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光浪夏海の異世界百合物語  作者: 虹月映
第四部  平穏への日々
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第37話  深夜の思考

 時の流れは誰にも止められない。それは世界が違っても共通の概念らしい。

 夜は深まりつつあり、物音さえも吸い込まれそうな漆黒が窓の外に広がっている。


「わっ、真っ暗……この辺、街灯とかないもんなあ」


 カーテンの隙間を直しながら呟く。楽しい時間はあっという間というのは本当だった。

 正直な欲を出してしまえば、もう少しテオドラさんの温もりを感じていたい。

 でも、そんなワガママを言うわけにはいかない。今まで以上に距離が縮まって接近できた。その結果を大切にするべきだと思う。


 それに、今日ですべてが終わるわけでもない。

 明日も、明後日も、その先も。少なくともあたしはテオドラさんとの生活を終わらせるつもりはない。


 テオドラさんもきっと同じ考えでいてくれるはずだ。

 だから、あたしたちにはまだ時間がいっぱいある。後ろ向きになって悲しむ理由なんかどこにもない。


「テオドラさん、そろそろお休みの時間ですよ」

「あ、ああ……そうだな」


 おや、どうしたんだろう。やけに言葉の歯切れが悪い。

 それに、いつもはあたしがこんなこと言わなくても決まった時間になれば部屋に引っ込んでいた。

 今日はなかなかリビングを出る様子がないから言ってみたんだけど……。


「そうか、もうそんな時間になるのか……」


 そんなことを言いながらも、腰を上げる気配はない。不自然にストレッチみたいな伸びをしながら視線をふらふらさせている。


「どうかしましたか?」

「いや、別にどうってことはないんだが……」


 そう言ってまた思案顔に戻るテオドラさん。 不意に何かを決意したような雰囲気を見せるも、すぐに立ち消えとなってしぼむ。


 繰り返し色を変える表情を見ていると、なんだかほんわかした気分になってくる。やっぱり見てて飽きない。このまま隣で頬杖を突きながら二時間くらい無心で眺めていたくなる。

 当のテオドラさんはそれどころじゃないんだろうけど、だからこそ見ている方は余裕ができるってことかな。


 そんな風に観察者の立場になってみると、テオドラさんが焦っている理由もなんとなく見えてくる。

 もしかして、このまま今日という時間を終わらせることに対して寂しさを感じているのではないか。

 ずっと、なんて贅沢なことは言わない。ただもう少しだけ二人の時間を楽しみたい……そんな心理があるんじゃないかと思う。

 

 もちろん、その推理にはあたし自身の欲求も色濃く反映されているってことは否めない。

 この数時間は振り返ってみれば短いけれど、すべてが濃密な瞬間の連続だった。それが急に消えてしまうとなれば未練が出ても不思議じゃない。


 だから、あたしも決定的な言葉を口にしない。

 おやすみなさい、と言ってしまえば今日が終わってしまう。


 結局、二人して同じようなことを考えているわけだ。似たもの同士って言えるのかな。


「夏海」

「なんですか?」


 けれど、やっぱりテオドラさんは年上だった。

 度胸と風格と決断力。そのどれもがあたしより数段上を行っている。

 今もこうして先を進んでくれた。一歩を踏み出せないあたしの光となって。


「部屋まで送るよ。私にはこれくらいしかできないが……今日の礼ということで、受けてもらえないだろうか」

「……はい、お願いします」


 そんな申し出をされたら受けるに決まってるじゃないか。それに、少しでもテオドラさんと一緒にいたいのだから。

 でも、やっぱり単純に嬉しい。

 そこにある真意はわからないけど、あたしと一緒にいてくれる事実を見ようじゃないか。


 

 

