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光浪夏海の異世界百合物語  作者: 虹月映
第二部  決意への道程
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第14話  節目の言葉

 ラクスピリアは国というよりも、市や区といったイメージが強い。あたし個人の感覚だけど、国って広いものだと思うし。

 バルトロメアに連れられて町の中をざっと一周してきたけど、それでもまだ太陽は空でジリジリ輝いていた。体感による推測だけど、出発してから二時間もたっていないと思う。

 きっと、あたしが住んでいる地域の方が広さでは勝っている。広さだけは十分過ぎるほどあるようなところだし。

 

「正直、もっと大きな国だと思ってた」


 中央庁の部屋へ戻ってからしばらくして。

 なぜかついて来たバルトロメアが淹れてくれたお茶を飲みつつ、そんなことを呟いてみた。

 

「これくらいの国が普通だよ。他にもいっぱいあるし。もちろん大きな国もたくさんあるけどね」

 

 あたしが座っている椅子は赤を基調とした作りになっており、背もたれが柔らかく体を受け止めてくれる。長時間歩いたことによる疲れが抜けていく。

 

 あと、このお茶が意外と口に合う。

 琥珀色に透き通ったその見た目から紅茶のように思えるが、味はまったく別物だ。

 初めて触れる味だけど、渋さが薄くてすっきりしているので飲みやすい。ハーブの一種でも入っているのか、喉越しの爽快感がたまらない。

 

「ナツミちゃんの住んでた国……ニホンって言ったっけ。そこはどんなところなの?」

「うーんと、まず広さは世界の中でそれなりかな。人口も結構多いよ。あとは日本特有の文化が色々あって──」


 歴史の授業か観光案内かと思われるようなあたしの話を、右斜め前に座るバルトロメアは目を輝かせて聞いている。一言一句聞き逃すまいとした姿勢に圧倒されそうだ。

 こんなに真っ直ぐな興味を向けられたのは、もしかすると初めての経験かもしれない。

 あたしが異世界について興味を持っているのと同じように、バルトロメアも好奇の眼差しを向けてくるのだろう。


「へえ……ニホンっていい国だね。ラクスピリアも負けてないけど」

「いい国だよね、ここ。今日歩きまわってわかったよ。みんな楽しそうに生活してる」

「気に入ってくれてアタシも嬉しいな。だけど、もっといいところが見つかるはずだよ。ナツミちゃんはもうこの国の仲間だもんね」


 あたしは返事の代わりに小さく頷いてティーカップに手を伸ばした。

 少しぬるくなったお茶で喉を湿らせながら、伝えるべき言葉を頭の中で組み上げていく。

 

 思えば、ジリオラさんに召喚されてから何かと慌ただしい展開が続いていた。

 その渦中で落ち着いていられるほどあたしの精神は強くできていない。ある程度は身構えてここに来たといっても、不慣れな環境に飛び込んで冷静でいられる方が変というものだ。

 

 そんな時にバルトロメアと出会った。

 彼女はこの世界に来て初めて、あたしが気負わずに話せるようになった相手だ。

 ジリオラさんに心を開かなかったというわけではないけど、やはり年代や外見で勝手に薄い壁を作っていたことは否定できない。

 

 バルトロメアは信頼できる。

 だからあたしが次に話そうとしていることを聞いてもわかってくれるはずだ。


「そのことなんだけど、さ」


 言葉が詰まる。

 泳ぐ視線が辿り着いた窓の外では夕焼けが世界を染めていた。橙色に変わった町並みと高原の草花たちが目を細めさせる。

 こんなにも美しい世界にたとえ一時的でも別れを告げるのはためらわれてしまう。

 しかも目の前にいるのは、その素晴らしさを教えてくれた張本人なのだから尚更だ。

 

「……ナツミちゃん?」


 眩しいほどの笑顔は消え、不安を滲ませた表情を向けられる。小首を傾げる仕草も今は別の意味で直視できない。

 

 それでも向き合わなければ。

 自分自身にけじめを付ける意味もあるのだから、逃避を許してはいけない。

 

