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光浪夏海の異世界百合物語  作者: 虹月映
第三部  未来への出会い
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第20話  候補の選出

 目を通し始めてから結構な時間がたったけど、まだ先は長そうだ。ようやく折り返し地点が見えてきたところだろうか。

 それでも目ぼしいというか、いまいちピンとくる人は今のところいない。

 そりゃリトリエなんていう初めてのことに関することなわけだし、仕方ない部分もあるってことにしよう。

 

 ただ、まったく収穫がなかったわけではない。少しだけ目が止まった人もいた。


「へえ、中央庁の人もいるんだ。そんな人に選ばれるなんて、なんか光栄かも」

「国民なら誰でも申請できるからね。リトリエがいるリトリエもいるって聞いたことあるし」

「ややこしいね、それ」

「ナツミちゃんだって似たようなものだったじゃない。今はもうお試し期間が終わって元通りの仲良しだけどね」

「ちょっとバルトロメア、抱き付かれたら前が見えないってば」


 どうやら割と地位や身分が高い人もあたしをご所望のようで、それはそれで及び腰になってしまう。

 もう少し気軽というかフランクというか、そういうのがいいんだけど。

 

 ……なんか、言い訳っぽくなってきちゃったなあ。

 妥協はしたくないけど、選り好みはしない方がいいのかも。

 

 仮にこの場で決めなくても、きっとバルトロメアはあたしを咎めないだろう。ジリオラさんやナサニエルさんも同じだ。急ぐことはない、と口を揃える気がする。

 それは安心を生む後ろ盾になるけど、甘えるためにあるのではない。


 そもそもあたしは何をしにここへ来たんだって話だ。

 変わりたいと決意したじゃないか。

 

 自分にしかできないことがここにある。そして、それを求めてくれる人がいる。

 そうなれば、あたしが今すべきことは一つしかない。


「……よしっ」


 小さく呟いて、秘かに気合いを入れ直す。


 除外するのではなく、残していく方針で選別を進めることにした。どこかに少しでも気になる要素があれば保留とし、次の人を確認していく。

 

 そうやって残った人の中から更に気になる人をピックアップして……という作業を繰り返す。

 バルトロメアも要所で手伝ってくれて、それが相変わらず的確なのでとても助かった。

 

「とりあえず、こんなところかな」


 その甲斐あって、最終候補を三人まで絞ることができた。

 誰を選んでも後悔せず、楽しくやっていけそうな人ばかりだ。時間はまだ余裕があるので、もう一度じっくり見ていこう。

 

 一人目は、町の方で雑貨屋を営んでいる若女将さん。割と繁盛しているようで、店の手伝いも兼ねてリトリエを申請したらしい。

 

 次に、中央庁の受付で働く事務員さん。物静かな大人の女性といった風貌で、眼鏡がその印象を強めている。

 

 そして最後が、同じく中央庁に勤める役人さん。国の中枢に近い人だけあって、凛々しさが写真越しでも伝わってきた。


 どれもあたしにはもったいないくらいの魅力に溢れた人ばかりだ。

 

「で、どうするの? 三人一緒ってわけにはいかないよね」


 バルトロメアも疲れたのか、座って背もたれに体を預けている。

 あたしも目が疲れた。いくらネトゲで積み上げた経験があっても眼球を鍛えるなんて無理に決まってる。この世界、目薬ってあるのかなあ。


「うん。だから一度会って話をしてみようと思う。文字からだけじゃわからないこともあるから」

「いいね、アタシも賛成!」

「はあ……やっと一段落かな。疲れた」


 今後の方針が決まって緊張が解けたのか、なんだかお腹が減ってきた。

 時間を確認するとお昼が近い。あたしの腹時計は異世界でも狂いがないようだ。

 

「じゃあ、アタシは候補が決まったことをナサニエルさんに伝えてくるね。ついでに予定も調べてもらうから、都合のいい時があったら会えるようにお願いしてみる」

「待って。一緒に行かない?」


 バルトロメアより先に端末を持って立ち上がる。見上げられるのがなんだか新鮮。

 不思議そうな顔して首を傾けているその姿は、どう見ても可愛さアピールしているようにしか思えない。無自覚なんだろうけど。

 

「もうお昼だし、ナサニエルさんに話したらそのままご飯食べに行こうよ。ねっ?」

「……うん! 行こっ!」


 目をキラキラさせて手を引いてくる。あたしと一緒なのがそんなに嬉しいのだろうか。美しい笑顔を惜し気もなく向けている。

 そんなバルトロメアと同じ時間を過ごして、あたしも純粋な嬉しさを感じている。今までの友達付き合いではこんな気持ちにはならなかった。

 

