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光浪夏海の異世界百合物語  作者: 虹月映
第二部  決意への道程
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第9話  世界の歴史

 ジリオラさんに連れられて歩く廊下は石造りのようだけど、冷たさは感じない。

 大理石風にツヤツヤした仕上がりになっており、高級感が漂っている。

 

 歩きながら聞いた話によれば、さっきの部屋は居住区の一部らしい。特別な来客のために用意されているようで、ようやく使う日が来たとジリオラさんは喜んでいた。

 しかも、その部屋に住んでいいとまで言われてしまったのだ。あまりにも待遇が良すぎて腰が引けてしまう。

 あの豪華な部屋を使うなんて恐れ多い、なんて言ったけど最後には「若い者が遠慮などしてはいかん」と押し切られてしまった。

 とりあえず、こちらの世界で住む場所が見つかったと喜んでおこうかな。


「さて、見ての通りここは広い建物じゃ。目的地まではしばしの時間を必要とするじゃろうな」


 確かにこの廊下は果てしなく続いているように見える。

 部屋を出てから数分は歩いていると思うけど、さっきから同じような景色ばかりで案内がなかったら遭難していたかもしれない。

 

 それは大げさだとしても、途中ですれ違った人々の行動はそうじゃないと思う。

 みんなが揃って頭を下げて敬意らしきものを表していたのだ。

 やっぱりジリオラさんってただのお婆さんじゃないみたい。それなりに偉い人なんだろうな。

 

「その間に、少しばかり昔話を聞いていかんか。ナツミに頼みたいこととも関係してくるのでな。なあに、退屈しのぎにでも耳を傾けてくれればええ」


 通りすがった窓から外が見渡せる。真下にあるのは中庭だろうか。緑の芝生と灰色のベンチらしき物が見える。

 その空間を挟んだ向かい側にも、この建物の一部がある。廊下の先か、それとも別の階かどこかで繋がっているのだろう。外壁からは堅牢な雰囲気しか伝わってこない。

 

「聞かせてください。この世界のこと、もっと知りたいんです」


 あたしの言葉には本心と退屈が半分ずつ込められていた。

 このまま殺風景な廊下を歩き続けるのは息が詰まりそうだった。足音が反響するほど静まり返っているのも無視できない。

 少しでも得られる情報は多い方がいい。今あたしがこの世界について知っていることなんてないに等しいのだから。


「そうか。なら好都合じゃのう。今から話すのは、この世界の歴史についてのことじゃからな」

「お願いします」

「では始めるとするかの。ワシらが住む、この世界の話を」


 低く告げられたその声に、思わず生唾を飲み込む。あたしの中で大きく鳴ったそれが廊下に響いていないかと無用な心配をしつつ言葉を待つ。

 単なる時間潰しの一環でも、その内容には興味がある。

 真一文字に結んだ唇を舐め、斜め前を歩くジリオラさんの肩へ視線を投げた。


 いくらか歩幅が縮まったかな、と思ったのとそれが聞こえたのはほとんど同時だった。

 コツン、と響くのはジリオラさんの杖が廊下を突いた音。

 それが合図となった。ジリオラさんの低い声がゆっくりと伝わってくる。


「かつて、この世界には動乱の時代があった。国は荒れ、大地は揺れ、世界は崩れようとしていた」


 ふむ、導入としては典型的かな。

 現在の穏やかな空気からは想像できないけど、遠い昔に刻まれた戦争の記録があるという事実。

 世界の裏側に触れているようでなんだかドキドキする。

 

 まあ、今この国は平和そのものみたいだから影響はそんなにないんだろうけど。

 元気にピンピンしている人が「あの時は絶体絶命で死を覚悟した……」なんて言ってるのと同じだよね。

 それでも何かうまく言い表せないけど、その人が得たものはあったのだろう。経験、って言えばいいのかな。


 この世界も何かを学んで変わったのだろうか。

 続きを聞いてみよう。

 

「最初は小さな国同士の領土争いじゃった。数か月もすれば自然消滅するような、さして重要性も高くない抗争だった」


 廊下を歩くのはあたしたちだけになっている。

 窓の数も減り、外からの日光が届かなくなってきた。

 

「しかし、そう簡単に片付くことはなかったのじゃ」

 