 ひとつ、大きな深呼吸をする。

 ほんの少しだけ生まれた冷静さを引っ張り出して、あたしは一気に言葉を吐き出した。

 

「あたし、元の世界に帰ろうと思う」

「……えっ?」


 何を言っているのかわからない、といった無表情でバルトロメアがあたしを見ている。

 あたしも負けずに直視し続けていたけれど、これ以上見ていられなくなり顔を下げてしまう。

 それでも定まらない視線は当てもなく床をなぞるだけだ。

 

 沈黙が重い。

 

 続けるべき言葉はもう頭に浮かんでいる。

 それはとても単純なことなのに、あちこちに散らばってうまく形になってくれない。早くこの静寂を打ち破りたいという思いは空回りをするばかり。


「……どうして? この国のこと、気に入ってくれたんでしょ?」


 バルトロメアの声が少しかすれている。あんなに澄んでいた色も今は濁ってしまった。

 あたしがそうさせてしまったんだ。早く元気を取り戻してもらわないと。


「うん。だからこそ、あたしもちゃんとしなきゃなって思ったから」

「どういうこと? せっかく友達になれたのにお別れなんて、アタシ……嫌だよ」


 ついにバルトロメアは俯いてしまった。

 一瞬見えた眉は下がっており、今にも泣き出してしまいそうだった。


 こんなにも悲しませてしまったのが申し訳ない。

 けれど、そこまであたしのことを考えてくれたのは嬉しい。ちょっとだけゾクゾクするのは決して普通の意味ではない。


「そんなに落ち込まないで」

「だって、ナツミちゃんともう会えなくなるなんて……」

「いや、そんなことないけど」

「……えっ?」

「だって一回戻るだけだから。こっちに住む前に色々と準備してこないといけないし」


 またしても沈黙が部屋を支配する。

 けれど今はその色合いが変わっていた。居心地の悪さも感じない。

 

 そこにあるのは、物事を理解するために必要な一瞬の空白だけだ。

 

 きょとんとしていたバルトロメアの顔が、みるみる感情を取り戻していく。

 照れと怒りと悲しみを一度に浮かべて何をどうしたらいいのかわからない視線があたしに突き刺さった。


「それならそうと早く言ってよ! もう、ナツミちゃんのばかばかあ!」


 衝動のままにあたしの腕を掴んで揺さぶってきた。

 本当に怒っているような声と表情ではないけれど、どんな言葉をかけたらいいのかすぐには閃かない。

 

 とりあえずそのままだとバランスを崩して椅子から転げ落ちそうなので、机に手をついて緊急回避をしておく。

 

「いや、言おうとしたんだけど勝手に話が変な方向に進んじゃったから」


 ひとまず何か喋っておこうとそんな言い訳じみたことを並べてみたが、それは途中でぶつ切りになる運命となった。

 

 バルトロメアの握力が弱まっていた。

 小刻みに震えている肩を見れば、俯いて髪に隠れた顔がどうなっているのかは簡単に想像できる。

 顔が見えない方が好都合なこともある。今がまさにそんな時だ。


「……ごめんね」


 何が、なんて直接の指摘はしない。

 そんなことよりもバルトロメアの頭を撫でてあげる方が何倍も重要だ。初対面の時に想像した通り、今まで体験したことのない触り心地だった。

 

 バルトロメアからの返事はない。

 けれど、あたしの腕を掴む手に力が戻ってきたのがわかった。

 

 これで一安心かな。

 またあの明るい笑顔になってくれるといいんだけど。こんなつまらないことで不仲になんてなりたくない。

 

 椅子ごと体を寄せてバルトロメアとの距離を詰める。座高は同じくらいなので肩がちょうどいい具合に触れ合った。そこはもう震えてなんかいない。

 すぐに、バルトロメアがあたしの腕に全身を預けてくる。


 これも予想通りだ。

 はっきりした理由は出てこないけど、そうしたいと思った。だからこうしてくっついている。

 

 互いに言葉を発することもなく、そのまましばらく温もりを共有し合った。

 鼻をすする音や、涙を拭う仕草には気付かないふりをして。

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