第17話 制度の確認
「すっごく似合ってる! ナツミちゃんにぴったりだよ!」
どんな服が出てくるのか楽しみだったけど、バルトロメアが自信たっぷりで勧めてきたのは異世界特有の奇抜さなどはない無難なものだった。
普段あたしが着ている私服とそんなに変わらないような気もする。だからといって異世界特有の理解不能なデザインを持って来られても困るんだけど。
昨日出歩いた時にも変な格好をした人なんていなかったから当然ではあるんだろう。ビキニアーマーみたいなのが出なかっただけありがたいと思うべきなのかも。
「ナツミちゃんだからこそ着こなせたって感じだね」
「そうかな……?」
「やっぱりアタシの目に狂いはなかったね!」
「バルトロメアだっていい感じに着こなしてるじゃない」
「えへへ、ありがと!」
得意気に微笑むバルトロメアは、あたしとお揃いの服を着ている。
カジュアルなシャツとパンツだけど、素材がいい人が着るとまた違う味わいが出て面白い。あたしはなんだか垢抜けない感じだけど、バルトロメアはモデルさんみたいだ。
色は異なるけど、それ以外の作りは完全に同じだ。
あ、サイズも少し違うかな。あまり言いたくないけど体系的な差があるのにダボダボだったりしないから。
比べてしまうとやっぱり気落ちもしたくなるけれど、それを吹き飛ばすくらいバルトロメアが明るく褒めてくれるから卑下もほどほどにしておこう。
「こうやって誰かと同じ服を着るの、一度やりたかったんだ。仲良しの証だもんね。ナツミちゃんとお揃い」
「こういうの、ちょっと恥ずかしいかもなんだけど」
「すぐ慣れるよ。ううん、慣れさせてあげるから!」
「う、うん」
謎の意気込みをぶつけられたので、ひとまず納得しておいた。バルトロメアの拳が強く握られているみたいだけど、そんなことで必死にならなくても。
照れを感じるのはあたしが違う世界の人間だからで、もしかするとこっちでは普通のことなのかもしれない。それくらいの希望的観測はしてもいいよね。
叶う確率は低そうだけど。
「じゃあ行こうか」
「どこへ?」
「リトリエ課だよ。ナツミちゃんを登録する前にやっておこうかなってことがあってね」
「どんなことをするの?」
「ちょっとした勉強も兼ねて、登録とか申請とか手続きの流れを説明するつもり。制度について色々と知っておいた方がいいでしょ?」
当然のように手を握られて廊下を歩く。
それに大した意味なんてない。一緒にいるなら繋いでいた方がいいってだけの理由だ。
それと人の手ってあったかいし、繋がってることで安心できる。
指が絡まるのも同じこと。その方が離れにくくなるからね。
「到着! さあナツミちゃん、いよいよ本格的な授業の始まりだよ!」
課に着くと、バルトロメアは勝手知ったる様子でどんどん奥へと進んでいく。
あたしも並んで歩いているんだけど、こういう役所の奥って一般人が入っていいイメージがないから自分が場違いじゃないかと不安になる。
実際には誰かに止められることもなく、すんなりと通過できた。バルトロメアは顔パスみたいなものだし、その連れであるあたしを引き止める人は誰もいなかった。
でも、やけに視線を感じるような気がする。周囲の注目をこれでもかというほど集めている。
なんでだろうか。二人でお揃いの服を着ているからかな。それともバルトロメアの美貌のせいかも。
まさか、あたしが別の世界から来た人間だからってわけじゃないよね。やたら色々な人と視線がぶつかるのもきっと偶然のはず。
あちこち泳いでいた視線が前方の一箇所で止まる。そこに見知った姿を確認したからだ。
「やあ、おはよう。二人ともすっかり仲良しになっているじゃないか。いいことだ」
男前な声で迎えてくれたのはナサニエルさんだ。机に書類をいくつも並べて絶賛仕事中といった様子だ。
朝早くからお疲れ様です、と思っていたら早速バルトロメアが一歩踏み出していた。
「おはようございます! ナツミちゃんとアタシは運命で結ばれてますから。ほらほら、同じ服だって着てますし」
