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光浪夏海の異世界百合物語  作者: 虹月映
第三部  未来への出会い
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第23話  再起の契約

 さて。

 向かい合って座っているあたしたちだけど、なんだかテオドラさんの様子が変だ。ソワソワした様子で、まるで知らない部屋に放り込まれたみたいな感じ。

 ここ間違いなくテオドラさんの家だよね。どうしたんだろう。


 とりあえず話を進めないと。

 えっと、まずは確認を込めたお礼からだっけ。

 

「改めまして、申請ありがとうございます。テオドラ・ベルトイア様で間違いありませんね?」

「ああ、そうだよ」


 相変わらずの掠れ声だ。

 もしかして本当に疲れてるのかな。会う話が決まったのもいきなりだったもんね。せっかくの休みを潰しちゃって申し訳ないな。

 

「……どうしたんだい?」

「あ、いえ」


 いけない、つい見つめ続けちゃった。

 ちょっと目を逸らして気を紛らわそう。

 

 うーん、やっぱり物が散らばってる。テーブルの上だって同じだ。

 でも、それが無秩序ではないことはよくわかる。

 あたしも同じことをしているから。

 

「あの、この部屋って」


 訊ねた途端、テオドラさんの肩がピクリと震えた。

 溢れる緊張を感じるけれど構わず続ける。

 

「きっちり管理されてますね」

「……わかるのか?」


 安堵したような声を告げるその顔からは、さっきまでの暗さが一瞬で消えていた。理解者を得たとばかりに嬉しさで輝いている。

 もしかして、やっぱり似た者同士なのかも。そうだとしたらあたしも嬉しい。

 

「わかりますよ。あたしの部屋もこんな感じでしたから」

「そうなのか」

「でも……」


 改めて周囲を見回す。

 確かに使いやすく整えられてはいるけど、物量の多さはごまかせない。

 

「さすがにあたしもここまで散らかしてはいませんよ。必要な物は集められてますけど、いらない物もそのままですよね?」

「いや、これはそのうち使うから……」

「そんなこと言ってると、もっと物が増えちゃいますよ? どこかで区切って片付けないと」


 偉そうに説教しているあたしだけど、それは自分自身へ言い聞かせているのかもしれない。

 意識を切り替えて変わること。それがあたしに必要なことだとわかったから。

 テオドラさんを見ていると、自分を客観視しているような気分になる。

 

 うん、やっぱり似た者同士だ。

 放っておけない、というのが一番だった。

 だから、気付けばこんなことを平気で言っていた。

 

「片付けましょうよ。手伝いますから」


 張り切って立ち上がる。

 どうして人のことになると、こんなにノリノリになってしまうのだろう。

 それはきっと、相手がテオドラさんだからだ。

 異世界で見付けた、あたしと似た人。どうしても離れられず世話を焼きたくなってしまう。

 

 もしかして、これがリトリエの心得なんだろうか。

 相手に何かをしてあげたいという、この気持ちが。


 それで相手が癒されたらあたしも嬉しい、かも。ちょっと押し付けがましいかな。

 でも、何かを掴みかけてる気はする。もっとテオドラさんと一緒にいたら、その形が明確になっていくかも。

 

 それに、あたし自身が離れたくないって思ってる。共通点が思わぬ形で見つかったからかな。

 いつの間にかすっかり心を開いちゃってる。こんなの初めてかも。

 

「……夏海、といったな」


 テオドラさんが呼び掛けてきた。やはり他とは違う正しい発音に温かみを覚える。

 名前を呼ばれるのって、こんなに嬉しいことだったんだ。

 

「いいのか? こんな私で。グナルタスという身分にありながらこの体たらくだ。笑い飛ばしてくれてもいいんだぞ」


 振り向いた先では、テオドラさんが頬を緩めていた。

 嬉しさや喜びではなく、寂しさや悲しみを込めた冷たい苦笑。放たれる痛々しさに目を閉じたくなる。


 どうしてそんな顔をしているのだろう。なぜすべてを諦めたような達観を滲ませているのだろう。何が彼女を歪めてしまったのだろう。

 

 テオドラさんにそんな顔は似合わない。

 あたしは首を横に振り、一歩近付く。

 

「いいじゃないですか。別に、部屋がこんなでも」


 何か言いたそうにしているテオドラさんの唇は、動くだけで発声には届かない。

 

「完璧な人間なんていませんよ。それに、こういう一面がある方が人間らしくていいと思います」


 落ち込んだ顔をしてほしくなくて、あたしは自然と微笑んでいた。あたしよりも笑顔がきっと似合うであろうテオドラさんが笑えるように。

 

「な、なぜ……そんな、ことを」


 テオドラさんは目を大きく見開いて、小声で何かを呟いている。冷たい微笑みは姿を消し、代わりに困ったような顔になって斜め下を向いた。

 頬に赤みが差しており、ようやく血の通った人間らしさが垣間見えた感じだ。

 

「……どうかしましたか?」


 それにしても、これは少し変かもしれない。

 テオドラさんは小さすぎて聞きとれない呟きを何やら繰り返しつつ、頭から湯気が出そうなほど難しい顔をいている。

 

 突然どうしちゃったのかな。

 顔を覗きこもうとすると慌てて視線を逸らされてしまうし、もしかすると失礼なことを言ってしまったのかもしれない。嫌われちゃったかなあ。

 

 しゅん、として一歩下がる。

 そうしたらテオドラさんが勢いよく顔を上げて踏み込んできたので、あたしは思わず背筋を伸ばして身を引いてしまった。

 体もそうだけど、それ以上に顔が近い。

 一体あたしは顔真っ赤のテオドラさんに何をされるんだろう。気迫が尋常じゃないんだけど。

 

「わ、私の……リトリエになってくれ。頼む!」


 後半は早口に言いきって、テオドラさんはぎゅっと目を閉じた。瞼の先で震える睫毛が綺麗な曲線を描いてあたしの目線を独占する。

 

 ……って。

 今、テオドラさんはなんて言った?


