第21話 対象の調査
「それにしても、さ」
あたしの部屋で明日どうするかを話し合っていた時のこと。
まるで自分のことのように張り切っていたバルトロメアは、ふと思い付いたように呟いた。
「テオドラ様に選ばれるなんて、さすがナツミちゃんだよね」
「さすがって、テオドラさんってそんなに偉い人なの?」
ちょうどあたしも同じようなことを聞こうと思っていたところだったので話に乗ってみる。いい機会だし色々と情報収集しちゃおう。
バルトロメアも「知らないの?」みたいな顔で教えたくてウズウズしているみたいだし、そこに甘えちゃっても構わないよね。
「偉いも何も、グナルタスの中じゃ期待の星って呼ばれてるんだよ。厳しい訓練をあっさりこなしちゃって、着任してから数年目なのにもう出世街道まっしぐらなんだもの」
「へえー……でさ、そのグナルタスってのは何かの役職とか?」
「そうそう。あ、ナツミちゃん初耳?」
頷いて返すと、バルトロメアの表情が更に嬉しそうな色へと変貌していた。
なんというか、教師に向いてそうで向いてない気がする。
「グナルタスっていうのはね、国の重要な政策を動かしてるところなの。治安維持から内政まで幅広くやってるから、とっても重要な役職なんだよ」
そうしてバルトロメアはグナルタスとは何か、実に長い時間をかけてじっくりと教えてくれた。
それだけ内容が濃かったかと思いきや、色々と脱線や飛び火もしたのでそれほどでもない。
けれど思わぬ収穫があったりもした。たとえば、こんな話があった。
「……ってことは、バルトロメアのご主人様もグナルタスなの?」
「実は、ね。だからその繋がりで色々と知ってるってわけ」
「そっか。確か今は出張中なんだっけ。なるほど、そういうことか」
バルトロメアについてだけでなく、肝心なその中身も理解できた。
何者かもわからない相手といきなり会話する、なんて無理難題との対面を避けられてほっと一安心。
念のため確認がてら復習しておこう。
せっかく教えてくれたことが抜け落ちていたら単なるおバカさんだもんね。
簡単に言ってしまえば、グナルタスとは公務員みたいなものだ。
もちろん一般的なものではなく、バルトロメアも言っていたように別格の人たちを特にそう呼ぶらしい。エリートとかキャリアって言うとわかりやすいかな。
そんな人たちが何をしているかといえば、これまたさっきも言われたように幅広い。
どれくらい広いかをあたしなりに表現するなら、警察と自衛隊と国会議員と外交官を全部一緒にした感じだ。
武装して過酷な訓練もするし、内政の重要な会議で意見を出すこともあれば、他国との交流を橋渡しすることもある。
とにかく国の運用に関係することならなんでもやっちゃうような役職というわけだ。
ちなみにテオドラさんは外交関係の部署に所属している。
なんだか家を空けることが多そうな仕事だけど、せっかくの休日をあたしと会うことに使っていいのだろうか。ゆっくりしたいだろうに。
いや、逃げるようなことを考えちゃダメだ。貴重な時間を割いてくれたのだから、あたしも誠意を持って向き合わなければ。
話をグナルタスへと戻そう。
このように多い業務があれば、そのために必要な人手も増えてくる。
けれどそう簡単になれる仕事ではない。採用されるには相当に狭い門をくぐる力がなければいけないのだから。
何か一つだけでも誰かに負けない抜きんでた才能があり、なおかつ花開いていること。
それくらいの魅力がなければ門前払いされてしまう。たとえ最初の関門を通過しても難所はまだ残っている。
厳しい審査によって選ばれた新人たちは、やがてそれぞれの任務に就くことになる。国の主要な部分に携わり、運営を任されるわけだ。
専門的なこともあるので同じ仕事を続けることが基本だけど、研修や人員補充など色々な理由で別の所を手伝ったりもするらしい。
でもその根幹には国を支えて動かすという信念が変わらずにある。
まさに国家の大黒柱とも言える存在。それがグナルタスという職業なのだ。
「だから、そんなテオドラ様に会えるってこと自体がとても光栄なことなんだよ」
バルトロメアの言葉が、今は違う重みを持ったように思えた。
なんであたしを指名したのか本気でわからない。気まぐれでした、なんて言われた方がよっぽど信じられる。
でも、だからといって逃げるなんてことはしたくない。何度も言い聞かせないと弱さが顔を出しそうではあるけれど。
どんな人なのか気になるし、実際にこの目で見てみたい気持ちがどんどん大きくなっていく。顔が整っているからとかいう理由では決してない。
……いや、ホントに違うから。
まあ、かっこいいなと思ったのは事実だけどさ。
この際だから言ってしまうと、あたしが緊張しているのはテオドラさんのことをよく知らないからだけではない。
写真で見た顔があまりにも整っていたからというのが大きかったりする。
くだけた言い方をしてしまえば、テオドラさんは相当イケメンの部類に入る。女性だろ、という問題は気にしない方向で。
宝塚のトップスターみたいに中性的な顔立ちで、なんとなく声もハスキーなんだろうなと勝手な想像をしてしまう。
「どうしたの、ナツミちゃん。なんだか心ここにあらずって感じだよ」
「えっ、いや別になんでもないよホントに」
「んー?」
バルトロメアが疑惑の眼差しを向けてくる。やましいことを考えていたわけじゃないんだけど、なんかちょっと落ち着かない。
ただ会って話すだけだから身構える必要なんてない。
いくら自分にそう言い聞かせても奇妙な緊張は晴れなかった。




