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光浪夏海の異世界百合物語  作者: 虹月映
第三部  未来への出会い
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第19話  申請の山積

 リトリエになったからといって、すぐに何かが変わるわけではない。

 バルトロメアも少しずつ進めていこうと言っていたし、焦ってもいいことはない。

 登録から数日、あたしは平凡な生活を送っていた。異世界にいるってこと自体が普通じゃないというのは置いといて。

 

 あたしが生活している部屋がある一帯は簡易型の寮みたいな扱いらしく、衣食に関しても特に不自由はなかった。

 水周りに関する設備や習慣も似ていたので、本当にあたしは異世界にいるのだろうかと奇妙な心配をしてしまうくらいだ。

 異世界だからと身構えていたのに、いい意味で拍子抜けした気分だった。今までの生活と変わったところなんて暮らす場所くらいなものだ。

 

 でも、ネット環境がないという点だけはなかなか慣れなかった。依存していた自覚もあったし、意味もなく落ち着かない気分に何度か襲われた。

 けれどそれは、向こうとは時間の概念が違うことを考えたら些細な問題だということに気付いた。

 たとえこっちで一か月放置したとしても、あっちに戻れば数秒のことだもんね。ネトゲを放置するとフレンドを切られることがあるけど、その心配がないから復帰も余裕だろう。


 やっぱり異世界ってよくできてる。みんなが憧れるのもわかるよ。

 何より、戻ろうと思えばいつだってできるってのが大きいよね。それだけで気分がとても楽になるから。

 

 さて。

 実は前々からこっそり気にしていた食生活事情についてだけど、この世界はどこまでも優しかった。

 食べ物を体が受け付けなかったらどうしようかと心配したけれど、案外いけるものだと身をもって知った。

 

 確かに見慣れない食材が多いけど、よく考えたら山奥にある田舎の郷土料理だって似たようなものじゃないか。

 見た目さえグロテスクじゃなければ勧められるまま食べたし、それで後悔した試しは一度もなかった。

 

 いくつかはあまり得意じゃない味の料理もあったけど、食べられないほどではなかった。

 バルトロメアはおいしそうに食べていたし、味覚が違うのも異世界ならではだ。


 そうそう、バルトロメアと過ごす時間は前よりも確実に増えた。毎日朝から晩まで一緒にいるという表現が大げさではないくらいに。

 雇い主が出張中のバルトロメアは実家暮らしみたいなんだけど、わざわざあたしの部屋に来てくれるのだ。もし今度よければ家へ遊びに行きたいなと考えてみたり。

 一日中何をしていたのかと問われれば、この世界に慣れるための勉強をしたと答えよう。

 もちろん多少の息抜きはあったけど、一つの課題である筆記の習得へ着々と近付いている手応えがある。

 

 それだけじゃない。

 気分転換に町を歩きつつ、隅々まで踏破してみた。そんなに広い国ではないのが幸いした、なんて言ったらジリオラさんに怒られるかな。

 だけど、そのおかげで歩き回るのは苦じゃなかった。

 バルトロメアの案内もあって、どこに何があるかは大体把握できた。バルトロメアに教えてもらった様々な穴場スポットも網羅済みだ。

 

 そんなわけで、あたしはこの小国ラクスピリアに馴染みつつあった。

 もう大抵のことでは驚かない自信だってある。異文化の奔流どんとこいだ。

 

「いや、でもこれは予想外だったなあ」

「何言ってるの。ナツミちゃんならこうなるってアタシは思ってたよ」


 そんな自信を吹き飛ばすような事態が、今あたしの前に突きつけられている。

 それは膨大な数の文字列たち。書類にして積み上げたら天井に届くんじゃないかと真剣に思う。

 ノートパソコンに似た機械を操作しながら、バルトロメアはなぜか誇らしげな顔をしている。

 

「言ったでしょ、ナツミちゃんは時の人だって。そりゃリトリエ登録したら申請が殺到するよ」


 そう。あたしをリトリエとして迎えたいと希望する人が山のようにいるのだ。

 それも並大抵の数ではなく、両手を使って数える人数とかいう範疇を軽々と超える勢いだ。

 それらには申請者の顔写真も添えられている。多数の瞳に見つめられたら、うろたえてしまうのが普通の反応だろう。

 

