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光浪夏海の異世界百合物語  作者: 虹月映
第三部  未来への出会い
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第22話  衝撃の遭遇

 翌日もいい天気だった。

 たまには雨が降ることもあるけど、基本的には晴れの日が多い気候らしい。過ごしやすそうでなによりだ。

 さぞ心も晴れやかでいられる、と思いきや物事はそんなにうまく運ぶものではない。

 

 今あたしは、バルトロメアに付き添ってもらってテオドラさんの家に向かっているのだ。緊張でちょっとお腹に違和感が生まれている。

 道さえ教えてもらえれば一人で行けるとは言ったものの、やはり一緒にいてくれると心強い。

 

「もうすぐテオドラ様の家だよ」

「勝手な想像だけど、もっと豪華なところに住んでるのかとばかり思ってた」


 この言葉は変な誤解を与えてしまうかもしれないけど、今あたしたちが歩いているのはごく普通の住宅街なのだ。

 生活感溢れる空気が満ちていて、洗濯物を干す主婦らしき姿や駆け回る子供たちを見ることができる。

 そして何度も言うようだけど、向かう先はテオドラさんの家で間違いない。

 

「選ばれた人しか住めない屋敷に行くのかなって考えてたし」

「あはは、ナツミちゃんは面白いなあ。それじゃグナルタスの意味がなくなっちゃうじゃない」

「どういうこと?」

「国民と身近な場所で暮らすことで正直な意見を聞けるし、それを元にして政治の方向を決めたりするんだよ。自分勝手に国を動かしたら変なことになっちゃうからね」


 つまり、民衆と同じ目線に立ってみるということか。言うだけなら簡単だけど、実際にやるとなると難しい。

 けれどこの国では当然のようにそれをやっているらしい。考え方の根っこが違うんだろうな。さすが異世界。


「ついたよ、ナツミちゃん。ここがテオドラ様の家」

「ここかあ……」


 ついさっきまでバルトロメアと話していたことを聞いていなければ、何かの冗談かと思っていたに違いない。

 そこにあったのは、周囲に並んでいるのと大差ない作りの家だからだ。

 

 国の要職に与えられる家だから広い庭付きの豪邸なんだろうという想像は、今こうして現実を目にすることで完全に打ち砕かれた。

 代わりに浮かんできたのは、もしかすると親しみやすい人なのかもしれないという淡い期待だった。

 こういう場所に住んでるわけだし、きっとご近所さんからも人気を集めているのだろう。


「テオドラさんってこの家に一人で暮らしてるの?」

「みたいだよ。一人で住むにはちょっと広いかもだけど、二人ならちょうどいいんじゃない?」


 さらりと営業をしてくるバルトロメアの言葉を受け流し、木造と思われる外観を持つ二階建ての家を見上げる。

 勝手なイメージだけど、下町の片隅にこんな家がいっぱいあった気がする。耐震構造がしっかりしていそうで実は脆い感じのやつ。

 

 そういえば異世界にも地震ってあるのかな。

 今のところはそれらしい揺れはないけど、何かと似ている部分が多いから用心に越したことはないだろう。


「じゃあ、アタシはあっちで待ってるから。しっかりね!」


 あたしの背中を軽く叩き、バルトロメアは道の反対側にある喫茶店に駆けていった。

 コーヒー豆らしきものはこちらの世界でも作られているようで、こういった店もちらほら見かける。

 

 リトリエと申請者の面談は二人きりが基本だ。そうすることで互いの心を開き合うことができるとかなんとか。

 とにかくそういうルールなんだから従うしかない。バルトロメアに頼ってばかりじゃダメだからね。


「……よし」


 深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

 大丈夫。バルトロメアがいなくたって、あたしはやってみせる。

 

 扉の前に立ち、近くにある呼び鈴らしきボタンを押す。

 ジリリ、と家の中で鳴り響く音がした。


 もうすぐこの扉が開く。あの凛々しい顔でどんな風に迎えてくれるのだろう。

 あ、想像以上に緊張してきた。

 留守だったらいいな、なんて少しだけ思っちゃったけどそれじゃいけない。

 

 キイ、と音を立てて扉がこちら側へ開かれた。

 焦ったあたしは相手の顔も確認せず頭を下げる。

 

「はっ、はじめまして! このたびはリトリエの申請ありがとうございます!」


 道中何度も頭の中で復唱していた言葉を並べる。ちょっと早口になってしまったけど、なんとか噛まずに言えた。

 第一声で何を言ったらいいのかわからず困っていたあたしに、バルトロメアが教えてくれた定型的な挨拶だ。こう言っておけばハズレとは無縁なんだとか。

 