 心が温かくなって、頬が自然に緩む。他愛ない会話もたまに訪れる沈黙もすべてが心地良い。

 離れる時には少しだけ奇妙な痛みを感じるけど、すぐに会えるとわかっているから耐えられる。

 これが友情ってものなんだろうか。

 あたしが初めて手に入れた、見せかけじゃない本物の友情。

 

 絶対に手放したくない。

 真っ直ぐな感情は、もう自分でもわかるほどに大きくなっていた。


 



 

「……ん?」

 

 昼食を済ませて戻ってくると、ナサニエルさんが電話っぽい機械に向かって何かを話していた。

 一昔前の黒電話みたいな造形だけど、電話線らしきものは伸びていない。ダイヤルではなくボタン式っぽいのに数字が書かれていないし個数も少ない。

 なんとなく使い方はわかるけど正確なところは不明だ。


「ねえ、あれは何?」


 こんな時は頼れる友達のバルトロメアに訊ねれば答えはすぐ出るものだ。

 わからないことについて質問されるのがなぜか嬉しいようで、教えたくてたまらないといった様子を隠そうともしていない。

 もちろん今も同じことで、得意気に指を立ててあたしの疑問を晴らしてくれる。


「魔法通信機だよ。あの機械には通信魔法が封じられていて、誰でも簡単に遠くの人と話すことができるんだよ。すごいでしょ?」

「魔法ねえ。でも実は、あたしの世界にもっと小型で多機能なやつがあるんだよね」


 言うまでもなく携帯電話のことだ。時刻修正が面倒だから今は手元にないけど。


「えー、どんなの? 見たい見たい!」

「そう? じゃあ今度向こうに戻った時に持ってくるよ」

「やった! ナツミちゃんのこと、またひとつ知れちゃうね」


 けれどバルトロメアにお願いされると話は別だ。

 まず断る理由がないし、面倒なところもよく考えたらちっぽけなことじゃないか。バルトロメアの喜ぶ顔を見れば十分お釣りがくる。


 それにしても、携帯電話とあたしがどうやって繋がっているのか気になるところだ。持ち物にはその人の思念が宿るとかいう話だろうか。

 ちっぽけな悩みをこねている間に、ナサニエルさんの話が終わったようだ。手招きをされたのでそちらへ向かう。


「待たせてしまったようで申し訳ない。先方の都合がわかったぞ」


 先方、というのはもちろん申請をくれた人たちのことだろう。

 ナサニエルさんは、あたしが選んだ三人と話をするために予定の調整をしてくれていたのだ。

 

「三人のうち二人は忙しいようで、すぐには時間が作れぬらしい。だが残りの一人は明日が休みの上に予定もないようでな。ナツミさえよければ会ってみてはどうだ?」


 なんというタイミング。そう身構えていたはずなのに、いざ会うとなると緊張してきた。

 さすがに変なことはされないと思うけど、初対面だし何を話そうかなとか気になってしまう。

 でも、そこで足踏みしていたらなんの意味もない。

 

「はい、ぜひ!」


 だって、変わるって決めたんだから。

 

「では私から話をつけておこう。それまで準備をしておきなさい」

「あの、あたしは誰と会えば?」


 肝心なことを訊ねてみると、ナサニエルさんは「おお、すまない。うっかりしていたよ」と頭を掻いた。


「ナツミに会ってもらうのは我が国のグナルタス所属、テオドラ・ベルトイアだ」


 その名前は見覚えがあった。さっきの選別で最後に残った一人だ。

 添付されていた写真には凛々しい顔があり、短めに整えられた髪がよく似合っていた。見た感じでは中性的な印象だったけど、本質はどうなのかと気になっている。

 

 ……てか、グナルタスってなんだろう。申請書を見た時から気にはなっていた。

 ペンダントが翻訳してくれなかったことから考えると、またこの世界独特の役職あたりっぽい気がするけど。

 

「ナツミちゃん、大事な時なんだからきちんとおめかししないとね! アタシが手伝ってあげる」


 グイグイと腕を引かながら、あたしはテオドラさんの人物像を頭の中で思い描いていた。

 どんな人なんだろう。話しやすい人だといいな。

 もしかするとバルトロメアが何か知っているかもしれない。

 後で話を振ってみよう。

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