 目の前に人だかりがあるわけじゃないけど、申請をデータ化したものが端末の中にずらりと並んでいる。

 これを渡してくれたナサニエルさんも、前代未聞だと驚いていた。本当に時の人にでもなった気分だ。


「それにしてもさ、こんなに集まるなんてビックリだよ。違う世界から来たってだけで、あたし別に広報活動とかしてないのに」

「だからこそだよ。みんなナツミちゃんのことをもっと知りたいって思ってるからね。アタシも友達として鼻が高いよ」


 そうしてバルトロメアはあたしの肩に頭を乗せてくる。こういうスキンシップはもう彼女の一部みたいなものだ。

 むしろそれがないと物足りなかったりもするのはここだけの秘密。

 

「あたしもバルトロメアと友達になれてよかったなって思ってるよ。そうじゃなかったら、今頃あたしは一人ぼっちだったかもしれないし」


 言葉にすると照れる。

 これよりもっとレベル高いことをバンバン言ってくるバルトロメアにはかなわないけど、少しでも自分の気持ちを伝えておきたくなった。

 ほら、あたしがアタフタしそうなのにバルトロメアは余裕たっぷりの表情を浮かべている。


「もしそうだとしでも、きっとアタシはナツミちゃんとどこかで会って仲良くなってるよ。だって、運命的な出会いだったもん」

「何その理由」

「いいじゃない、なんだって。今はこうして一緒にいられてるんだしさ」

「……うん」


 難しいことを言うつもりはない。あたしだって現状には満足している。

 だからこそ、今は目の前にある圧倒的な物量をなんとかしないといけない。

 

 もちろんそれはバルトロメアについてではなく、あたしに届いた膨大な申請のことだ。

 

「一応順番に見てみる? 結構な数になりそうだけど」

「そうする。あたしがいいって言ってくれた人たちなんだし、ちゃんと全部に目を通しておきたいから」

「優しいね。そういうところもナツミちゃんの可愛さだよ」


 言葉のスキンシップにはまだ少し慣れない。

 照れ隠しに頬を緩めてしまったのがバレてないかと軽く心配しつつ端末に目を向ける。

 

 ふむふむ……。

 年齢性別職業と実に多種多様な人々が集まっている。確かにこれを見ていくのは骨が折れそうだ。

 それに一度で完璧な判断ができるとも思えないし、何度も繰り返し同じ物を見ることになるだろう。


 ……もしかして、あたし選択間違えたかな。


「なんでこんなにいるんだろう。いくらその……あたしが人気? だからって名前だけで選ぶようなことはないと思うんだけど」

「それはほら、アタシと一緒に町を歩いたでしょ? そこですれ違った人たちがナツミちゃんの魅力でメロメロになったんじゃないかな」

「ええー……」


 あれか、ジリオラさんが言っていた人を引き付ける素質とやらのせいですか。

 うむむ。口コミの恐ろしさはここでも変わらずか。今度から外出する時には変装した方がいいのかも。うぬぼれじゃなくて真面目に考えた結果として。

 

 改めて申請者の記録を見ていこう。

 数が多いので、まずは選ぶのではなく切っていく方法で流していこうかな。

 

 まずは男性を除外する。

 ちょっと申し訳ないけど、やっぱり抵抗が拭えない。この国にいるのはみんないい人ばかりだというのは過ごしてみてわかっている。

 それでも男性と共に過ごすというのは想像がつかなくて不安が拭えなかった。

 他にも選択肢がいっぱいあるのだから、わざわざ残す理由が見当たらなかった。

 だから、今回はごめんなさいということで。


「そうそう、これって便利な機能があって絞り込み検索ができるんだよ。ほら、こんな風に」


 バルトロメアが華麗な手さばきを披露すると、画面から男性が消滅した。

 なるほど、これならミスも起こりにくい。

 さすがバルトロメア。意味もなくあたしを後ろから抱いているわけじゃないようだ。


「ナツミちゃんに変な人を紹介するわけにはいかないもんね」

「……ありがと」

「んー? 別にお礼言われるようなことしてないよ?」


 それは本心から来る言葉のように思えた。素でこんなことをやってのけるバルトロメアは、やっぱり尊敬できる友達だ。

 ずっとこんな関係でいたいと心から思える。

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