「えっと、その」


 心が大きく揺らぐ。あまりにも直球過ぎる申し出が脈動を速くする。

 これが必要とされる喜びなんだろうか。未知の感覚だ。

 

 どうしよう。

 嬉しくてたまらない。

 

 どうしてあたしを、とか決め手は何か、などなど疑問はいくつも出てくる。

 今のあたしにわかるのは、テオドラさんが真剣だということだけだ。あんなに勢いよく思いを口にできる人の心が曲がっているわけがない。


 胸の鼓動が加速する。理由は自分でもわからない。

 正体不明の動揺に翻弄され、あたしはますます混乱してしまう。どうして耳や頬が熱くなるんだ。

 

 そんな状況下でも一つだけ明確にわかることがある。

 視界がグルグル回りそうになっているというのに、あたしはこの状況を少しも嫌だとは思っていなかったのだ。

 他にも二人申請者がいるけど、彼女たちにもこんな気持ちになれる保証なんてどこにもない。


 それならどうすればいい?

 簡単だ。やっぱりあたしはテオドラさんのことをもっと知りたい。

 そばにいて同じ時間を過ごしたい。


 伝えるべき返事が自然と形になっていく。

 あんなに迷っていたのが嘘みたいだ。


「……はい。あたしでよければ、ぜひ」


 素直な気持ちが声になって飛んでいく。

 言い終えるとあたしの頬がまた熱くなった。触れて確認しなくても、そこが薄く色付いているだろうこともわかる。

 

 だって、目の前のテオドラさんがそうなっているから。

 あたしたちはまるで鏡映しだ。

 

「そ、そうか。では、その……よろしく、頼む」

「は、はい! ふつつかものですが、頑張ります!」


 なんだろう。このぎこちない会話は。

 変に意識しているせいか、ろくに目も合わせられない。


「わ、私も頑張ろう。夏海を迎えるのだから、片付けなければいけないな、うむ」

「む、迎えるって……一緒に暮らすってこと、ですよね」

「ああ、リトリエとは原則共同生活を送ることになっているからな。そう、一つ屋根の下で」

「そ、そうでしたね。あたしもそう教わりました。知ってましたよ、はい」


 確かに知っていたけど、いざその事実に直面するとなぜこんなに落ち着かなくなってしまうのだろう。

 これじゃまるでアニメによくいる恋する乙女じゃないか。

 

 ……いやいや。あたしは違う。

 きっと慣れないことで変なテンションになっているだけだ。そうに違いない。納得しろあたし。

 

 これ以上たどたどしい応酬を続けていたら頭がどうにかなってしまいそうなので、逃げ道を探すように左右を見る。

 けれど目に入るのは、変わらず散乱したままの有象無象。

 これから一緒に暮らすなら、人が増えた分だけ家の中に生活空間をつくらなきゃいけないよね。うん。

 

「あの……とりあえず片付けませんか?」


 少し前に同じことを言ったはずなのに、随分昔のことに思える。まさか話題がループしたりしないよね。

 

「……そうだな。片付けよう」


 錆びついた機械みたいなカクカクした動きで、テオドラさんが周囲の物を集め始める。手と足を一緒に出すのはこの世界でも不自然なことだ。

 ちょっとまだ変な感じだけど、そのうち良くなっていくのかな。その様子を間近で見られると思うとなんだか楽しそう。

 

 あたしもテオドラさんに続こうと手を伸ばしかけたけど、あることに思い立ってピタリと固まる。

 こういうのは散らかした本人がこだわりを持っている場合がある。あたしもそうだけど、勝手に物を移動されると混乱してしまうのだ。

 

 テオドラさんも同じかもしれないし、ここは指示してもらって動くのが一番だろう。

 こちらに背を向けてしゃがんでいるテオドラさんに向かって声をかける。


「あの、テオドラさん」

「な、なななんだ?」


 いきなり呼びかけてしまったせいか驚かせてしまったようだ。振り向いた顔が引きつっている。

 声も震え気味だし、作業に集中していたんだろうな。失敗失敗。


「勝手に色々触るのも失礼と思いますので、何をどこに動かせばいいか指示していただいてもいいですか?」

「そ、そうか。それもそうだな、そうしよう」


 やけに空気の摩擦音が多い言葉に自分で頷いて、テオドラさんは周囲を軽く見回した。


「では……そこにある物の山はあちらの隅に運んでくれ。この辺りは私が片付ける」

「わかりました!」


 やった、あたしの初仕事が決まったぞ。

 テオドラさんのためって思うと、なんだか力が湧いてくる。元の世界じゃこんな気持ちになったことなんてなかった。

 

 やっぱりあたしの選択は間違ってなかった。

 だから、きっとテオドラさんとの生活は楽しいものに決まってるよね。

 

 あたしの新たな物語。ようやくスタートの合図が鳴り響く。

 よーし、ここはひとつ一念発起してみますか!

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