 ――あたしの部屋まで、ほんの数秒。

 リビングを出て、廊下を歩き、角を曲がると見える扉。何を話そうか考えているうちに着いてしまった。


「今日は疲れただろう。ゆっくり休んでくれ」

「はい。お休みなさい」

「ああ、お休み」


 月並みの挨拶しかできなかった。けどまあ、こういう何気ない言葉が大切だって言うし。


 扉に手をかけて、開く前にそっと振り向く。

 視線がぶつかると、テオドラさんは体の前で小さく手を振ってくれた。あたしも同じようにして返す。

 そのまま扉を開き、体を部屋の中へ滑り込ませていく。


 離れたくないと願っているのに、なぜか心の奥では早く一人になりたいという感情が生まれつつあった。

 それが今のあたしを動かす原動力だった。生まれた原因なんてわからない。けれど勝手な推理を述べるなら、多分それは自己防衛本能がどうこうした結果なんだと思う。

 確かにこのままテオドラさんと一緒にいたら何がどうなるかわからなすぎる。

 ただでさえ初めてのこと尽くしだったわけだし。少し一人で考える時間を求めていたのだろう。


 やがて、あたしの体は暗い自室へ完全に入り、扉はゆっくりと閉められていく。

 完全にその姿が見えなくなるまで、テオドラさんは手を振り続けてくれた。


「……はあ、やれやれ」


 部屋の明かりをつけ、椅子に腰掛けてようやく一息つけた。

 背もたれに体を預け目を閉じると、色々なことが脈絡なく浮かんでは場面が切り替わる。


 そして辿り着く一つの結論。

 テオドラさんとの距離が、ぐっと近くなった……と思う。あたしが盛大な勘違いをしてなければだけど。

 少なくともあたしはそう思ったし、テオドラさんだってそうじゃなければあの挙動不審な態度の説明がつかない。

 何かあたしには想像もつかないような秘め事があったら別だけど……うーむ。


 頭の中身をグルグルさせていたあたしは、ふと聞こえた足音で我に返った。

 カツカツッ、と規則的に聞こえるそれの正体はすぐにわかった。テオドラさんが階段を上っている音だ。

 

 この部屋は階段の真横だから届いたわけだ。ちょうど真下にある押入れの中だったらもっとはっきり聞こえるかもしれないけど、そんなところへ行く前に足音は消えていた。

 テオドラさんも自分の部屋へ戻ったようだ。明日も朝早く起きるんだろうし、もう寝ちゃうんだろうな。


 あたしも疲れたし、このまま寝ちゃおうかなあ。でも布団に入らないと安眠できないだろうし体調崩しちゃうかもしれないしでも動きたくないし。

 でもでもだって、なんてくだらない葛藤をしていたら最高に重要なことを忘れていたことに気付いた。乙女としてあってはならない失態に顔面が強張る。


 その事実に直面したあたしは弾かれるように立ち上がり、大慌てで準備をしてしかるべき場所へと向かったのだった。






「――ふう。やっぱりこれがないと、ね」


 そっと呟いたつもりの声が空間に響き渡る。

 白い湯気に霞む視界に心までぼんやりとさせられながら、湯船の中で全身の力を抜く。


 あたしの中からすっぽ抜けていた行動がこれだ。

 そう。こともあろうに入浴という大切なことを忘れていたのだ。

 

 だって一番風呂はテオドラさんに入ってもらいたいし、その後は夕食を早く食べてもらいたかったし、そこで予想外なことがあったから頭の中がパンクしかけたし……。


 言い訳はこの辺にしておこう。なんとかギリギリのところで踏みとどまれたわけだし。

 一応言っておくと、ネトゲにハマっていた頃だって衛生面には気を使っていた。人として守るべき防衛ラインってのはわかってるつもりだ。

 だからこそ今回は危なかった。

 熱中すると他のことが見えなくなる性格、どうにかした方がいいんだろうなあ。簡単にいけばいいんだけど。


 お湯に浸かった全身から、疲れがじんわりと溶け出ていくような感覚が心地良い。

 ぼんやりと天井を見つめ、そういえばテオドラさんの部屋ってこの上にあるんだよなあ、なんてことを考えてみる。

 物音はしないようだけど、もう寝たのかな。明日の準備を兼ねて軽く作業でもしてるかな。

 それとも、今日のことを思い返してたりして。あたしみたいに……なんてね。


 とりとめもない思考の中に、このまま見続けたら透視能力とか芽生えないかなあ、なんてくだらなさ全開の妄想を含ませてみる。

 そんなのが実現するはずないし最初から期待もしていないけど、あたしは天井から目が放せなかった。


 それからあたしは頭の中をグルグルさせたまま部屋へ戻り、こんなんで眠れるかなーと心配しつつ布団に入って五分とたたずに寝息を立てたのだった。長い一日に疲れていたんだろうね。

 

 だけど、翌日の目覚めはこれまでより数段素晴らしく感じられた。たぶん歴代一位クラス。

 窓から射す朝日を浴びながら、世界が変わるってこんな感じなのかな、なんてことを柄にもなく考えてみるのだった。

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