 ふと背中に視線を感じた。

 それが錯覚なのは、振り向いても誰の姿も見えないことから明白だ。

 

「そこに周辺諸国が便乗して続々と挙兵しおってのう。同盟という大義名分を掲げてはおったが、結局は戦争によって得られる利益を狙っての行動じゃった。争乱は瞬く間に拡散し、あっという間に世界を巻き込む巨大戦争に発展しておった」


 その辺りの心理も地球の歴史とそっくりだ。二度も世界大戦を起こしているのに懲りないところとか。

 行動の根っこにあるのは、やっぱりお金のためっていう欲望かな。戦争は金が動くって言うもんね。

 軍事特需とか言うんだっけ。日本史でそんな言葉を覚えた気がする。

 

 とにかく、誰もが後戻りできない状況になっていたってわけだ。

 そんなにメンツとやらが大事なのかなあ。

 

「戦場を駆ける兵たちは、いつ終わるとも知れぬ戦いで疲弊しておった。他の民衆も同じじゃ。生きる者誰もが暗い不安を抱え、怯える日々を過ごしておったのじゃ」


 外光に代わって廊下を照らすのは、電灯のような明かりだった。火が燃えているわけではなく、それ自体が発光している。

 電灯の一種だろうか。いや、そもそもこの世界に電気ってあるのかな。

 

 考えが脇道に逸れたのもわずかな間で、ジリオラさんの話を無視していたわけではない。

 極度の緊張はあたしに似合わないし苦手だから、これくらいがちょうどいい。


「そんな中、自然発生的に事態が動いた。傷付いて戻ってきた戦士たちの療養を、一般の民衆が請け負ったのじゃ。それも自主的にな」


 少し開けた場所に出ると、そこには階段があった。下へ向かうジリオラさんの背中を追って、薄暗い足元を一歩ずつ確かめながら進む。

 

「衛生兵でもなければ、もちろん医療知識なども持ち合わせておらん。それでも皆が集まったのは、何か自分にできることをしようと決意したからに他ならんじゃろう。先の見えぬ世相の中、そうすることで心の安定を図っておったのかもしれぬな」


 あたしには当時の人たちが決意した気持ちが理解できた。

 膝を抱えてうずくまるように日々を過ごしてしまえば、そこから抜け出すことは難しくなる。どこかで決断をしなければ変わることなど無理な話だ。

 

 それはまさに、今のあたしと同じだった。

 変わりたいと決めたから、あたしはここにいるんだ。

 

「元々慢性的な人員不足に陥っていたこともあり、その行動は歓迎された。すると他にも世話役に立候補する者が出てきたのじゃ。その数は連鎖的に増えていき、やがて一つの扶助組織が生まれた」


 三階分ほど下りただろうか。そこで踊り場から廊下へ移動し、また長い道を歩き始める。

 さっきまでと違い、この階は明るかった。最初の方こそ多少薄暗かったけど、徐々にそれは晴れて不穏な圧迫感を振り払ってくれる。

 

 それになんだか人の気配もする。数人ではなく大勢の。

 遠すぎて形にならないざわめきしか聞こえないけど、誰かがいるとわかっただけで気が楽になっていく。


「戦場の空気しか知らなかった兵士たちは、尽くす者たちの心遣いに安らぎを覚えるようになった。療養中に何気なく始めた戦いの話は、未知への興味となって民の心を揺さぶった。それは生々しい部分を割愛し、手柄を誇張した武勇伝のような物語じゃったがな」


 すれ違う人の数も増えてきた。外見や年齢は様々だけど、共通しているのはその柔らかい表情だ。

 やはり今は戦乱などと無関係な世界になっているみたいだ。そうでなければあんな顔はできない。

 

「療養を終えた軍人たちは、再び戦場へと向かった。するとどうじゃ。民衆による癒しを受けた者たちは、その後の戦いで栄えある成果を次々と出すようになったのじゃ。しかも、戦死どころか負傷すらせずに活躍しているというおまけつきでな」


 廊下の先に扉が見えた。

 長く感じた道のりも、時間にすれば数分だったのかもしれない。人が歩く速度は意外と速い。

 