「お、おはようございます。あの、この服はそういうのじゃなくて」
そういうのが何かとか違うならなんだとか一切考えずに喋ってみたけど、結局口ごもってしまった。照れで反射的に口走ったのだからうまくいくはずもない。
「それでナサニエル様、お話していたことですけれど」
「ああ、用意してあるよ。これを持って向こうの部屋へ行きなさい」
二人が何やら意味深な会話をしている。なんとなく想像はできるけど今は見守っておこう。
「わかりました。じゃ、行こっかナツミちゃん」
再度手を引かれて連れ込まれたのは、昨日もジリオラさんにつれて来られた部屋だった。ここはそういう便利部屋の扱いなんだろうか。
「で、ここで何をするの?」
「まずはこのリトリエ申請用紙に必要事項を書いてもらっていい? ナツミちゃんは申請を受ける側だけど、知っておいて損はないと思うの」
筆記具と共に渡されたその紙には難解な文字と記入欄らしき空白がある。
文字の方はペンダントのおかげで意味が理解できるので、自分の名前や住所などを書けばいいことはわかった。
これって、履歴書みたいなものだと考えればいいのだろうか。
「流れを簡単に説明するね。まずこの紙でリトリエの申請をして、それが通ったら課の中で選別されて、希望条件に合うリトリエ候補が選ばれるの。そしたら選ばれたみんなが申請者の書類を見て、この人はどんな人なんだろうって確認して、気になったら会って話をしてみて……ナツミちゃん、なんで固まってるの?」
「それがね、今気付いたんだけどさ」
バルトロメアが熱心に説明をしてくれていた間、あたしはボールペンっぽい筆記具を持ったまま一文字も書けずにいた。
それもそのはず。
「あたし、この世界の文字書けない」
「……あー、そっか。話すのはそれが手伝ってくれるけど、書くのは無理なんだ」
そもそもどうしてあたしが不自由なく会話できているのかといえば、届く情報と自分の言葉をペンダントが高速自動翻訳してくれるからなのだ。
じゃあ文字を書くのも簡単だろうと思っていたらこの有様だ。
意味だけわかっても単語や文法を知らなければ書けないのは当然なんだけど、どうせなら魔法か何かでその辺も解決してほしかった。
「よーし、じゃあこの国の言葉もアタシが教えてあげる! でもすぐに理解するのも無理だろうから少しずつね。とりあえず今はアタシが代わりに書くよ」
「ありがとね、なんか色々と面倒かけちゃって」
「なーに言ってるの。友達なんだから当たり前じゃない。いっぱい頼ったり甘えたりくっついたりしてくれていいんだからね」
「いいんだ……」
熱意の中に少しだけ自分の欲望を混ぜ込むという高等技術はさすがと言うべきか。なんだかそのうち本当に流されてしまいそうだから困る。
直球で情愛をぶつけてくる女の子とはあまり接してこなかったから、新鮮というか慣れないというか。
「名前はミツナミ・ナツミで……ナツミちゃんって何歳だっけ?」
「十八歳だけど」
時間の概念が違うなら年齢も変動するんじゃないかと思ったけど、どう考えても難しい話になりそうなのでやめた。
前もそうだったように、あるがままを受け入れるべきだ。不自然なところはきっとペンダントがなんとかしてくれると信じておこう。
「そうそう。アタシは二十歳になったばかりだから、ナツミちゃんよりお姉さんだって話をしたっけ。可愛い妹ができて幸せだなあ」
「あたしは一人っ子だけどバルトロメアは?」
「アタシもだよ。ふふっ、こんなところもお揃いだね」
そんな感じでバルトロメアによる代筆が始まったわけだが、早くも問題にぶち当たった。
「住所ってどうしたらいいんだろ。あたし、こっちの世界に家とかないんだけど」
「ナツミちゃんは特例みたいなものだし、気にしなくてもいいんじゃない? それにこの書類手続きはお試しで正式なものじゃないし」
「そうっちゃそうなんだけど、いつか困ったりしないかなあ」
「きっとジリオラ様かナサニエル様がなんとかしてくれるよ。気にしない気にしない」
確かにその方がいいかもしれない。難しいことは偉い人がなんとかしてくれましたってのは暗黙の了解みたいなところあるし。
