はそうではなかろう? 能力のなんたるかを知り、無意識ではあるが使役もしておる」

「特に実感はないんですけどね」

「つまりじゃ。能力開発の難所とも言える発現の段階を、ナツミは既に完遂しておることになる。ここができておらんかったら、同行をあんな簡単に許可してなかったじゃろうな」


 さらりと恐ろしいことを言ってくれる。仮のことでも、テオドラさんと引き裂かれるような話は心臓に悪いのでやめてほしい。

 ジリオラさんの話をあたしなりに考えてみる。フルマラソンで言うと、普通はスタート地点から駆け抜けなきゃいけないところを特別にあたしはゴール手前から走れるって感じだろうか。

 そう考えるとラッキーというか、渡りに船というか……別にずるいことしたわけじゃないし、あるがままを受け入れるとしようか。


「さて、それでは本題に移るとしようかのう」


 ジリオラさんがゆっくりと立ち上がり、あたしの方へ近付いてくる。体が強張って身構えちゃうのは単なる条件反射。

 

「な、何が始まるんでしょうか」

「ナツミが意識的に能力を使えるよう、今からその回路を開くのじゃ」

「変なこととか……しないですよね?」

「安心せい。ナツミの魔力の流れをほんの少し変えてやるだけじゃ。少しばかり驚くかもしれんが、ワシに任せておけばええ」


 ポン、とあたしの頭に手が置かれる。立ち上がることもできず、ジリオラさんを見上げることしかできない。

 何が始まるんだろう……今更ドキドキしてきた。多少なら我慢するけど、あまり痛いことにはなりませんように。


「今からナツミに微弱な魔力を送り込む。その衝撃で道を開き、ナツミの意識が深層にある魔力へと辿り着けるように導くからのう」

「あっ、はい」

「始めるぞ――」


 気の抜けたあたしの返事を受け流し、ジリオラさんは目を閉じて集中し始めた。何やらブツブツ呟いているのは呪文の詠唱らしい。前にもらった万能翻訳ペンダント(名付け親あたし)はこういうところでも役に立つ。

 当然、その内容や詳細も自然と頭に入ってくる。他者の魔力へ干渉する秘術のようだ。簡単だ、みたいなこと言ってたけど普通に考えてそんな魔法を使うのは高度な技術が必要だと思う。

 

 キョロキョロしてても仕方ないので、あたしも目を閉じてみる。なんとなく自分の中を流れる何かを意識してしまうのは、さっきまでそういう話をしていたせいだろうか。みぞおちの辺りがポカポカしてきたような感じがする。

 

「――ムッ!」


 不意にテオドラさんが何かの力を強めた。同時にあたしの全身を鈍い衝撃が走り抜ける。それなのに痛みはなく、それが妙に不思議な気がした。

 瞼の裏には真っ暗な世界しか見えないはずなのに、まるでそこに満天の星空があるような幻影が映し出される。教科書でしか見たことのない、宝石を散りばめたようなお手本とも言える光の芸術。

 

 これが、能力の目覚めってやつなのかなあ……。

 なんてことを思いながら、ゆっくりと目を開いてみる。さっきまでと同じ白い部屋が目に痛い。相変わらず過剰なほど眩しくて、しばらく薄目でやり過ごさなければならなかった。

 ジリオラさんは当てていた手をそっと浮かせ、深く息を吐きながら体の力を抜いている。これで終わった、のかな?

 

「さて、ナツミよ。これで意識の道は開けたわけじゃが……どうじゃ、今の気分は」

「えっと……特に何かがどうなったって感じはしないんですけど」

「ふむ、最初はそんなものじゃろうて。ならば、まずは意識の底へ触れる感覚を教えようかのう」

「どうすればいいんですか?」

「胸の奥に全身の感覚を集めるように意識してみるのじゃ。不確かながら、ゆっくり動く存在を感じぬか?」


 目を閉じて、指示されたようにやってみる。と言ってもそんなの今までやったことないから手探り感満載だけど。

 意識を奥へ奥へとイメージしていると、なんだかスライムみたいなウネウネした何かに触れた気がする。うむむ、これでいいのかな。

 

「うまく捉えたら、それを手足のように動かすように念じるのじゃ。自在に動かせるようになれば極意は近いぞ」

「むむむぅ……」


 唸りながら四苦八苦していると、ピクリとそれが動いた……気がする。ほんのり温かいそれがプルプルと震えて自己主張している。

 すると徐々に謎スライムから手足らしき何かが生えてきて、タコの触手みたいにウネウネし始めた。ものすごく気持ち悪い。

 

 でも、これってあたしの中にあるモノなんだよね……そんな風に言っちゃ悪いか。独特だね、ってくらいにしておこう。

 とりあえず一応は動かせたし、これでオッケーなのだろうか。あまりピンと来ないのはこれが初めてだから仕方ないんだろうけど、イマイチ実感が湧いてこないからなんとも言えない。


「ほう、なかなか筋がいいではないか。無意識とはいえ、今まで能力を使っていた差が活きたようじゃな」

「そ、そうですか?」


 ジリオラさんがいいと言うならそうなんだろう。素人のあたしが突っ込んで考えるだけ無駄だろうし。

 

「あとはこれからの日々で自然に扱えるようになっていくじゃろう。何事も慣れ、じゃからのう」

「うーん……」


 心の能力、か。

 他人の心理へ入り込み、あたしの思い通りに操る力。壮大すぎて実感がないってこういうことを言うのか。

 じゃあ今まで無意識に使ってたのはなんだったのか。あまり人とかかわらないようにしてたけど、心のどこかでは嫌われたくないとか好かれたいとか思ってたってことなのかな。

 