 あたしたちの姿を確認したらしく、向かう先で立つ人が扉を開けて待っている。さっきから届いていたざわめきは、その中から聞こえていたようだ。

 騒がしいというほどではなく、人がそこにいるという安心感だけが伝わってくる。

 

「その戦士たちは、後に設けられた面談の席で揃って同じようなことを口にしたという」


 ジリオラさんが歩幅をわずかに縮めた。あたしも次の言葉を待つあまり歩みを止めそうになる。

 

「誰かがそばにいてくれるということは何よりも強い力になる、とな。人の絆はすべてに勝る活動源になるのじゃよ」


 その言葉は驚くほど自然にあたしの中へと浸透していった。

 もしかすると、あたしが呼ばれた理由がそこに隠されているのかもしれない。具体的なところは見当もつかないけど。


 わかるのは、扉のそばで待つ人に見覚えがあることだけだ。

 しばらく見なかったけど、その美しささえ感じる鍛え上げられた肉体を忘れるはずがない。

 天井にぶつかりそうな長身を持つその男性、ナサニエルさんは相変わらず礼儀正しくて大仰な仕草で頭を下げていた。

 

「それがリトリエという制度の産声じゃった。絆というかけがえのない宝は守らねばならん。ナツミもそう思わんか?」


 言葉に詰まる。

 否定的な考えを持っているわけじゃない。

 ただ反応が遅れたその間を縫ってナサニエルさんがこちらに歩み寄ってきたから、喋る機会を失っただけのことだ。

 

「お待ちしておりました。こちらがナツミ様の活動拠点となる、リトリエ課でございます。不肖このナサニエル、こちらで課長の任に就かせていただいております。どうぞお見知り置きを」

「よ、よろしくお願いします」


 見た目取りの渋い声で手を差し出され、おずおずと握手を交わした。

 分厚い手の皮は、それまでの戦歴を無言で語っている。手を見ればその人が何者かわかるって本当だったんだ。


「ここが、あたしの居場所になるんですか?」

「そうじゃ。厳密に言えばここにおることはあまりないかもしれぬが……その辺も含めて、落ち着いて説明をしようかのう」


 ジリオラさんは顎に手をやって何か考えるような素振りを見せたが、すぐに名案を閃いたようでナサニエルさんへ声をかける。


「確か、今の時間なら奥の部屋が使えるはずじゃな」

「はい。夕刻の会議まで使用する予定はありません」

「そうか。ならばそこで腰を落ち着けるとしようかの。できれば誰か手の空いておる者をしばらく貸してもらえるとありがたいのじゃが」


 なんだかジリオラさんとナサニエルさんが本格的に会話を始めてしまったようだ。

 手持ちぶさたになってしまったけど、何して待ってようかなあ。


「それでしたら適任の者がおります。主人が長期遠征のため、その間にできる仕事はないかと今こちらに来ているところですので」

「好都合じゃな。すぐに呼べるか?」

「おそらく窓口で担当と話し合っているでしょうから、そちらへ向かうよう言伝をしておきます。ジリオラ様はナツミ様と先に部屋へお入りください」

「任せたぞ。ではナツミよ、行くとしようか」

「は、はい!」


 急に振り返るからびっくりして変な声が出た。

 二人が話しているのをいいことに室内を見渡していたので、注意力散漫になっていたのかもしれない。

 

 部屋の中は結構な広さで、手前部分が銀行の受付カウンターと似たような作りになっている。何やら難しい話をしている窓口もあるようだ。

 長椅子に座って呼ばれるのを待っている人の姿も見える。

 ジリオラさんの言葉にもあったように、やっぱりここは役所なんだ。

 

 隅にある関係者以外立ち入り禁止の扉を抜けた先は、カウンターの裏側に繋がっていた。

 まさに事務所といった内装で、並んだ机に向かう人はみんな真剣な顔で仕事に取り組んでいる。

 

 残念なのはあたしが素人だから何をしているのかわからないことだ。

 パソコンみたいな機械に向かって作業をしているみたいだけど、本当のところはよくわからない。

 キーボードじゃなくて画面に直接触れて操作している感じだけど、タッチパネルがこの世界にもあるのかな。

 

 技術力とか文化とか、あたしの知らないことはまだまだ多そうだ。

 やっぱり異世界はこうでなくちゃ。

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