でも一応、後でジリオラさんに話くらいはしておこうかな。
こうして問題は解決した……と見せかけて次の疑問が出現した。
「この希望する性別ってのは何?」
出会い的な何かを想像して身構えてしまったのだが、バルトロメアはまったく動じた様子がない。
今度こそ、これが異世界特有の考え方の違いってやつか。
「人の好みはそれぞれだからね」
「いやでも、男と女が一つ屋根の下って状況はまずいと思うんだけど」
「そう? 男同士でも女同士でも一緒じゃないかな」
「んー?」
いまいち話が噛み合っていないような。
そうすると一つの考えが浮かぶけれど簡単に認めてはいけないような気もする。
どうしたものか。
「もしかして、ナツミちゃんの世界では同性同士の恋愛ってなかったりする?」
ああ、決定的な言葉が。それはもうほとんど答えみたいなものじゃないか。
「ないってことはないけど、普通じゃないかな。こっちではよくあるの?」
「そうだよ。誰が誰を好きになって結ばれてもいいんだよ。大昔は色々とあったみたいだけど、最近じゃその辺は当人同士の問題ってことになってるの」
「……いい世界だね」
あたしも同じような考えなので、意外とすんなり受け入れられた。第三者として考える場合に限るけどね。
なんだかこっちの世界は色々と緩いようだけど、少子化とか大丈夫なんだろうか。それとも問題が起こったら異世界パワーでなんとかするんだろうか。
うん、そういうことにしておこう。難しいことを考える癖は控えるようにしないと。
「よし、記入終わり!」
「書いたら次は……課の受付さんに出すんだっけ?」
「うん。でも今はお試しだからその辺は無視しちゃおう。なんやかんやあってナツミちゃんの申請がアタシのところに来ましたってことで」
やっぱり緩いけど、そういうのは嫌いじゃない。こんなところで時間を取ってたら先に進まないもんね。
「それで?」
「書類を見て、よさそうだなーって思ったら係の人にお願いしますって言うの。本当は申請した人の顔写真もあってそれも参考にするんだけど、今は写真より可愛い本物が目の前にいるもんね」
「あんまり可愛いって連呼されるの慣れてないんだけど」
「そういうところも可愛いよ」
「バルトロメアだってすごく可愛いじゃない」
「やだ、もうお世辞が上手なんだから!」
肩をバンバン叩かれる。
なんだなんだ、もしかして照れてるのかな。そうだとしたらますます可愛さアップだ。
あ、なんだか頬が桃色に染まっている。確定かも。もう一押しやってみようかな。
「あたしよりずっと綺麗だし可愛いよ」
「も、もう! 全然進まないから次行くよ!」
自分から言い出したくせに。
でも一つ知ることができたからよしとしよう。積極的な子が実は押しに弱いというのは、こっちの世界でもありがちなことらしい。
「いいなって思う人がいたら実際に会って話をしてみて、それでお互いに考えが変わらなければ晴れて契約成立ってわけ」
「なるほど。で、その後は?」
「その後?」
「前にも訊いたことなんだけどさ。リトリエになったら、あたしは何をしたらいいのかな」
「うーん……やっぱり人それぞれだからなんとも言えないなあ。相手を思いやって一緒にいることが基本だけど、何がいいのかも人によって違うし」
ふむ、ここで観察眼の出番ってわけか。
あたしにこんな大役が務まるんだろうか。今更心配になってきた。
だからといって難しく考え始めてたらキリがないので、身構えずにいた方がいいのかも。
「どんな人が申請してきたかはアタシも一緒に見て、変なのがいたら弾いちゃうから安心して。肩の力抜いてゆったりしてるくらいがいいよ」
「うん、ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして。ひとまず流れはわかったかな?」
「なんとかね」
「よーし! じゃあ、まだまだリトリエについて教えちゃうぞー」
「おー」
握り拳を作って意気込むバルトロメアに釣られて、あたしも手を振り上げてみたのだった。