「念のため言っておくが、焦る必要はまったくないぞ。魔力の扱いに慣れぬうちは、どうしても燃費が悪くなりがちじゃ。体力と同じで休息を取ればいくらかは回復するが、無理はせぬようにな」

「わかりました」


 とは言ってみたものの。

 今まで無意識に使ってて体に不調が出てきたことは多分ないし、体力の限界までランニングを続けるくらいの無理をしなければトラブルは起きないだろう。

 そして、そこまで気を張る前にあたしはギブアップして無難なところへ落ち着くはずだ。無理をして倒れるなんてことは想像もできない。

 

 だからって折角の能力を放置することもない。やれることは広い方がいいに決まってるし、特訓でも鍛錬でもやって能力を磨き上げていくべきだと思う。

 思うんだけど……むむむ。

 

「どうしたナツミよ。難しい顔をしおってからに」

「今のあたしって、ちゃんと自分で能力を使えるようになっているんですよね?」

「うむ。意識回路が繋がっていることは確認済みじゃ。間違いないぞ」

「でも、なんと言うか……本当に使えているか実感がないと言うか、証拠が見たいと言うか、その」


 実はさっきからジリオラさんを思い通りに操れないかと心の中であれこれ試しているんだけど、どうにもうまくいかない。

 カニ歩きで壁際まで歩いていくとか、手を頭の上で叩きながらジャンプするとか、効果が出た時にわかりやすいように普通ならジリオラさんが絶対やらないようなことを考えてたんだけど……何一つ届いた様子もなくジリオラさんは飄々としている。

 

「案ずるでない。ちゃんと練習相手を用意しておるわい。来るまでしばしの間、能力に触れる感覚を慣らしておくとええ」


 多分、ジリオラさんは高位の魔術師にありがちな防護魔法を常に発動しているとか、そんなところだろう。それか、ボスに状態異常が効かないのと同じようなやつ。

 元の席に戻ったジリオラさんを目で追ってから、とりあえず言われた通りに感覚を掴んでおくことにした。目を閉じて、胸の奥へ意識を集中させる。

 なんだかさっきよりも簡単にできたような気がしなくもない。案外あたしって本当に筋がいいのかな?

 

 そうして魔力スライムちゃんが段々と人形みたいな姿へなっていくイメージを膨らませつつ、頭では別の考えが浮かびつつあった。

 心へ干渉する能力という、使い方によっては世界征服みたいなことも不可能ではない強大さを秘めた代物。それに対してある種の恐怖が湧き上がってきたのだ。

 練習相手さんが来るにはまだ時間があるみたいだし、ここは率直に質問して霧を払っておきますか。

 

「ジリオラさん、ひとついいですか?」

「なんじゃ?」

「あたしの能力って、よく考えたら強すぎると思うんですけど」

「うむ、そうじゃな。他者への干渉能力など並大抵の素質では習得できん。熟練の術師も喉から手が出るほど欲しがる力じゃろう」

「なんか、その……あまりにも強すぎると、悪用とかしようと思えばできるんじゃないかなーって」


 顔色を窺いながら、そんなことを言ってみた。チラチラ送る視線が不快に思われてないだろうか。

 と思ったらジリオラさんは、さもおかしそうに唇を歪めた。ふぉっふぉ、と芝居がかった高笑いが飛び出す。

 

「ならば問うが、ナツミはその力を悪しき欲望を満たすために使おうと考えておるのか? もしそうならば、どのような悪行を働こうとしているのか想像してみるとええ」


 そう言われましても。別に悪いことしようなんて考え自体なかったから大したことが思いつかない。

 なんだろう……買い物の時にオマケしてもらうとか、前から歩いてきた人と通せんぼ合戦になったらうまくすれ違えるように誘導するとか?

 やれやれ、セコい上に規模が小さいことしか浮かばないあたしの思考回路ときたら。

 

「どうじゃ、世界を揺るがすようなことは思いついたか?」

「いや……特には」

「じゃろうな。ワシはこんな老いぼれじゃが、これでも国の元首をやっておる。人を見る目だけは誰にも負けんつもりじゃよ」


 謎の説得力によって、ひとまずは納得させられてしまう。元から変なことに力を使うつもりもなかったし、力に溺れるってのもあたしには無縁かな。

 そんなことを考えていると、扉をノックする音が聞こえた。なんだか前にもこんなことがあったような気がするんだけど。

 

「来たようじゃな。入ってええぞ」


 あの時――そう、会議室でジリオラさんと二人で話していた時だ。そこで部屋に入ってきたのは誰だったか。思い出すまでもなくその姿が浮かび、相違ない姿が扉の向こうから現れた。

 

「失礼致します。お待たせして申し訳ありません」


 珍しく丁寧な言葉遣いを彩る声色は聞き覚えがあるなんてレベルじゃなく馴染みがあった。もちろん、その整った顔立ちも。

 ぱっちりとした二つの目と、色香を漂わせる赤い唇。歩くたびに長い栗色の髪がなびき、すらりとした長身と体の曲線美を際立たせている。いつ見ても眩しい姿だ。

 

「待っておったぞ。ワシの方こそ急に呼び出してすまなかった」

「いえ、アタシが力になれるなら嬉しいですし、それに――」


 言葉を切って、あたしに視線が送られる。二重瞼が縁取る大きな瞳は、いつ見ても吸い込まれそうな輝きに満ちていて正直照れる。

 でも、そんな反応を見せたら向こうが加速するのはわかっているので表面上は平静を保ったフリをしておく。

 

「――ナツミちゃんの能力開発に協力してくれ、なんて頼まれたら断るはずないですよ」


 いつもの甘いソプラノボイスに戻りながら、にこやかに微笑んだ訪問者――バルトロメアを、あたしも頬を緩めて見つめ返した。

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