 でも、なかなか返事が来ない。どうしたのだろう。

 目線だけを少し上げると、扉の隙間から家の中が見える。薄暗くてよくわからないけど、ぼんやり見えるのはテオドラさんの脚だろうか。


「……ああ、君がそうなのか」


 それはどこかであたしが想像していた通りのハスキーな声だった。

 低く震えるこんな声で囁かれたら誰だってときめくだろう。

 あたしも例外じゃない。変な高揚感を抱きながら顔を上げ、精一杯の元気を絞り出してみた。


「はい! あたし、光浪夏海と申しま、す……」


 それなのに語尾が霧のように溶けてしまったのは、寝起きにしか思えないテオドラさんの姿を見たからだ。髪や顔の様子から、その事実は一目瞭然だ。

 それだけではない。

 家の中もはっきりと見えてきたけれど、どう言い繕おうとしても無造作に散らかった部屋にしか思えない。足の踏み場もないくらいで……。


 ダメ女。

 無礼千万だけど、そんな言葉が頭をよぎった。

 正直、適当な理由を付けて回れ右して帰ろうと本気で考えた。


「夏海……か。私はテオドラ・ベルトイア。わざわざ来てくれてありがとう」


 だけど思いとどまったのは、テオドラさんの表情が少しだけ柔らかくなったからだ。

 まるで何かを悟っているような薄い微笑みに、あたしはどこか引っ掛かりみたいなものを感じ取った。

 

 それに、あたしの名前を正しいアクセントで呼んでくれた。

 元の世界では何度も呼ばれた普通のことなのに、なぜか動揺してしまう。新鮮、とでも言うべきなのだろうか。

 

 まとめると、あたしはこの人についてもっと知りたくなったのだ。今まで会った人と違うな、と思った部分もある。

 もしかすると、何かあたしの想像を超えたものを持っているんじゃないだろうか。

 湧き出た興味はどんどん大きくなっていく。

 

 テオドラさんのことがもっと知りたい。

 こんな有様を見せているのも、きっと何か理由があるに違いない。まさか根っからのズボラな性格というわけでもないだろう。


「立ち話もなんだから入って」

「お、おじゃましまーす……」


 促され、そっと屋内へ足を踏み入れた。時間的に日陰になっているせいか少し肌寒い。

 電気もついていない廊下を進みながら、前を歩くテオドラさんの様子を観察してみる。

 

 やはりどう見ても、あの写真とはまるっきり違う姿だった。

 触り心地の良さそうな髪は寝癖で爆発し、着ている服はヨレヨレで糸やら繊維やらが飛び出して揺れている。さっき見えた瞼の下にはクマがあったし、ついさっきまで眠っていたのは間違いないだろう。

 ナサニエルさんから連絡があって、あたしが来るとわかっていたはずなのに。

 

 やるじゃない。そのダメ人間さ加減、割と好き。

 だってあたしも似たようなものだし。

 たまの休日は二度寝してゴロゴロ過ごしたくなるもんね。テオドラさんも同じなのかな。ちょっと親近感湧いちゃうかも。

 

「座って。飲み物持ってくる」

「あ、お構いなく」


 そんなお決まりとも言えるやり取りの後、テオドラさんはキッチンへ向かった。冷蔵庫らしき箱の中を覗いている。

 ただ座っているだけというのも落ち着かないので、案内された居間の中を見回してみる。行儀が悪いなんてことはわかってるけど、溢れる好奇心を抑えるなんて無理だった。

 

 そうして気付いたことがある。

 確かに色々な物が置かれて散らかっているのだが、歩くスペースくらいはちゃんと作られている。

 これが独創的なインテリアだと断言されたら納得してしまうかもしれない。首を傾げるのは確実だろうけど。

 

 もちろん汚らしさなんて少しも感じない。

 一見乱雑に思える配置も、住んでいる本人にとってどこに何があるかを把握しやすく整理されているのだろう。

 あたしの部屋のパソコン周りがいい例だ。手の届く範囲に色々用意しておくってのは便利だからね。

 

 それにさっきからほのかに香るこの匂い。バルトロメアとはまた違う芳香は、きっとこの家独特のものだ。

 様々な要素がテオドラさんの中に凝縮され、それが少しずつ空気に溶けてこの場を満たしている。

 ふとした拍子に届く香りは緊張した気持ちを落ち着けてくれる。穏やかさを取り戻せば、自然と思考も冷静になっていく。


 そっか。このちぐはぐさが気になっている原因なんだ。

 ギャップって言うのかな。見た目と部屋を乱れたままにしておきながら、女性らしさを捨てていない。

 そこにどんな理由があるのだろう。ますます興味が湧いてきた。

 

「こんなお茶だけど、どうぞ」

「いただきます」


 出されたお茶を一口飲む。

 この世界にある葉から抽出された一般的なお茶で、イメージ的には麦茶に似ている。味も親しみやすく、乾いた喉にじんわり染み渡った。

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